第十三話 スプリングヒルズIII 『笠』
シャノアール・ヴィエ・アトモスフィア。つまりはヴェローチェの祖父にあたる人物の捜索は、おもいのほかスムーズだ。
魔大陸にある人間たちの街において著名な魔術師として防衛任務についているらしい。流石魔大陸というべきか、人間と魔族が混在しながら"人間派"と"魔王軍"の抗争は激しいようだった。
その街の名は、ティレン城。
ユリーカ自体聞いたことがあるという話であったし、何よりも一号が場所を知っていた。降り立った草原から歩くこと数日で到着出来るらしいその城は、ちょうど魔族との間でピリピリとした空気を醸し出しているらしく、上手く人間に擬態出来ないと入ることさえ難しいだろうとの話だった。
「そうすっと、俺がなんか被ればいいのか」
「あたし、翼はしまえちゃうからね」
ふむ。
とはいえ、麦藁帽子程度じゃあ角が貫くだろうし……そうさな、三度笠みたいなもんがあれば最高なんだが。なんかあったかねえ。
「どうしたの? なんか悩みこんじゃって」
「や、俺が帽子をかぶるといったらこれしかないだろうってもんが頭に浮かんでんだが、どこで手には入るかなと」
「ふーん……どんな奴?」
「前から見ると三角で、上から見ると丸い、傘の柄の部分が無くてそこに頭を入れるタイプの帽子」
「ああ、笠?」
「知ってんのかよ」
なら、「笠」「笠か」で通じたじゃねえか。
しかし、ジャポネや共和国領ならともかくとしても、こんなところに売ってるとはとうてい思えないよなあ。
そんな感じで、案内役としてまったり歩く一号の後ろで、ぽくぽく考えようとした俺の耳に、予想外の言葉が降りかかった。
「あたし、作ったげよっか」
「は?」
「その辺に生えてるツタカブラの蔦編み込んでやれば、別に作れるし。昔よく服の背中破いちゃったせいで、裁縫は得意なのよね」
「結婚してください」
「はっ!?」
「や、嘘だけど。しかし、料理に続いて裁縫まで出来るとかお前さん本当に軍のトップなのか怪しくなってくるな」
「……べ、別にそんな驚くほどのことじゃないもん……女の子だもん……」
「さいでか」
先ほどまでの気力一杯から反転するように、唇を尖らせて目を逸らすユリーカ。
しかし、あっさり笠作るとか言い出すあたりすげえよな。……これで、下駄と着流しに加えてツタカブラの笠とか、すげえ強そう。
さっきユリーカはツタカブラが生えてる、なんて言ったけど奴は立派なモンスターだ。ユリーカなら秒殺なんだろうけれども、よくやるわほんと。
「じゃ、兄貴。今日はこの辺で野宿にするっすか?」
「おう、悪ぃな案内まで頼んでよ」
「いえいえいえいえ、暇だったっすから。それに、こんなに駄賃も貰っちゃぁ、やるしかないってもんっすよ!」
くるりと振り返った一号は、懐から小さな巾着を取り出した。それ自体は一号の私物なんだけど、さっき俺が手元に余っていたガルドを適当に包んだんだよね。
「こんな量の金貨貰っちゃぁ、断る理由もないっす。それに、姐さんみたいな可愛い子と旅出来るのなんて、久しぶりっすから」
「手出ししようにも出来なさそうだけどな」
「む、むむむ無理っす!! 死ぬっす!! 厚切り一号っす!!」
「いや自ら食料になろうとしなくていいから」
地下帝国とは違い、白い月が昇る夜空。
昼だって明るくはないが、夜になれば本当に世界は真っ暗だ。
別にこのまま寝ずに旅を続けても良かったんだが、ここは有事に備えてしっかり寝ようということで落ち着いていた。ちょうど、細道の脇に広場のような場所があったので、ここでたき火がてら野宿をすることに。
まあ、俺が適当に斧振り回せば薪は出来るし、一号が野生まるだしでハントするし、ユリーカは出て行ってすぐに数体のツタカブラぶっちめてきているしで、随分あっさりと野宿の準備は完了する訳だが。
「フレイム!」
一号が、組んだ薪に魔法で火をつけた。ちょっと羨ましい。魔法適正皆無の身としては。
「一号は魔法使えるのね」
「はいっす! つっても、専ら格闘ばかりで、魔法は生活用のこういうちっちゃなのと、あと探査系しか使えねえんすけど」
「探査系ってのはどういう奴だ?」
「たとえば今兄貴が目の前に居るじゃないっすか。で、兄貴から出てる魔力の質を確認しておけば……どっちの方向に兄貴が居るかとかが分かるわけっす」
……どっかで聞いたような魔法だな。や、俺の珠片センサーはわりかし使えないんだけど。
「つまり一号は一度会った人がどっちの方に居るか分かるってこと?」
「魔力を覚えようと思った人限定っすけどね。……あ、焼けたっすよ、ホーンラビット」
一号が今あっさり狩りを終えて帰ってきた理由も、その辺に起因するのかもしれないな。などと考えつつ、彼から受け取ったウサギの丸焼きをかじる。魔獣だとは言っても、そもそも魔素含有量の多い俺たちにとっては毒にもならない。
三人でたき火を囲みつつ、軽く会話をしながらの食事。
二人ってことは今までにも多くあったけれど、三人で食事なんてことは今までなかなか無かったんじゃないだろうか。
「……仲間ってのは、いいもんだな」
「へ? なんか言ったっすか?」
「ん、ああ。まあな」
ホーンラビットの骨を火の中に投げ入れて、両腕を後ろについてのんびりしていると。思わずそんな台詞が飛び出していた。
同じようにぼけっとしていた一号には独り言が多少聞こえたらしく、会話以外にすることもないのだろう、食いついてきた。
ユリーカはといえば、鼻歌交じりにツタカブラの蔦を使って笠を編んでくれている。家事万能系アイドル兼将軍め、やるな。
「今会いに行ってあげるから~、待っててね大好きな、大好きなマイダーリン~」
「……兄貴兄貴、姐さんめちゃめちゃ歌上手いんすけど」
「そりゃそーだろうな」
「けど、なんかさっきから歌詞がやたら乙女なんですけど」
「アイドルだしな」
「アイドルなの!?」
「この前ライブ連れてかれたし」
「ライブ!?」
「そのくせアホみたいに強いからなあ」
「はぁ……おっしゃる通りで」
きょとんとした顔で、一号はちらりとユリーカの方を見た。彼女は相変わらず上機嫌に歌をうたいながら自分の作業に没頭中だ。そんな彼女から視線を戻した一号の顔は、なんかめんどくさいことになっていた。
「一号、顔がめんどくさい」
「姐さんとはやっぱそういう関係な――顔がめんどくさい!?」
「それ見たことかめんどくさい質問ふっかけてきやがって」
「や、でもほら、関係性が気になるというか何というか」
「なに、お前ユリーカに惚れたの?」
「そういうことじゃねえええええっすよ! でもほら、もしあれだったらオイラ邪魔かなーという風に気をもんだりっすね」
「ねーから。旅の仲間ってだけだから」
「……そ、そすか。ふーん、そうなんすか」
「何でちょっとうれしそうだよ。やっぱりそういう感じか。ユリーカ呼んできてやろうか」
「あんた鬼っすか!?」
鬼だよ。お前もだろ。
「シュテン、呼んだ?」
「あん? いや、笠楽しみにしてる」
「ふふん、『もうこれ以外かぶれない~!』って言わせてやるんだからっ」
たき火の向こうで、流石に声に気付いたのか。
ユリーカがきょとんとした顔で振り向いたので、真実をありのままくっちゃべってやろうとしたら一号がとてもキモイ泣き顔を分身する勢いで横に振っていたのでやめた。
ユリーカ自身なんだか楽しそうに作ってるし、もう既に原型が出来てきている。
っつか……なんか魔力帯びてんじゃん。ユリーカちゃんお手製笠、なんか魔力帯びてんじゃん。何の付随効果つける気だよおい。
「ユリーカさんや。なんかその笠魔導具化しそうな勢いなんだが」
「ん~? あたし職人じゃないからそんなに強いのは作れないけど、ツタカブラの蔦は魔力伝えやすいから」
「いやいやいやいや、それだけでそんな風に魔力帯びたら職人いらねえよ」
「……もう、言わせたいの?」
「は?」
たき火のちらちらとした火のせいだろうか。それとも、また別の理由からか。
顔を赤くしたユリーカが、どこか潤んだ目でこちらを見る。いや、何も理解出来ねえからその顔やめろ。わりと一号が鼻血我慢してる。
「あたしの魔力は剣魔力。ヴェローチェの闇魔力とは違う属性の変性魔力なの」
「……それで?」
「そこで説明終わりにさせてよ……しょぅがないなぁ……。いい、シュテン?」
「あん?」
「そのあたしがね、『シュテンが怪我しませんように』って一本一本の蔦に魔力込めて作ってあげてるから、防刃の加護付きの魔導具になるの」
……なんだよ、可愛いじゃねえかこいつ。
「も、もっと喜べ! あたしだけ恥ずかしいじゃない!」
「わーいわーい」
「ふ、ふん。だから言いたくなかったの!」
一号が木陰に消えた。たぶんあすこで鼻血出してんだろうな。
「まあ、なんにせよ」
「なにょぅ……」
「ありがとな」
「……もっと喜べばーか」
先ほどまでの上機嫌とは一転、すねた様子で笠作成の続きに入ったユリーカ。
ただ、その尖った口とは裏腹にどこか顔が赤いのは、ただ不機嫌になっただけではない証拠だと信じたい。
……つか。
……本当に、あれしか被れなくなりそうだな。
「んで、ここがティレン城っす!」
あれから数日。
少々の道程を経た俺たちの前に聳える一つの城があった。
聖府首都エーデンとは比べるべくもないが、それでも高く積まれた城塞として魔族を迎え撃つ気概が感じられる。プレッシャーというか、何というか。
今日もいい天気だ。いい天気と言っても魔大陸の天候だから、空は四六時中ほぼ夕方に近い色をしている訳だが。そうでないとユリーカ詰むし。
そんな訳で、天下の往来の中三人で突っ立っていた。
「それなりにでっけえな」
「城壁が茶色いのね。煉瓦かしら」
「オイラにはよく分からないっすけど、確か魔法をほぼ無効化する結界が張られているとか何とか聞いたことがあるっすね」
「流石魔大陸の前線基地ってとこか。グリモワール・ランサーIに至るまでの時代がどれほど地獄だったかが分かるってもんだぜおい……」
「兄貴?」
「や、何でもねえよ」
俺なりに、この時代の魔族がやたら強い理由とかを色々考えてみたんだが、しっくり来た答えが一つあった。強者というのはどんな時も力を誇示したくなる奴が多い。そうすると、当然ながら専横や独裁がまかり通ってしまう訳だ。
その中でもっとも強大だった魔王の存在もあり、二百年前から二年前に至るまでの間は恐ろしく強い連中ばかりだったのだろう。
だが、二年前に起きた事件が、全てを変えた。事件というよりは、変革か。
アイゼンハルト・K・ファンギーニを中心とした、五人の英雄。
彼らが魔王討伐の際に各地を巡り、強大な魔族たちを軒並み討伐したからこそ、現代の存在がある。
逆に言えば、それまでの間は阿鼻叫喚の地獄絵図が日常茶飯時だったとしてもおかしくはないのだ。
「……ほんと、とんでもねえ時代だよな」
この時代の連中と戦えば、それなりにレベルはあがるのではないだろうかとは思う。けれどもそれをやりすぎると現代で何が起きるか分からないという罠。……二度過去に戻るなんて離れ業が出来れば別だが、それこそどうなるか分からないだろうし……ま、慎重にやれるうちは慎重にやりましょうかね。
「さてと。じゃ、お二方、オイラはこの辺でお暇するっす。たのしかったっす。あざした!」
「あ、そっか。そうだよね」
「……なあ一号、ちと頼みたいことがあるんだが、聞いてくれねえか?」
「へ? なんっすか?」
ぺこりと頭を下げた彼に、ふと。
「最果ての村ラシェアンってのがどこら辺にあるか、調べて欲しいんだ」
「……ああ、例の。了解っす、兄貴たちの位置はわかるっすから、また見つけたら戻ってくるっすよ!」
「ありがとね、一号」
「いえいえ、姐さんの為とあらば! 兄貴も、また近々お会いしましょう!」
それじゃあ、と一号は森の向こうへ駆け戻って行った。ユリーカと二人でそれを見送って、一つ息を吐いた。
「大丈夫かな、一号」
「あいつなら何か掴んでくれそうだが」
……わざわざ一号に聞いたのには訳がある。
俺たちは通りすがりの旅人や魔族を捕まえては、シャノアールとラシェアンの情報を聞いて回っていた。だが、堕天使が隠れ住むラシェアンについてだけはほとんど情報が得られないままだった。
俺たちも軽くは街で情報収集するつもりだが、それで誰も知らなかったら後はもう森に住む魔族やその他の旅人に聞いて回るしかないだろう。その役目を引き受けてくれた一号には感謝しかない。妙な縁だったが、ありがたく使わせてもらうことにした。
「……さて、じゃあ俺たちは行くとしますか」
「ヴェローチェの為っていうのが、ちょっと癪だけど。ま、せいぜい恩を売ってやるわ。……シュテンにも、ね?」
「なんだよー、俺が居なかったらそもそも過去きてねーだろー」
「ちぇ、残念」
ちろりと舌を出して、ユリーカは笑う。
さあ、それじゃ会いに行こう。
希代の天才魔術師シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアに。
どこか心地良い温もりを感じる三度笠を軽く被り直して、俺たちは一歩を踏み出した。




