第十話 魔王城III 『リュディウス・フォッサレナ・グランドガレア』
クレイン・ファーブニル。中距離を最も得意とする万能型で、教国法術と武術を両立させた光の神子。
ハルナ。冒険者としては最早一流の後衛。能力変動を得意とする精錬女皇。
ジュスタ・ウェルセイア。ミッドナイトと呼ばれる遊撃のエキスパート。機動力を何より肝とする。
グリンドル・グリフスケイル。魔導司書の中でも司令塔として長けた全能型。魔導支援により味方の能力を引き上げる。
この四人に加え、今味方として戦える魔導師が二人。
ミランダ・D・ボルカ。満身創痍ではあるが、鮮血御手による適宜妨害が期待できる吸血皇女。
シャノアール・ヴィエ・アトモスフィア。こちらの最大最高戦力。魔王の古代呪法を正面切って相殺している。
玉座の間に入って来ようとする敵性存在は全てヒイラギによって一蹴して貰っている現状、魔王対このメンバーという構図が崩れることはほぼ無いと言っていい。
簡単な戦力分析だけでもこちらに勝機は十分にある。
だが、注目すべきところは戦力としての大きさだけではなかった。
このメンバーには、前衛として戦える者が殆ど居ないのだ。
クレインは戦闘スタイルの関係上、相手の攻撃を防ぎ続けることは不可能だ。
グリンドルは前衛として戦うことも可能だが、こちらの連携が上手くいっているのはひとえに彼の功績。それを潰すことと、そしてもう一人の前衛との連携が未知数であるため取りたくない手段。
必然的に。
魔王の剣を正面から受け続けるのはリュディウス・フォッサレナ・グランドガレアただ一人ということになる。
魔王の頭上、虹が描かれるがごとく魔導円陣が展開し、その全てから混沌冥月が放たれる。
その全てをシャノアールの放った冥月乱舞が打ち砕き、しかし魔王はさらに強烈な魔導を放たんと背後に数多くの魔導円陣を生み出す。
その間にもリュディウスは彼の剣技を受け続け、なおも押される一方だ。
グリンドルの援護、ハルナのバフ、そしてミランダによる魔王の妨害が入った状態でこの始末だ。それほどまでに魔王は強い。しかし、リュディウスが倒れてしまったら最後、その瞬間にこの戦線は瓦解する。
そういう意味で、誰よりもリュディウスはこの状況を理解していた。
紫電を纏って放たれる、不気味な瞳が目立つ大剣。振り下ろしに合わせて受け流す。
片手での振り上げ。防ぐわけにも行かずステップで回避。しかし反撃の間もなくすぐさま大剣が薙ぎ振るわれる。慌てて力を殺しながら受け止めて、少し地面を靴裏で擦って下がる。
圧倒的な力が目の前にあった。
これで尚、魔王はグリンドルの球体で弱体化した自らの魔導で、シャノアールと正面から打ち合いながらジュスタの奇襲を難なく回避しているのだ。
呆れるほどの圧倒的存在。
リュディウスは苦し紛れに大剣を振るうも、既に崩され不利な体勢になってしまっている以上威力もたかが知れている。バカにしたように剣の柄で得物を殴られ、リュディウスは魔王に吹き飛ばされた。
「ぐっ」
それでもすぐに間を詰める。リュディウスの役目は、とにかく魔王の右手を封じることだ。大剣での攻撃まで戦線に加わってしまったら、その時点でパーティは詰みである。少なくとも魔王の猛攻をしのげるほどの剣士はこの場所には存在しない。
自分が、もっと強ければ。
歯を食いしばりながら、それでも大剣を振るう。
その度に自らの未熟さを実感する。
帝国書院魔導司書デジレ・マクレインの大薙刀。
双槍無双と名高い単体最高戦力テツ・クレハ。
万能の天才、"車輪"のユリーカ・F・アトモスフィアのカトラス二刀。
そして、鬼神シュテンの振るう大斧・鬼殺し。
並みいる強敵、自らよりも優れた武勇を持つ者たちの姿が浮かんでは消える。
ああ、どいつもこいつもきっと、自分の代わりに今ここに居れば戦局を大いに変えてくれただろう存在だ。
しかし結果はこうだ。
今居るのは自分であり、それ以上でもそれ以下でもない。
デジレは鎮めの樹海で倒れ、ユリーカは後詰に残され、テツは魔王軍周辺の掃討に狩り出され、シュテンは自分たちを行かせるために囮になった。
「――なら、やるしか無い。俺がッ!!」
右、左、そして正面からの振り下ろし。
まともに受けたら武器が壊れる。全てを回避し受け流し、反撃の機会をちらつかせることでプレッシャーをかけていく。
「……ほう?」
魔王の目が"初めて"リュディウスに向けられた。
片手間に相手をされていたことは理解している。その上であしらわれていたことも分かっている。だからこそ視線の合致にリュディウスは一瞬臆した。
「よく、鍛えられている。人間の身でありながらここまで武を極めるとは。大剣を上手く使い、魔族の膂力にも耐えられるように調整し、格上相手の防戦に特化した戦闘技能。見事なものだ」
「っ……」
「良い教えでも受けたのであろうな」
特に何かしらの感慨を乗せることもなく、魔王はそこまで言い切って正面を向いた。
シャノアールの放った魔導にカウンター術式を練り上げ、撃ち返す。
グリンドルの妨害もミランダの鮮血御手も、それらの対策に"ブラフの混沌冥月"を用意して対処。
クレインの攻撃だけはただの一度も受けることなく、徹底的に排除している魔王の戦い。
舐めるな、とリュディウスは大剣を振り上げた。
火花が飛び散る。リュディウスの攻撃は難なく受けられ、返す刀で弾かれた。
「ぐっ」
二撃、三撃と加わって、リュディウスはまた押し込まれていく。
彼は今、先の見えない嵐の中を行く一人の旅人だ。どんなにつらくとも、立ち止まることも振り向くことも許されない。ただ前へ前へ、きっといつか嵐が止むと信じて進むしかない。
ただ振るわれるだけで暴風となる魔王の大剣を受け流し、ただひたすらに機を待つ。
その時まで、ひたすらに耐え続けるしかない。
ふわりと背中を包む優しい感触。時折飛んでくるハルナの援護は、治癒に強化に活力剤と効果は多数だ。その分重ね掛けする必要はあるが、彼女の豊富な魔素の量を考えればこれだけで半日は戦える。
「……なるほど」
魔王の小さな呟きが何を意味しているのかは分からなかった。
だが、突如攻勢が弱まったのは理解した。大剣を振るう速度も数も格段に減ったのだ。
「なにを」
「何を待っているかは知らないが。お前の耐え方には希望が見えた。大方何かしらの仕掛けでもあるのだろう。それまで耐えればいいとそういうことだ。ならば……脅威でも何でもないお前の剣に手を煩わせるのも間抜けな話だ」
「なっ……」
確かに。
確かにそうだ。リュディウスは機を待っていた。
クレインが一撃入れてくれるかもしれない。シャノアールが道をこじ開けるかもしれない。
そうでなくとも、魔王の魔素をどれだけ削れるかというのが勝負の分かれ目だ。
分かっている。
分かっていた。
けれど、"そうじゃないだろう"。
「僕が、僕がお前を倒す、魔王!!」
「みんなはわたしが守るから! だから頑張って!!」
「奇襲もせいぜい気を逸らすくらいが限界か。でも、隙はこじ開ける」
「勝負の分かれ目だ。行くぞ、【大いなる三元素】!!」
吼える仲間たちの姿と比べて、自分の心持ちのなんと弱いことか。
今までの旅で俺は何をしてきた。
どんな強敵も持ちえた気骨を、俺はどこに捨ててきた。
デジレ・マクレインは最後まで意地を見せた。
テツ・クレハは大切な何かの為に全力を尽くした。
ユリーカ・F・アトモスフィアは欲しいものの為になり振り構わなかった。
鬼神シュテンは、俺たちを信じた。
『クレインくんたちを魔王城に送り届けることが、俺たちの勝ち筋だ』
そもそも、俺の目標は。最高の剣士になることだ。
その俺が、ただの足止めに過ぎないだなんて、魔王に舐められるだなんて。
それは浪漫じゃない。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「むっ」
発露する覇気。
あの日妖鬼と対峙して身に着けた力は、今では自在に扱える己の半身だ。
力を行使して大剣に纏わせる。異常に体力を持っていかれるこの戦い方は好きではなかったが、今は余力を残すような戦いではないはずだ。
それに、リュディウスには仲間が居る。
「――もー、乱暴な戦い方してー」
治癒の光がリュディウスを包む。
虚脱感が癒える感覚と、同時に疲労をため込む荒業を仕込む。
「この俺を見ろ、魔王!! 光の神子だけが脅威だと思ってんじゃねえぞ!!」
初めて。
魔王の剣をリュディウスが弾いた。
「ほう」
「まだまだ行くぞ、魔王!!」
――嵐の中を行く旅人だったリュディウスは、いつの間にか小さな嵐に変わっていた。大きな暴風に飲み込まれることなく、苛烈にぶつかり合う剣と剣。
大きく振るわれた大剣同士のぶつかり合い鍔競り合い。片手で大剣を操って尚、魔王は余裕を持った笑みを浮かべて頷いた。
「認めよう。お前も脅威だ。剣士」
思えば、と小さく魔王は呟いた。
「先代光の神子が我を打倒しようとした時も、かように必死で武器を振るう男が居た」
「あの人と重ねられるとは、光栄なものだ」
「ああ、強い人間だった。お前よりも。だからこそ我は後悔した」
何を、と見上げる前に大剣が弾かれリュディウスは飛び下がる。
そのままバネのように魔王に向かっていくが、何かを察して立ち止まった。
見上げれば魔王の大剣に渦巻く黒々とした覇気。
本能で察した。
"本気"の証だと。
「あの時、油断していたことを。人間だと侮ったことを」
「――」
「安心せよ、剣士。一度死にかけた我は、相手が誰だろうと戦う時に慢心はない」
その瞬間だった。隙と見たクレインが大きく棒を振りかぶり、魔王に殴りかかろうとしたのは。魔王は攻撃を察知して尚、余裕の表情でリュディウスから目を離さない。
故に嫌な予感がした。
慌てて口を開こうとした刹那、魔王はクレインを振り返ることなく手を翳し――
「爆ぜよ」
一言。同時に爆散。
顔に爆発をもろに受けたクレインは吹き飛び、地面に叩きつけられる。
「むしろ、油断しているのは貴様らの方だ」
「クレインッ!! ……魔王、何を」
すぐさまハルナの治癒がクレインに飛ぶ。
しかし彼女の意識がクレインに向いたこのタイミングをこそ、魔王は狙っていたのかもしれない。魔導を展開し、"バフの解けた瞬間の"ジュスタ目掛けて混沌冥月が放たれる。
「うそっ」
「見えていた。その上で気づかないふりをしていたまで」
「あ、あああああああああああああああ!!」
とっさに忍術の防護を張るも、壁に強かに打ち付けられたジュスタは体勢の整理もおぼつかない状態だ。ジュスタとクレインが崩された今、魔王の妨害はグリンドルの双肩に重くのしかかる。
「――光の神子は唯一、我を殺せる存在だ。それが、感情に身を任せて正面から突破だと? 先代の足元にも及ばない力でよくもそこまで驕れたものだ。問おうか王国の剣士よ」
あろうことか、魔王は。
グリンドルの扱う三元素とまったく同じ"大いなる三元素"を空へ展開させてグリンドルの魔導を相殺し、その上でシャノアールの冥月乱舞を放ってみせた。
「なんだと!? ぐ、ううううううううう!!」
突然の出来事に対応しきれないグリンドルが倒れ、シャノアールは自らのそれよりも強烈な魔導に正面から向き合うハメになった。クレインが崩れた瞬間に総崩れ。あまりにも脆すぎる連携の穴に、魔王は最初から気づいていたのか否か。
いや、魔王はおそらくどこからでも。おそらくリュディウスからでも、同じように味方を崩すことが出来たに違いない。たまたま隙を最初に晒したのがクレインだったというだけの話だ。
クレインが倒れ、ジュスタが倒れ、グリンドルが倒れ。
ハルナが必死でシャノアールを援護し、死に体のミランダがせめてと放った鮮血御手は魔王の純魔力の発露のみで消し飛ばされた。
その絶望的状況で、リュディウスはそれでも剣を握る。
魔王は、彼の姿勢をよしとして頷き、言った。
「問おうか。我は、誰だ?」
「……魔王」
「さよう。魔王だ。魔の王だ。お前たちが触れてきたどの魔族よりも強い王。我を相手に、どれほどの準備を重ねてきた。シャノアールを見れば分かる。我と事を構えるために多くの強者を集めたことを。玉座の間を訪れた時の自信に満ちた表情が証左だ。にも拘わらず貴様らは油断し、魔王という"力"を図り損ねてこの始末だ」
さあ、絶望しろ。
長い爪がリュディウスを指し示す。
けれど。彼は首を振った。
「いいや。絶望はしない」
「ほう、何故だ」
――ヒールオール――
己には害のなさそうな、しかし強い魔導の気配に魔王は眉を寄せてリュディウスの背後を見た。
シャノアールは未だ有り余る魔導の力を魔王にぶつけ続けるつもりで、必死ながらも諦めてなどいない顔つき。地面に倒れたミランダは、自らの命よりも魔王の妨害を優先する勢いで、地に伏せながら魔導を行使する。
そして。
――ヒールオール――
――ヒールオール――
――ヒールオール――
杖を構えた少女が。この場にあって最も戦闘力の無い少女が、ただひたすらに回復の魔導を放っていた。
ジュスタの目に光が戻る。
グリンドルがよろけながらも立ち上がる。
クレインが、棒を構えて魔王を睨んだ。
リュディウスはその全てを見ていない。背後で起きていることをなんとなく感じつつも、何一つ知らずに。それでも、挑発的に魔王に微笑んでみせる。
「その前に問おうか魔の王よ。お前は、"語らない聖典"を行使しようとしているのか」
「応とも。貯めに貯めた魔素を使い、語らない聖典を媒介に魔神を降臨させて世界を滅ぼす」
「なるほど。ならもう一つだけ問おう」
俺たちは、なんだと思う?
「……魔王を倒さんと現れた勇者の如き面々ではないのか」
「いいや。聖典への叛逆者さ」
そして。
「そして答えようか。何故絶望しないのかと」
今こそあの妖鬼の言葉を借りて、吼えてみせよう。
「――そっちの方が浪漫だから」
「はっ」
リュディウスの啖呵を、魔王は鼻で笑った。
「浪漫、浪漫と来たか面白い。良いだろう、お前らのその世迷言で我らの力を破れるか、存分に見せてみるがいい!!」
リュディウスは大剣を構える。
問答は終わりだ。魔王はここで倒す。
どんなにボロボロになっても、戦いを止めることはない。
魔王を倒すまで倒れてはならない。そういう戦いだ。
クレインも、ハルナも、ジュスタもグリンドルも呼応する。
だから、戦える。
だから、仲間を信じられる。
だから――
「久しぶりじゃあ、あらんせんか。この子らだけに任せるわけにゃいきません。ちぃと混ぜちゃくれませんかね。――魔王」
――浪漫を見せつけられる。
仲間は何も、ここに居る者たちだけではないのだと。




