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【完結】アイギスの歌姫  作者: 星輪 慧


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小休止:Triangle!のアイドル活動!

 リオの件からおよそ5日後、葵は再び幸兼高校に来ていた。


「もぉ~あの一件から三人がばらしまくったせいで大変だよぉ……」


 葵は弁当を食べながらそうこぼす。その顔には明らかに疲れが見えていた。


「でも葵にとっては結構うれしいんじゃない?」


 琴音はそう言った。確かに葵にとってアイドルとしてもてはやされるのは夢…といっても過言ではなかった。それは単に承認欲求というわけではなく、かつて見たアイドルへ近づけたという達成感であった。


「でもやっぱ高校では普通で居たいっていうか……あんまり身近な人に注目浴びたいわけでは…」


 そう言った葵の頭にはかつてのトラウマがあった。葵の脳は過度に人気を集めることに対して、若干の拒絶反応を示そうとしていた。


「葵ちゃ~ん!!」


 突然ドアがこれでもかというほどの大きな音を立てて開かれる。開けたのは例の三人衆だった。


「みんなのアイドルあゆみちゃんの登場だよっ!!」


 耳をつんざくハイテンションな声が教室に響く。今日は一段とハイテンションだ。あゆみのその狂気ともいえる明るさは学校でも知れ渡っており、人気があると同時に”絶対親友にはなりたくない人間”とも言われていた。


「葵ちゃん葵ちゃん!!次のライブはいつやるの!??」


 空気を読まずにあゆみはそう聞いてきた。


「次のライブの予定かぁ〜、今週の土曜に軽いライブをやる予定ではあるけど……」


「え!土曜日なの行く行く!!」


 葵の言葉を聞いてライブに行きたいと言う人たちがチラホラと出てきていた。あゆみ達三人衆だけではない。アイドルが好きなオタクからクラスの到底アイドルに興味がなさそうな陽キャまでも言い出していた。


「葵も人気者になっちゃったなぁ〜」


 そんな葵を見て琴音はニヤニヤと微笑むのだった。



 少し時間がたち、ライブ当日の朝。葵たちはステージ裏で準備をしていた。


「はぁあぁ~胃が痛いよぉ~」


 葵はプレッシャーに耐え切れずにおなかを抑えていた。


「珍しいじゃないか神崎。この前はもうライブには慣れたと言っていたではないか」


「ち、違うんですよぉ、この前のカフェの件でクラスメイトにバレちゃって……そんで今日ライブを見に来るって!」


 ちなみに今日は琴音は裏方仕事ではなく観客としてきている。もっと詳細に言うのであればクラスメイト達の案内役を任されている。


「そろそろライブが始まるぞ?もたもたしてたら遅れてしまうぞ」


 カナリアはテキパキと準備を進めながらそう言った。


 時刻は八時五十分。ライブの開演時間まで残り30分を切っているというのに、葵の体調は悪くなる一方だった。


「お、おなかがぁ~」


 葵は胃痛に悶えていた。痛みはいくら待っても止むことはない。当たり前の話だ、ライブの緊張からくる腹痛はライブが終わらない限り止むことなどありえないことなのである。


「神崎……お前は本当に何といえばいいか………」


 雫はそこまで言うと言い淀んでしまった。そこから先にあるはずだった言葉がどのようなものかは想像に難くない。


「な…なんとかステージに出れるくらいには落ち着いてきました……」


 もちろん葵のこの言葉は大嘘である。胃痛などもちろん収まってもなければ、葵の額には変な汗がにじんでいた。


「葵、覚悟を決めるしかないだろう。なぁに、私がついてるんだ。安心してかましてくるといい」


 カナリアのその言葉は必死に胃痛に耐えてる葵には届かなかった。



 そしてライブの時間がやってきた。


「みんな~今日は来てくれてありがとぉ~!!」


 はじめは葵のソロ曲から。八舞曰く、基本的には二人以上で歌った方がメロフォージの生成量は大きいが、定期的にソロで歌っておかないと歌唱力不足でいざという時に十分な量のメロフォージを生成できなくなる、とのことだ。


 八舞の言っているいざという時は、おそらくメンバーの死亡などのことだろう。それ以外では戦闘中に歌うという、めったにない状況だろうか。


 葵は精一杯声を上げた。胃痛だとか、プレッシャーだとか、そんなものは歌い始めると不思議となくなっていた。


「誰もが~知れない~~歌を世界に羽ばたかせて~♪」


 歌いきると大量の拍手が送られる。葵がふと観客席のほうに視界をやると、赤色のペンライトを大きく振っていたクラスメイト達が見えた。あの三人や琴音だけでなく、見る限りでは、十数人ほどが来ていた。


「みんなありがとぉ~!!オープニングは"誰もが知らない明日を守るために"でした~!」


 この曲は葵が初めて出したソロ曲だ。タイトルの通り、葵が初めてヴァーグと遭遇するときにした覚悟の一つである、無関係な人を巻き込まないようにするという覚悟を歌にした、いわば葵の新年そのものの歌である。


「さて、次はカナリアちゃんのソロ曲だよ!みんな応援よろしくね!!」


 カナリアちゃん。葵が表向きにカナリアを呼ぶときの名称だ。葵にとってカナリアは目上の存在なので少々むずがゆさはあったが、大衆の前で司令と呼ぶわけにもいかなかった。


 何はともあれ、葵のステージは無事に終了し、カナリアのステージが始まるのだった。


「神崎、もう胃痛は無事なのか?」


 ステージを終えてすっきりしていた葵に雫は声をかけた。


「いやぁ最初はどうなるかと思いましたよ~でも歌っていたら自然と治ってきたんですよ!やっぱメロフォージの力はすごいなぁ」


「いや、感心しているところ悪いがメロフォージにそんな力はないぞ?あっても外傷から身を守るだけだろう」


 葵は驚いた。


「つまりはメロフォージの力じゃなくって……」


「あぁ、歌を本気で楽しんだ証だ。成長したな神崎」


 そう言った雫は母のような母性溢れる慈しみの眼差しだった。


 その瞬間、ステージのほうから大歓声が聞こえてきた。


「お前ら!声出す覚悟はできたかぁッ!!」


「……え?」


 聞こえてきたのはかわいい見た目からは到底想像できないほどの激しい声、そしてさっきとは打って変わって荒々しい歓声。


「神崎、あれが司令の生み出した最適解……つまりロックだッ!」


 ……ロック。特にイギリスやアメリカ合衆国で、幅広く多様な様式へと展開した強いビートと電気的に増幅した大音量のサウンドを特色とするあのロック。


 葵の頭は形容しがたいほどの情報量でショートしかけていた。


「いや…へ?」


 全く予想もしていなかった展開に開いた口が塞がらない。


「お前らぁ!テンションブチ上げてけェ!!」


「や、やるときはやる人だとは思っていましたけど、まさかここまでだなんて……」


 ……結局この後のライブは何にも頭に入らなかった葵だったが、ただ一つ、最後の全員歌唱ではいつも通りに戻っていたカナリアに葵は軽く恐怖を覚えるのだった……。

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