アイドルバレ!?
私立幸兼高校。ここには多種多様な人間がいる。皆が多くの友人を作り、知見を広げる。ただ葵はその中で同じようなコミュニティで過ごし続けていた。
「お~い葵!琴音!!」
葵と琴音が中庭で弁当を食べていると突然遠くから名前を呼ぶ声が聞こえた。
声のした方を振り返ると三人の女の子がたっていた。
「葵ちゃん今日の午後予定ある?」
声をかけてきたのはクラスでも割と仲のいい三人組だ。ポニーテルが特徴のあゆみ、少し男勝りなところのある悠乃、そしてこの中ではとびぬけて勉強のできる綾野。全員葵が高校生になってからできた友達だ。
「う~んどうだろ?多分空いてるかな、琴音はどう?」
「私も今日は暇かな?」
「ほんと!?じゃあ午後一緒にカフェ行って勉強しようよ!」
勉強、それは高校生にとって最も重要なことの一つだ。葵も琴音も苦手というわけではないが、特段勉強ができるわけではなかった。
「私今回の考査割とやばいから手伝ってくれると嬉しいな…」
琴音は葵と違って感覚で物事を解決するのが苦手だ。所謂ところの天才というよりは秀才タイプというやつである。
「じゃあ今日の放課後校門前で集合ね!!」
それだけ言うと三人はそそくさと立ち去ってしまった。
「どうする琴音?」
「……何が?」
葵の突飛な質問に琴音は質問の意図がくみ取れず、困惑した。
「このままいけば私たちこんな生活できなくなると思うんだ……」
周囲の空気ががらりと変わる。今までの平和なランチタイムは一気にシリアスな雰囲気へと様変わりした。
「それってセイレンとか、ヴァーグとかのこと?」
「うん。今みたいに友達と仲よく遊べる日がいつまで続くのかも分からないじゃん。もしかしたら私は忙しくて学校にいけないかもしれない。もしかしたら私はヴァーグに殺されるかもしれない。もしかしたらヴァーグがここにきてみんなを……」
そこまでいった葵は手を強く握り、汗を流していた。恐怖や不安様々な感情が葵の中でひしめき合っていた。
「葵はみんなと離れ離れになるのは怖い?」
「怖いよ、ヴァーグと初めて戦った時は正直ちょっぴり楽しかったよ。雫さんやカナリア司令だって大好きだよ……けどその二人ともいつまでも一緒にいれるとは限らないじゃん」
葵の胸の内でスコーピアスの言葉が反芻する。快楽のために戦う、それこそが葵の本質だとするならばそれは真の悪魔である。
「……私は葵といつまでも一緒にいるよ」
「え?」
「私は葵が戦うならついていくしそれが無理でもどこかから必ず見る。葵がもし病んでどうしようもないときには私がついてるから、だから怖がらないで……」
葵の胸に決意が宿る。琴音の励ましが葵を勇気づけた。
「ありがとう、私戦うよ。みんなのためにっ!!」
ウイング本部。ラボの人間は今日も仕事に精を出していた。
「硝子さん、そっちの様子はどうなりましたか?」
ラボの主任、八舞秀治は新しいアイギスの研究をしていた。
「こっちは大丈夫です。にしてもあのスコーピアスはいったい誰が作ったんでしょうね」
「今のところまったく分からないですね。けれどこのスコーピアスのパーツがガープの修理に大きく貢献してくれていることからみて相当な技術者が作っているのでしょうね」
そういいながら秀治はアイギスをいじくりまわす。
「ガープには白銀の魂が宿っているようですね」
「魂?」
硝子は問い返した。
「アイギスには悪魔の力と共に受け継がれてきたであろう魂が宿っているんです。新しく造られたアイギスにはあまりないですが、ガープは出所不明のアイギスですから前の持ち主の魂の残滓が残っているのでしょう」
八舞は持論を語った。ラボにいた全員が納得したようにうんうんと頷いている。
「……ガープの修復の目処は立ちました。あとは見合った人材を探すだけです」
「よーし今日はいっぱい食べるぞぉ!!」
あゆみはメニュー表を確認しながら目を輝かせていた。
「あゆみ!アンタ今日は勉強しにきたんじゃないのかよ!?」
学校のすぐそばにあるカフェ。そこで葵、琴音、あゆみ、悠乃、綾乃の五人は勉強道具を広げて談笑していた。
「折角葵さんに琴音さんも来たんだから今日はいっぱい話すのも悪くはないですね」
そう言った綾乃はそっと勉強道具を閉じた。
「ったく、結局この流れになるのかよ……」
店員呼び出しのベルが鳴る。店員がやってくると、1人一つずつフラペチーノとあゆみのオムライスを注文した。
「そういえば最近葵ちゃんと琴音ちゃんはなんでそんなに忙しいの?学校もたまに休んでるし……」
「あはは、最近ちょっと家庭が忙しくてさ、余裕があんまりないんだ」
葵はなんとか誤魔化す。幸いにもまだ葵がアイドルになった事はバレてはいないようだった。
「そうなんですね……辛いことがあったら遠慮なく言いてくださいね、友達なんですから」
葵は胸が痛んだ。アイギスの件こそあれど学校を休んでいるのは殆どがアイドルとしての活動や練習でできている。つまりはサボりと言われても文句は言えない状況なのである。
「ご注文の商品をお届けにきました〜」
店員さんがお盆に大量のフラペチーノを乗せてやってきた。
「ありがとうございますぅ〜」
琴音は急いでフラペチーノを取る。全員分のフラペチーノを回収し終わると店員はそそくさと消えてった。
「なあ、今日はなんでこんなに騒がしいんだ?」
確かに今日のこの店はいつにも増して客が多い。それに店員も手が回っていないようだった。
「う〜ん、あそこに大きな人だかりがあるよ?」
悠乃の指差す方向を見ると、そこには確かにたくさんの人が集まっている場所があった。
「誰か有名人でもいるんじゃない!?ちょっとみに行ってみようよぉ」
「やめとけって、人様の迷惑になるようなことすんなっての」
人混みに飛び込もうとするあゆみを悠乃はなんとか静止する。
「全く、こんなに囲まれるとは想定外だった……」
人々をかき分けながら人混みの主は現れる。青いロングヘアーに淡麗な顔立ち、そして耳に光る青色のイヤリング。紛れもない。人混みから現れたのは天音雫であった。
「おっなんだ神崎じゃないか奇遇だな」
ざわざわと周りの騒ぐ声が聞こえる。葵の知名度はまだまだ発展途上だが、雫は世界的なアイドルだ。誰かと親しげに話していたら話題になるのは極々自然なことだろう。
「し、雫さん!?どうしてこんなところにいるんですかっ!」
周りの視線が痛い程刺さるのがわかる。葵の友達も不審そうに葵をみていた。
「天音雫さんですよね!葵と何か関係あるんですか!?」
真っ先に口を開いたのはあゆみだった。それに続き他の2人とぶんぶんと首を振る。流石にアイドル好きでなくとも天音雫という存在は認知されているようだ。
「なんだ葵の友達なのにわからないのか?」
続けて雫はその一言を口にした。
「……神崎は私とユニットを組んでる立派なアイドルだぞ」
周りの人々はポカンと口を開けたまま閉じなかった。
「な、なななななんで言っちゃうんですかぁ!?」
「なんだ言ってまずいことではないだろう。一度結成ライブをしたのだからな」
葵が聞き耳を立てると確かに葵の名前が聞こえてきた。
「葵ってアイドルだったんか!?」
悠乃は目を丸くして葵の肩を掴んだ。
「う、うん。実はね……最近学校に行けてないのもそれのせいなんだよねぇ」
葵は顔を赤くしながら語る。どんな回答が返ってくるか予想もできなかった。
「か、かっこいい!!」
あゆみは目を輝かせていた。あゆみだけではない。さっきまで怪訝な目を向けていた人々も今やスマホで調べるなりして納得していた。
「どうだ神崎、承認欲求が満たされていくのがわかるだろう」
「むぅ、確かにわかりますけどなんか複雑な気分です……」
喜び、安堵、恥ずかしさに期待。様々な感情が葵の中で渦巻いていた。
その時だった。店のすぐ目の前に隕石のようなものが着弾する。
爆風でガラスが凄まじい勢いで砕け散る。
飛来してきたのは隕石ではなかった。




