閑話:剣聖
多分。これまでで最長。
俺の名前は時雨剣聖
CFOと呼ばれるVRMMOゲームをやっている。
プレイヤー名は『カタナ』。
まあ、何故か本名と同じ『剣聖』と呼ばれる事の方が多いのだが。
俺の家は代々剣術道場をやっている。『剣道』ではなく『剣術』、つまり実戦的な、ストレートに言えば人を殺すための技術だ。今は護身術や剣道も教えている。
そんな家に生まれた訳だから、俺も祖父や父のように幼い頃から剣を習っている。教えてくれたのは祖父だ。ちなみに、俺の家系の剣術を『時雨流』というのだが、剣術と同じくらい体術も使う。祖父曰く、「剣が無ければ戦えない者など剣士ではない!」らしい。意味が分からない。
そんな祖父は、時雨流の達人だ。素手で丸太を、木刀で鉄パイプを、刀で岩を斬る。今年で65歳になったが、まだまだ元気だ。道場の門下生や、師範代である俺の父を同時に相手し、一度も負けていない。
そんな祖父に剣を習っていたわけだが、俺はどうやら才能があったらしい。十二才で素手で丸太を、木刀で鉄パイプを、刀で岩を斬れるようになり、門下生や、父を同時に相手しても負けなくなった。
それからは俺の目標は祖父と、たまに帰ってくる父方の曾祖父母となった。なんと曾祖父と曾祖母は共に時雨流の達人で、いまだに全盛期とほぼ変わらない(祖父と互角の)実力を持っている。もう90を越えているのに熱々で、二人で世界中を旅して回っているらしい。この二人に戦争の話を聞いた事があるのだが、二人で千の敵兵を殲滅したとか、海を走って渡ったとか、全く悲惨さが無い。
まあ、祖父も俺もそのくらいならできそうだが。
そして、 中三の夏。俺は祖父を越えた。
それから俺は、退屈を感じるようになった。
俺より強い者がいない。全力を尽くしても勝てるか分からない、あの緊迫した感覚を暫く感じていない。たまに帰ってくる曾祖父母と祖父を相手にした三対一。たしかに大変ではあるが、油断しなければ負ける事がない。それは俺だけが無手であったとしても。
高校は、行けるレベルのところに行った。やりたい事と言えば、剣を振ること、そして強敵と戦う事だけ。しかし、その強敵が現れない。世界中を探せばいるのかもしれないが、少なくとも世界中を旅している曾祖父母は、俺以上の実力を持つ者を知らないと言う。
そんな満たされない想いを抱えていたある日、CFOのβテストプレイヤー募集中のチラシを見つけた。
俺は思った。もしかすると、ここなら俺を越える強者に会えるのでは?と。
そこで俺はすぐに応募し、書類審査と面接を受け、テストプレイヤーになることができた。
初めてログインした時はとても驚いた。
そこは本当に現実と区別がつかないほどリアルな世界だった。
そして、そこには俺の求めた強者がいた。それはプレイヤーだったりNPCだったりさまざま。
ルートやハルジオは俺程剣を極めているわけではなかったが、魔法やスキルを駆使して戦うのが上手かった。
騎士団の団長はイベントで見たがとても強かった。ドラゴンを剣の一振りで倒していたのは圧巻だった。
魔物にもさまざまな強敵がいた。特にイベントで戦ったドラゴンは強かった。俺の刃が通らなかったのは久しぶりだった。
だが、やはり何故か少し物足りな無さのようなモノを感じていた。
正式サービスが始まってからもそれは募るばかり。一度、通称ボスラッシュの森と呼ばれている森に入り、今の俺では勝てそうにない魔物と遭遇し、挑んで負けても晴れない。
理由はわかっている。たしかに皆強い。間違いなく強敵だ。けれども、正直ルートとハルジオには負ける気がしない。他のプレイヤーについては、上手くゲームのシステムを活用し、強さをてに入れた者。剣以外の高い戦闘技術を持つ者。さまざまだ。しかし、俺を越える剣士はいない。
騎士団の団長もそうだ。あれはシステムによる強さ。単純な剣術なら間違いなく俺の方が上だろう。
ドラゴンも含めて魔物には、“技”が無い。知恵のあるものもいるが、やはり、どこか力任せなところがある。
そう。俺を越える“技”の持ち主がいない。
レベルを上げれば勝てる。
スキルを得れば勝てる。
武器を変えれば勝てる。
そういう者しかいない。学び、生かせられるモノ、得るものが、無い。
贅沢なのだろう。我が儘なのだろう。
だが、どうしても満たされない。
そんな時、正式サービス初の大規模イベントが開催された。
俺は期待すると共に、どこか冷めた気持ちがあった。
正式サービスで、プレイヤーは一万人以上。この中に一人くらいは俺の求める者がいるかもしれない。しかし、期待して、結局またいないんじゃないか?
そんな気持ちで、イベントに参加した。
初めは向かってくるプレイヤーを処理していた。
そのなかには、やはりいない。三十分程経ち、俺は近くの赤マーカー目指し、歩き出した。
そのプレイヤーはやはり、期待はずれだった。
魔法を上手く使っていたが、あたらなれば意味が無い。それに近づかれたときの対処がお粗末。
すぐに首をはねた。
その後、マップを見てみると、さっきは気づかなかったが、ゆっくりと俺に近づいて来ていた者がいたらしい。
俺はそのプレイヤー向かって行った。
そのプレイヤーの見ためは、10歳そこらの女児だった。しかし、その動きは洗練されていた。プレイヤーの首をはねるその動作は、俺には至高の芸術のように見えた。
間違いなく強い。しかも、底が知れない。
彼女の目は、他のプレイヤーではなく。俺に向いていた。まるで、かかって来いと言っているようだった。
俺は、全力で斬りかかった。その一撃は、難なく素手で流される。その挙動は、身体能力にものを言わせたモノではない。最小限の力で、赤ん坊の肌を撫でるように流す。
俺は歓喜した。この女児こそ、俺の求めていた者、いや御方!。
それから俺は、自分の持てる全ての技でもって挑んだ。しかし、ことごとく避けられ、流される。
この御方が本気なら、俺は何度死んでいるだろう。しかも、この御方は常に最小限の力しか使っていない。
俺にとってはとても長い時間だった。だが、実際は5分と経っていないだろう。
そんな時、今まで自分からは動かなかった彼女が動いた。その手刀は、まるで神の刃のようで、全く力が加わっていないにも関わらず、これに切り裂けない物は無いと確信できる程完成された、至高の一撃だった。
気がつくと、俺はどこかに転移していた。あの一撃を俺ごときが“視る”事ができるとは思えない。きっと、“視せて”くれたのだろう。
俺は、彼女に、あの御方に魅せられてしまった。
もう一度、あの技を見たい。
そう思った瞬間。俺はマップを開き、一際目立つその赤マーカーに向かって走り出していた。
結果、二度目は見向きもされず殺された。今度は、何も見えなかった。
やはり、一度目は相当手加減されていたらしい。
しかし、悔しさは無い。やっと、俺の目指すべき頂きが見つかったのだ。あの手刀は、俺の剣にも生かす事ができる。できれば、弟子になりたいが、聞き入れてもらえるだろうか?
まあいい。そのときは、越えることを励みにさせてもらえばいい。
そして俺は、今日も剣を振る。




