第十五話 荷馬車無き街道V 『戦い終わったからミーティングね』
ヴェローチェさんが消えた。
残されたのは、落雷や地割れ、岩なだれによって破壊し尽くされた街道と……あとなんか幼女。
嘘です。
ものっそい睨まれてます。ヤタノちゃんがいなけりゃ詰んでました。けど今そのヤタノちゃんのせいで詰みかけてます。
ヒイラギは……なんかクレインくんたちと色々会話しているみたいで主のピンチに駆けつける様子はなし。……っつかあれ気づいてるよな。俺が今やばいオーラまとったヤタノちゃんに絡まれかけてんの気づいてるよな。気づいた上で見ない振りしてるよなあの駄尻尾。
「シュテン?」
「はい! なんでしょうかヤタノちゃん!」
「そもそも、なんで導師はさん付けでわたしはちゃん付けなんですか」
「ああいや、それはほらこう……キャラ?」
「やっぱり少しお話が必要なようですね」
あ~、これはおこですわ。
てゆか、何でヤタノちゃん怒ってんだろ。ほんとにちゃん付けとさん付けの話なの? それだったらちょっとおもしろいけど。
「なにを笑っているんですか? 魔王軍に入るなんて言いませんよね?」
「えっ。スカウトがきてるって話はしたじゃんこの前」
「てっきり断ったと思っていたんですっ! 魔王軍は殺戮を繰り返す"魔族"の象徴。あれが消滅しない限り……あの時死んだ魔族やヒイラギが苦しめられた事実は……正当な処分とされてしまうんですよ……?」
……あー。
なるほどそういうことか。
それでヤタノちゃんは魔王軍アンチなのか。アンチってまあ……当たり前っちゃ当たり前だけど。
「いや、入るつもりはねーよ。けどヴェローチェさんにはこの前ちょっと激励された恩があってですね……」
「……まぁ、いいです。あんな訳のわからない女に引っかかっちゃだめです。年上のアドバイスは聞くものです。いいですか? わかりましたか?」
「訳のわからない女て」
いや、これ以上は言うまい。
俺が明確に"入るつもりはない"と言ってから怒気は消えたし、ここらが話題の変え時だろう。
「ところで、ヤタノちゃんは何でこんなところに?」
「ああ、それですか」
むしろそれが一番気になっていた。
というか、こうしてクレインくんたち一行の前にブラウレメントが強化状態で現れたこと、ヴェローチェさんが乱入したこと、俺とヒイラギの存在、そしてヤタノちゃんがクレインくんたちの前に姿を現したこと。
ああ、わかってるさ。
これは全部俺と、珠片のせいで起きた原作からの乖離だ。
……あー、もうこれほぼ未来を知ってるっつーアドバンテージは消えたと思った方がいいな。
かと言って必要以上に隠しアイテム取るのもクレインくんたちに悪ぃし。着流しと下駄はあるから、もう一つくらいアクセサリ系を貰うのはありかもしれねえけど。
「帝国内をさんざん荒らしたあの訳の分からない女を追ってきて……そうそう、ちょっと前にデジレに会ったんですけど、彼はもうメリキドに行ってしまったみたいです」
「殺害対象はメリキド。シュテン、覚えた」
「ふふ、仲が良いですね」
「ありえねえ」
あんのモノクルハゲ、俺より先にメリキドに行くなんざ良い度胸じゃねえか。文化遺産級のすてきな祠があるあそこで殺し合いしたらろくなことにならねえっつうのに。
「しかしあれだなヤタノちゃん。滅茶苦茶強いな」
「ふふ。それでも第二席相手は勝ち目ありませんけどね」
「ありゃもうなんか違うだろ」
「あら、ご存じなんですか?」
「まあ……ちょっとな」
そりゃ知ってるさ。グリモワール・ランサーIの主人公……つまりこの世界で言う前作主人公サマだ。
ヤタノちゃんでも勝ち目がないというか……むしろヤタノちゃん"は"勝てないというか。どうだろ、第二席相手にして勝てる可能性があるのなんて、デジレくらいじゃねえの? いやそれも勝率一割切ってるけど。
「第一席とヤタノちゃんってどっちが強いの?」
「……そうですね。勝てるかもしれませんけど、そもそも戦いたくない相手です。間違いなくお互い五体満足では済まないでしょうし」
「そっか」
ヤタノちゃん級がごろごろ居る訳ではない、ってのが唯一の救いだよな。さすが三大公式チートキャラの一角。第二席? あれはもうチートとかそういう次元の奴じゃねえよ。
「……何故第二席を知っているのかとか、そのあたりは少し気になりますけど。まぁ、良いでしょう。シュテンはこれからどちらへ?」
「そうさなぁ、聖府首都の方に行くのが先決かな。捜し物がそっちにあるし……それとは別にブラウレメントの野郎をデジレとセットでぶち殺す予定があるし」
「あらあら」
……そうだ。
女神仕様の珠片センサーが、ブラウレメントに反応しなかったのがちょっと分からん。今までの経験だと、"一度俺が発見した珠片は反応しない"ってことは分かってんだが。
それ以外に理由があるのか、それともブラウレメントが保有してる珠片を俺は見たことがあるのか。……なんだろうな。
いや、その場合もし後者だったとすると……デジレがそう簡単にくたばるとは思えねえし……まさか。
脳裏によぎるのは、俺から受け取った珠片を大事そうに両手で包みこんでいた、黒髪の少女。
「いや、変な勘ぐりはよそう。別の理由がきっとあるはずだ」
「どうかしました?」
「何でもない。そういや今日はヤタノちゃんコート羽織ってるんだ?」
「他国でお仕事する時には着用義務があるので……ちょっと恥ずかしいですけどね」
「袖通したら絶対あまりそうだな」
「それは言わないお約束です」
しー、と人差し指を唇に当ててウィンクするヤタノちゃん。
すでに番傘は開いていつものように日傘にして、楽しげにころころと笑っている。
なんというか、相変わらず言動と見た目が一致しないというか。
「これから俺とヒイラギはメリキドに向かうけど、ヤタノちゃんは?」
「わたしは帝国に戻ります」
「あら意外」
「召集命令を受けているので。そろそろ第二席が不在、というのも良くないようで、第一席とお話します。本当は、後顧の憂いは絶っておきたいのであの訳の分からないツインドリルを処分したいのですが」
「あれね、想像以上にヴェローチェさんのこと嫌いねヤタノちゃん」
「当たり前です。人間でありながら、人間を家畜同然に扱う者達に与するなど……許せることではありませんから。散っていった、帝国の魔族たちのためにも」
「そっか。そりゃそうだよな」
魔王軍の"導師"ヴェローチェ・ヴィエ・アトモスフィア。そういやなんで人間なのに魔王軍の、しかも幹部なんかやってんのか……その辺、今度聞いてみよう。
四天王の面接にきましたーとか言えば、なんかあの人なら喜んで面接官してくれそうな気がするし。
「それから、ほかにも少し案件があがっているので、その辺の処理もわたしが受け持たないと。魔導司書という立場も結構大変なんですよ?」
「おだんご食べながらほっつき歩いてるイメージしかなかったけど」
「警邏なんです。お仕事なんです」
大まじめに語るヤタノちゃん。
しかし、ねえ?
ちょっと視線を合わせて無言でいると、ヤタノちゃんは目をそらした。
「……ちょっと、白銀の街道の巡回数が多いことは認めます」
「うん、正直なのはいいことだ」
白銀の街道でお茶屋さんしてたあのおばちゃん……マチルダさんか。元気かなー、あの人。今度俺も時間できたら顔出しに行こう。
【天照らす摂理の調和】なんつー化け物じみた神蝕現象使うバグ魔導司書も、好物の前には形無しか。……うん、今はまだヤタノちゃんには勝てる気しねえな。っつかどうやって勝つんだあれ。
第二席以外に勝てる奴の想像がつかないんだが。……ああ、そういえばヤタノちゃんさっき。
「第二席にヤタノちゃんが昇格すんの?」
「いえ。わたしはまた特注でコート作ってもらうのは気が引けますし……それに、わたしでは第二席は荷が重すぎますから」
「どんだけ強かったんだよ第二席」
「あら、魔導司書中最強ですよ?」
「いやそれは分かるけどさ……」
前作主人公……さすがすぎてなにも言えねえ。
死んでることだけが、救いか。
……しかし、なんか引っかかるのは何でだ?
二年も前に死んだ奴の穴埋めを、ようやく今始めるのか?
「なんで死んでからすぐ第二席の任命しなかったんだ?」
「……あんまり色々しゃべると怒られるのですけど。……喋らない?」
「お、おう」
「ん、いいでしょう。大きく分けて、その理由は二つです。一つは、単純に"あの"第二席の後を継げるような人材が居なかったこと。それともう一つは……死体が無いからです」
「……え、魔王と差し違えて死んだんじゃないの?」
「それは公式発表。本当は……いえ、その話はまた今度にしましょう。いずれにせよ、第二席は生きている可能性があった。ですからこの二年間、"第二席"というキーワードで世界中を探し回りました」
「……結果、居なかった、と」
「ええ。二年の間第二席を空席にしていたのは、"第二席"にまつわる話がどこかで出た場合に現第二席か旧第二席か分からなくなるため。しかし、二年も一切情報が入らなければ……やはり死んでいるのでしょうから」
「なるほど、な」
第二席の死体が無かったなんて話は初めて聞いたが……そうか、生きている可能性があったのか。グリモワール・ランサーIのエンディングでは確かに魔王と差し違えてドテッ腹に風穴空いて倒れてたから、そのまま回収されたのかと思っていたが……分からんもんだ。
もし生きていたら、サインの一つでもほしいところだが。
最強系主人公で、俺を含むプレイヤーみんなのあこがれだったしな。あの人。
「死体が見つかってないってのは、ちょっと恐ろしいものがあるけどな」
「そのあたりに関しては考えても仕方のないことでしょう。どの道、第二席……アイゼンハルトは帝国書院には戻ってきませんから」
「そっか」
戻ってこない。その断言に何の裏があるのかは分からないが。
それをずけずけと聞けるような空気ではなかった。
ずいぶんと寂しそうな顔してたしな、ヤタノちゃん。
しかしアイゼンハルトか。ってことは、デフォルト名だな。
いや……俺もプレイヤーだから、前作主人公が第二席ってことは知ってたんだが、IはIIと違って主人公の名前決められたからな。
この世界でどんな名前なのかわからんくて、ちょっと黙ってたがデフォルト名だったか。
帝国書院最強の魔導司書、第二席アイゼンハルト・K・ファンギーニ。
かっこよかったなぁ。あの人。マジで会いたいサインほしい。死んでなければ。
かつての同僚を思い浮かべているのか、少々陰のある表情でなにもない方角を見つめるヤタノちゃんに、声をかけた。
この話題は続かないし、ほかにも少し聞きたいことがあった。
「ところでヤタノちゃんさぁ」
「なんでしょう?」
「話題は全く変わるんだけど、さっき俺にブラウレメントを潰せっつったじゃん?」
「ええ」
「もしかしてさ……」
「ああ、言わなくていいです。シュテンの思っていることが正解ですから」
「そか」
なるほどな。
いやまぁ、聞いたから何だって話ではあったんだけれども、確認だけな。
「さて、そろそろわたしは行こうと思います。教国内に"導師"や四天王が居る以上、きな臭くはなっていますが……帝国のことを第一に考えないと、怒られちゃいそうですし。デジレもこの国に居るので、彼に任せることにします」
「そうか。んじゃ、また近々」
「……ふふ、そうですね。また会える気がします」
たおやかに微笑むヤタノちゃん。
からん、と音を鳴らして踵を返すと、そのまま跳躍しようとして……ふと俺はもう一つ聞きたかったことを思い出した。
「そうだ、ヤタノちゃん」
「なんでしょう? ……なんだか、ちゃん付けはどうしてもやめてくれそうにないですね」
「まあいいじゃねえか。それで、第二席任命の話なんだが……ひょっとして」
俺の想像が正しければ。というか、アイゼンハルトの実力を考えれば、後釜に座れそうな奴は俺は一人しか知らねえ。
と、俺の顔を見てヤタノちゃんは一瞬首を傾げたが、得心がいったようで優しい目を向けてきた。
「ええ、それもきっと、想像の通りです」
ああ、やっぱりか。
そんな風に、特に感慨も浮かべることなく、純粋な感想として心のうちに漏れた俺の思いとほぼ同時に、ヤタノちゃんは言った。
「第二席には、おそらく帝国書院魔導司書第五席……デジレ・マクレインが任命されます」
「はっ……名実共に最強格の仲間入りか、あの野郎」
珠片を取り込んだ魔導司書。
その影響力が、発言力が、権力が増大する。
下手をすれば、珠片争奪戦は過激さを増しやがるな、こりゃ。
「それでは、また」
「おう、じゃあな」
からん、ともう一つ下駄の音をたてて。
ヤタノちゃんは俺の前から姿を消した。




