怠惰な獅子
煙が晴れてやがてその正体は現れる。
「はぁ、めんどくさい……とっとと終わらせて帰ろう」
現れたのは結成ライブの時にいた怠惰な女だった。女は何処からか大鎌を取り出し構える。
だが一番の問題は相手が誰かではない。アイギスという余りに強大な存在は一般人、ましてや悪用を考える人間にわたってはいけない。その可能性すら減らすために秘匿されているのだ。
「琴音はみんなを避難させて!全員が避難したら私たちで対処するからッ」
葵の指示を聞いた琴音は必死に退路を確保した。ぞろぞろと人だまりは掃け、ついにはその場に残ったのは女と葵、雫の三人になった。
「なるほど、武器を見たところ獅子座の乙女人形だと伺える」
「……ご名答、私はリオ。……悪いけどここで死んでもらうよ」
リオはそう言うと、鎌を大きく振り、斬撃のようなものを飛ばす。
「危ない!!」
間一髪。なんとか反応が間に合った2人は寸前で屈んで斬撃を避ける。斬撃は奥の建物に当たり、建物を両断した。
「……へえ、反応できるんだ。意外かも」
葵は焦る。スコーピアスの破壊力ほどではないにせよまともに被弾してしまえば豆腐の如く両断される程度には高い威力。ましてやスコーピアスにはなかった正体不明の技に戦慄していた。
「なんだ、案外魔術も悪くないじゃんか……」
リオは再び大鎌を振り上げ、構えを取る。
「君たちに恨みはないけど死んでもらうよ。……それがママからの命令だから」
そう言うとリオは大鎌を横に薙いだ。
「大振りの攻撃、避けれない道理はないッ」
雫は腰を思い切り落とし攻撃を回避する。しかし葵は反応が遅れ、気づけば眼前にまで斬撃が迫っていた。
「うおおぉぉおおお!!」
葵は気合で剣を振り下ろし、剣と斬撃は交差する。建物でさえたやすく両断した斬撃はアイギスの一部である剣と完全に拮抗していた。
「てぇやああぁぁぁああッ!!」
葵は叫びながら剣を器用にうねらせ、斬撃を完璧に受け流して見せた。
「強硬手段と思わせておいての華麗な受け流し方……かなりのやり手だね」
リオは自慢の技を対処されたことに驚きながらも、冷静に分析する。
「リオちゃんっ!!」
突然葵はリオの名前を呼んだ。葵の突飛な行動に雫は困惑していた。
「……何。あんまり長く話してる時間はないんだけど……」
意外にもリオは構えていた鎌を一旦下ろし、対話の姿勢を取った。
「私たちはリオちゃんのいうママについて知りたいんだ!教えてくれないかな??」
あまりに直球すぎるその質問にリオは呆れたように言った。
「……言えるわけないじゃん。あとそのリオちゃんっていうのもやめて……」
「私は戦いたくないの!!だから穏便に済ませられないかな?」
「……私だって戦いたくないよ。めんどくさいし……けどじゃないとママは満足してくれない」
何を聞いてもママ、ママと。まるで自分の意志など欠片も尊重されていないかのように語る。
「リオちゃんは前の子とは違って会話も通じる!もしかしたら友達にだってなれるかもしれないよ!!」
「……友達なんていらない。私はただママの命令に従う人形でいいんだよ」
リオは再び鎌を思い切り交差させるように薙いだ。今度は簡単に受け流すことはできない。
葵は寸前で回避する。斬撃が頬をかすめそこから血がポタポタと垂れる。
「話せばわかる!!だから──」
葵が言い切る前に葵の首元に何かが刺さる。
「……鎌しか使えないと思った?残念だけど魔術は万能なんだ。正々堂々と戦うことは嫌いなんだ……だから騙すの」
葵の体は痺れ立ち上がることすらも困難になっていた。
「死ぬような毒じゃないから安心していいよ……君とはまだ話さなきゃいけないことがあるんだ。……だから、場所を変えよう」
その瞬間、リオは超高速で葵を抱えて飛び立っていった。
ウイング本部。本部では誘拐された葵を見つけるために作戦会議が行われていた。
「雫、その時の様子は覚えているか?」
カナリアは深刻な面持ちで問うた。
「はい。覚えてはいるのですが……何分奇怪なやり取りでしたので……」
雫は葵誘拐についての状況を事細かに説明した。
その場にいた誰もが理解できなかった。無論琴音も、である。
「ハハハッ葵らしいと言えばらしいな」
カナリアは机をたたきながら笑った。
一人笑っているカナリアをよそに緊張感が高まる。雫は敵意はなさそうだったとはいうが、実際のところ相手が何を考えているかわからない以上、安心することはできなかった。
「スコーピアスの件もある。和解、とまではいかないが対話の余地は残されているだろう。まだあきらめてはいけない……」
雫は自分にそう言い聞かせて外へ飛び出した。
「なんだかんだ言って雫さんって葵のこと大好きですよね」
作戦会議が終わり、司令室に残されたカナリアと琴音は話していた。
「初対面のころから好印象だったからな。雫も葵の才を見抜いていたんだろう」
「それはアイドルとしてのですか?」
「いや、というよりはアイギスの使用者としてのものだろうね。私が思うに葵の可能性は私を超えると思ってるよ。私とバルバトスよりも、葵とアロケルのほうが相性がいいんだろう」
葵は幻想的な空間にいた。昼間だったと言うのに空は星々が煌めき満ちていた。
「……ここは?」
葵は周囲を見渡す。普段見るけしとはまるで違う景色。だというのに不思議と不快感は感じなかった。
「……ここはライブラの作った空間。魔力を持たないものは認識すらできない特別な場所……らしい」
リオは指をクルクルと回しながらそう言った。
「君とはまだ話したいことがある……だから誘拐したの」
「話したいことって?というかリオちゃんは……」
「ややこしいから質問は絞って……というか今は私が聞く番」
葵は大人しく黙った。
「ママは私たちを戦うためだけの人形として作った……だから私にはこの世界が色褪せて見えるの……ママだけが私の拠り所。だけどママは私をよくは思っていない……と思う」
リオは寂しそうに言った。
「私は……私のお母さんはまだ私が小さい頃に突然いなくなってね。正直お母さんがいるってだけでちょっと羨ましいかも」
葵も寂しそうにそう言う。雲ひとつない満天の星空とは裏腹に2人の周りは分厚い雲で陰っているようだった。長い長い静寂がそこにはあった。
「……友達、か。いいねそれ」
静寂を破ったのはリオだった。
「リオちゃんは友達が欲しいんだね!じゃあなろうよ!身分だって立場だって関係ないのが友達でしょ?」
その葵の言葉にリオは悩んだ。友達という存在に対する憧れは確かにそこにあった。しかしそれと同等に母に対する忠誠もあったのだ。
「無駄話が過ぎたみたい……もうお別れだよ」
そういうと再びリオは大鎌を取り出した。葵は「待って」といいながら手を広げる。この後に及んでまだ葵は対話を試みていた。
「私たちは友達になれるよ!だから武器なんてしまって!!」
葵は一歩一歩とリオに歩み寄る。リオはそれを拒否するように一歩一歩と後ろに下がっていく。互いの距離が五歩分程近づいた時、リオはポケットから魔術結晶を取り出し、葵に向かって投げ飛ばした。
「これは…?」
「それは私からの餞別……いつか使う時が来ると思うから………」
リオはそう言うともうひとつの魔術結晶を握りしめる。魔力が流し込まれた魔術結晶は光を放ち、葵の足元に魔法陣を形成した。
「な、ななな何コレ!?」
「安心してただの転移の魔術だから……」
そして数秒もしないうちに葵はその場から完全に姿を消した。
「なぜ取り逃がしたのだ」
葵の消えたその空間に例の女はやってきた。
「我が名はバエル。貴様らの母にして王である」
「なるほど……それが本性だったんだ……」
リオはその殺意を前に思わず攻撃体制をとった。ぞわり、とリオに悪寒が走る。
「我に逆らうことの意味。その身で味わうがよい」
バエルは光を収束させてその手から射出した。光弾は一直線に飛翔しリオの魔力生成リアクターを貫いた。
薄れゆく意識の中でリオはその名を呟いた。
「……神崎」
そこまで言うとリオは静かに事切れた。




