世界的アイドル天音雫
「君に伝えるよ~私の覚悟を~~♪」
歌が終わるとドーム中が歓声で溢れた。
今日は世界的アイドルである天音雫のライブの日だ。
天音雫、彼女はここ数年間で一気に知名度を押し上げた、天使の歌声と顔を持つまさに天女のようなアイドルである。
観客席で大きな声援を送っている神崎葵ももちろん天音雫のファンである。デビュー当初からファンをやっていて今や天音雫で持ってないCDはほぼないといっても過言ではないほどの大ファンだ。
「いや~最高のライブだったね~」
「すごくよかった!!葵に言われてきてみたけどまさかこんなにいいとは思わなかったよ!」
「でしょでしょ~!琴音ってば食わず嫌いが多いんだから~」
今日のライブは葵が無理言って友達である白川琴音と一緒に来ていた。琴音は中学校からの知り合いで高校でも同じクラスの一番の親友だ。
「葵はあんな感じのアイドルになりたいの?」
「もちろん!アイドルになるために今の学校にいるんだから」
葵の将来の夢はアイドルになることだ。
天音雫のライブから一週間後、周りの人たちがライブの熱が完全に引いてる中、葵だけはいまだに一週間前のライブの熱が一向に冷めることを知らなかった。
「だからね~雫様といえばやっぱりあの歌声がいいんだよ。マジで私と同じ人間だとは思えないよ」
「まったく葵は相変わらずだね…。話し出したら止まらないんだから」
「雫様のことなら何時間でも語れるよっ!」
「やめてやめて、流石に何時間も聞くのは勘弁…確かにこのライブはすごかったけど葵ほどの狂信者にはならないよ普通……」
いつものように葵が琴音にアイドルについて語っているときだった。
「なになに~葵ちゃ~んまたアイドルの話してるの~」
「教えて教えて~私実はアイドルとかめっちゃ興味あるんだよね~~」
クラスメイトのギャル二人が近づいてきた。この二人は葵にとって苦手なタイプ。ぱっと見はアイドルに興味がある仲間のようだが実は葵のアイドル趣味を馬鹿にしてくる典型的なオタクに優しくないギャルというやつである。
「なに?また私のこと馬鹿にするつもり?興味ないならどっか行ってくれる?」
葵が攻撃的な言葉を放つとギャル二人は露骨に嫌そうな顔をした。
「なによ折角こっちが仲良くしてやろうってのになんなのその態度」
「ってか調子乗らないでくれる?あんたみたいなやつは私たちに逆らう権利ないと思うんだけど」
「ちょっといい加減にしてくれる?毎回毎回葵にひどいこと言ってさ!」
ギャル二人に琴音が言い返してくれたことに喜びつつ何とか葵はあふれ出てくる怒りを抑える。ここで怒ってはいけない。
ただでさえこんなオタク趣味を持っているのにここで変なことをしたらほんとにクラスでの葵に対する目がとんでもないことになってしまうとわかっていた。
「大体アイドルなんて今時ばかばかしんだよ。あんなオタクどもをひっかるような商売をしてさ本当に気持ち悪いっ」
「……は?」
ギャルによる心無い言葉が飛び交う。
「それな!どうせアイドルなんてオタクどもから搾り取った金で男侍らせてるんだよ、夢見てんじゃねえよ、そういうのはもう卒業しろっての」
「はあっ!?!?」
そこまで言われて私の怒りゲージはマックスに達した。趣味をうだうだ言われるのはまだ許せた。なぜなら葵自身にも自覚があったからだ。しかし推しを馬鹿にすることだけは超えてはいけないラインだったのだ。
「黙って聞いてたらあることないこと言っちゃってさ!!」
ため込んでた何かがあふれ出る。すべてを放出してすっきりすることを脳が求めていた。それがストレスなのかそれとも別の何かなのかはわからない。
「大体な二人だって好きなことぐらいあるでしょ!?二人はそれを馬鹿にされてうれしいのか!」
「あ、葵??どうしたの?なんだか怖いんだけど……?」
急に語気の荒くなった葵に琴音は困惑する。
「自分が何を好きになろうが勝手じゃん!ましてやその対象を馬鹿にしちゃってさぁ!いい加減卒業するべきなのはそういう舐め腐った根性でしょ!?」
言い切った……。自分の言いたいことを全て吐き出した葵は今までにないほどすっきりしていた。
「え、えぇ……なんかごめん。私らが悪かったよ」
豹変した葵を見て恐怖したのか、ただ単に気持ち悪くて引いたのかは定かではない。だがそれでも二人は何とも言えない顔のまま自分の席に戻っていった。
その日からクラスの人の私を見る目は少しずつ変わっていった。今まで向けられていた目は軽蔑などの目。それが最近は受け入れられ始めているような気がした。
それもこれもあの二人を追い返したからなのだろう。
「にしてもなんだか不思議だね~」
「どうしたの葵?」
「いやなんだかさ、変だなって思って」
「何が変なの?」
「正直私あの時みんなから引かれるかなって思ってたんだよ。なのに……なんていうかさ、なんでか皆私に冷たくないっていうか…むしろみんな仲良くしてくれるじゃん?」
「う~ん、葵は顔は整ってるしあの二人からのロックオンが外されたからみんな話せるようになったとかじゃない?」
「そうなのかな?ってか顔が整ってるとか言わないで~照れるやいっ!」
正直顔の良さで言ったら琴音には遠く及ばないだろう。それだけ琴音という人間は端麗なのだ。それは顔だけでなくその他すべてを加味してもトップクラスだろう。
「まあ何でもいいや、よ~し今日は雫様の新曲が公開されるから早く帰って聞くぞぉ~」
「葵は相変わらずだね~今度またライブ連れてってね」
「もちろん!またいつでも呼ぶね!!」
その日の放課後のことだった。葵が琴音とも分かれて一人で道を歩いてる時だった。
新曲を買ってウキウキしている葵の前を見覚えの人が通っていった。
「あれは、雫様??」
毎日見ている姿を見間違えるはずがない。アイドルだというのに変装もせずに堂々と歩いていた。
追いかければそれはストーカー行為になるかもしれない。それが犯罪なのはわかっていた。それでも葵は好奇心を抑えれなかった。
雫を追いかける。雫は葵に気づいてないのか立ち止まることなく街を歩き続けた。町の人たちは何故か雫を見もしない。世界的アイドルだというのになぜだれも見向きもしないのだろうか。
しばらく追いかけて葵は異変に気付いた。何故か人っ子一人いない雫は路地裏に入っていったのだ。
「路地裏??なんで雫様がこんなところに」
難しいことは考えず、葵は何も考えずそのまま進んでいく。路地裏は光が届かず、外の音もどんどん聞こえなくなってる。葵は犯罪者や幽霊が出るのではないかと歩く恐怖していた。
しばらく雫を追いかける葵、動きがあったのは完全に外の音が聞こえなくなった時だった。
「さっきから私を付けてるのは何者だ」
雫の声が聞こえてきた。だけど聞いたこともない声。普段のかっこいい声と違い、怒気をはらんだ重圧ののしかかるような声だった。
「ご、ごめんなさいっ!!つい出来心でついてきちゃったんです!!」
「なんだそんなことだったのか。てっきり奴らかと思ってしまってな。すまなかった」
「いえいえ!全部私が悪いんです。……勝手についてちゃったのにこんなこと聞くのは申し訳ないんですけど奴らって何なんですか?それになんでこんなところに?」
「すまないがまだそれは話せない。もし君にその覚悟があるなら追って話すとしよう。ここにこれたということはすでに君にはその資格があるからな」
覚悟?資格?葵には雫が何を言っているのか全く理解できなかった。話を聞いてみたらわかるのだろうか。
「私聞きたいです!何が何だかよくわからないけど私にもできることならやってみたいです!!」
私がそう言った瞬間だった。
「舐めるなッ!!」
普段テレビで見ている雫からは到底想像できないほどの怒号がその口から放たれた。
「……え?」
突然のことで困惑している葵に雫は畳みかける。
「軽い気持ちで言うんじゃないッ!私たちはこの仕事に命を懸けているんだ!一度首を突っ込めば二度と戻ることはできない。命の保証なんて全くない危険な世界なんだッ!」
「………すみません」
軽い気持ちで言ってしまったばかりに怒られてしまう。雫のいる世界には何が起こってるというのか、葵はとても気になったが、生半可な覚悟じゃ聞くことすら許されないとわかっていた。
「こちらこそすまない。少々熱くなりすぎてしまった」
「ぜんぜんっ!悪いのは私ですから……」
「そうか、気を使わせてしまって悪いな。ところで君、名前は何だ?」
「神崎葵です。私立幸兼高校の一年生です」
「かっこいい名前だな。知っているかわからないが私の名前は天音雫。アイドルをやっているものだ」
「も、もちろん知ってます!大ファンです!!」
名前を聞いて実感が一気に押し寄せてきた。目の前にいるのはあの憧れの雫様だと、世界的なアイドルであると。さっきまでの異様な雰囲気は何だったのかと思うほどに葵の眼には間近で見る天音雫が焼き付いていた。
「これも何かの縁だ。もしよかったらこの後カフェにでも───」
雫が何かを言いかけた時だった。
突然雫のスマホらしきものからけたたましい音が鳴った。
「すまない。急用が入ったようだ、もう一度どこかで会うことがあればその時は声をかけてくれ。ぜひ神崎とは仲良くしたいからな」
「分かりました。今日は会えてうれしかったです」
「そうだな、私も君のような人間に会えてよかった。またどこかで会えることを祈っている」
それだけ言うと雫は足早に去っていった。
いまだに信じられなかった。あの世界的アイドルである天音雫にこんなところで会えたこと、もう一度会いたいと言ったことが。
「生で見るとすごい綺麗でかっこよかったな……」
葵はしばらくその余韻に浸り続けるのだった。




