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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之玖『         』
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第二十二話 魔界六丁目XI 『シャノアール・ヴィエ・アトモスフィア』




「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」



 ――おそらく、チャンスは一度きりだろう。


 阿鼻叫喚。焔燃え盛る地獄絵図の中、屹立する巨体を前にシャノアールは冷静だった。

 小さく拳を握り込み、ただ魔界六丁目跡を見守り続ける。



 この場所は、この街は、シャノアールにとっての宝だった。


 二百年前。

 シャノアールがここに街を作ると言った時、周囲からは嘲笑された。

 所詮は道楽だ、好きにしろ。そう魔王が嗤って言ったことを、今も覚えている。


 確かに道楽だろう。

 魔族の中でも力の無い者や、はぐれ者を集めて作る弱者の街。

 人間の爪弾き者や行き場のない者まで巻き込んだ、傷をなめ合うことしかできない刹那を生きる雑兵どもの理想郷。


 けれどそこには、シャノアールの詰め込んだ浪漫があった。

 誰にも虐げられることのない世界。

 親の無力に泣く子供は居ない。外敵の恐怖に怯える町人は居ない。

 誰か一人が矢面に立つ必要もない。力がすべてに勝る道理もない。


 これまでの人生でシャノアールが感じた無情や悲哀を全て覆してやると、そう誓ってこの街を作り上げた。

 この二百年間は決して、シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアにとって無駄なものではなかったのだ。


 出会えた親友に恥じないよう、これからを生きると誓ったあの日から。


『きみとは、良い友になれそうだと思ったからね』

『何言ってやがる。もうダチだろうよ』

『……はは、そうか。そうかも、しれないな。良い友を持った、と思っておこう』


 たとえ魔界にただ一人、魔族と相対することになろうとも。

 魔の城の中でただ一人、主義主張の異なる者共と顔を合わせようとも。

 その全てをおして、自らの目標を完遂する。


 シャノアールは成し遂げた。一人では生きられない人々が、笑っていられる小さな幽世を作り上げた。


 だから、この場所が既に魔王によって築かれた儀式場であったと知った時は、瞠目した。悔しかった。ことここに来て、大切な誰かの居場所を奪い去られてしまった。


 その時の喪失感は、きっと余人には分からない。


 けれどそれでもシャノアールは前を向いた。

 魔王を下し、野望を砕き、この世界に安寧をもたらす為に。

 今自分がくじけている時間は無いのだと心に刻んで。


 今、シャノアールの周りには、頼りになる仲間が居る。

 けれど、頼りになる仲間たちにとっての柱は己であると、そう自覚していたから。


 シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアだけは折れてはならない。

 シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアはここに居る。

 シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアは戦える。


 無理をおして魔界六丁目に戻ってきたのは、ただひたすらにそれだけが理由だ。 自分が戦線を離脱するわけにはいかないと心に決めていたからだ。


 何故ならば。


 シャノアールの知る限りこの場所で、もう一人だけ居るはずの精神的支柱が不在のままであったからだ。


 だからこそ。


「彼の留守を預かっている。ならば、倒れるわけにはいかない。このボクはね」


 軽く咳をするだけで、抑えた手には赤が混じる。

 けれどその赤よりも、目の前の紅蓮の方が重大だ。


 魔界六丁目を蹂躙し尽くした魔神は、見ている傍から一回りも二回りも巨大化を続けている。

 おそらくは珠片を供給源とした魔素による無限の強化。

 

 ――上を仰げば、魔界地下帝国の空が熱に溶けて今にも落ちてきそうだ。


 外に出すわけにはいかない。

 ここで決着を付けなければならない。


 魔界六丁目も決して少なくない犠牲を出した。忸怩たる思いはある。

 よくもボクらの大事な街をと。咆哮と共に魔導を吐き出し、ぶつけてやりたい激情がある。

 けれどその全てを胸の奥へと押し込んで、圧し潰して、ただ、今は世界の為に。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 だからチャンスは一度きりだ。

 魔導の力を孕んだ咆哮の波動が、びりびりと肌を強張らせる。

 風になびいて押し寄せる火の粉の雨が、この身を灼かんと舞い踊る。


 ああ、今魔導の力が潤沢にあるならば、この程度全て弾いてしまえるのに。


「あーもう、鬱陶しいっぽい!」


 眼前を、炎の壁が埋め尽くした。


――神蝕現象(フェイズスキル)【大文字一面獄炎色】――


 熱にも種類があるのだと、シャノアールも知っていた。

 魔導の炎に織り交ぜられた、属性と呼ばれるそれ。


 周囲を舞い狂う火の粉の雨が闇の炎だと言うならば、目の前で魔導司書が張った炎は日輪の魔導によるものだ。


 炎と炎とが混ざり合って、日輪の炎が目の前の仲間たちを守るように網を張る。


「この小さな場所を守るくらいなら、あたいの神蝕現象(フェイズスキル)でも大丈夫っぽい! ほら導師、指示出して!」

「あ、ああ!!」


 シャノアールの前に立った少女が、そのそばかすの目立つ顔に無理やり笑みを浮かべて発破をかける。

 その背にはVIIIの文字。帝国書院の魔導司書であることを示す特注のコート。

 たった一人仲間に引き入れることすら、きっと"魔王軍の導師"には出来なかったことだろう。

 それが、四人だ。この場に四人も揃っている。


 テツ・クレハという伝説の青年を換算するのなら、五人だ。

 帝国最高戦力が、ここには五人も居る。


 それでも、守勢に回るのが精いっぱい。

 今から行う作戦で、ただ一度きりのチャンスを掴み取れなければ、世界は終わる。


 これは、そういう戦いだ。


 幾ら血や魔素が足りないからといって、ぼーっとした頭のまま見守るわけにはいかないだろう。



『魔王一派はこの神秘の珠片の使い道を、己らの強化ではなく魔神のサポートに使ったってわけだ。魂に取り込むのとは、使い道が全然違う』


 デジレ・マクレインの言によれば。

 あの魔神に取り込まれているであろう魔素の供給源――すなわち神秘の珠片は、抉り出すことが可能だという話だ。


 ユリーカとテツ。

 光の神子一行+α。

 デジレとヒイラギ。


 この三班がそれぞれ独自に動き、必ず一つの神秘の珠片を刈り取る。

 そうすれば、魔神は己の存在を支えるものを失って倒れ伏すはずだ。


 信じたぞ、とシャノアールは前方に構える面々を見守る。


 デジレ、ヒイラギ、フレアリール、グリンドル、ハルナ、クレイン、リュディウス、ジュスタ、ユリーカ、テツ。


 その背中が、横一列に並んで遠方の魔神を睨んでいた。


 もはや火炎地獄、彼らの立つ場所は火山の噴火口一歩手前のような有様だ。

 灼熱の中心に咆哮する魔神はまさに世界を破滅へと導く災害そのもので、シャノアールが切れる手札は目の前に居る彼らで殆ど終わりだ。


 だからこそ、全力でベットするしかない。


「――さあシャノアール。準備はいいか」


 小さく、己自身を奮い立たせるように胸元を握りしめ、前を向く。


 視界の先には魔神。まるで目が見えていないのか、瞑目したまま冷たい美貌で熱を振りまくそのさまは、畏怖すべき古の神のそれ。

 だが、どうだろう。

 シャノアールと魔神とを挟む、並んだ彼らの背中から感じ取れる、灼熱のこの場所よりも熱い闘志の迸りは。


 臆してもいない。

 絶望もしていない。

 ただありったけの勇気をもって、苦境に次ぐ苦境を乗り越えたばかりだというのに巨大な災厄へ挑むその背中。


 ああ、何故自分は彼らの隣に居ないのか。

 そんな思いがないと言えば嘘になる。


 けれど決して、シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアは戦えないわけではない。


 隣を見れば、大事な娘がそばにいる。直接戦いに向かないとはいえ、供にこの街を守ろうと奮闘した仲間がそばにいる。

 力尽きるまで今までの戦いで踏ん張ってくれた同輩が居る。


 ならば、己は最後の砦だ。

 もし、もしも。


 もしも本当に、本当にどうしようもなくなった時。

 その時に、最後のカードを切るのが、残された我が役目。


 だから信じよう、彼らを。

 魔神を倒せると信じよう。


「――きみならば、こう言うはずだ。魔神を倒したその先に、浪漫が待っているのだと。ならば応えよう、この手で。このボクがね」



 作戦内容は、魔神からの珠片切除。



「さあ、最後の戦いの始まりだ!!!!」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」




 まじん が あらわれた !▼




 シャノアールの絶叫と、魔神の咆哮が重なり合う。


「開幕の合図は派手に限ると、あたしは思うの!!」

「人に見せる舞台にゃあ、少々内容がクライマックス過ぎるとぼかぁ思いますがね!!」


 真っ先に駆けだしたのはテツ・クレハ。

 追随するようにその上をユリーカが飛翔し追いかける。


 この二人のペアが、事実上の最大戦力だ。

 

 軽い手合わせを数度、そして本気の戦いを一度。

 刃を交えた二人にとって、息を合わせることなど造作もない。

 それは、たとえ相手が魔神であっても変わりはしない。


「はああああああ!!」


 ユリーカがカトラス二刀を握りしめて魔神へと突貫していく。

 テツとユリーカが任されたルートは右側からの迂回ルートだ。


 その速度でもって魔神を翻弄し、クレインたちが自由に動けるようにしつつ――自分たちも珠片を抉り取りにかかる。


「ほんっと、この漂ってる魔力の火が鬱陶しいんだけど……!」

「一つ一つ払うのも、確かに手間ではありましょう。けれど」


 テツが二鎗を振るうと同時、巻き起こった風が火の粉を散らす。


「ある程度ならまぁ、こうして振り払えるってもんで」

「あたし、髪とか傷むと困るんだけど……」

「その辺気にしてられるってこたぁ、余裕のある証拠でさぁ!!」


 軽口を叩きながら突き進む二人は神速だ。

 とはいえ、これまでの戦いは二人にとっても疲労を強いるそれであったと、忘れてはならないこともある。


 特にテツは魔王との戦いにおいて一人、大立ち回りを演じたばかりだ。

 魔王城に突入してからというもの、誰よりも動き、誰よりも休むことなく戦った。

 彼の功労なしにはクレインも魔王を倒すことなど出来なかっただろうし、雲と化したルノアールを打倒することも叶わなかった。


 魔導による強化のしようがないこの男にとっては、体力と鎗の二本だけが資本。


 魔神という慮外の怪物は、そんなテツの天敵ですらある。


国士無双(ナラビタツモノナシ)、試してみても?」

「嫌」


 魔神の力すら魔素停止結界で弾けるならば、そんなに簡単な話はない。

 ユリーカが嫌そうに首を振るった理由もそこにある。


 今も暴れ狂う魔神から迸る魔力は闇魔力。

 ヴェローチェのそれと同質の、純魔力とは違う変性魔力だ。


 ならばナラビタツモノナシを使っても、魔導を使う味方の足を引っ張ることにしかならないだろう。

 堕天使であるユリーカなど、剣魔力の範疇にない飛翔性能や身体能力をただ削られるだけになってしまう。


「ほんと、使い勝手悪いよね、その力」

「ぼかぁ誰よりも痛感している次第でさぁ」


 全方位無効系の魔導は、どうしてもボスには意味をなさないものだ。

 などとあの妖鬼ならば笑うだろう。


 だが、これならばとテツは鎗を振るう。


――神蝕現象(フェイズスキル)其龍往門聚散十春(そのりゅうゆくかどしゅうさんじっしゅん)三千世界国士無双(さんぜんせかいにならびたつものなし)】――


 少なくとも、魔神の体内にある純魔力だけは鈍らせることが出来るはずだ。

 ユリーカ同様、放出する魔素でなければ停止が掛けられる。


 そんな理論を引っ提げて、テツは駆ける。

 マグマのように溶解した熱の大地を、己の二本の脚だけで。


「ぐ……」

「あんまり無理しないこと。シャノ兄ほどじゃあないけど、体力全然残ってないんだから。……ほんと、魔王城で何してたんだか」

「はは、情けない話でさあ」


 だが、どのみちこの作戦の可否に全てがかかっているのだ。

 ならば今この身体が動かなくなったとて、必ず珠片の一つを抉り出して見せる。

 









――紅蓮獄・火之夜藝速――


「じゃ、進むわよ。デジレ・マクレイン」


 デジレが頷いたことを確認したヒイラギは、左方向からぐるりと迂回するような軌跡を辿って魔神へ向けて駆けだした。


 反対側でユリーカが飛翔しているのを、少しだけ羨ましく思いつつも大地を駆ける。

 悲しいかな、彼女に出来るのは浮遊であって飛翔ではない。

 ヒイラギにとっては、地面を走る方が速いのだ。


 幸いなのは同行者たるデジレ・マクレインも同じ条件であることか。


 この作戦の肝は勿論、魔神から珠片を刈り取ることには違いないが。

 その前提として、この3グループの連携にこそ意味があった。


 クレイン、テツ、デジレ。


 この三人だけが、魔神を一時的とはいえ傷つけられる可能性がある。


 魔素に対する特効能力を持つ者たち。

 彼らを誘導することが、グループを組んだ他のメンバーに課せられた使命だった。


 特に。


「おい、先行し過ぎだクソ狐」

「クソ狐!? 全身焼却してモノクルだけ『からんっ』って落とす感じの絶命がお好みかしらねえ!?」

「良いから前へ出過ぎるな、死ぬぞ」

「あー、それ?」


 ヒイラギはデジレの前を走る形になっていた。


 理由は幾つかある。


 一つは、降りかかる火の粉に対しての対抗策。

 闇魔力で編まれた魔神の炎は、ヒイラギの狐火で相殺できる。熱の苦しさを含め、魔族以外にとって毒でもある闇魔力を弾いていけばデジレにとって楽だから。


 二つは、ヒイラギの魔素の使いどころ。

 魔神に近づいたところで何も出来ないヒイラギにとっては、デジレを送り届けるこの瞬間こそが自らの全力の切り時だ。

 どのみち、魔王城へ入ろうとする魔族たちの足止めで散々に魔導を使った後だ。

 ガス欠気味なのは彼女だって皆と同じ。

 ならば、この最後の作戦に全力をベットすることに、何の不思議もない。


 そして、三つ目は。


「あんた、病み上がりなんでしょ?」

「魔族に気遣われる筋合いはねーよ」

「いや、しくじられると迷惑だからに決まってるでしょ馬鹿なのハゲ」

「ハゲてねえわ殺すぞクソが」


 このデジレ・マクレインという病床上がりの男に、最後は全てを託すことになるからだ。



「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



 魔神がこちらに感付いたのか、その大輪の花弁のようなスカートを回転させる。

 炎がまるで雪崩のように押し寄せるその魔導に、ヒイラギは舌打ち一つして自らの炎を操った。


――紅蓮獄・火之夜藝速――


 津波が如く突っ込んできた炎の壁を、同じ炎の壁で相殺する。

 しかし相手はただの波ではなく、津波だ。一瞬を凌いだからといって、すぐに魔導を解けば飲まれて死ぬ。それが分かっているからこそ、ヒイラギは背後のデジレ共々飲み込まれないよう炎の壁で魔神の魔導を抑えつける。


「ぐ、うううう……!!」

「どけ、オレがやる」

「あんた、そもそも保有魔素ゴミ同然でしょっ……!!! さがってろ貧弱!!」

「っ」


 気炎を吐き出すように、ヒイラギは振り返りすらせずそう叫んだ。



『……きみの身体はまだ万全には程遠いが?』

『それでも行くんだよ決まってんだろうがクソが。魔族のクソ共に王手をかける。そんな状況でオレが一人のんびりしていられるわけがねえ』

『死ぬかもしれなくても?』



 確かに、そうアスタルテには言われていた。

 だが、それを悟られるようなヘマはしていないはず。

 胡乱な視線を向ければ、ヒイラギは全ての炎を凌ぎ切って一息吐きつつ振り返る。


「さっきの魔神に突っ込む時、わざわざあの子供連れてった時点で分かってたわよ。あんたが万全なら、その神蝕現象(フェイズスキル)でゴリ押せるでしょうが」


 あのクソガキが成長したんだ、と言い返すことも出来た。

 だが、やめておいた。


 なんだかんだ、ヒイラギはデジレを心配して今動いている。

 その思いやりをわざわざ踏みつぶす礼儀もない。


 と、そこまで考えてデジレの口元が緩んだ。


 まさか、自分が魔族を気遣うとは、と。


「なら、魔神の前まで辿り着いたらオレの仕事だ」

「そうだって言ってんでしょ。任せなさい、炎のことなら誰よりも私が上手いんだから」


 さあ、魔神まであと少し。















 クレイン・ファーブニルは光の神子だ。

 

 魔王を倒す旅に出て、ようやくその目的を果たした。

 だが当然、それで終わりとは世界が許しはしなかった。


 魔神降臨。


 魔界六丁目という街は、クレインにとっても自分を歓待してくれた素敵な街だった。その街が、眼前でこの有り様だ。


「悔しい、ものだね!」


 棒を振るい、クレインは駆けだした。


 既に両サイドから、テツ・ユリーカ組とデジレ・ヒイラギ組は魔神への突撃を開始している。

 直線距離の自分たちよりも遥かに遠いはずなのに、それでもクレインたちを置き去りにするほどの速度で駆ける面々に、まだまだ自分たちの未熟を感じてぐっと棒を握りしめた。


 けれど、今はそんなことを考えている場合ではない。


「だが、住民たちは逃がすことが出来たらしい。なら、場所を取り戻すだけだろう!」

「お、リュディ良いこと言ったね!」


 大剣を掲げたリュディウスがクレインの隣に飛び出す。

 同時、反対からぴょこっと顔を覗かせるのは精錬女皇のハルナ。


 この二人には、本当にこれまでずっとずっと助けられてきた。

 これまでにあった色んなこと。辛い戦い。厳しい苦難の記憶を思い返して、クレインは小さく頷いた。


 そうだ。奪われたなら、取り戻せばいい。

 あとに引けないことは分かっているのだ。

 世界が終わるとまで言われてしまって、光の神子が何もしないなど名が廃る。


「――クレイン。あそこで、自分がやれるって言えたの、凄いと思うよボクは」

「そうね。随分と見れる顔になったわ、貴方」


 魔神が無差別に撒き散らす、拳大の火球の群れ。

 その全てを、ジュスタのクナイとフレアリールの血刃が穿っては消滅させていく。


 彼女ら二人が、正面からの突入を可能にしている立役者となっていた。

 そんなジュスタとフレアリールからのお墨付きに、クレインは少しだけ口角を緩ませる。


 言われてみれば、確かに。

 とっさに出た言葉とはいえ、あの状況で「僕が行きます」と口に出来たのは自分でも驚くべきことだった。


 正直、もう殆どまともに身体は動かない。


 ミランダが倒れ、シャノアールやヤタノであっても再起不能になるような戦場にクレインたちも身をおいていたのだ。

 いくら庇われながらだったとはいえ、魔王という魔界最強の存在と相対していた以上、クレインたちも心身ともにズタボロだ。


 今からただ無策で魔神に突っ込んだとて、あっさりと焼かれて死ぬのがオチだろう。自分でもそう思う。


 なのにこうもあっさりと名乗りを上げられたのはなぜだろうか。



 戦えないと世界が終わるから?

 光の神子として、平和な世界を脅かす魔神を放っておけないというのは間違いない事実だ。だが、それだけで奮い立てるほど、目の前の脅威は安くない。


 仲間が皆戦っているから?

 自分たちだけ休んでいられない、そんな思いもあるだろう。けれどそれだって、平時であればの話だ。自分たちが動くことが、逆に足手纏いになるかもしれない。

 そんな状況で、簡単に声を上げられるほど愚かではないつもりだ。


 ならば、なんだろう。



「きみたちならば、やれるさ」


 背後からの声とともに、緑の球体が宙を舞った。


 これがあるから、フレアリールやハルナは際限なく魔導を放つことが出来ている。枯渇しそうな魔素を補い、魔導の力を増幅してくれる緑。

 声の主はそのままリュディウスの隣に並び立つと、にかっと笑う。


 その言葉を、クレインは咀嚼して。

 ああ、なるほどと思った。


 きみたちならばやれる。


「僕は、一人じゃない」

「ん、なんか言った?」

「今更なことをぬかしただけだろう」


 首を傾げるハルナと、大剣を振るうリュディウス。


 そこにあるのは、信頼の笑み。

 クレインが声を上げれば、きっとハルナとリュディウスも着いてきてくれるという根拠のない自信こそが、クレインにとっての原動力だった。


「うん、行けるよ、僕たちなら!!」


 駆ける、駆ける、駆ける。


 どんなに速く走って、魔神に辿り着こうとしても。

 きっとテツやユリーカより早くはない。

 デジレやヒイラギほど手堅くもない。

 がむしゃらで、傷ついて。けれどその傷を何度でも癒して立ち上がる。


 それが、主人公(クレイン)だから。


「魔神……!!」

「近くで見ると、おっきぃ……!!」


 ハルナは目を丸くしながらも、すかさず防護の魔導を張り巡らせて、火の粉の雨から全員の身を守る。


 その隙に魔神の足元に目を走らせたグリンドルは、あそこだ、と女神の腹部辺りを指さした。


「間違いなく、あそこに強烈な魔素の反応がある!」

「よし、クレイン、掴まって」


 手を出すジュスタに、クレインはすんなりと従った。


 何をする気かはいまいちわからなかったが、きっと意味のあることなのだろうと信じているから。


 むしろジュスタの方が、その無類の信頼に驚くような顔をして。


「飛ぶよ」


 と、軽く教えてくれた。


 がっ、とクナイがどこかに刺さった音とともに、何かに引っ張られるようにクレインとジュスタは飛び上がっていく。


 見れば魔神の腕にクナイが刺さっており、その周囲に何重にもワイヤーが巻きつけられていた。いつの間に、と驚く暇もなく、気づけばクレインは魔神の腹部の正面。


 ゆらりとワイヤーにぶら下がっているせいで、ちょっとした風で身体が揺れる。


「勢いをつけて、手放すから」

「分かった、こい!!」


 この作戦が上手くいけば、魔神は倒せる。


 そうでなければ、終わり。


 分かっているからクレインの表情も引き締まり、ジュスタとつないでいる方とは反対の手で棒を引き抜く。


 そのまま、ジュスタは足で器用に勢いをつけて、ブランコのように勢いよく魔神へと突っ込んだ。


「いっけええええええええええええ!!」

「おおおおおおおおおおお!!」


 

 既にデジレやテツも他の珠片の在り処を見つけ出しているようで、クレインに合わせて二人も得物を引き抜く。


 そして、クレインの棒が魔神に触れる――

















「終わりましたねー」


 その光景を、上空で眺めている者たちの姿があった。

 徐々に追い詰めるヴェローチェの魔導に、渋面を浮かべながら座標獄門で凌ぎ続けるセクエンス・サリエルゲート。


 セクエンス自身の保有魔素も、いい加減尽きようというこの頃合いに、ヴェローチェは一気に畳みかけるつもりでいた。

 魔導を行使し、座標獄門を使わせ、その魔導を相殺する。

 自らの保有魔素にものを言わせた無理やりな戦法は、しかしこの場に限っては有効だった。


 信じている。


 シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアという男を、ヴェローチェは信頼していた。彼が立てた作戦ならばきっとうまくいく。

 その作戦に自分が介在する必要がないならば、今ここでセクエンスを仕留めるまで。


 それは、同じ座標獄門を扱うレックルス・サリエルゲートにとっても同じだった。


 魔神の近くにゲートを作り、彼らを送り届けるということも出来なくはなかった。だが、それ以上にセクエンスから予想外の妨害を受けることをこそ、シャノアールは嫌った。


 だからヴェローチェを使ってセクエンスを釘付けにし、その上で有事の際にもレックルスという札を切って抑えつけておく。


 セクエンスをここで倒せればそれで満点。

 実際、もはやセクエンスの魔素は虫の息。

 ヴェローチェも多くの魔素を使い込んではしまったが、その比でないくらいセクエンスは疲弊していた。


 だからこそ、少し状況を俯瞰する余裕もあった。

 ヴェローチェが目にしたのは、ちょうどクレインが魔神へ向かって空から突っ込むその瞬間。


 デジレは首筋を、テツは額を、それぞれ珠片の在り処を狙った一撃が今に入る――というちょうどその時。


 だから「終わった」と口にした。

 これで珠片が削れれば、魔神は終わる。



 ――グリモワール・リバースの勝利だ。



 そう確信していたからこそ、解せなかった。



 満身創痍のセクエンスが、愉悦に歪んだ笑みと共に腹を揺らしていることが。



 デジレの大薙刀が。

 テツの鎗が。

 クレインの棒が、それぞれ魔神に打ち込まれる。


 

「おおおおおおおおおおおお!!」



 クレイン・ファーブニルの棒は魔神に届いた。

 魔王を倒した光の神子の力は、魔神にも有効だった。

 突き刺さった棒はその先端で何かに触れ、その何かの凄まじい熱量と振動にも負けずクレインは棒を薙ぎ払った。


 突き刺した魔神の腹部を裂くように、勢いよく払われた一閃。


 同時、きらきらと。何かしら輝くものが、外へと飛び出した。


 ――神秘の珠片。


 何度か見たことのあるヴェローチェはそれを、確信を持って本物だと断言出来る。


 クレインはやったのだ。


 珠片を弾き、魔神の動力源を潰してみせた。



 ならばと思ってデジレやテツへと目を向ければ、当然というべきか彼らも珠片を外へと弾き出していた。




 ――ならば、こちらの勝ちだ。




 魔神は激痛に悲鳴を上げる。

 先の咆哮とはまるで違う絶叫だ。

 聞く者の耳を引きちぎるような甲高いそれはしかし、魔導もへったくれもなく力のない弱弱しい断末魔。


 だからこそ、次の瞬間には魔神は崩れ落ちるのだろうとヴェローチェは信じて疑わなかったし――しかし予想と違う出来事に目を見張った。






「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」





 咆哮。


 そして、ヴェローチェの目に映った映像が現実ならば。



「……珠片が、再び体内に転移しましたか、あれ?」




 そう、思わず口から零れた一言を、終えるか終えないかという刹那。




「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」



「わっ!?」



 その咆哮は、さらに鋭く。

 珠片をもう一度取り込んだ魔神は、その勢いのままに巨体をさらに大きく膨張させ、漲る力を発散するように叫んだ。


 先の断末魔とは打って変わって力強いその咆哮は、珠片を取り込んだ瞬間だからかは分からないが、まるでエネルギーの爆発だ。


 少し離れた空中に居たヴェローチェですら吹き飛ばされたのだ。


 視界に入っていた仲間たちがどうなったかなど、考えるだに恐ろしい。




「きゃあああああああああああ!!」

「がっ……!!!」

「う、わああああああああああああ!!」



 クレインたちはもとより、ユリーカやテツでさえ大きく跳ね飛ばされて強かに地面へと身体を打ち付けるハメになった。


 何度か大地を跳ね、身を削るように地を滑りようやく止まる。


 前線はそれでもまだマシな方だった。


 酷いのは、受け身の取れない後方の面々。


 その余波だけで吹き飛ばされ、シャノアールは何とか気を失っているミランダの緩衝材になることで彼女を守ったほどだ。


 その代償に、シャノアールは鋭い巨岩に背中から突き刺さり、悲鳴を上げたミネリナが慌てて起き上がって治癒の魔導を掛けている。




 これは、いったい。




 ヴェローチェは頭の中が真っ白になった。


 何故だ。

 

 どうしてこんなことになった。


 呆然と魔神を見れば、珠片を取り込む前よりも三回りは大きくなったその巨体で、今にも天井に手が届きそうだ。

 融解しドロドロと岩の雫を垂らす魔界地下帝国の空に、魔神はゆっくりとその手を伸ばす。


「やめて……」


 思わずヴェローチェは呟く。

 

 なんだこれは。


 今の今まで、ここまで上手くいっていたのに。


 魔王を倒し、仲間と協力して、あのルノアールですら下したグリモワール・リバースが。今、ただ意志のない魔神と、――そして封殺できるはずだったセクエンス・サリエルゲートなどというただの魔族の前に膝を屈している。


 そんなことがあっていいのか。


 そんなことが、許されていいのか。



「どう、して」



 理解が出来なかったのは、ヴェローチェだけではない。

 瓦礫の山の中から這い出したユリーカは、朦朧とした意識を必死でつなぎ止めながら呟いた。


 テツともども吹き飛ばされた先は、ちょうどマグマの真っただ中。

 慌てて受け身を取ったところで間に合わず、溶けかけの岩へと叩きつけられたのだ。


 だが、痛みよりも先に覚えた感情の名は疑問だ。


 珠片を除きさえすれば魔神の魔素供給源は失われる。

 そのはずではなかったのか。


 

「オレが、間違っていたのか?」



 珠片を体内へと転移させる術式など、魔神の体内には見受けられなかった。

 それを隠蔽するようなものも、何一つ。

 だからこそデジレはシャノアールに解決策を提示した。


 にも拘わらず、理解不能のこの始末。

 分からない。分からない。分からない何もかも。


 そして、もう一つ。


 考えたくもない事実が眼前に転がっていることを、デジレはいち早く認識した。


 珠片を取り除けない。


 それは即ち、魔神に対する策が失われたことと同義なのだから。



「そんな……」



 ここまで来てダメなのかと、クレインは天井を仰いで呟いた。


 勢いよく吹き飛ばされたクレインは、綺麗に仰向けのまま地面へと叩きつけられた。幸い頭部は無事だったものの、全身を衝撃と痛みが焼いている。

 早く立ち上がらねばと思うも、その痛みと絶望で力が入らない。


 チャンスは一度きりだった。


 珠片を取り除く。それが出来なければ詰みだった。


 見上げれば最早、天井に手を触れる魔神の姿。

 どろりと熱で溶けだした天井に、痛みもなさそうに触れて、無理やり空をこじ開けていく。


「は、はは!! はははははは!!!! 終わるものかよ!!!」


 セクエンスは一人嘲笑した。


 珠片さえ。珠片さえと手を伸ばした者たちの策を、セクエンスは妨害をする気など最初から無かったのだ。


 この結末を知っていた。

 珠片が決して、魔神の傍を離れることがないと知っていた。


「この神秘の珠片ってのは、元は女神の聖域のものだ。それが持ち主のところに戻る。とどのつまり、それだけの話ってえ、わけよ。魂に取り込んでいようが、取り込んでいまいが関係は、ねえ。はは、ははははは!! ざまあねえなあ!!」


 もはや全員が、動く気力すら失った。

 希望は全て断ち切った。


 そう、セクエンスは確信した。


 これだけの演出をしてみせて、打開策は無だと示したのだ。


 ならばもう、彼らが立ち上がることはない。

 魔神の力の増幅も十分。あとは、もう地上へ魔神を動かすだけ。



「さあ、世界終焉の時だ! これからは、魔神を是とした魔界の始まりよ!!」



 セクエンスの笑い声だけが響く魔界は酷く空虚で、

 これほどまでに熱が滾っているというのに冷たかった。


 もはや為す術はない。


 セクエンスも一応は考えを巡らせてみるが、方法はないはずだ。


 だから、勝ちだ。



 そう、思っていたのに。

 妙に、靴音がセクエンスの耳に響いた。



「あん? 今更お前が立って何になる――導師」




 立っていた。



 シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアが立っていた。



 他の誰もが、膝をつき、意識を失い、倒れていたとしても。

 もはや万策尽きたと、絶望を抱えていたとしても。


 シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアは、立っていた。



「なんだ、もう絶望的だと分かったろうが」



「……ユリーカ、デジレくん、ヒイラギくん、ミランダ、フレアリールくん。……うん、全員、変調はないみたいだね。ただ、疲れているだけで」

「あ?」



 ぶつぶつと、シャノアールは何かを呟いた。

 口から言葉を零す度に血が漏れるような始末だ、その言葉は当然、空のセクエンスには届かない。


「まあいい。もう、何も出来ることはねえだろうよ!」



 セクエンスはそう吼えてみせた。

 けれど、シャノアールは一人で立ったまま。


 何故、とセクエンスは言葉に出来ない苛立ちを覚えた。



 シャノアールの瞳に、未だ希望が灯っていたからだ。

 今更、魔導の一つも打てやしない導師に何が出来る。


 自爆でもするつもりかと、セクエンスは鼻で笑った。


 だがどのみち関係ない。

 魔神は手を空へと届かせた。

 どろどろと溶かした天井から、薄く、たった一条。

 地上の光が顔を覗かせたのだ。


 どろり、どろり。

 魔界の空が溶けて、夜が明ける。


 長い長い夜が明ける。

 これが魔界の払暁だ。


 魔王と、ルノアールにも見せてやりたかったとセクエンスは口角を上げる。




「……シャノアール。どうして、さっき。あの五人を心配したんだい?」


 ミネリナ・D・オルバは最早、まともに動ける身体ではなかった。

 魔神の咆哮、その余波だけで吹き飛ばされ、殆どの魔素を持っていかれたせいでまともに力が入らない。

 入らないならせめて、命に係わる怪我をしているシャノアールだけはと、手の届くところに居た彼に治癒の魔導だけは掛けている。そんな状態だ。


 背から腹部にかけて岩が突き刺さったシャノアールは、それでも立っていたから。



 皆の精神的支柱でいる、というシャノアールの誓いは知っていた。

 けれど、もう無理だろう。


 作戦は失敗に終わり、もはや魔神は大地へ上がろうとしている秒読みだ。



 なのに、何故シャノアールは。


 シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアだけは、こうしてなおも立っている?


「――まだ、手はあるからだよ」

「ほ、本当にある、っぽい……?」


 期待と、諦観。半々の気持ちで、ベネッタはシャノアールに問うた。


 魔素構造理論をはじめ、魔導司書は多くの学問に通じている。

 そのベネッタでも、今この場からの打開策などまるで浮かばない。


 だって、魔神を動かす動力源を奪う方法がないのだ。

 珠片を抉り取ったところで魔神の体内に戻ってしまうなら意味がない。

 だからといって正面から魔神と戦えるようなエネルギーは、誰にも残っていない。


 なのに、何故。



「――手は、ある」


 シャノアールは、もう一度呟いた。


 その希望に満ちた言葉は、聞こえていなくともセクエンスに届いたのだろう。


 苛立ち交じりにシャノアールを睨み、煩わしそうに嘆息する。


「気に入らねえなあ、おい。魔界復活の払暁に、人間如きがそんな目してるってのはよ。もっと絶望しろよ。二百年も魔界を牛耳ってくれた人間さんよォ!! もう出来ることなんてねえ、だろうが!!」


「――ないと思うかい?」


「あるとでも思ってんのか!!」


「あるよ」


 力強く頷くシャノアールに、セクエンスは苛立った表情を隠さない。

 だが、そこで。治癒する少女の口から、小さく言葉が零れた。


「……あ」


 同じように語らない聖典に至った吸血皇女ならば、確かに気が付いてもおかしくはない。シャノアールは、にっこりと微笑んで頷く。


「今の、五人。……は、だいじょうぶだったのかい?」

「魔素は弱っていても、覇気に変動はなかった。つまり、そういうことだね」

「……彼らの持つ珠片は、今、魔神に吸収されはしなかった」


 ぽつりと、ミネリナは言う。


「それがどうした!! 取り込まれた珠片が回収できないからなんだ!! 意味がねーんだよ、そんなことぁ!!」


 叫ぶセクエンスは、知らない。


 シャノアールとミネリナは知っているものを、知らない。



「ああ、そうか。きみは、知らなかったね」




「鎮めの樹海に居た伝説の鬼神でも、二つも取り込めば暴走、或いは破裂して死んでしまうもの。神秘の珠片」




「ボクたちは知っている。その神秘の珠片を三つ、纏めて取り込める存在を」





「馬鹿なことを!!! そんな化け物が居たとして、なんなんだ!! 今この場に居るっていうのか!? 居ねえだろうが!!」






「必ず来る。ボクたちはそう信じている。あらゆる窮地を、好機に変える。そんな男が、この世にただ一人だけ居るのだと」





 だから、立っている。



 シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアはここに居る。



 留守の友を待つからこそ、ここに居る。




 根拠のない自信こそが、浪漫。

 



 その静かな啖呵に、しかしその"誰か"は現れない。


 セクエンスは「くだらない」と一笑した。一笑でもしないと、やっていられなかった。

 せっかくの払暁の時を、人間の妄言に邪魔立てされるなど我慢がならなくて。


 だからもう一度笑ってやろうと、地上を見下ろして気が付くのだ。



 倒れていたはずの者どもが、シャノアールの言葉を受けてゆっくりと、しかし確実に次々立ち上がっていることに。




「なるほど……あの、馬鹿が居れば、そうね。どうにかなるわ」


 白い九尾の少女が笑った。


「クソが。そういうことか。答えは出たな……おい」


 男がモノクルを掛け直して吐き捨てた。


「……じゃあ、お姉ちゃんが倒れてちゃダメだよね」


 鬼族の少女がよろけながらも立ち上がる。


「へっ……いい加減あいつに名前の一つでも呼ばせねえと」


 魔界の四天王が鼻の下をこすって言った。


「信じてなきゃ、ダメだよね。あたしが信じなきゃ、誰が信じるのよ!」


 傷だらけの翼と共に、アイドルが輝く。


「……ま、そっすねー。あの人が、ここで出てこないはずがないですしー」


 諦めたように笑う少女は、どこか嬉しそうで。


「少し待たせすぎですね。帰ったらお説教の時間です」


 目が覚めた童女が、嘆息して着物の裾を払った。


「貴方さまのフレアは、いつでも帰りをお待ちしておりますわ」


 にっこりと、いつもの曇りなき曇った眼で少女は言う。


「はは、なるほど。導師も意地が悪い。あいつが、クライマックスに居ないはずが、あらんせんわ」


 青年はボロボロの身体に鞭打って立ち上がる。――友達にだけは、ダサいところを見せるわけにはいかないから。


「そういう、ことか。この大剣に誓って、旅を終えねばな」


 納得したように王子は頷き、震える腕で大剣を構え、


「そうだね。笑われないように光の神子を全うするよ」


 光の神子は、王子に肩を貸して。


「あはは、悩んでたあたいが馬鹿っぽいじゃんね。早く来てよ。……どっちでもよくないから、ぽいじゃないよ!」


 魔導司書は無邪気に、"あいつ"の返事を待つ。


「あいつにしか出来ないっていうのは癪だけど、そうなったら来ないはずないか」


 忍は呆れたように呟いて、心配そうにIIの背中へ目をやって。


「……つまり、どういうことだ? スタンバイしてるのか?」


 とぼけた魔導司書は首をひねった。


「……あー、なるほど。眠いから早くしてー」


 意識の戻った吸血皇女は、顔見知り程度でも遠慮はなく


「あはは、みんな待ってますよ、せんぱい!」


 精錬女皇はまるで、柔らかな日々のように笑みを浮かべて。


「まったく、度し難いよ。あいつも――シャノアールも」


 全てに理解がいった吸血皇女は、納得したように頷いた。



 だから、シャノアール・ヴィエ・アトモスフィアは。



「信じているよ、このボク――いや、このボクらはね!!!」



 真っ直ぐに魔神を見据えながら、しかし心は友を信じていた。




「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」




 しかしそんなことを、魔神が気にするはずがない。


 誰が誰を信じていようが関係ないとばかりに遠い空へと手を伸ばし、地上を求めて天をこじ開ける。


 落盤の地響きと、大地が砕け崩れる地鳴りの音とが、信じていると言った男の啖呵を掻き消すように騒ぎ立てた。



「はは、ははははははは!! 何が信じているだ馬鹿が! 笑わすんじゃあ、ねえよ! 見ろ、払暁の時を!! 魔神が地上へ上るこの時を!!」




 魔神が両手で引き裂くように開いた、地上への大穴が。


 確かに、絶望の合図。





 そう。




 さっき、までは。









「第一神機・草薙、展開――」












「あ?」


 セクエンスの口角が歪む。


 シャノアールの口角も歪む。


 しかしてそれは、真逆の表情を映し出す表裏。




 開いた空から飛び降りた、一人の男。



 魔神の頭の上に当たり前のように降り立った男は、熱に驚くこともなく、あっけらかんと周囲を見渡して笑った。



 なにせその足に履くのは、地形ダメージ無効の高下駄なのだから。






「さっきっからちょこちょこ聞こえてたぜ? 魔界払暁の時だの、なんだの」



「な、な……」



 セクエンスが言葉を失うのも無理はない。



 あの魔神の頭の上。


 高下駄を履いた男は、無駄にキレッキレの動きでタップダンスを――出来てない。なんか下駄がすっぽ抜けて間違えて素足で魔神踏んでぴょんぴょん跳ねて痛がっている。


 テイク2。



「悪いがな! これより始まるは聖典への叛逆グリモワール・リバース。魔王と魔神の話じゃねえ。決して悪しき闇に終わる、つまらん話じゃあまるで無ぇ」




 魔神の上に立った男の覇気。


 いうなればそう、それは鬼神の覇気だ。




「そうだなぁ、言うとすりゃあこうだ。残念だな、セクエンスとやら。陰陽浪漫譚の名を借りて、俺たちの物語をここに示そう」



「裏側からの攻略本、聖典への叛逆、グリモワールリバース、転生鬼神浪漫譚ってなあ!」









 きじん シュテン が あらわれた!▼

BGM【漢の浪漫一気通貫、宵酒浪漫併呑す妖鬼の本懐ここにあり~GRAND BATTLE~】








 グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~

 巻之玖 転生 鬼神 浪漫譚





次回、「あいつ今まで何してたん?」

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