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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之参『妖鬼 教国 光の神子』
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第二十五話 ビタル平原V『BOSS BATTLE VELOCE』

なんか前回色んな人に「ぐぐったのに曲ねぇぞこのやろう!」って言われましたごめんなさい。


いやうん、はい、BGMはグリモワールランサーで使用されてるやつです。現実にはないとです。

謝罪しまーす、サーセン!


でもみんな調べるって言ってくれて嬉しかったからお勧めをリストアップ。ヴェローチェとの戦闘BGMのお勧めはあれだね、『アルトネ〇コ:L〇ki』『ゼノギ〇ス:死〇舞踏』『ZWE〇2:Res〇less・Prison』辺りが似合うんじゃないかなって。ああ、『マナケ〇ア:Nefe〇titi』もいいかもね! 知らなかったらこの機会に聞くなりやるなりしてみて! 全部おすすめのRPGだから!!


え? シュテンと戦う時の戦闘曲?『メタルマッ〇ス2:お尋ね者と〇戦い』とかすげえ似合うと思うよ。アホみたいなルックスのクセにアホ強いとかまんまじゃん。

「ブラウレメントが死んだと聞いてきてみればー。シュテンは目標達成できたようで何よりですー」


 その声、その姿、その存在は。言うなれば悪魔の再来だった。

 忘れた頃に現れた、と言った方が正しいのか、その言葉の正誤については全く分からないし、分かったところで何かが変わる訳でもない。


 たった一つこの状況を言語化するとしたら、それは"最悪"以外の何ものでもなかったのだから。


 夕闇の荒野に一人佇む小さな影。

 おそらくはハルナよりも背丈は低いであろうその存在に、どうしようもなくみっともなく、クレインは恐怖を感じていた。


 クレイン・ファーブニルは光の神子だ。


 だからこそ、この闇の権化のような存在には立ち向かう義務がある。しかしながら満身創痍に加えて明らかに力量が違うことが身にしみて分かる現状で、自分が目の前の少女にたった一太刀でも浴びせられるビジョンが、全くと言っていいほど見えなかった。


 ざ、とクレインとその少女の間に影が差した。

 というよりも、まるでクレインから少女を遮るように、一人の青年が立ちふさがる。

 黒の髪をなびかせて、その大きな背中が視界を封じた。


 その意図はどうしようもなく明確で。


 だからこそ、クレインは息を飲んだ。


「……やあやあヴェローチェさん元気? 俺も何とか目標達成できたけど、完全にヴェローチェさんの邪魔したっぽくてごめんね」


 妖鬼・シュテン。

 エーデンの南方に彼が居ることは知っていた。その彼が、もしかしたらこの戦争という名の騒ぎに気付くかもしれないとも思っていた。

 彼が現れたのはつい先ほどで、ブラウレメントをこの手で下したという充足感に満たされていたタイミングであった。


 だからこそ、誇ることができた。前回はただ守られてしまった相手を、研究し分析した上でリベンジに成功することができたと。そこまで全てを言うことはなかったが、シュテンは何かを察してくれたようで嬉しかった。


 その感情のまま、つい投げかけた一つの疑問。それに答えてもらうよりも早く、現れたのは災厄。


 ヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィア。


 魔王軍の、導師。


 軽い言葉でシュテンが話しかけるも、彼の口元がひきつっていることくらいはクレインにも分かることだった。


「ああそれは別にいいんですー。どっちみちこの遠征は、車輪が来ない時点で失敗するのは分かっていましたからー。それよりも、邪魔な四天王が一人減ってうれしいくらいですー。……あとは、せっかく来たことですし。光の神子くらいは、消していきたいところですねー」

「待とう、待とうヴェローチェさん。な? ここはさほら、平和的にこう、ね?」

「却下ですー。そのくらいはさせてもらわないと魔王軍の導師としてのメンツに関わるのでー、そろそろ殺っておかないと上から鬱陶しいんですー」


 何故、光の神子を殺そうとするのか。思い当たる答えはいくつもあるが、どれをとってもいまいち弱い気がするのは気のせいなのだろうか。

 もし魔王軍討伐をしようとしているのが露見していても、力量差は歴然としている。

 力のグルフェイルを討伐した件であれば、ブラウレメントに対する扱いを聞いているといまいち弱い。

 なれば自分が持つ二つの鍵のことかとも思ったが、もしそうだとしたら光の神子ではなく鍵の保有者だからと言うはずだ。


 分からない。

 もしその全てが合わさっているから殺したい、というのであれば……何故シュテンは自分を庇うのだろう。もしかしたら、自分には自分も知らない何かがあるのではないか。そんなことさえ思わせるほど、シュテンとヴェローチェのやりとりには含むものがあった。


 だから。


「相手になりますかー?……鬼神の系譜を持つ妖鬼」

「……ははっ」


 自分たちの為に、冗談のような実力を持つ導師を相手に対峙している妖鬼の、真の目的が分からない。光の神子が魔王を倒す、今は荒唐無稽なそんな目標を、もし彼が信じてくれているのだとすれば。


 その根拠は、いったいどこにあるというのか。


 背中に背負った大斧に、彼の右手が伸ばされる。

 戦おうというのだ、この男は。


 荷馬車無き街道でも、相手することを躊躇った導師に。今、彼は戦いを挑もうとしている。己ではなく、クレインとリュディウスを庇う為に。


 何が、そうさせるのか。

 何をして、こうも守ろうとしてくれるのか。


 ちらりと、その金の瞳がクレインを見た。

 彼の瞳に映るクレインとリュディウスは、力なく地面に倒れ伏した情けない姿。

 そんな二人を見たシュテンは、目を細くして、どこか優しげに口角を上げる。


「お前ら、しんどいだろうけどさ」

「……シュテン、さん?」

「どうする……つもりだ……シュテン……」

「やー、俺がやられちゃった後に、お前らがここに居たら俺がやられちゃう意味はないわけよ。だから頑張って逃げてくんね?」


 唐突にそんなことを言われて。

 魔力に押された状況でまともに口は開かない。それでも、その意図を問うだけの力は残っていた。いや、今のシュテンの言葉を聞けば、聞き返さざるを得ないだろう。そんなのは、誰だって。

 だからこそ、潰れそうな喉笛を振り絞って、言葉を吐きだすのだ。


「……な、にを……!!」

「気にするない気にするない。あとそんな顔もすんじゃあねえよ。殺されはしねえって。あの人俺には優しいから。……うん、たぶん、きっと、めいびー。けどお前らは殺される。それがやだから俺も痛い思いしようってんだ。な?」

「シュテン、さん……!!」


 待ってくれ。

 そんなことをさせる訳にはいかない。


 そこまで口が回らないのだ。疲労で呼吸さえ覚束ないというのに、その上であの少女から噴き出す闇の魔力が、光の神子である自分のオーラを食いつぶし、すりつぶし、押し潰す。それがたまらなく苦しくて、うまく言葉が出てこない。


「胸貸してくれよ、ヴェローチェさん」

「……やるんですかー。あの時とは違って決意が早いですねー」


 大斧が抜かれた。

 同時に正面のヴェローチェから、さらに強大な覇気がぶわりと噴出する。


「まぁほら、あんたのお陰で決心早くなったのよ。成長したシュテン」

「……強さも、比例すると素晴らしいと思いますよー?」


 臨戦態勢。

 クレインは、未だ動けずに居た。

 だが、隣で動く気配。リュディウスだ。

 彼は、何をしようというのか。そんなもの、見上げただけで、彼の目を見ただけで分かった。加勢しようと言うのだ。米粒程度の存在にしか思われていないとしても、それでもたった一瞬でも、隙を作る為に。


 だが。

 次の瞬間、前に立つシュテンの放つ空気が変わる。


「ああ、それなんだけどさ。すげえ不味いものを食わなきゃいけないとしたらさ。纏めて食っちまった方が、我慢する回数少なくて良いよな」

「は?」


 彼はそう言うが早いか、大斧を左手に持ち換えて。

 何かが起こると察知したヴェローチェが構える。


 ぶん、と勢いよく景気づけに振られた斧の風圧に、クレインとリュディウスの髪が靡いた。砂埃が舞い、思わず目を眇める。と。


「まぁ、頑張って逃げてくんな」

「シュテッ……」


 背中は語る。

 どうあってもクレイン達の援護は必要としないらしく、どこか近寄らせない威圧感すら放っていた。

 分かっている、逃げなければ殺されるということくらい。

 だがそれで、せっかく友となれたかもしれない男を一人置き去りにするわけにはいかなかった。それも、大恩があるような相手を。自分たちより少しだけ年上であるだけの、青年を。


 フラッシュバックするは、トゥントでの出会い。荷馬車無き街道。そして、メリキドでの語らい。

 今のシュテンは、彼らを庇って死にに行くようなものだ。だから、止めなければいけない。なのに。


 思わず漏らした呼び声に、シュテンは半分だけ振り向いて。


 ニカッ、と笑って言った。


「俺がヴェローチェさんから逃げて帰れたら……また会おうぜ」

「まっ……!!」


 クレインが何かを言うよりも先にシュテンは大斧を握った手とは反対の――右手を胸に叩きつけた。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 吼える。その咆哮たるや、ビタル平原全体に届いたと言っても過言ではないほどに凄まじいものだった。正面のヴェローチェも驚いたように目をむく。


 圧倒的だった闇の魔力が、シュテンの覇気によって食いつぶされていく感覚。

 その彼自身は、爆裂したように増幅したオーラを押さえつけでもしているのか屈み込み、びきびきと浮き上がった血管がその凄まじさを強調する。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「……覇気の増幅? 違いますね、これは魂の底上げか……何れにしても凄まじい覇気と言い……あれ、これって……」


 ぶつぶつとヴェローチェが呟く。

 さらに、次の瞬間だった。


 ぶわり、とシュテンの周囲に赤いオーラが沸き上がった。まるで霧のように彼の周囲にまとわりついたそのオーラは、今まさに上昇し続ける彼の覇気をさらに倍三倍に押し上げるかのような、そんな。


「おぉあああああああああああああああああああ!!」


 咆哮が含むエネルギーすら、先ほどまでクレインたちの前に立っていた彼の持つものよりも数段上の覇気をはらんでいる。どこまでも続く強化に、何かに耐えるようにひたすら叫び声をあげるシュテン。


 それが、しばらく続いた、あとで。


「ふしゅううう……」


 シュテンの周囲を吹き荒れていた暴風が止む。まるで嵐が過ぎ去ったかのように静かに、静謐な空気を纏って。しかし、その内に宿っている燃え盛るような闘志に、感付けないような者はここには居ない。


 これが、シュテンという男の本気なのか。

 茫然とただ彼を見据えるだけのクレインの瞳に、緋が映る。


「……あれー。その赤いオーラ、鬼化ですよねー? でも鬼化ってそんなにやばいものでしたっけー。なんか、それ以外にもとんでもない増幅がー……」

「……」

「ま、まあいいですー……やったりますー。魔王軍ナンバー3の力……これ全力出さないとまずそうですしー……参りましたねー、門壊すまで魔力使うんじゃなかった……」


 まさに、佇むは鬼神の如き存在だった。


 赤いオーラに包まれ、瞳は金を迸らせるほどに爛々と輝き。あの巨大な大斧がひしゃげるのではないかというほどに、握りしめられた力の強さは尋常ではなく。


 まるで仁王のように、ヴェローチェと対峙するその姿。


 少女の顔から、余裕が消える。


「……ちょっと、魔力の出し惜しみするのは命に関わるかもしれないっすねー」


 す、と閉じられたフリルアンブレラ。

 そして、どこか諦めたようにヴェローチェのそのアメジスト色の瞳がシュテンただ一人に向けられる。その目に映るのは覚悟か、それとも。


 どの道、既にクレインたちのことは眼中にない。

 否、入れる隙などどこにもない。シュテンという存在が、そんなことをさせてくれる空隙を見せていないのだ。


「はー……」


 先ほどまでほんの少しだけ上がっていた口角が、今は真一文字に結ばれている。

 周囲に拡散された闇の魔力が、さらに圧縮されて濃密に漂い始めた。

 全力で戦う、その意志をまるで見せつけるように。


「本気で行きますー。覚悟は……出来てますねー?」


 自分に向けられたわけでもない彼女の瞳に、クレインの背筋はざわめき立った。

 飄々としながらも、既に彼女に打ち込む隙など無かった。少なくともクレインにはそう思えた。

 しかし。


 ヴェローチェの頬に冷や汗が流れるのを、クレインは見逃さなかった。




 どうし ヴェローチェ が しょうぶ を しかけて きた !▼





 次の瞬間。


 シュテンが消えた。

 ばこん、と大地が陥没した。

 何かにクレインが気付いたその時、もう目の前にシュテンは居ない。

 代わりにあるのはクレーター。まるでターボが炸裂したかのように、シュテンは一瞬でヴェローチェへと肉薄する。


「はああああああああああああああああ!!」

「あー、やっべーっすねー……」


――古代呪法・傀儡(くぐつ)分裂――


「ああああああああああああああああああああ!!」

「うわー」


 ザンっ!! とヴェローチェを切り捨てると同時に大地が引き裂かれた。

 しかし、まっぷたつになったかと思ったヴェローチェの体は溶けて消える。その代わりに、空中に漂う無数の影。


 その全てが、ヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィア。


「当たってくれると嬉しいんですけどー」


――古代呪法・混沌冥月(ゼーブルファー)――


 空中に百は存在するヴェローチェから、地面に立つシュテンに向かって放たれる、多量の黒い奔流。その一つ一つに、城門を破壊した時と同じエネルギー量があることくらいクレインにも理解できた。


 だが。


「あああああああああああああああああああ!!」

「え、ちょ、マジですかー?」


 その黒の奔流を放つ一つの個体に対して、シュテンは跳躍する。


 襲い来る混沌冥月を、その大斧で左右に引き裂きながら。


「なんっでわたくしが本体だって分かってんでしょうねーっ!」

「はあああああああああああああああああああ!!」

「聞いてないですしー」


――古代呪法・鏡面包囲――


 ふ、と百のヴェローチェが消えた。同時に彼女らの放っていた黒き奔流も全て消える。どうやら本物のオーラだけを持つ幻影だったらしい。


 本体らしきヴェローチェに迫るシュテンの周囲に形成される透明な立方体。それに包まれた瞬間、シュテンはまるで凍り付いたように動かなくなってしまった。空中で、微動だにしないシュテンを見て、ヴェローチェはゆっくりと地面に舞い降りる。


「以前力のグルフェイルが暴れた時に使ったのですが、あの男で一時間は保った冷凍圧縮ー。そのまましばらくすれば死に至りますが……」

「はああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「もって五秒ですよねー。うん、わたくし知ってたー」


 ガラスが盛大に割られたような音とともに、黒い髪と赤いオーラをなびかせたシュテンが地面に向けて落下する。その際に振り下ろされた斧が、城門に混沌冥月が当たった時と同じレベルの振動を生み出した。


 が、そのクレーターに既にヴェローチェの姿はない。


 ゆらりと着地したヴェローチェは、めんどくさそうに地面をつま先でこづいた。


――古代呪法・動地鳴哭――


 その地点から縦横無尽に走った亀裂。その全てがシュテンの足下に集約し、隆起陥没を繰り返して地割れのように波打ってシュテンへと迫った。


 が。


「あああああああああああああああああああああああああああ!!」


 その大地の津波に大量の銀閃が走ったかと思えば、次の瞬間崩壊する。

 大斧に斬り裂かれたのだということくらい、ヴェローチェにはお見通しだ。だが、お見通しだからと言って、それが打開策になることはない。


 ただ斧を振りかぶり叩きつけんと、シュテンは真っ向から突貫する。


「馬鹿正直なのが一番嫌なんすよーっ……!!


――古代呪法・千刃怒涛――


 す、とヴェローチェが前に手を伸ばした。突如彼女の背後から無数の刃が現れる。


「行くのですー……串刺しにして動きを止めろ……!」


 千の刃が銀に煌めき、シュテンに向かって襲い掛かる。魚の大群を彷彿とさせ、その速度は弾丸にも匹敵しようかというほど。


 だが弾丸程度の速さでは――


「はああああああああああああああああああああああああああ!!」

「あー、やっぱり」


 ――あの妖鬼にとっては遅すぎた。


 ホーミング機能まで付いたその刃の猛威を、たったツーステップで回避して。千刃怒涛よりも速くヴェローチェの前へと差し迫る。背後に千刃怒涛を引き連れて、シュテンは再度鬼殺しを振りかぶった。


「まぁ、所詮それは囮ですー」


 この千刃怒涛ですら、クレインたちを何度殺せるほどのものだろう。少なくとも今回の戦争に、今の古代呪法があればエーデンは持ちこたえられたか分からない。

 それほどの威力を持つ業を、彼女は今囮と言い切った。


――古代呪法・動地鳴哭――


 とん、とヴェローチェが地面を小突く。

 大地に亀裂が走り隆起と陥没を繰り返し、大地の津波となってシュテンへ真正面から襲い掛かった。


「挟み撃ち……ですけどこの程度じゃダメだと思うんでー……ぐっ……」


――古代呪法・動地鳴哭――

――古代呪法・動地鳴哭――

――古代呪法・動地鳴哭――

――古代呪法・動地鳴哭――


 こつん、こつん、こつん、こつん、こつん。

 計五回もつま先で地面を蹴り、合わせて凄まじい地震と共にシュテンへと大地の息吹が殺到する。


 ヴェローチェに攻撃を加えるつもりが、いつの間にか目の前には大量に分裂を繰り返した大地がまるで巨壁の如く押し潰さんと現れて。

 背後からは千の刃が差し迫る。


「シュテンさあああああああああああん!!」


 未だに足に力が入らず逃げることすらできていなかったクレインの口から、絶望の混じった声が出た。同時に、凄まじい轟音が周囲に波紋を生み出すほどに鳴り響く。


 動地鳴哭と千刃怒涛の挟撃。しかも動地鳴哭に至っては五度の古代呪法が纏めて押し寄せるという数の暴力。その全てがシュテンの居た場所に突き刺さり、押し潰し、重ねがけするように叩き潰された。


「ふぅ。せめて混沌冥月が当たってくれれば、魔素のはたらきをがくっと下げてくれるんでありがたいんですけどー……」


 どこか嘆息混じりにそんな台詞を吐くヴェローチェ。


 まさか、シュテンはもう。

 クレインの脳内にそんな嫌な想像が突き抜ける。

 だが、ふと気づいた。周囲の闇の魔力が、かなり弱まっていることに。

 

「苦しさが……消えている?」

「あの女の魔力にも限界が近いってこと、なんじゃねえか?」

「えっ?」


 リュディウスを見れば、震えた足で立ち上がっていた。まさか、このタイミングで挑もうというのか。一撃貰えば終わるような、あんな化け物に。

 驚いたように瞠目するクレインの意図に気付いてか、リュディウスは首を振った。


「行くぞ、クレイン。シュテンが時間を稼いでくれている間にみんなのところに行って、多くの仲間を連れてくるんだ。そうすれば魔力が無くなった導師を捕えることも出来るかもしれない」

「……そうか。でもっ」


 そうなればシュテンが。たった今叩き潰されて、生きているかどうかも分からないシュテンが危険だ。そう言わんとしたクレインに対して、リュディウスは力無い笑みを見せた。


「あんな奴が――」


 あんな奴、とはシュテンを指しているのだろう。リュディウスの視線がヴェローチェの方に移ったことに釣られて、クレインも思わずそちらを見た。


 きらりと光ったのは上空。

 クレインにもはっきり見えた。土まみれで、背中に何本も刃を刺しながら、それでも空から鬼殺しを振りかぶって落下してくるシュテンの姿。


「はあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「ぐっ……!!」


 凄まじい炸裂音。

 もうもうと立ち込める土煙。だが直前にクレインは見た。ヴェローチェにクリーンヒットする鬼殺しを。


「――そう簡単に死ぬはずがない」

「……そう、だね」

「あいつは、後少しなら大丈夫だ。あいつの負担を減らしてやることが、俺たちに今出来ることだ。立てるか、クレイン」

「……ああ、何とか。シュテンさんにばかり苦労させられない」


 戦いで役に立てないなら、少しでも助力を。

 ぼろぼろになっているのは自分だけではないのだと、クレインは己を叱咤して、ぐらつく足を拳で叩いて立ち上がる。


「行くぞ、クレイン」

「う、うん」


 駆けだす。鈍足であろうと、構わない。自分たちに攻撃が及ぶことはないだろう。そう信じて、シュテンを信じて走り去る。しかし、クレインは去り際に見てしまった。


 間違いなく鬼殺しが当たったはずのヴェローチェが。


 砂煙の中、全くの無傷であったことを。
















「これ一応、一個一個が四天王くらい軽く殺せるものなんですけどー……」

「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 鬼殺しを支えに立ち上がるシュテンを眼にして、ヴェローチェは小さく呟いた。

 古代呪法・凍結結界によって全くダメージを受けずにシュテンの斧をやり過ごしたヴェローチェは、カウンターとばかりに混沌冥月を叩きつけて、ちょうどシュテンを弾き飛ばしたのだ。


 だがそれでも、シュテンは立ち上がり鬼殺しを構える。そして、先ほどまでとは言わないが凄まじい速度でヴェローチェへと差し迫った。


 聞いてないですねー、と吐き捨ててヴェローチェは再度洋傘を振る。


――古代呪法・月牙龍撃――


「出しおしみをしている暇はなさそうですねー……魔力ちょっときっつぃよぅ……」

「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 小さく漏れた本音が聞こえた者はどこにもいない。

 その代わりに迫るのは、五個の珠片に鬼化を重ねることで相乗効果を生み出し、一時とはいえヴェローチェに届かんとする凄まじい破壊力を持った鬼神。


「……覚悟を決めましょうかー。わたくしも、シュテンも」

「はああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 戦闘機が旋回しながら突貫するが如く、シュテンがヴェローチェに肉薄する。

 金色(こんじき)に輝く、彼女の洋傘。


 今日一日で、何度古代呪法を使っただろう。

 一番消費の少ない混沌冥月ですら、もう数十は放っているに違いない。

 これだけの魔力消費をして、得られるものが一つもないなんてことになったら導師の名折れどころの話ではなかった。


 目当てであった光の神子たちも逃げてしまった。

 というよりも、彼らを追うだけの余裕がなかった。


 ヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィアは人間だ。

 だからこそ、魔族などから一撃でも貰ってしまえばそのままあっけなくノックアウトされる可能性も多分に含んでいる。ましてやそれが、最高峰の妖鬼だとしたらスプラッタな結果になるのは目に見えていた。

 なればこそ、油断は出来ない。油断が出来ないから、疲労も凄まじい。

 魔力の消費も、バカにならないレベルだというのに。


 いや、底を突き始めていたと言っても過言ではなかった。


「これはもう言い逃れのしようもなく、負けたらわたくしの傘下になってもらいますからねー……!!」


 普段まるで動かないヴェローチェが、そのフリルアンブレラを振り上げた。

 迫るシュテンにあわせ、地面に勢いよく叩きつける。

 瞬間金が迸り、七つに分裂した七色の龍がそれぞれの軌道を描いてシュテンに殺到した。


「あああああああああああああああああああああああああああ!!」

「その子たちに、実体はないですー」

「があああああああああああああああああああ!!」


 大斧を振るい迎撃しようとしたシュテンの攻撃を、龍はすり抜け羽交い締めにした。

 七つの龍が両手両足首にいたるまで五体全てを包み込み、そして。


 荒野を包み込むような爆裂音。


 烈風が周囲の死体や人間を吹き飛ばし、城壁へ叩きつけられ空を舞う。

 その中心、爆心地に向かってヴェローチェはさらに洋傘を向ける。


「……魔力もうないですしー……確実にやっつけますー……!」


――古代呪法・混沌冥月――


 黒き球体が渦を巻く。

 砂塵が未だ晴れないその中心で、ゆらりと立ち上がる影を見て。


 間違いなくまだ余力を残していると判断したヴェローチェは、その彼に向かって照準を定めた。


 かたかたと洋傘の先端が揺れるのは、魔力が切れかけているからか。


 本当に、本当に城門なんかで遊ぶんじゃなかった。

 これほどの力をもった妖鬼だとは思わなかったから。鬼化がここまで凄まじいものであるなどと、思いもしなかったから。後悔は多くあるものの、今ここでシュテンを止められなければあの半暴走状態……下手をすれば命がないのはこちらの方だ。


「逃げようと思えば、逃げられるはずなんですけどねー」


 ふっ、と口元に笑みがこぼれた。

 自分の持つ古代呪法を使えば、今ならまだ逃げられる。

 一度姿をくらますくらいの魔力なら残っている。


 なのに何故、それをしようと思わないのか。光の神子を殺す余力だってあるか分からない。そのくらいにこの戦いは不毛なはずなのに。それなのに何故やめられないのか。


 答えは簡単だった。


 不毛などではないからだ。


「目的は果たせませんけどー……その代わりにもっと欲しかったものが手に入りそうならー……まー、やりますよねー……」


 先ほど言った、『負けたら傘下』は既にヴェローチェの中では規定路線のようであった。シュテンは了承したはずもないし、そもそも言語を話せる状態にない。


 それが分かっている上で尚、ヴェローチェは微笑む。


「さんざんこき使ってやりますー……!! その為にもっ……!!」


 渦巻いた混沌冥月が放射された。


 漆黒の激流が、シュテンめがけて殺到する。


「はあああああああああああああああああああ!!」


 まだ、余力があったのか。

 ぴくり、とヴェローチェの頬がひくつく。

 これだけ無様に全力を出させてくれたのだ。ならせめて、もうそろそろ倒れてくれてもいいではないか。


 そんなことを考えて、考えた自分がおかしくなった。


 なんだその論理は。自分でもそう思う。

 けれど、もう論理や理性ではないのだ。こういうのは感情だ。

 例えるなら、そう。これだけ譲歩して、これだけ待ってあげたんだから、男なら少しは譲ってくれてもいいじゃないと。


 大斧を振りおろし、黒の激流を左右にぶった斬り続ける彼に、ヴェローチェは怒りのようなものを覚えていた。


 アンケートの時も待ってあげた。

 トゥントでもどっちつかずな言動を待ってあげた。

 荷馬車無き街道でも待ってあげた。

 エーデンでの計略はご破算になって、その裏にシュテンが居たのも黙認している。

 ついでに言えば、この後で手を回して一緒に来てもらおうと思っていた作戦も、こうして戦っていることでパーだ。


 ならせめて、勝ってつれてってやろうと思ったのに。

 それすらも許してくれないなど、つれないにもほどがある。


 私怨というか。真っ当なものでないことくらい理解している。

 でも、それでもいい。


 だって魔王軍だもの。


 だから、いい加減に倒れて。

 いい加減に、


「わたくしのものになれえええええええええええ!!」

「あああああああああああああああああああああああああああ!!」


 叫んだ。

 久しぶりに。


 その勢いもあって、黒の奔流がその威力を増幅させる。余計に魔力も持っていくが、それも悪くない。


 だって。だって。


「あああああああああああああっ……がああああああああああああ!!」


 とうとう、押し勝った。

 シュテンを飲み込んだ混沌冥月は、そのまま城壁にぶち当たって四散する。


 その跡に、倒れる一人の男の影。


「…………」


 その光景を見て。

 ヴェローチェの胸の中に沸き立つ衝動が暴れ出す。

 感情が。胸の奥から何か熱いものがこみ上げてくるような、そんな。


 ただ、格下の妖鬼に勝っただけのはずなのに。


 なのに、何故か。


 高揚が、高鳴りが止まらない。


「……いえーい」


 声に、出してみた。


 誰もいない。先ほどの爆風で、ほぼ全部吹っ飛んだ。


 だから、ここに居るのは妖鬼と、自分だけ。


 でなければ、こんなことはできない。


 けれど、なんだか嬉しかった。久々に嬉しいという感覚が胸の内で踊り出す。


「やったー……!」


 ぐ、と拳を突き上げて。

 殆どすっからかんになってしまった魔力を鑑みて。


「転移に使える程度には……残ってますねー……」


 とはいえ短距離転移しか不可能だろう。

 回復するまでしばらく待つか。


 そう、思った矢先に聞こえた声と、大量の足音。


「……あー」


 このタイミングで。


 おそらくシュテンと自分が戦っていることを教えたのだろう。

 武装隊が、そして光の神子や眷属の九尾がこちらに向かっているのが見えた。


 タイミングが悪い。

 何故、勝利の余韻に浸ることすら許されないのか。そんな理不尽な怒りを覚えつつ、ヴェローチェはなけなしの体力でシュテンの近くにまで歩いた。


 ちょん、とその筋肉の張った背中に触れた。

 これだけしたのだ。それに見合った対価くらいは、いただいていく。


 慌てたように、九尾の少女や光の神子が叫ぶ。

 何を言っているのかなど、どうでもいい。


 だから、笑顔で言ってやった。


「しーゆーですー」


 シュテンと共に、ヴェローチェはその場から塵も残さず掻き消えた。

 悲壮に染まった九尾の表情が、嫌に印象的であった。


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