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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之肆『導師 車輪 魔王城』
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第十五話 ティレン城II 『この俺がね!!』

「……事の顛末は理解したよ。けど性格歪んでるってちょっと言い過ぎじゃない?」


 シャノアールの孫娘にあたるヴェローチェの境遇。彼女が若干危ういこと。

 魔王城の現在。シャノアールという男が殆ど名を残していないこと。

 諸々をかいつまんでシュテンが説明した。時折ユリーカが唇を尖らせて、両足をぷらぷらさせながら文句を垂れていたが。それに関しては軽く流されていた。


「別に言い過ぎじゃないもん……自分が人間だからこうなってるとか、コミュニケーション取る努力もしてなかった奴が何言ってんだって感じだし……」

「ま、自分に引け目があるとなかなか人に話しかけ辛ぇもんよ。ユリーカは強い奴だからな」

「……納得いかない、あたし」


 むくれた顔でそっぽを向くユリーカの頭を軽くぽんぽんと叩きながら、シュテンは対面のシャノアールに向き直った。彼は苦笑しながら、ティーカップをソーサーの上に戻して言う。


「未来の孫娘とユリーカは仲が悪いんだね。しかし、結局ボクは魔王軍に入っているのか。このままだと人類の危機かもしれないが……それにしてもアイゼンハルトという男は化け物だなあ」

「帝国の魔導司書自体がだいぶ頭おかしい集団ではあるんだけどな。その中での最強ってのはやっぱり、バカに出来ないってことだ」

「しかし、それが魔王と差し違えるというから、この世界は面白い」

「全くだ。この世界は、本当に……面白い」


 不敵に笑うシャノアールに、シュテンも豪快な笑みで以て返す。

 そんな双方のやりとりにきょとんとしていたユリーカだが、彼女は背後の気配を感じ取って振り向いた。


「……?」

「あ、ありがと」


 ティーポットを抱えたタリーズが首を傾げて佇んでいた。

 おかわり、いる? とでも言いたげなその雰囲気にユリーカは頷いてソーサーをテーブルの端に寄せる。


 とくとくとく、と注がれる度に落ち着く香りが鼻をくすぐり、人生エンジョイ勢な二人組の会話に呆れつつも平静で居られることが出来ていた。


 タリーズは紅茶を淹れるとそそくさと出口へ向かう。

 彼女が居なくなり扉が閉じたその瞬間、シャノアールの空気が変わった。


「……じゃ、話そうか。きみたちが説明してくれたのにこのボクが話さないというのは、筋が通らないからね」

「そか。さんきゅな」

「あぁ。……まずは何から話すべきか。いや、答えから言おう。確かにこのボクは、魔王軍四天王が一人、"理"のグラスパーアイから魔王軍に降るように勧誘を受けている」

「……ちょいちょい聞くな、グラスパーアイって名前」

「感じの良い奴じゃないわ。あたしもちょくちょく絡まれたし……アイゼンハルトに殺されたらしいけどね」

「……あの壊れ野郎を比較対象に出したら話が終わるからやめよう」


 ふむ、とシュテンは顎に手を当てた。アイゼンハルトに殺されたのであれば、逆に言えばここから先二百年弱の間は存命だということだ。もしグラスパーアイから勧誘を受けているシャノアールが、本当にそのまま魔王軍でその力を振るったとすればもっと名前は知れ渡るだろう。なのに二百年後現在、大した扱いをされていない理由は。


「……なあシャノアール。待遇とか、そんな感じのことは聞いているか?」

「待遇? なんだか、グラスパーアイが直接掛け合って新たな職を設けるとか。"導師"と言ったかな。グラスパーアイ自身よりも上の位で、ほぼナンバー2みたいなものだと」

「……ああ、導師誕生の瞬間か」

「……それが、どうしたというんだい?」


 シュテンの脳内で巡る思考、そして質問の意図を理解出来ずにシャノアールは問いかけた。双方、先ほどまでのふざけた雰囲気はかけらも残っていない。

 そんな空気の中、若干疎外されているユリーカはといえば。ぼうっと二人の会話を聞いていた。


 さっきまであんなに遊んでたのに、真剣になろうと思えば出来るのね。


 二人に共通することではあったが、特にシュテンだ。

 むしろ彼がふざけていないところなど見ていなかったのだから、隣で真面目に展開を検討している表情など、初めて見る。

 それも、至近距離で。


「……あたしのことも、ちゃんと考えてくれるのかな」


 両親と会いたい。言葉面にすれば、シャノアールを訪ねてきた用件と比べて何とチープなことだろう。けれど、ユリーカにとって見ればそれが全てだ。だからこそ、シュテンはユリーカを連れてきたのは"序で"であり、本当に真剣に取り組みたいのはこちらだけなのではないかと、そんな不安が脳裏をよぎる。


 と。


 ぽん、と温かな何かが頭の上に乗った。何だろう、と見てみれば。視線はシャノアールに行ったまま、会話も続けたまま、手だけがユリーカの頭に乗せられていた。


「心配すんな」

「なっ……き、聞こえてたの!?」

「今晩はシャノアールがおごってくれるから安心しろ」

「盛大に違うし!!」


 思い切りはねのけてやれば、ただただいつものように軽薄な笑みを浮かべたまま。


「すまねえなシャノアール。そんで思ったことが一つ。グラスパーアイの待遇と、未来でのお前さんの評価がかみ合ってねえ。……ちぃと、きな臭ぇな」

「なるほど、心配してくれたようだね。そのことについては礼を言おう。だがユリーカちゃんとシュテンくんの会話は聞き捨てならないな! 良いだろう、奢ってやろう!」

「この?」

「ボクがね!」

「うぇーい! 話が分かるぅー!」

「うぇーい! ……この互いの手を叩く雰囲気は嫌いじゃないよ!」


 ハイタッチを交わしつつ、けらけらと笑うシャノアールとシュテン。なんだか随分と波長が合っているなあと思いつつ、ユリーカはしかし口角をひくつかせるのみだ。

 何というか、核弾頭二つを目の前にした気分というか、どうにも落ち着かない。


「何はともあれ、ユリーカちゃんにはユリーカちゃんの事情があるだろう。そのあたりもきちんと考慮するのが男だよシュテンくん!」

「それをそもそも言わねえのが花ってもんだろシャノアール」

「そうかい? そうかもしれないね!」

「ぁ……」


 はっはっは。うぇーい。

 ノリノリで笑いながらも、今の会話。

 その意味はユリーカにも理解が出来た。


 気遣って、くれていた。

 そのことが妙にくすぐったくて、情けなくて、でも嬉しくて。

 人に頼ったことのない自分だったからこそ、どこか庇護されたような甘い喜びが心地よくて。良すぎて。


「う、うっさい!! 早くシャノアールとの話進めなさいよ!」

「うぇーい」

「うぇーい」

「その返事どうにかならないわけ!?」


 顔を真っ赤にした抗議は、彼らのよく分からない空気によって流されてしまったのだった。と、そこにかちゃりと扉の開く音。

 ひょこっと顔を出したタリーズは、ティーポットをちょこっと出して首を傾げる。


「……」


「お、悪ぃな同士! さんきゅー」

「同士っていうのはあれかい? 妖鬼だからかい?」

「なかなか妖鬼って居なくてな。仲間が恋しいのよ、俺も」


 なるほどと頷くシャノアールは、半分理解していないようだ。する気もなさそうだ。

 毎度ふざけ始めたシャノアールとシュテンをおいて、ユリーカは若干涙目になって彼女を呼び寄せた。


「タリーズ……! 貴女だけがなんか救いなの、助けて」

「……?」


 ティーポットをテーブルにおいたタリーズを、ユリーカは自分の膝の上に呼んだ。

 両肩から手を回せばすっぽり収まるサイズのタリーズに、ユリーカはご満悦。


「なんか安心した。話続けて良いわよ」


 と、シュテンとシャノアールは顔を見合わせて。


「何の話だったっけか。クルネーア教全盛期の教国でユリーカ教の宣教師になるにはどうするかってとこまでは覚えてんだが」

「もうちょっと話は進んだよ。何よりもその手段なら魔導具で解決出来るからね、このボクがね!」

「すげえ! 流石シャノアール、すげえ!!」

「え、ちょ、え……?」


 訳の分からない会話を開始した。

 そこで、ふと気付く。自らの胸元に居る存在に。


「タリーズ?」

「……?」


 至近距離で振り向いたタリーズは、養父と変な来客の会話を楽しそうに聞いていた。

 その屈託のない笑みは、心のそこから幸せそうで。


 ……ユリーカも気付いた。


 失敗した、と思った。


 彼女に、話してはいないことなのだと。


「あの、シャノアール」

「うん?」

「ちょっとタリーズと遊んでていいかな? あたし、あまり役に立ちそうにないし」

「ふむ、女の子同士というのは、タリーズも新鮮だろうし。タリーズ、隣の寝室でユリーカちゃんに遊んで貰いなさい」

「……」


 こくこくと頷いて、タリーズは膝からぴょんと飛び降りると、ユリーカの手を取って歩きだした。


「じゃ、シュテン、あとは宜しくね」

「おう、任されたし……任した」

「うん」


 軽く手を振って、ユリーカは応接室をあとにしたのだった。



















 すー、すー、と心地良さげな音色が二つ。

 シャノアールがひっそりと寝室の扉を開くと、ベッドの上で二人の少女が気持ちよさそうに眠っていた。タリーズはユリーカの腰に手を回して、まるで姉に抱きつく妹のように甘えながら。ユリーカもそれに応えるかのごとく彼女の頭に手をやったまま。

 仲良さそうに、眠る二つの影をみとめて、扉を閉じた。


「ちょっと野宿続きだったもんでな。ユリーカもちょいと精神的に疲れてたっぽい。あいつが過去に来た目的はまた別で、そっちも結構、緊張っつか精神すり減らす用事だしよ」

「……深くは聞かないよ。それは、ユリーカちゃんの問題だろうしね」


 後頭部で両手を組んで、のんびりとそんなことを言うシュテンに、シャノアールも肩を竦めて答えると、二人揃って廊下を歩み出した。


「魔族同士、タリーズも安心しているのかもしれないね」

「……聞いてていいのか、それ」

「話し始めたのはこのボクだよ。気にせず、聞き流すなり耳をそばだてるなりしてくれればいい」


 ぴんとした姿勢は自信の現れか、堂々と前を向いて歩くシャノアールに、横目でシュテンは問いかけた。野暮だとあしらわれてしまっては、浪漫派のシュテンが言葉を返すことはできず。


「人間、恐怖症というかね。タリーズは、人間によって迫害された幼い妖鬼なんだ。このボクも拾った時は相当警戒されたし、あの応接室も何度もぼろぼろになったよ」

「……」

「今もこのボク以外の人間と遭遇すると震えは止まらないし、言葉を話せないのは、ボクと出会った時のことがショックだったのだと思う」

「関係あんのか」

「そうだね。このボクが失態をおかしたせいで、殺されかけていたタリーズを庇う際に右腕を消しとばされたんだ」

「……目の前でか」

「ああ、それも至近距離。彼女の顔面にこのボクの大量の血が飛びかかったもんだから、そりゃあトラウマにもなるさ。七歳だよ、彼女その時」

「そうでなくても、タリーズの母親は腱を切られた状態でね。タリーズを守ろうとして這い寄っては、腹部や腕や背中を槍で突き刺された。自分の名前を呼びながら吐血し続ける母親。それはもうヒドい形相さ。周囲からは汚い笑い声。とどめに母親の脳天が眼前で槍で穿たれた時のショックなんざ……どうしようも、ないだろうよ」

「お前そん時何してたんだよ」

「タリーズの存在が見えなくてね。母親のほうの処刑とだけ聞いていたので参上したんだ。そしたらあの有様さ。いくら魔王軍が侵攻してきているからといって、あの仕打ちは……非道にもほどがあった」

「……だから抱えた、と?」

「ああ。このボクにはね、許せないものがあった。道を外れることだけは、絶対に許しちゃいけないものだ。この世にあふれる非道から人々を守るためには、このボクが軍属になってしまってはいけない。フリーランスに、道を正す導く者になろう。そう心に誓ったのさ。それを分かってか、グラスパーアイは導師という名を持ってきたのだけどね」

「……タリーズの所在は?」

「割れてるよ? 彼女がここに居ることぐらい、軍も承知さ。尤も……良い顔をしているかというと話は別だけどね。けど彼女は守るよ、親だからね!」

「そいつぁ、……良い道だろうよ」


 廊下の突き当たりに至って、その正面の扉を開く。

 涼しげな風が頬を撫でたその先に、小さなベランダがあった。


 ポケットからシガレットを取り出したシャノアールは、一本をくわえて指先で火をつける。大きく息を吸って、欄干の向こうに煙を吐き出した。


「……吸うかい?」

「悪くねえが、俺ぁ今日はいいや」

「そうかい。一日一本、変わらない毎日に感謝して吸うこの煙は……何とも甘美なものだよ。このボクにとってはね」

「気が向いたら、貰おうかな」


 シュテンはからからと笑う。

 いつものように、感慨もなく。

 あれだけタリーズの重い過去を話したというのに、平気そうだ。

 シャノアールはそんなシュテンを見て、変な心配は杞憂だったかともう一度シガレットをくわえた。


「……ふぅ。別に、人間に敵愾心を持ってるわけでも、その逆でもない。シュテンくんのスタンスは、ちょっと分からないな」

「お前さんが道を大切にしてんのと一緒で、浪漫が大事なだけさ。この世界を旅して回るってのに、現代だけじゃもったいない。そうだろ?」

「それ以外にも、色々と考えてるんじゃあないのかい? 少なくともこのボクには、そう見える。ユリーカちゃんや、このボクの孫娘や……このボクにも、気を回していそうだ」

「それも、浪漫だからよ。気にするこたぁ、ねえ」

「そうか」


 煙が真っ暗な夜空に舞う。


「魔王軍の勧誘は、当然断るつもりだ。きみたちの話を聞いてしまっては、なおさらね」

「そうかい。……そいつぁ、何よりだ」

「ああ。……で、きみたちはどうする?」

「ん? 明日にゃ発つぜ?」

「ずいぶんと早いなそれは。もう少し、楽しんでいっても良いだろうに」

「おいおい」


 殆ど燃え尽きたシガレットを一瞬で消しとばすと、シャノアールはきょとんとした顔でシュテンを見た。本当に、明日発つなどとは思っていなかったような顔だった。


「タリーズが居るだけでも軍部に角が立つってのに、俺らの存在が割れて見ろ。洒落にならねえことになるに決まってんだ。……そうしたら、人間側での立場がなくなるのはお前の方だ。俺らがきちまったことで、余計な面倒かけるのはごめんだっての」

「……それは、そうかもしれんが。すまないな、シュテンくん」

「なぁに、押し掛けたのはこっちの方だ。お互いさまだっての」


 そうか、とシャノアールはどこかニヒルな笑みを見せて呟いた。


「きみとは、良い友になれそうだと思ったからね」

「何言ってやがる。もうダチだろうよ」

「……はは、そうか。そうかも、しれないな。良い友を持った、と思っておこう」

「おう、良い友だぜ。この俺がね!」

「おいおい、それはこのボクの台詞だよ」


 ははは、と宵闇の中で二人笑って。


 そのやたらとデカい笑い声は、残月の中にひたすら響きわたっていた。


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シャノアールのタバコはマジでロマンがかたまってる。
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