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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之参『妖鬼 教国 光の神子』
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第十三話 荷馬車無き街道III 『最大限にデッドゾーン』

 


 んん~?


 なぁんでこんなところに四天王が居るんだとか、なんでこんなところでジュスタがクレインたちと合流してるんだとか、なんでクレインがスキルツリーでもかなり高い位置にあって終盤にしか使えない「爆砕棒」のスキル使えてんだとか、言いたいことはいくつかあるんだが。


「そこの四天王さんや。お前さん、もしかしてこぉんのくらいのちっさな破片っぽいの食ってね?」

「……それは貴様には無関係。割り込みなどやたらと無粋。魔族の癖に人間を庇うとは酔狂」

「あー、おっけ。だいたい察した」


 トゥントでだいたいやること終えて、んじゃ次はメリキドだーいってな感じでヒイラギと一緒に街をでたまでは良かったんだがよ。なんか妙に胸騒ぎがして来てみればこれだ。


 "理"の四天王ブラウレメント。この先にある聖府首都エーデンで起きる総力戦でクレインたちがぶつかる最後の壁。んなもんが何でこんなところまでデバってくれちゃってんだ、なんて余裕かまして木の上から観察してたとこまでは良かったんだが。


 ちょっとさ、ブラウレメントさん強すぎね? と。

 圧倒的にもほどがあんだろと思ってよくよく感覚研ぎ済ましてみりゃ本来のブラウレメントよりも強ぇ覇気出してっし。


 ゲームだと死んでも生き返るけど、現実じゃそうもいかねえ。

 流石に死んじまうと思ったからギリギリで飛び出したんだが、間に合って何よりだった。しかし、四天王と真っ向から向き合うってのは魔王軍と敵対した意思表示も同じだしなあ。


 他にも出るのを渋った理由はあって。

 ブラウレメントが珠片を取り込んでるのかどうか、確信が持てなかったのは"珠片の反応がこいつから出てないから"だ。

 一番近い珠片に反応するはずの俺の中のセンサー。

 クチイヌに取り込まれてもちゃんと反応していたのに、何故だろうか。


「私を置いてくなあああああああああ!!」

「あ、忘れてた」

「一人でぴょんぴょんぴょんぴょん先行って!! あんたほど速くないんだから待ちなさいよ!! あとこれどういう状況よ!!」

「本マグロにサーモンが下克上仕掛けてる」

「へー!! 何も理解できない!!」


 お怒りも露わに登場したのは、我らが傾国の美少女()ことヒイラギさん。まあ後からくるだろと思ったから置いてきた。

 しかし、ブラウレメントの目の前に堂々と来られるあたり……昔は強かったんだろうなあ、今じゃ白面面白九尾なのに。


「ヒイラギ、ちょっとそいつら匿っててくんない?」

「なんで私が人間を庇わなきゃなんないのよ。しょうがないわね」

「ありがとよ」


 ふんす、と鼻を鳴らしてハルナたちの前に舞い降りるヒイラギ。まあこれで、珠片を食ったと思しき目の前のピエロ紳士にあっさり殺されることはないでしょう。


 ヒイラギなら五秒は耐えてくれる。んで、助けるなら五秒もあれば十分だ。


「シュテンさん……ありがとうございます」

「あー、喋るな喋るな。ひとまずお仲間に回復してもらえ。話はそれからだ」

「……はい」


 緊張が解けたからか、自らの得物である棒を支えにして立っているのがやっとのクレイン。力ない笑みを見せる彼は、既にもうふらふらだった。

 しょうがないわな。


 一鋼打尽の威力おかしいもん。あんなえげつない吹っ飛ばし方なんてできなかったはずよ。


「クレイン!!」

「あー、ハル……じゃなかったそこのピンク髪のきみ。クレインくん回復してやりな。あとふっとばされた赤い子も」

「あ、貴方はいつかの……」

「ま、クレインくんの絵のファンだよ」


 覚えていたらしく目を丸くするハルナ。絵のファンというよりは、クレイン主人公のゲームのファンな訳だが……あの絵は素敵だから絵のファンということにしておこう。ファンには変わりないし。


 さて。

 鬼殺しを担ぎ直して、目の前の四天王に向き直る。

 っけー、リアルで見るとさらにうさんくせー。


「ってなわけで……まあお前さんが珠片取り込んでるってんなら話は早いんだ」

「……何?」

「死ね」


 跳躍。同時に大斧を振り下ろす。


「っ!?」

「あー、やっぱ強いね四天王」

「こんの……!!」


 一瞬の内に迫ったつもりだったんだが、反射で張った糸に防がれた。

 とはいえまぁ……技量はだいたい把握できたかな。


「行くぞ」

「ぐっ……この妖鬼め、化け物か」


 吐き捨てるブラウレメント。鋼糸による操作に一気に力が入る。

 おそらくは俺の鬼殺しを弾こうとしているみたいだが……そう簡単にゃいかねえよ。


「一鋼……打尽!!」

「あーはいはい、あーはいはい」


 さらに噴出した鋼糸が、四方八方へと飛散してから急転換。俺の全身を突き穿つべく襲撃。……けどまあ。


「よいしょぉ!!」

「なにっ……?!」


 ブラウレメントの張った鋼糸にスライドして火花を散らした鬼殺しで、大車輪を描くように周囲の空気を暴風に変える。


 吹き飛ばされたブラウレメントが一度地面にバウンドしてから、体勢を整えるように立ち上がって構えた。その瞳には、微かに揺れる意志。

 怯えてやがる。


 とん、と鬼殺しを肩に担いで笑う。


「俺にゃあ古代呪法だの神蝕現象だの、そんな大した力はねぇ。けどまあ……この斧一本で、そのたいそうな技が散り散りになるのは気持ち良いもんだな」

「……化け物ッ」

「かかってこいや、中間管理職」

















「これは……いったい」


 視界が開けた時、リュディウスの視線の先に広がった光景は、にわかに信じ難いものだった。今まで散々に自分たちを相手に蹂躙をかましていた鋼糸使いが、謎の和装男相手に一方的な防戦を強いられているのだから。


 ……それよりも、あの男どこかで。


「目が覚めた!! 良かったよリュディ!」

「ハルナ……?」


 見知った声に振り向けば、錫杖を片手にひたすら魔力を今も流し続けている少女の姿があった。視線を落とせば、ジュスタと自分は同じ魔法陣の中に寝かされていたらしい。


 ということは、しばらくの間彼女の回復魔法にひたすら身を任せていたということ。

 また一つ借りができてしまったと、Fランクブレイヴァーに向かって小さく微笑んだ。


「ありがとう、助かった」

「ううん、これがあたしの仕事だもん!」

「そう、か」


 ならば自分は、仕事を全うできなかったということか。

 実力不足に握り拳を作れば、手の内に感触。右手をみるとどうやら自分はずっと剣を掴んだままだったようだ。穴が空き、亀裂の入ったラージブレード。

 新調したばかりの愛剣はすでにぼろぼろで、救いがない。


 だが、それでも気を失っている間剣を握っていた事実が、リュディウスの心の支えとなっていた。


「立てるかい、リュディ」

「クレインか。……しかしこの状況は」


 と、隣から声がした。膝をつきながらも、じっと向こうの戦闘を見つめている少年。その瞳は一切ブレることなく、先で行われている戦いに注がれていた。


 たまに鋼糸がこちらに飛んできたかと思えば、狐火が華麗にはじき返す。何事かと思って視線を少し上にやると、ハルナの上空には九尾の銀狐が佇んでいた。狐火の威力は、大したことはない。


 だが、いなすことに関しては美しいまでの業といえた。


「シュテンさんが、来てくれたんだ」

「シュテン……? それはまさか」

「ああ、今戦ってる……そしてアルファン山脈で出会ったあの妖鬼だ」

「…………何で知り合ったんだ?」

「たまたま絵を描いてね」

「……?」


 よく、分からないが。

 よく分からないなりに、彼が自分たちを助けてくれたのだとは理解できた。


 なぜなら。


「不快! 不快! 不快!!」


 放つ鋼糸はすべて大斧に断ち切られ、


「ここでクエスチョン。きみは今何回不快と言ったでしょう」


 返す大斧の風圧で弾かれ、


「不快不快不快!!」


 あまつさえおちゃらけた雰囲気を崩す様子もなく、


「正解は、フ回、でした~。こりゃ座布団貰えんじゃねーの!?」


 隙を見せては足払いをかまされて無様に尻餅をつく。


 圧倒的ではないか。

 あまりに、隔絶されている。


「古代呪法・竜麟通しィ!!」

「大斧に魔力を通せばあら不思議。竜の爪も防げそうな頑丈な我が相棒。今なら19800ガルド!」

「がああああああああ!!」


 鋼糸の攻撃が大斧のフルスイングに弾かれて吹き飛ぶ。


「やっぱやらん!!」

「ぎゃあああああああああ!!」


 吹き飛んだところに振り下ろされた大斧により、凄まじい地響きとともに起きるクレーター。


 これは、やったんじゃないか。

 そう思わせるに足る、シュテンの一撃だった。


 だが、その時だった。

 リュディウスの背にぞくりと冷たいものが走ったのは。


 そして、シュテンの様子がおかしくなったのは。


 声が、聞こえる。

 クレーターの、その中から。


「もう、スープ三杯お代わりしてー。おかしいなーと思ってきたんですけどー。とんだ失態ですねー」

「……あー、しばらくぶり。ヴェローチェさん」

「そですねー。なんで人間庇って四天王と戦ってるのかはー、ちょっとわからないですけどー」


 あの少女は、いったいなんだ。


 リュディウスと変わらない年代。この場に似つかわしくないモノトーンのゴスロリドレス。そして、ツインドリルの特徴的な髪型と、フリルつきのアンブレラ。


 ……どうしようもなく、シュテンが"さん"付けで呼ぶような相手には見えないのに。それなのに、足が竦む。


 なんだ、あの歪な少女は。


「……ぐぅ……導師……」

「情けないですねー。あれだけ啖呵きってー……人間の一人も殺せてないじゃないですかー」


 ……今の台詞を聞く限り、やはり魔族なのだろうか。

 とすると、交友がありそうなシュテンはいったい。


「ところでなんでシュテンはブラウレメントと殺しあってたんですかー?」

「こいつがもってるものが、殺さないと取れないという至極簡単な理由」

「なるほどー。……じゃあ」


 す、とフリルアンブレラを手に取った少女。

 なにが起きるのかと身構えたリュディウスたちに対して、ゆっくりとそれは向けられる。


「あの辺の人間は消しとばしていいってことですねー? 光の神子は邪魔なのでー、処分したかったんですー」

「ああいや、それは待とう。うん、落ち着こうヴェローチェさん」


 違う。シュテンとは明らかに違う。


 はっきりとわかる。黒く捻れた二本角を持つあのあからさまな魔族よりも、隣に居るあの少女の方が実に魔王軍らしい思考を持っている。


 慌てたように少女を宥めようとするシュテンだが、彼女はことのほかあっさりと首を振った。


「残念ながら、それは聞けない相談ですー」

「まぁまぁまぁまぁ落ち着こうぜ? ほら、人間さんたちあんまり害ないだろ今。な? な? 俺あいつにお絵かきしてもらう約束してるんだわ」


 クレインの言葉に半信半疑ではあったが、あの様子をみる限りシュテンという男はなんだかんだで味方側であることは間違いないようだ。

 この魔族に風当たりが強い世の中で、ありがたい存在であると思う。


 魔族が本当にああいう男ばかりなら、自らの育った王国でも魔族との共存を考えることができるのに。リュディウスは一国の王子としての感情を胸中に抑え込んでいた。


「光の神子は魔王様を殺す力。危険物質は排除」

「あ、おまえ生きてたの。殺すよ?」

「シュテンがブラウレメントを殺そうが知ったことではないですがー、光の神子は殺させていただきますー」

「あ、それは待とう。なんならブラウレメント殺さないからクレインくん殺すの待ってくれない?」

「価値が対等ではないですー」

「ぐぬぬ」


 あれだけブラウレメントを一方的に殴っていたシュテンが、下手に出ているその事実だけでも震撼させられるものがあるというのに。


 それ以上に、あの少女から言いしれないものを感じ取っているクレインは先程から睨み据えるばかりで動けない。


「おい、クレイン……!」


 シュテンに目を向ければ、彼はヴェローチェという少女に見えない部分で右手を払っていた。まるで、さっさと消えろと自分たちに合図しているかのようで。


 だが、クレインは動かない。動けない。

 その理由は、わからないまま。


「そういうことで、殺しますねー」


 ――古代呪法・混沌(ゼーブル)冥月(ファー)――


「ちょ、ま……逃げろクレインくん!」


 慌てたようなシュテンの声。

 だがそれよりも先に、向けられたフリルアンブレラの先端から噴出する凄まじい魔力。

 暴力的な津波のような、漆黒の炎。

 レッドカーペットでも敷くかのようにこちらへ向かってくる炎が通る道は全て草木が消滅している。あれに触れたら、一巻の終わりだ。


 それがわかっているのに、クレインが動けない。


「クレイッ……!!」


 リュディウスが跳躍、ハルナとジュスタの二人を逃がそうとするも、もう間に合わない。クレインはただただ襲いかかる混沌冥月(ゼーブルファー)を眺めるのみ。


 このままでは皆飲まれて終わる。


 せめてと思いリュディウスはハルナたちを射程範囲内からけりとばそうとして、刹那。


「――」

「え?」


 誰かの、声が聞こえた。


 その瞬間だった。



 混沌冥月と自分たちの間にできた、不可視の魔力壁。


 ぶつかりあう衝撃で大地が揺れた。危うく、大地に亀裂が走りそうなほどの破壊力。

 だがそれでもその魔力壁はびくともしない。


 ……一体?



 その答えは、クレインの前に立つ人影の存在によって明らかになるのだった。


「うわー……またあんたですかー……テンション下がりますー」


 フリルアンブレラを下ろしたヴェローチェという少女が、遠くでげんなりとした表情。


「光の神子だけに魔王軍の闇魔力への耐性はあまりないようですね。立ったまま気絶していますから、そこの人、ちょっとどかしておいてください」


 高いソプラノが、リュディウスに向かってかけられる。

 そのちぐはぐなプレッシャーに、思わず頷くしかないリュディウス。


「……おいおい、何でここで登場するんだよ」

「あらシュテン。お久しぶり……でもないですね。そんなところに居ないで……よかったら、共闘しません? 初めての共同作業です」

「誤解を招く言い方をするでないわ――」


 軽口を叩き合う二人は知り合いであろうか。

 しかし、シュテンの表情がどこか安堵を色濃く出していることに気づかないリュディウスではない。


 その、少女とも呼べないような幼い影は。


 藍色の和服の上から黒のコートを羽織っており。それはどこかで見覚えのあるもので。


 その背中に刻まれた文字は、III。


 あの、グリンドルの所属する帝国書院の、トップ3であることを示していて。


「――元気だったか、ヤタノちゃん」

「ちゃんづけはやめてくださいっ」


 ヴェローチェの元からその童女の隣へと大きく跳躍したシュテンは、楽しげに笑う。


 童女は、戦場に見合わぬ照れくさげな表情を浮かべながら、その魔導書(ばんがさ)を閉じる。


「覚悟はできていますね……導師」

「そんなものはないですよー、第三席」


 戦いは、終わらない。

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