さんねーん! びーぐみー! ヤタノせんせー!!
三年B組ー!!
ヤタノせんせー!!
「授業を始めます」
「ここトイレの個室なんだけど!?」
「生きるとは何か」
「聞けよ!?」
「わたしは、食べて寝て死ぬことだと思います」
「だから降りろ消えろ帰れクソが!!」
帝国学園のキレたモノクル、と二つ名を持つ生粋の不良、デジレ・マクレインには、唯一とても苦手な教師がいた。
現在進行形で個室の扉に手をかけてよじ登りこちらを覗いている、金髪の見た目童女。ヤタノ・フソウ・アークライト教諭である。
「またクソ、クソと。だからクソをすることになるんですよ?」
「生理現象だわボケ!! なんで休み時間中に男子トイレの個室来ちゃってんだよ!! 失せろよ!!」
「一人寂しくご飯かなと思ったら、一人寂しくトイレでしたね」
「トイレは一人でするもんだろうが何なんだよテメエ!?」
ふぅ、とため息をついてヤタノ教諭は顔を引っ込めた。
いったい何なんだと頭を抱えるデジレだが、そもそも用を足しにここまで来たのだから落ち着きたい。
なんで休み時間まであんな暴風にさらされなくてはならないのか。
「おいヤタノちゃん、何でこんなところに連れてきたんだよ」
「落ち着くといいシュテン。ここは男子トイレだ、きっとヤタノちゃんはヤタノちゃんではなくヤタノくんだったのだよ」
「んな訳あるかド天然」
……いやな、予感がした。
クラスメイトの学園ナンバーワン問題児と、スポーツ万能のイケメンの声。なぜかこいつら仲が良いせいで迷惑を被っているのはいつもデジレなのだ。
「デジレくんが寂しく一人でトイレしてるので、連れション? でしたっけ。をいつもしてる二人に来てもらいました」
「余計なお世話にも限界ってもんがあんだぞクソ教師!!」
「あ、ほんとだデジレの声だ」
「デジレはトイレに立てこもっているのかい?」
立てこもるならもっと場所を選ぶわ、とデジレは内心で毒づいた。
と、シュテンが唸ったような声を絞り出す。
「……いや分からん、もしかするとトイレがデジレに立てこもっているのかもしれん」
「それは……つまりあれかい? 深淵を覗き込む時、深淵もまたきみを覗いている、と。待てよ、ということは……っ!! まずいじゃないかデジレ!! 深淵に飲まれるぞ!!」
「飲まれるかボケェ!!」
「飲まれるというより流されるかもしれんがな! はっはっは!!」
「大変じゃないか!! 深淵に流されるぞデジレ!!」
「流されるかクソが!!」
どんどんどんどん!! と荒々しくトイレの扉をたたく音。おそらくはクソ天然グリンドル。深淵に流されるっていったい何だ。
理不尽だ。
なぜトイレに入っていただけなのにこんな目に合っているのか。
意味が分からない。世の高校は皆こうなのか。トイレに入っているだけで、クソ教師がクソ問題児共をトレインしてくるのか。
「やっぱり、賑やかなのが一番ですね」
「余計なことしかしねえなこのクソ教師!!」
「でも、今のデジレくん――」
「なんだよ!!」
「――楽しそうです」
「んな訳あるかクソボケが!!」
もういっそのこと飛び出してやりたい。
が、むしろここで出ていったら負けの気もしていた。
「ところでヤタノちゃん」
「"アークライト先生"です。……なんですか?」
「ヤタノちゃんが俺とグリンドル連れて男子トイレなんざ入ったもんだから、外に女子たちがわらわら居るんだが。野次馬みてえに」
「あらあら……どうしましょう」
「僕が行ってこよう。デジレが深淵に流されるのを、必死で説得して留めていると」
「まるで自殺寸前の生徒みたいな扱いやめてくれませんかねえクソ野郎!!」
「真実じゃないか!!」
「真実な訳ねえだろクソが!!」
ぎゃーぎゃーと言い合うデジレとグリンドル。
その中でシュテンは一人腕を組んでいた。どうすればより面白くなるかもとい簡潔に外の女子を追い払えるか。
と、そこへ更なる乱入者。
「やっほーシュテン。おはようございますー」
「朝から男子トイレに入り込むあたりお前さんも剛毅よね」
「それはそれとしてー、どういう状況ですかー」
学園でも高嶺の花として密かに人気のこの少女。
ブレザーにプリーツスカートの制服は皆と変わらないが、この少女がフリルアンブレラを手放したところを、ほかの面々はみたことがなかった。
ヴェローチェまで来てしまったのかと、デジレは個室で頭を抱えた。
「アマノイワトって知ってるか?」
「えーと、あれですねー。引きこもってしまったせいで太陽がおがめなくなったという神様の話」
「そうそうあれあれ」
「……あれですかー?」
「あれだよ。太陽、拝めないだろう? あいつが居ないと」
「おー」
「おーーじゃねぇよクソドリル!!」
たまらず叫んだデジレ。
ぽん、と手を打つヴェローチェがいったいなにを考えているのかはわからないが、ヴェローチェ・シュテン・グリンドルという学園三バカトリオが揃ってしまった以上、一匹狼の不良デジレといえどもはや為す術がない。
そしてあれか。太陽というのはまさか自分が普段やっているオールバックのヘアスタイルのせいか。いつもいつもモノクルハゲモノクルハゲとほざくシュテンのことだ、間違いなくそれを含めているに違いない。
そしてヴェローチェも理解したに違いない。
「ん? ん? どういうことだい?」
理解していないのはグリンドルだけのようだ。
それもいつものことなので気にしない。する理由がない。
「アークライトせんせー。ひとまず出ましょうかー」
「何でですか? デジレくんは一人で寂しく引きこもってしまっています。ここでこそ教師としての――」
「いいからいくぞヤタノちゃん」
「えっと……ちょ、離しなさい。先生を肩車するなんて許せません!」
ぽかぽかとシュテンの頭を叩きながら、ヤタノはシュテンに回収されていった。
「僕にも説明を求めるよシュテン!」
「わーったからとりあえず出るぞー」
「出たら説明してくれたまえよ!」
ヴェローチェとシュテンに続き、グリンドルも外に出る。その瞬間外の女子生徒たちが歓声を上げた気がしたが、それもいつものことだ。
全く……と一人残された個室の中でため息を吐く。
この高校の人間、頭のおかしい奴ばかりだ。
なぜこんなことになっているのかと、転校してきてしまった自分を責める。
ただただ用を足すだけでここまで疲れることなど今まで果たしてあっただろうか。……いや、二三度あった。全部ヤタノかシュテン絡みで。
もうこの後の授業はさぼって帰ろうか。どうせテストは学年トップだろうし、わざわざ勉強するまでもない。それより帰って寝た方がよほど建設的に思えてしまう。
水を流し、深淵に流されるわけねえだろうがと悪態をつきつつ手を洗う。当たり前だが、トイレの中にはもう誰もいない。
そのことに安心感を覚えてしまう自分がどうしようもなく情けなくて、額を指でもみながら外に出た。
その、瞬間だった。
「おお!! 太陽が戻られた!!」
「アマテラスデジレ神が戻られたぞー!」
「アマテラスデジレ神の髪は戻られてないぞー!」
「ばんざーい! ばんざーい!」
「これでまた生きていける! 作物が育つぞー!」
……なんだこれは。
「ぎゃは、ぎゃははははははは!!」
「わはー、面白いですねー、きゃっきゃ……けほっ」
「はっはっは、相変わらずかわいい笑い方するのねヴェローチェさん」
「癖ですー。きゃっきゃっ」
……なんだ、これは。
男子トイレ入り口の周囲に集まった生徒数は十数名。それが、なぜかデジレをあがめてなんか踊っている。
アマテラスデジレ神ってなんだ、と思いかけて気づく。
シュテンとヴェローチェの、先ほどの会話に。
「うふふ、押してだめなら引いてみろって、正解でしたね」
ぺろりと舌を出して、バカにしたような笑みを見せつけるクソ教師。
ああ、そうかいそうかい。
結局テメエらはそうやって。
「表出ろやクソ共があああああああああああああああああ!!」
帝国学院高等部は、今日も平和です。




