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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之肆『導師 車輪 魔王城』
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第二十五話 魔王城のある谷I 『絢爛神域』


「何してんの」


 いつの間にか失っていた意識が浮上すると同時、目に入ってきたのはTシャツ一枚の褐色の姉ちゃんだった。スタイル抜群で目のやり場に困るのと、プリントされている『カミガミ超会議』ってのがものっそい気になるんだが、はて。


「なにしてんのじゃないでしょおおおお!?」

「いや、なんでブレイクダンスしてんの」

「あんたほんとにさぁ!! 何考えてるわけぇ!? 珠片集めろっつったわよね!? 集めてねーし!! なんか過去行ってるし!! あんたのせいで運命の糸がぐちゃぐちゃよ!! どうしてくれんのこの馬鹿は!!」

「んじゃさっさと俺呼びつければ良かったじゃん」

「介入はそう簡単に出来ないっつってんでしょ!? 今回はあんたが時間遡行なんてふざけたことしたから次元の狭間に無理矢理介入出来たの!! 過去に行く時には失敗したけどね!! 言いたいこと言えてせいせいしたわ!!」

「俺のおかげだね」

「あんたほんっっっっっとうにどうしてくれようかしらねぇ!?」


 頭でぐるぐる回る奴……なんだっけ、パワームーブ? をしながら叫ぶ褐色姉ちゃん改め女神クルネーア。なんだか久しぶりね。元気そうで何よりだ。

 しかしあれか、俺が行きに気を失っていたのはこいつの介入があったからだったか。


「何そのほほえましいものを見る目は!! こっちがどれだけ大変だったか分かってないみたいだから言うけどね!! 現代に影響をなるべく及ぼさないだけでも大変なのに、記憶がダブる奴まで出てくるし些細な食い違いは大量に生まれるしで本当に大変だったんだから!! 二度とタイムスリップなんて出来ないようにしましたー!! もうできませーん!! ばーかはーげ死ね!!」

「ハゲてねえっつってんだろ!!」

「なんでそこだけは食いつくのよ!!」


 どこまでも真っ白な空間の中で二人、ぎゃーぎゃー言い合ってると平衡感覚まで失いそうで困る。それにしても前回もそうだったが、このふさふさの髪が見えねえのかこの女神は。グリモワール・ランサーIIIでボコボコにされてしまえ。


「時代っていうのはね! その時代の生物が手繰るものなの!! 未来から介入なんてして良いわけがないの!! そんなこと許したら世界がめちゃくちゃになる、なんてことも理解出来ないわけ!?」

「いやまあ、その道理よりも俺的に優先したいサムシングがあっただけだ。最初から時間遡行封鎖してないお前が悪い。それともなんですかー、どっかに時間遡行してはいけませんって書いてありましたかー!?」

「ああああああああああもう!! とにかく!! 過去にとってあんたみたいな奴は異物なの!! ほんとに余計なことばかりしてくれて……トム神様もなんだってこんな奴をこの世界に送り込んでくれちゃったのよぉ……!!」

「過去だろうが現世だろうが、俺ぁ異物だろうよ。やりたいようにやる。ついでに珠片も集める。それだけだ。っつーかよ、本当にちゃんと集めさせたいならあのどうしようもねえ激痛どうにかしろよ」

「あれはわざとやってる訳じゃないの! ……あんたが過去に行ったせいで、どうしようもなくなったことが二つあるわ。あとは、だいたいいじれたけどね」

「あん?」

「一つは特定人物の位置情報。そのせいで、珠片の在処が少し変わってる。ていうか取り込んでる奴が出てきてるわね。ちゃっちゃとどうにかすること。ついでに言っておくけど、他人にやったりしてんじゃないわよ!! 劇物だっつってんでしょうが!!」

「んで、二つ目は」

「吸血鬼共の台頭。……グラスパーアイを中途半端に刺激した結果、一大勢力になっているわ。どうするかはあんたの勝手だけど、この先どうしようもなく厄介よ。……珠片争奪、がんばってね」

「……え、なに、社畜ヘッド殺し損ねた?」

「吸血鬼相手にして喉に矢刺しただけで殺したつもりになれるとか、あんた馬鹿?」

「マジかぁ……やっべえなおい。……ま、いいでしょ」

「なんでそんな偉そうなのよ!!」


 うがー、と頭を抱える女神だが、なるほどそうか。


 今回の過去介入で、かなり歴史が変わったのを……まあがんばって女神が最小限に押し止めた……のか? っつかこいつ運命の糸とか操れるなら最初からやれよと思うんだが……はて。


 グラスパーアイ死んでねえってのが不穏だが……ラシェアンは大丈夫だったんだろうか。


「そういやユリーカは?」

「次元の狭間で話してんだから、現代に戻れば一緒でしょ」

「あっそ……まあいいや」


 聞きたいのはそういうことじゃあねえんだけどな。

 まあいいさ。いずれにしたってやるこたぁ変わらねえ。


「残る珠片は……まあ半分ってとこだ。何とかならあな」

「あんた三分の一しか持ってないでしょうが」

「知り合いが持ってるからな。モノクルハゲのは回収するが」

「……ああもう、とにかくとっととやってちょうだい。顔もみたくないわ」

「へいへい。ほいじゃあな」


 ……っつって帰り方分からねえ訳だが。


 と、すぅと意識が薄れていく。なるほど、あんたが勝手にやってくれるのね。

 さて、現代に戻ったら何をやろうかなあ。







「……珠片全部回収しなきゃ、あんた一人じゃ済まないから面倒なのよ……」

 















 一番最初に知覚したのは、温もりに包まれた左手だった。

 無重力空間にふわふわと浮いているような感覚がしたかと思えば、今度はぐんぐんと前に引き寄せられる。瞳を開けば、煌々と輝く光のほうへと自分の体が向かっているのが分かった。正面には、まっすぐ向こうを向いた少女の姿。温かな左手は彼女に握られていた。


「……もうすぐね」

「ゲートの中ってこんなんだったのか」

「知らなかったの?」


 会話の間も、彼女が振り向くことはない。


 知っているか知らないかと言ったら知らないな。だって行きは気を失っていたし、レックルスの普段のゲートは一瞬で通り抜けられるし。

 それにしても、まるで歩く歩道に立っているような気分だ。足の感覚はないけれども。ワンチャン後ろ歩きしたら延々ここに居られるんじゃないか?


「……行くよ!」

「っと!?」


 勢いよく腕を引かれてつんのめる。

 同時に光の中へと飛び込んだ。


 ぶわり、と全身を強く風が突き抜けるとともに、一瞬で視界が開ける。

 足下に感じる確かな固さは、そこそこ高い位置から飛び降りたような感覚だからかずいぶんと膝にくる。

 これは屈伸が必要だ。おいっちにーさぁんしー。


「……なに……これ……」

「あん?」


 準備体操をしていると、心ここにあらずといった感じのユリーカの声。

 顔をあげれば彼女は周囲を見回して絶句しているらしかった。


 そういやここ、地下牢ちゃうよね。


 ふっつーに荒野というか……谷? 周囲が切り立った崖に囲まれてるこの感じマジ閉塞感。ついでに地面に死屍累々YEAH。


 ……拝啓お母様。不肖貴女の息子は、タイムトラベルに失敗した模様です。


「ん? でもあれ魔王城じゃね?」

「えっ?」


 崖と崖の間。谷道の向かう先には、ついこの間見たものと同じ魔王城が浮いていた。

 こっから見るとラスボスダンジョンの風格がやべえな。ここ観光スポットにしようぜ。死体山ほどあるけど。


「じゃ、じゃあここ峡谷!? ……な、なんであたしたちこんなところに」

「……ぉ……ぁ……」


 考え込むユリーカ。顎に手を当てて思考する彼女の背後に、倒れている男はどうにも見覚えが……あん?


「そこのハンバーガーなシルエットは……おい、バーガー屋じゃねえか!!」

「え、レックルス!?」

「お……おう……悪い……ドジっちまった……」

「何があった! っつかテメエ無事かよお前腹からケチャップはみ出てんぞ!」


 上体を抱き起こす。バーガー屋の目にはクマができていて、ついでに言やぁ腹でも何かに貫通されたのか血が尋常じゃねえ。俺とユリーカとで両サイドから彼を見下ろすと、どこか穏やかな表情でバーガー屋は笑う。


「魔力の枯渇だけだ。こんくらいじゃあ死なねえよ……それより、帰らせることができて良かった……ユリーカちゃん、大丈夫か……?」

「あ、あたしは何ともないけど! な、なにがあったの!?」

「……ヴェローチェさんの姿もねえが、どういう状況だ?」

「ヴェローチェの嬢ちゃんなら……お前ら引き戻すのに魔力全部使っちまったからな……俺が適当な場所に転移させた。ここは、やばかったからな……」

「ってことは……帰還には成功した、と……。お前ら地下牢に居たんじゃなかったのかよ……? で、この死体いっぱい幸せいっぱいみたいな状況は何なんだ!?」

「賭け……だったが……お前が戻ってきてくれて良かった。俺たちじゃ……ヤツは手に負えねえ……!!」


 ヤツ?


 過去から戻ってくるなり衝撃展開すぎて若干脳味噌が追いついてない感がやばい訳だが。とにかくバーガー屋の話じゃあ、ヴェローチェさんは無事。だが、あの強大な魔王軍を以てしてもやばいヤツとやらが――


「"車輪"に……"鬼神の影を追う者"か……。ふむ、当初の目的は達成できそうで何よりだ」

「っ!?」

「……誰!?」


 慌てて背後を振り返る。

 そこにはたった一人、死屍の丘に佇む影が一つ、俺とユリーカを見下ろしていた。


「さすがは四天王、よく粘ったというべきか。"車輪"を呼び出してくれるとは好都合。……"鬼神の影を追う者"まで呼んだのは予想外だが、まあ前衛一人が二人になろうが、(やつかれ)の敵ではない、か」

「……おいおいお前さん、その黒コートは嫌な予感しかしねえ訳だが……よければくるっと後ろを見せてはくれませんかねぇ……?」

「なるほど、魔導司書の制服については知っているようだ。デジレやヤタノと何度も出会っていればそれも当然か。心配しなくて良い。(やつかれ)のコートの背には、縦筋が一つ入っているだけだよ」

「一番やべえじゃねえか!!」


 身長はだいたいクレインくんくらい。男か女か分からない、セミロングに靡く銀の髪。縦筋一本ってこたぁつまり示す数字はIしかねぇ……。つまるところ……あの化け物軍団のリーダーじゃねえかあいつ!


「魔導司書の、第一席……アスタルテ・ヴェルダナーヴァね、あんた」


 すでにカトラス二刀を出現させて身構えながら、第一席――アスタルテを見据えるユリーカ。俺も鬼殺しに手をかけて、彼か彼女か分からんアスタルテに目をやった。

 不敵な笑みを隠さないアスタルテは、少し小高くなった丘の上から、死体を避けつつ歩み寄ってくる。


「"車輪"のほうは(やつかれ)を知っているのか。せっかくだから自己紹介をしようと思ったのだけれどね。(やつかれ)はアスタルテ・ヴェルダナーヴァ。帝国は帝国書院書陵部魔導司書。僭越ながら、そのリーダーを務めさせてもらっている。何か質問はあるかな?」

「男? 女?」

「……ほんとうにノータイムで質問が返ってきたのはきみが初めてだよ」


 目を丸くしつつも、やたらと嬉しそうにアスタルテは笑う。


(やつかれ)は男でも女でもない。故に彼でも彼女でも好きなように呼ぶといいさ。(やつかれ)現人神(あらびとがみ)。人の身に神を宿す者。故に性の別はない。短い間だが、よろしく頼むよ」

「……短い間、ねえ。マジでやり合うのか?」

「"車輪"の討伐。それが今回の(やつかれ)の仕事さ。だからきみの隣に居る彼女を殺すまでは……やり合うつもりだよ」

「……そうか。そいつぁ……いただけねえな」

「刃向かうというのなら。魔族であるきみも討伐対象だ」


 凄まじい覇気の突風が、峡谷中に吹き荒れた。


 アスタルテ・ヴェルダナーヴァの瞳が虹色に輝く。

 彼を取り巻く渦が魔素の嵐と化し、彼女の魔力が膨れ上がる。


 ……って……ちょぉ……お前……待てや……。


「……一つ、いいか。第一席さんよ」

「なにかな?」

「俺ぁよ、三、四人の魔導司書と面ァつきあわせたことがあんだがよ……」


 デジレ、グリンドル、ヤタノ。そしてなんかヒイラギさらったオカリナ女。

 そいつらを思い出しながら、アスタルテを見据える。


「ヤタノちゃんは番傘、デジレは大薙刀、なんていうように、どいつもこいつも固有の武器が神蝕現象とやらの発動キーだったんだが」

「ふむ、よく分析している。それはすべて、魔導司書が持つ魔導書さ。(やつかれ)魔導書(それ)は、この指輪だ」


 彼は自らの中指にはまった虹色に瞬く指輪をかざす。彼女の魔力は確かにその指輪に集約されているようだった。

 だが、俺が聞きたいのは、そんなことじゃねえ。


 口元がひきつるのを感じながら、それでも、言った。


「じゃあ、聞くがよ……」

「うん?」

「俺の知ってる魔導司書共の魔導書とやらが……番傘や大薙刀やオカリナが……九つ全部お前さんの背後にある気がすんのは……気のせいか?」

「気のせいではないよ。きみの目は至って、正常だ」


 ……は、ははは。


 おいおいまさか。


「そろそろ、始めようか」


 アスタルテが言う。


――神蝕現象(フェイズスキル)【九つ連なる宝燈(ほうとう)(しらべ)】――


 アスタルテの祝詞が周囲に響く。


 その九つ連なるってのはよ。


 二席から十席全部ってことじゃあ……ねえよなぁ!?




まどうししょ の アスタルテ が しょうぶ を しかけてきた !▼

(専用BGM『絢爛神域の紅孔雀~BOSS BATTLE ASTERTE~』)


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