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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之肆『導師 車輪 魔王城』
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第二十二話 最果ての村ラシェアンIII 『――潰してやるよ』


 最果ての村ラシェアンで行われる戦いは熾烈を極めていた。

 黒の太陽はもう暮れて、ほの暗い夜の帳が落ちて。

 それでもなお苛烈な魔王軍の侵攻を、堕天使たちはくい止める。


「まだだ……!! まだやれる!!」

「敵の数もだいぶ少なくなってきた! ……日輪の魔導を使える奴も殆どいない、これなら……やれるぞ!!」


 そして一度は窮地に陥った彼らに、ようやく風が向いてきていた。


 味方を鼓舞する青年が吐いたことも、その一つ。

 開戦時に突如舞い降りた日輪魔導、そしてガーゴイルやワイバーンの吐き散らす炎に紛れ込む日輪属性。その双方が彼らの懸念であり、恐怖すべき対象であった。


 だが時間が経って日輪魔導は下火になり、ガーゴイルやワイバーンも粗方駆逐することが出来た。よって、的確に堕天使の弱点を突ける者は、もういない。


 さらに。


 ジャラララララ、と重なった金属が地を這う音。

 同時に聞こえる魔獣魔族の断末魔の悲鳴と、肉を裂く刃の銀閃。


「ほらほらどうした!! あたいはまだ満足してねぇぞコルァ!!」


 ラシェアンの門前で仁王立ち、彼女がその場に現れてから誰一人村に侵入することは許されない。女傑、イブキの存在。

 巧みに鎖鎌を操って、中距離攻撃で複数の魔族をまとめて狩り尽くす。


 いつの日か見張り台の上に積み上げられた堕天使たちは、その強さに苦笑しながらも頼もしさを覚えて己のことに集中出来た。彼女が居る限り、門が破られることはない。


「クソ、デビルとデーモンロードがッ!!」

「空もいっぱいいっぱいだ!! そっちで何とかならねえのか!!」

「無理だ! こっちだってまだ魔族が、ああああああああああああ!!」


 しかし、門という障害をものともしない存在が、往々にして魔族の中には居る。

 堕天使とてそのうちの一種族だ。つまりは、空。


 魔王軍には、翼を持つ者が大量に居た。堕天使の村を攻略するからには当然といえば当然だ。ワイバーンにガーゴイルという魔獣が狩られてしまった今でも、デビルやデーモンロードといった主力がまだまだ健在。


 翻って堕天使たちは疲労困憊。

 風が向いてきたとはいっても、体力が回復する訳ではないのだ。


「おいブラッズ!!」

「うああああああああ!!」


 伝達で注意がそれてしまった堕天使に、デビルが三体迫り来る。

 格上の堕天使に対しての多数での攻撃。理にかなったその連携に、さしもの堕天使とて勝てようはずもない。その鋭い爪で引き裂かれる、間際。


「散れ」


 地上にはイブキが居る。けれども、空までカバーする余裕は彼らには無かったのだ。


 さっき、までは。


「……は?」


 死を免れたことに、一拍遅れて気付いたブラッズという男。

 その呆けた、否惚けた声にこそ彼に起こった真実の答えがあった。


 まるで塵芥のように切り刻まれたデビルたちが、声も無く地上へと落下していく。


 その場に佇むは少女だった。


 自分たちと同じ黒の三対の翼を持った、同じ堕天使の少女。


 だが、彼らは見たことが無い。


 このような、美しく可憐な少女のことを。


 ぽたり、ぽたり、と二本のカトラスから滴る血が、デビルを刻んだのが彼女だということを教えてくれる。この烈火のような戦場にあって静謐な表情が、しばらく落ちていくデビルを見下ろしていた。


「え、あの」

「間に合って、良かった」


 声をかけようとして、ふと呟かれた言葉に被せられる。

 何のことかと思った瞬間、振り返った少女が見せた満面の笑みに息を飲む。


「ブラッズさんが無事で、良かった」

「あ、ああ……いや、きみは」


 戦場に咲く一輪の花。


 場違いのようなその可愛らしい笑みは、一瞬のうちに掻き消える。

 同時に彼女の手に現れたのは、長槍。


「フッ……!!」


 勢いよく振るわれた右腕。風を切り螺旋を描きながら、さながら弾丸のように飛んでいくその槍の終着点は、上空から子供を襲おうとしていたデーモンロードの眉間。


「げぎゃっ……!?」


 その瞬間魔族の頭から槍は消え、同時に彼女の手には強靱な強弓が現れる。


「生きてね……絶対」

「あ、お、おう」


 一言だけ交わすと、凄まじい勢いで彼女はさらに飛んでいった。

 その先でデーモンロード十数の群に遭遇し、かと思うと一瞬で彼らを切り刻む。

 先ほどまで持っていた弓ではなく、カトラスの二刀で見せるその剣舞。


「……誰だ、あの子」


 さながら戦乙女(ヴァルキリー)

 たった一人で戦況を変えてしまうほどの力量を持ち合わせた可憐な堕天使。


 だが、ブラッズは彼女を見たことが無かった。

 堕天使の村など、ほかにブラッズは知らない。そもそも日の元に殆どでることが出来ない存在だ。だからこそ魔大陸の中に堕天使の生息範囲は限られる。

 それにあの可憐さと、強さ。

 あんな存在が、無名でまかり通るはずがない。


 そう思うのに、出てこない。


「……でも、なんか」


 ちょっとだけ、思うことがあるとすれば。


 今あそこでデビルを相手に大立ち回りを演じているあの少女はどこか。


「ユリーカちゃんが大きくなったら……あんな風に可愛い子になりそうだなぁ」


 いつもてこてことブラッズに弓での勝負を挑んできては、負けてふてくされて。お菓子をあげるとにこにこと笑って帰って、翌日軽くあしらわれたことに怒って戻ってきてまた勝負。そんなことを繰り返す、村の可愛い少女の面影があるような、そんな気がして。


「……負けて、らんないな」


 弓をつがえる。

 引き絞られたその標的は、一体のデビル。


 あの少女の剣閃がぎりぎり届かないところに待避して、隙を見て襲いかかろうとしたそのタイミングで放たれた、ブラッズの一矢。


「ぎゃっ!?」

「ふぇ?」


 墜落するデビルに気づき、すぐさまこちらを向いたあの少女は。

 にこっと笑って、口にした。


「相変わらず上手いね、ブラッズさん」


 ああやっぱりもしかして。


 ユリーカちゃん本人なのではないかとそんな気がして。

 そんな訳がないかと首を振った。


「まだまだ敵はいっぱい居る! 頼んだぜ嬢ちゃん!!」


 声をかけた時にはもう背を向けて次々と敵を葬っていく少女に声をかけ、自分ももう油断しないように、次の矢をつがえて敵軍を睨んだ。
















 宵闇の中に浮かぶ影。


 その男は空中に現れ、迫り来る脅威に手をかざそうとして――一瞬で吹き飛ばされた。

 地面に叩きつけられる寸前で留まり、コウモリの翼で空へと舞い戻る。

 その刹那、今の今まで彼が居た地面に轟音。クレーターの中央は間違いなく自らが叩きつけられようとした場所。

 中心から見上げる金の瞳は、さらに男を見つけるや跳躍する。


「っ……!!」


 手をかざし、風の弾丸で弾幕を張った。雨あられと降り注ぐは、一発でも当たればその肉を抉り取る炸裂弾。だがそんな攻撃をものともせず、黒い髪を靡かせその巨大な斧を縦横無尽に振るいながら、男へと肉薄した。


「ぐぅ……っ!?」

「オルァアアアアアアアア!!」

「なにっ!?」


 苦し紛れに繰り出した風の槍と炎の矢。的確に追跡者を狙ったその攻撃は、あろうことか大斧によって全てはじき返された。驚愕に目を見開きながらしかし、その一瞬の隙を突いて追跡者の背後に風槍を具現化。貫かんとした瞬間、気配に気付いたその追跡者が振り返ることもせずに斧で背後を打ち払う。


 一旦の呼吸を許された男――グラスパーアイが着地するのと、追跡者――妖鬼シュテンが地面に落ちてくるのはほぼ同時だった。


 相対する、二人。


「貴様ッ……本当に妖鬼かッ……!?」

「それなりにな。……んなこたぁどうでもいい。テメエ、シャノアールとタリーズをどうするつもりだったんだ。……道化だとか、ほざいてたが」


 す、とその大斧を突きつけるように前へとだし、矛先をグラスパーアイに固定する。

 その仕草はまるでこの妖鬼がシャノアールとタリーズを守ろうとしているかのようで、思わずグラスパーアイは失笑した。


「……なにを笑ってやがる」

「失敗した、と思ってな。貴様のような厄介な者をつれてくるとは、シャノアールもなかなか策士じゃないか」

「……あ?」


 ぴくり、と眉を動かす妖鬼シュテンに、「気付いているのだろう?」とグラスパーアイはせせら笑う。会話をしている間にも魔力を充填し時間稼ぎをしながら、グラスパーアイはその赤い瞳をシュテンに向けた。


「テメエの、魔眼じみた洗脳か? シャノアールほどの野郎には効かねえと、思ってたんだが」

「ああ、普通はな。だが、極度の不安定な精神状態か、魔力の枯渇。そのどちらかがあれば、操ることくらいは出来る。……そのどちらも、失敗したがね。貴様が影響しているんだろう?」

「さぁて、どうだろうな。……っつかあれかテメエ。その不安定な精神状態とやらを作り出す為に……タリーズ、()るつもりだったろ」

「それもそうだが……やはり策士たるもの、一つの行動に二つ以上の効果を求めたくなるものでな。まあ貴様には関係のないことだが」

「……あ?」

「貴様ら妖鬼のような下等種族は、魔力は殆どない癖にほかの魔族以上に魔素を体内に蓄えている。それが全部筋力値に行っているんだから脳筋だよなぁ? ……こういうことに気づけないようにな!!」


 瞬間、シュテンの周囲を大量の風槍が取り囲む。


「……時間稼ぎをされていると、気づかなかったのか? 周囲の魔素の動きも捉えられないのか? だから脳筋だというのだよ、妖鬼という種族は」

「……で、タリーズを殺す以上に、プラスアルファでなにがしたかったんだテメエは」

「強がるなよ。……まあ、冥土の土産に教えてやる。タリーズは殺した後で魂を(にえ)に、シャノアールを完全な洗脳下に置くつもりだ。今からでも遅くはない……貴様のせいで遅れを取ったがな。……そう考えると、やはりシャノアールは良い道化だったよ!!」

「そうかよ……」

「そうとも! なぁにが『それが親というものなんだ』だ! 笑わせる! そちらの方が子を餌にする行為だとも知らずにさァ……!! 妖鬼の潤沢な魔素ならば、あの最高峰の魔導師でさえもされるがままだ! ハッハッハ、低能共! 最っ高の茶番だろう!?」


 高笑いするグラスパーアイが、ふと何かに気づいてシュテンへと目をやった。

 棒立ちし、鬼殺しを下ろして俯いたその背から、言いようのない凄まじい覇気が漏れだしている。

 先ほどまで散々自らを睨み据えていた金の瞳は見えないが、見えないだけに不気味であることも確かだった。


 つう、と頬を伝う汗を拭い、グラスパーアイは景気付けに叫ぶ。

 

「そのままハリネズミのようになって死んでしまえ!! バカが!!」


 ゆっくりと顔をあげたシュテンの瞳は、普段以上にぎらついていた。

 風槍が、一切の容赦なく彼に向かって突撃する。


 風槍同士が干渉しあって炸裂する轟音と、巻き起こる土煙の中で。


 すん、と鼻を突き刺す血の臭いに、グラスパーアイは口角をあげる。


「は。ははは。どれだけ強大な魔族かと思ったら……やっぱり所詮は妖鬼か」


 実際のところ、あのプレッシャーは尋常ではなかった。

 一歩間違えれば串刺しにされていたかもしれないほどに。


 だから、危なかった。

 頬を滴っていた汗を拭い、グラスパーアイは現場から背を向ける。


 その時だった。


「……人にはよ。まっすぐ気高く天高く……誇る信念ってもんが、あんのよ」

「……はぁ?」


 思わず、呆けた声が出た。

 あれだけの、死角のない多面攻撃。串刺しになっていておかしくない者の声が、耳に触れて振り返る。


 するとそこには。


 十を数える槍を体中に突き刺して尚、佇んでいる妖鬼の姿があった。


「おいおい、生きているのか……」

「悪ぃが……死ぬほどの痛みにゃ慣れてんだよ」

「化け物が」


 口では悪態を付きつつも、グラスパーアイは後ずさる。

 この男には洗脳が効かない。その上で、速度も筋力もあちらが上だ。頼みの綱の魔導の発動が、間に合うかどうかわからない。


「シャノアールには、目指す道があった。あの夜楽しそうに語ってた、最高にかっこいい野郎の言葉を俺ぁ忘れねえ」

「……なにが言いたい。べらべらと抜かしやがって」

「テメエはその"道"を汚したんだ。土足で踏み荒らして高笑いしやがったんだ。……人の浪漫を侮辱するような奴ぁ、俺は絶対に許さねえ」


 一本一本、突き刺さった風槍を抜きながら。

 その度に顔をしかめつつ、それでも尚シュテンはグラスパーアイから瞳を逸らそうとはしない。その憤怒に燃える瞳が、グラスパーアイを捉えて離さない。


「浪漫? ……バカじゃないのか貴様。合理的な計画の前に、貴様のヨタが通用するとでも思っているのか」


 グラスパーアイは内心ほくそ笑んだ。この状態、悪くない。

 魔素を操り、シュテンをもう一度刺し殺す猶予がある。

 ごちゃごちゃと訳の分からないことを言っている間に状況を整えて、時間稼ぎに徹して、今度こそ。


「テメエの行動は、シャノアールの全てを踏みにじった。タリーズを殺そうとし、シャノアールを罠にハメ、精神的にすり潰し、今尚タリーズを生贄にしてシャノアールを洗脳下に置こうとしている。……そうだな」

「なにを今更!! それでこそ魔王軍!! そして、魔王軍のさらなる強大化に繋がるというものだ!!」


 魔素の準備は整った。

 あとはもう一度、身動きを取れなくするだけ。


 そう思って赤く染まった瞳でシュテンを睨み据えるのと、シュテンが声を荒げるのはほぼ同時だった。


「だってよシャノアール!!」

「……なに?」


 居るはずもない相手に向けたシュテンの声に動揺するグラスパーアイ。

 だが、もしやこれも策略の一つなのかとシュテンから目を逸らすことはなかった。


「……いや引っかけとかじゃねえから。そこに居っから」

「戯けたことを……奴は牢獄にぶち――」


「助けてもらったよ。彼にね」


「っ!?」


 慌てて背後を振り向いたグラスパーアイ。

 そこには、ぐったりとした様子のタリーズをだき抱える青年と、その背後で親指を突き出して歯を向くごつい男が居た。


「やっぱ一号の嗅覚は伊達じゃなかったな」

「造作もないことっすよ!!」


 一度見た強者の居場所がわかるというその尋常ではない能力。

 豪鬼族(ハイオーガ)の一号だからこそ出来たその所業に、シュテンは苦笑しつつも彼のサムズアップに答えた。


「シュテンくん……すまなかった」

「一人でカッコつけっからそうなるんだ。ダアホ」

「返す言葉も、ないな。このボクでさえ、ね」


 肩を竦めるシュテンに対し、シャノアールはやりきれなさそうな笑顔でもって応えていた。自ら魔王軍へと加入し、恨みのままに振るおうとしたその魔導と、愚かさを。最初の襲撃で理解出来たことが、なによりの救いであった。


「き、貴様……貴様らッ……!!」


 取り囲まれた状況で、一人歯を食いしばりシュテンを睨みつけるグラスパーアイ。

 その怨恨籠もった瞳を真正面から見返して、シュテンは言った。


「時間稼ぎをしてたのはテメエだけじゃなかったってこった。カッコつけたバカに、どうしてもテメエの本心聞かせたかったんでよ」

「……貴様アアアアアアア!!」


 魔素の充填は出来ていた。

 勢いよく、先ほどの倍以上の風槍と炎の矢をシュテンを取り囲むように展開する。


「死ねえええええええ!!」


 収束。

 シュテンに向かって大量の、魔導武器が襲撃を計る。


 だが。


「……な……ぇ……?」


 数百年研鑽を積んだグラスパーアイでさえも、目で追えないほどの斧捌き。

 あっという間に魔導武器の全てが弾かれて、グラスパーアイは言葉を無くす。


「さっきまでは手ェ抜いて悪かったな。そうでもないと油断しねえだろうし、逃げられても困ったからよ」


 さて、と一言間をおいて。


「一人でカッコつけたバカ野郎に真実は全部聞かせたし――」


 とん、と鬼殺しを担いだ妖鬼は笑う。


 顔を盛大にひきつらせたグラスパーアイを見据えて。


「――こっからは全力で、潰してやるよ」

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