第十九話 ティレン城V 『リスタート』
「あたし……ちょっと不安かも」
「あん?」
うぃーっす、こちら現場のシュテンでーっす。
ティレン城のメインストリートを駆け戻っていると、周囲の連中が口々に「助かった」だの「怖かった」だのと言っていることから、どうやら魔王軍が引いたらしいことは確認できた。
ってことはまあ、本当にシャノアール目当ての進軍だったんだろうな。
逆にいえば、奴さえ居なければこの城などいつでも落とせるっつー意思表示にさえ聞こえてくる。
しかしちょっと最近色々ありすぎたのはバタバタ忙しかったせいもあるが……バーガー屋の野郎がすげえピンポイントで上手い具合に過去に送ってくれたから何だろうな。
「結局シャノアールは魔王軍につくことになったし……タリーズもヒドい怪我だった……。あたしたちが居ても、なにも変わらないんじゃないかって……」
「はっ。そんなことか。そんなもん、これからだろ」
「えっ?」
オカンと一号との合流場所は特に決めてなかったっけな。
どうせ城門近くかさっきの森に居るだろうから、あんまり気にしちゃあいない。
むしろ気にしているのはユリーカのドのつくローテンション振りだ。
ローテンションっつか消極的っつか。
こいつやっぱあれだな、失敗とかしたことないタイプだな。
「ようやく、どういう経緯でシャノアールが魔王軍入りしたかが分かった。タリーズは俺らが居なきゃ死んでたかもしれねえことが分かってる。なら後は、"シャノアールが歴史から消えた理由を探すだけ"だ。簡単じゃねえか」
「……そう、だけど」
「シャノアールの魔王軍入りを回避する、なんて目的でやってた訳じゃねえんだ。確かにちったあ難易度の高い過去だが、失敗なんて決まってねえ。ついでにグラスパーアイの野郎が裏で根回ししてた可能性がバカみたいに高いことも分かってんだ」
「……うん」
「ってことは今回のボスはグラスパーアイ。ミッションはシャノアールがグラスパーアイに操られるのを避けること、次点でタリーズの救出だ。……こんなこと言いたくねえけど、最初はシャノアールの魔王軍入りの経緯を聞くだけの仕事だったんだぜ?」
「でも、そんなこと出来ないじゃない……! シャノアールを知っちゃった以上……見殺しみたいなことなんて」
「だーかーらこうして動いてんだろ? シャノアール、助けてやろうぜ?」
「っ……うん!」
よーっしエンジンかかった。
確かに力は強ぇけど、なんだかんだお嬢ちゃんなんだよなユリーカも。「頑張って、助けないと……!」なんて自分に言い聞かせながら頷いてる彼女を横目に、俺も少し思考する。
グラスパーアイの野郎がティレン城に潜入出来ていたのは、まあ分かる。俺とユリーカがあっさり入り込めた程度のざる警備だ、他にもいくらでも穴はあったんだろうさ。
んで、ロドリゲスに何らかの意識的な魔法をかけた。
まあたぶんこれタリーズ絡みなんだろうな。シャノアールの抱えている童女が危険きわまりないとか、シャノアールを唆す要因になっているだとか。シャノアールとタリーズが離れたタイミングを狙ってこれ幸いと連れだしたんだろ。
ぶっちゃけ、シャノアール以上にタリーズの名が全く歴史に紡がれていないところを見ると、下手すりゃ本当にあすこで死んでいたのかもしれないしな。
……ってことで俺たちの仕事は単純明快。
メインクエストはシャノアールを守れ、サブクエストでグラスパーアイの撃破及びタリーズの救出。ゲートの中に入った様子を見る限りシャノアールに魔法をかけた形跡はなかったし、そもそもあんな魔導具を大量に持った魔導師にそうそう意識魔法をかけられるとは考えづらい。
やるとすれば、シャノアールを弱らせてからだろう。
……弱らせてから?
「……なあ、ユリーカ」
「ん、なあに?」
「お前一番最初に俺と会った時に言ってたよな。……堕天使ってぇのは頑丈で、そもそも種族的に強いんだって」
「そーよ! だから、村があんな風にあっさり滅ぼされたことも、今でも何でなのか分からないくらい……」
「……おいおいおいおい、全部ここで繋がってくんのかよ……」
冗談じゃねえ。
いや、これは予測にしかすぎないこと何だが……それでもあまりにも繋がりすぎる。
もしかするとここからグラスパーアイは全部動いたってのか?
「ねえ、シュテン」
「あん?」
「……ラシェアンが魔王軍に襲われた後だったら、どうしよう」
「まあたぶん、急いだ方がいいだろうな。……もし戦火の中にあっても、元々はお前の両親に会えればいいってだけの話だったんだし」
「そうかもしれないけど……タリーズに会って思ったの。過去にもし死んでいた人であっても、助けたいなって」
「そらお前さん、偽善ってもんよ。俺たちは未来の住人だ。誰かを助けたことで誰かが不幸になるかもしれねえし、生きているはずの誰かが死ぬかもしれねえ。未来に居るはずの奴がいなくなるかもしんねえ。ましてやラシェアンで動くなら尚更、未来に戻った時にお前さん自身にどんな影響があるか分かったもんじゃあねえよ」
「……けど、そうだとしてもあたしはタリーズを助けたいし、シャノアールにも幸せになって欲しい。未来の住人だからって……過去に来られた以上は同じ時を生きる人……って考えちゃ、だめなの?」
……たまに、ユリーカは本当に魔王軍なのかってくらい優しいところを見せる。
よくよく考えたら両親捜す為に手貸してるだけだしな、元々そういう子なのかもしれん。
未来の住人が過去を書き換えたら、未来の人たちに影響が出る。
それは自分かもしれないし、大事な人かもしれないし、他人かもしれない。
他人ならどうでもいいと割り切るのは悪だ。未来の住人が過去を書き換えるのはよくないことだ。
そう考えて俺たちはここまで、殺しにも手を染めずにやってきた。
……ん?
……あ。
俺ロドリゲス殺ってんじゃん。
「シュテン?」
「過去に来た以上は同じ時を生きる人、か。確かにそうかもなって」
「なによ突然」
「いや俺ティレン城の騎士長殺っちゃったじゃん? あん時ゃ俺の頭の中にはシャノアールの危機のことしか頭になかった。奴とはもうダチだ。過去だの未来だの関係ねえ。ただ目の前の助けたい人を助ける。俺たちにはその力がある。だから――」
「……だから?」
「ま、いんじゃね?」
「えっ」
「いや、過去を書き換えちゃいけないよなーって、なんかなぁなぁに決めてやってきたけどよ。そんなルール誰が決めたんだよ。過去に戻るって行為がそもそも反則じゃねえか。その上でレールの上を走る連中を傍観しろって方が脳味噌狂ってら。殺されるべき奴は殺されろ? 目の前で? 冗談じゃねえ。そんなくだらねえ歴史だってんなら……"未来の住人"である俺らが、ぶっ飛ばしてやろう」
ほけ、とした顔のユリーカに、笑って。
「な?」
「……うん! そうね! ぶっ飛ばしちゃおう! ラシェアンも助けて、グラスパーアイやっつけて、シャノアールも助けて、タリーズも元気にして、それから、それから……うん、めちゃめちゃにしちゃおう!」
「定められた過去をかき乱す。……これも一つの浪漫じゃねえの」
……これでグリモワール・ランサーIIの歴史まで変わっちゃったらお手上げだな。
まあどうせ、珠片のせいでどの道イカレてやがるんだ。
観光なんつって日和るのはもうやめてんだし、盛大にやらかしてやろう。
「そんじゃ、ひとまずオカンと一号と合流すっか」
「そーね。うん。……ね、シュテン」
「なんだよ」
「がんばろーね」
「……ああ」
へへ、と笑みを取り戻したユリーカ。
……ま、いっか。未来のことは、未来に戻ってから何とかしてやるよ。
「オカン、一号!」
「よぅ」
「お疲れっす」
オカンと一号は、ことのほかあっさりと見つかった。
二人して木に寄りかかってまったりしてやがる。露払いしろっつったのは俺だけどよ、任務完了とばかりにのんびりされてるとこう、俺まで怠けたくなってくる。
「っつーわけで寝ようかな」
「シュテン? あたし、さっきまですっごく良い話してたなって思ってたんだけど」
「うぃっす起きますサーセン!」
ばっと起きる。ばっと。
いやそりゃカトラス出されたら何も出来んって。あいつに武器持たせて勝てる奴がどこに居るってんだばーか。死ぬわ。
……なんだよオカンその目はよ。
「尻に敷かれるような情けない旦那にだけはなるんじゃないよ」
「いや、違うから。そういうんじゃねえから。何なら振り回してやっから。俺理不尽極めっから」
「……なら、よし」
鷹揚に頷くオカン。
「いいんだ……」
目を点にするユリーカ。
「とりあえず兄貴、このあとはどうするんで? ラシェアンっすか?」
全く意に介さない一号。
なんつーかまあ、妙な前衛パーティだよなこのメンバー。いや楽しいからいいんだけどよ。とりあえずやることは単純だ。
「オカン、一号。それぞれ一個ずつ頼みがある」
「あたいはどうせあれだろ、ラシェアンまでの案内だろ?」
「ああ、オカンはそれで頼んだ。んで、一号なんだが」
「なんっすか?」
「お前、シャノアールには会ったか?」
「会ったってほどじゃあないっすよ。何度かシャノアールに飛びかかろうとした奴殺しておいたのと、二言三言会話しただけっす。兄貴が誰かを心配して城に入ったこと言ったくらいっすけど」
「……まあ、会話をするほどには接近したってことだ。んじゃ、追えるか?」
「あ、そのくらいだったら余裕っすよ。了解したっす」
頼もしいくらいビシッと敬礼かました一号に頷く。
一度会った強者の居場所が分かるという一号の謎の力の発動範囲は、シャノアールも例外ではなかったようだ。
これなら、何とかなるだろう。
「あんまり深追いしなくていい。罠にハメられたらコトだしな。出来ることならもう一度会いたいんだ。あまりにも別れが唐突だったし、タリーズのことも気になる。……そう伝えてはくれないか」
「分かったっすよ。ちょおっと骨が折れるっすけど、イブキほど術に弱い訳じゃねえっすから」
「頼んだぜ」
豪鬼族の一号は、妖鬼ほど魔術に耐性が無い訳じゃあない。
とはいえ低いことには変わりないから心配っちゃ心配なんだが、任せられるのが一号しかいねえんだから仕方がねえ。
「おいシュテン。ラシェアンでなにが起こるっつうんだい。言っちゃなんだがあすこの堕天使共は冗談じゃないくらい強ぇ。そんな連中に対してさっきの魔王軍が攻撃を仕掛けたところで、損害は尋常じゃねえと思うんだが」
「……オカンは、堕天使の弱点知ってるか?」
「いや……日光、だっけか?」
「あのシャノアールが魔王軍に組した。あいつがもし日輪系の魔導でも持ってたら、それこそたまったもんじゃねえよ」
なるほど、とオカンが頷く。堕天使たちに対して一番有効なのは、日輪系の大規模魔術。ぶっちゃけ、あのシャノアールならやりかねない。そして、堕天使の村が滅んだ原因というか、幼き日のユリーカが覚えてる村の景色は……煉獄さながらの灼熱。
「待って……」
ふいに、袖を引かれた。
振り向けば、潤んだ瞳を震えさせて、ユリーカが佇んでいる。
心中穏やかではないようで、少し俺の着流しを掴む手に力が入りすぎていた。
「じゃあ……シャノアール、が……?」
「分からん。分からんが、可能性としては大だ。グラスパーアイが奴を弱らせようとしているのなら尚更。魔王軍最初の大仕事として、シャノアールほどの魔術師に対してはうってつけだろうよ。精神的に追い込む意味でも……魔力を減らして疲弊させる意味でも。それにどの道、魔王軍がラシェアンを襲うのはこの時期だ」
「じゃ、邪推よ。だって、そうしたら、あたしが好きだったみんなを殺したのは――」
「殺させないように、するんだろ?」
「――っ。……で、でも」
「失敗はしねえ。どっち道予測に過ぎねえが、シャノアールにそんなことをさせてたまるか。ましてや傀儡になんてさせられるか。絶対に奴を、グラスパーアイの支配下に置く訳にはいかねえ……やれるな、ユリーカ」
「……うん。分かった。……ごめんねシュテン。あたし、ほんとは弱虫なんだ」
「お前ほど強ぇ弱虫ってのは、笑えねえな!」
「え、へへ。うん、そうだね。頑張る……頑張るから……絶対……!」
あの時ティレン城で、ユリーカにはシャノアールが裏切ったように見えたのかもいれない。仲間や家族を失うことに、やはり強い恐怖があるのか。
二百年両親を探している少女だ。それも、分からないことじゃない。
「……ふーん、やるじゃあないかシュテン。あたいもちっと気張らせてもらうよ」
「お、おう。気張ってくれや。頼りにしてんぜ」
「オイラもやるっすよ! 兄貴と姐さんが安心して未来に帰れるようにするっす!」
「はは、サンキュ!」
「ねね、シュテン。円陣くもうよ、円陣!」
「はぁ? そらまた、なんで」
「お、やるっすか!? いいっすよ! やるっす!」
「あたい、嫌いじゃないよそういうの。息子だってんなら……お前はどうなんだい」
「いいでしょシュテン。気合い入れてさ! シャノアールもタリーズも、ラシェアンも。助けようよ」
……三人から一斉に視線を向けられて。
なんつーか、もうしょうがねえな。
「わあったわあった、やんぞオラァ!!」
「やったぁ!」
集まれ、とばかりに両腕を振り回せば、がしぃっ……ともの凄い力で両側から掴まれた。オカンもユリーカも力強ぇよ。俺の対面の一号なんざ、腕折れそうになってんじゃねえか。
「一号無事か」
「な、なんとかっ……!!」
「シュテン、あんたが発起人なんだ。なんか号令かけな」
「俺かよ!?」
「いいじゃんいいじゃん。なんかやっぱりわくわくするね! レックルスたちがライブでやってるの……いつも羨ましかったんだ」
「バーガー屋の真似をやらされてんのかよ俺らはよ!?」
「兄貴、ここは一つ頼むっすよ!!」
「っだあああああ! 分かったよ!! ええっと……」
ただ過去を見て来るだけのつもりだったってのに、ほんと、なんでこんなことになってるんだか。
……だが、悪くねえな。
こういうのも、浪漫っつうのかね。
下を見れば、それぞれの足。ユリーカのサンダルは可愛いが、まさかの一号もオカンも裸足かよ。この泥だらけの足で、どれだけさっき頑張ってくれたんだか。……んで今度も、最後までつきあおうとしてくれている。
ったくよぉ……お人好しばっか集まりやがって。
あとでシャノアールの野郎に謝らせなきゃ気がすまねえ。
「おおっし!! シャノアール、タリーズ親子救出及びラシェアン防衛作戦を敢行する!! 必ず、必ずシャノアールの奴をグラスパーアイの洗脳から守るんだ……行くぞ、テメエら!!」
『おおおお!!』
範囲攻撃なんざほとんど出来ない前衛四人による、一つの村の防衛作戦開始――!




