第七話 魔界三丁目 『ベネッタ・コルティナ』
すみません予約投稿しくじってた
自分の知らない世界の出来事なんて知る由もない。
けれど、魔族を恨み魔王軍を恨む自分が居ることにも……不思議と違和感はない。
アスタルテ・ヴェルダナーヴァ曰く。
ベネッタという少女は本来の筋書きであれば、自らの村を魔族に滅ぼされたが故に魔王軍を憎み、帝国書院においても過激派に属するほどの魔族嫌いになっていたとか。
そんな世界の自分は、かわいそうだ。
切に思う。同時に想起するのは、一人の男の背中。
あっけらかんと何事も楽しそうに笑い飛ばし、全ての悲しみを浪漫の大斧で打ち砕く鬼の頂点。
――魔族には、あんなに良い奴が居る。
というかそもそも、魔族だとか人間だとか、そんなものは関係がないのだ。
一人の生命として付き合える相手か否か。人間も魔族も、その線引きの上で貴賤はない。
だからその世界の自分をかわいそうだと思うし、もし縁が出来たら教えてあげたい。
魔族だから、人間だから。そんな理由で片づけられるほど、この世界は安くないんだって。
ベネッタ・コルティナという少女に、その世界の自分の影響はない。
自分がちっぽけな存在で、大きな出来事があれば状況に心を揺さぶられてしまうような、弱い女の子だということも自覚している。
それでも、否だからこそ、今全力で悲劇を止める。これなら、今の弱い自分でも生きていける。楽しく暮らしていける。
――大丈夫、明日も晴れるっぽい。
――魔界三丁目、シャノアール邸近郊。
魔界の貴族街ともいわれる閑静な住宅街は、巨大な邸宅が一区画に一つ規模で立ち並ぶ全体的に広々とした場所だ。街道も広く往来は馬車が行き来する程度で、殆ど徒歩の者など居ない。
であるが故に監視の目も少なく、シャノアール邸の中でひっそりと待機していたベネッタとヤタノは特に窮屈を感じることもないまま縁側でぼーっと黒い空を眺めていた。
「あたいたち、こんなことしてて良いっぽい?」
「それを決めたのは導師なわけですし、良いのでは?」
勝手にシャノアール邸の中を漁って持ってきたお茶菓子と温かいお茶を楽しみながら、ヤタノは我がもの顔でそんなことをのたまった。
グリンドルたちと別れてシャノアール邸にまでやってきた二人は、魔界組が戻ってくるまでの待機をここで頼まれていた。ヴェローチェやシャノアール、そしてミランダ。彼らが魔王城に赴いてしばらくの時間が経つものの、一向に動きは見られない。
もしかすると何かあったのではないか。
そんな不安が鎌首をもたげるベネッタとは違い、ヤタノは余裕そうな表情を崩すこともなかった。
「……そういえば、もう体調は大丈夫っぽい?」
「デジレほどダメージを負ったわけでもありませんし、わたしには神蝕現象
【大地に恵む慈愛の飽和】があります。痛みこそ少し残っていますが……その程度です。そういう意味では、無理に戦った貴女の方が身体にガタが来ているのでは?」
「あはは、まあね」
ベネッタの問いは、ヤタノ自身の心配というよりはむしろ「自分はこれだけしんどいのにヤタノは平気なのか」という意味合いが含められていた。
鎮めの樹海で、前衛不在のままヤタノとベネッタで行った時間稼ぎ。
ベネッタはその出力の問題から善戦するも有効打を与えることが出来ず、ヤタノは自らを餌にして何度も的になった。
そして、結局二人とも戦場から弾き出されて死にかけたのだ。
もう少し他のメンバーの到着が遅れていたら、本当に死んでいたかもしれない。
「ほんっと、帝国書院書陵部の魔導司書ともあろうあたいたちが、こうまで何度もボロボロにされると自信なくすっぽい」
「そう言いながら、あまり凹んではいないようですが」
「所詮は人間だしねー」
特に何の気負いもなさそうにベネッタは笑った。
頬のそばかすが屈託のない笑みを柔らかく演出していて、どこかあか抜けない田舎娘のような雰囲気さえ感じさせる。この少女が人類最強の戦闘集団の一角であることを、今この瞬間を見た人物が居たとして信じることが出来るかどうか。
「所詮は人間、ですか」
「なんか気に障ったっぽい?」
「そういうわけではないのですが。わたしはそんなに割り切れないので」
「まあヤタノはちょっと人外の時期が長かったからじゃない?」
「人外の時期……」
「自分を人間だと思ったこと、あまりないっぽいよね、ヤタノって。対外的にはともかく、本気で思ってないでしょ」
「そう言われるとそうかもしれません。むしろ、自分を人間だと思ってしまう方が不幸な身の上だったもので」
「だよね」
うん、そうだよね。とベネッタは頷く。いったい何が言いたいのか、いまいち要領がつかめないヤタノは首を傾げるも――なんとなく、嫌な気持ちはしなかった。
「あたいはさ、壁越えができない魔導司書っぽい。もう限界が見えてるってアスタルテ様は言ってた。だから出来る人が羨ましかったし、嫉妬しないと言えばウソ。でも、したらしたで大変だっていうのも、あの時知ったよ」
「……だから、なんなのですか」
「だから、ヤタノも人間には変わんないっぽい。無理すんなよっ」
びし、と指を突き付けられて、ヤタノは目を一度二度と瞬かせた。
ああ、なるほど。彼女はただ自分を心配してくれていただけなのだ。そう気づかされて、袖を口元に添えて微笑む。
「ありがとうございます。貴女からそんな言葉が聞けるとは思っていませんでしたから」
「格上には気後れしちゃうのが、低位魔導司書の悲しいコンプレックスっぽい」
「それでアスタルテ如きに様付けを」
「命の恩人だからだよ!! 如き!?」
なんてことを言いやがるこの童女、とばかりに目を見開いたベネッタ。
ヤタノはそんな彼女を愉快気に眺めながら、ふと思った。
今の自分には仲間が居るのだと。
自分を心配して、寄り添ってくれる人が、"知らないうちにこんな身近に存在した"。
ヤタノにとってベネッタとは同じ魔導司書であり、それ以上でもそれ以下でもなかったのに。そんな彼女は、ヤタノを心配してくれる対等な友人になっていた。
「幸せなものですね」
「ぽいね」
ベネッタは黒々とした空を見上げて、思う。
明日は晴れるといいっぽい。
と、その時だった。
突如動く魔素の気配。すぐさま警戒するベネッタとは違い、ヤタノはぽけぽけとお茶菓子に手を出していた。そんなヤタノの緩い雰囲気に、この魔素に害がないことに遅れて気が付いたベネッタは、同僚との差を痛感しながらも魔素の気配の方角を見据えた。
その頃には、既に黒い渦が構成されていた。
「あらよっと……お、第三席に第八席か、お揃いで」
にょきっと生えてきた太い足。太い腹、太い身体、太い顔。
レックルス・サリエルゲートはげっそりとした表情で、しかし安堵を交えて二人を見た。
その後ろから現れたのは、一人の吸血皇女。
「あら、魔導司書ね。ごきげんよう」
高飛車に、しかし最低限の礼を失さない程度にふわりと挨拶に頭を下げた魔族。
確かあれは、シュテンの元に居た吸血皇女。名前を、フレアリール・ヴァリエと言ったか。
「やっほー」
「……」
特に何の感情も載せずに、ベネッタはフレアリールに軽く挨拶。
フレアリールの方も悪意も好意も浮かべずに応じる。
なんだか不思議な邂逅であったが、ヤタノは少々彼女に負い目がある身。
彼女との接触は最低限におさめていた。
「さて、当初のお話では導師とミランダと共に魔王城へ、という段取りのはずでしたが?」
導師の打ち立てた計画では、この後はシャノアールやミランダと共に魔王城の後方火力支援に当たる、という予定になっていたはずだ。
だというのにレックルスと共に現れたのは、ミランダの代わりに予定にない吸血皇女。そして、肝心の導師の姿は見当たらない。
「すまん、状況が変わった。既に魔王側は俺たちの状況を知っていて、ミランダさんと導師はほぼ拘束状態――というか、魔王と正面切って戦ってやがる」
「まあ」
「導師は、シュテンの野郎と共に突っ込むメンバーから吸血皇女を引き抜いて、こっちはこっちで魔王城に突っ込んで欲しいって命令を受けた。頼めるか」
「……ちょっと待つっぽい。後方支援ならまだしも、ヤタノとあたいとその子で魔王城なんていくらなんでも無理筋っぽい」
「そうですね。鎮めの樹海の二の舞にしかならないかと。貴方もまだ飛び回る必要がある以上、こちらで共に戦うわけにはいかないのでしょう?」
どうでも良いことだがベネッタは質問の裏で、「ああそれでフレアリールの機嫌が若干悪いのか」と余計なことを考えていた。
それはともかく。
ヤタノとベネッタの言葉は真実だ。
今や広域ヒーラーとしての役目しか持たないヤタノと、範囲に攻撃出来るものの強烈な一撃を持たないベネッタ。そしてその中間のフレアリールでは、とてもではないが戦い方が限定されてしまう。後方支援ならこれ以上ないパーティ編成だが、魔王城に突っ込むならば話は別だ。
そんな二人の言葉に、レックルスはもっともだと頷いた上で、告げる。
「――前衛なら、居る」
その言葉と、ちょうど同じくらいのタイミングだろうか。
シャノアール邸の外門、縁側から程近い入り口に、靴の音。
全員が弾かれたように視線を向ける中、レックルスはどこかほっとしたように手を挙げた。
「ちょうど良かった。お前が来てくれないとマジでどうしようもねえからよ」
「――ああいや」
銀の髪を掻き上げて。
二槍を背中に背負った青年は、困ったように微笑んだ。
「ちょいと迷子になっておりまして。お待たせしたようで申し訳あらんせん、バーガー屋さん」
「あの妖鬼次会ったら絶対二丁目送りにしてやる」
お待たせしましたー、とひょろっとした白いアスパラガスのような見た目の男は、彼らの輪の中に加わった。
ヤタノと、ベネッタと、フレアリールと、そしてこの男――テツ・クレハ。
なるほどこれなら申し分ない。
魔王城に突っ込むうえでこれ以上ない前衛だ。
だからこそ、ベネッタは小さく嘆息した。
「はー、人間格差の代表めー……」
「え、なんでそんな歓迎されてない空気なんでしょうや」
「先ほどまでわたしたちは、人間同士格上相手でも頑張ろう、みたいなことを言っていたので」
「頑張りましょうや!? それがなんでぼくのせいでおじゃんになったみたいな空気に!?」
そもそも、第二席アイゼンハルト・K・ファンギーニと第八席ベネッタ・コルティナは殆ど会話を交わしたことの無い相手だ。
彼がどれだけ強いのか、どれほどの技術を持った魔導司書なのかについては鎮めの樹海でよくよく見せつけられたにせよ……ヤタノとは違い、どうしようもない羨望を抱く唯一の相手。
それは、仲良さげにあの妖鬼が彼と肩を組んでいたことからも、思い知らされている。
所在なさげにぼりぼりと髪を掻いたテツは、ベネッタに目をやって問いかける。
「なんか雰囲気変わりましたか、ベネッタ嬢」
「ん、そう見えるっぽい?」
「まあ、少なくとも数年前よりかは。鎮めの樹海でも、あれだけ頑張れる子ぉとは思っちゃおりませんでしたし」
「……まあ、ね。それなりに頑張ってるっぽい。あんたほどじゃないけどさ」
「んなこたぁあらんせん。正直、ここまで一生懸命に誰かのために、格上相手に挑める子ぉだったとは。尊敬します、ベネッタ嬢」
「……ふん。うらやましいなあ。これで壁越えすらしてない化け物は」
「人間扱いしてください……」
珍しく露骨に人を遠ざけるベネッタに、しかしヤタノはなるほどと頷いた。
ようやく、あのヤタノとも話せるようになった裏にはこんなコンプレックスがあったのかと。
自分には出来ないことを、誰かが出来る。
そんな当たり前の人が持つ当たり前の悔しさを、秀才だからこそ感じてしまう。
「ああ、でもベネッタ嬢」
「なにさ」
「壁越えについてはちょぉ知りませんが、アスタルテさんはベネッタ嬢を評価してましたし……ぼかぁ、ベネッタ嬢を尊敬してまさぁ」
「どういう意味っぽい」
「そのまんまで。『良い奴だから、手を貸す』なんて。それだけの理由で死すら賭せるあんたぁ、強い人でさぁ」
ぼかぁ、それでも危ないところに行こうとしてる友達は止めてしまうもんで。
なんて笑ってテツは言った。
そんな彼の言葉に、ベネッタはちらりと隣を見て。
ヤタノが意味ありげに笑うのを視界に入れて、諦めたように目を逸らした。
「変に突っかかってごめん」
「いやぁ。そんなこたああらんせんが」
「……ねえ、元第二席さん」
「なんでしょ。あとぼくのこたぁ、テツとお呼びください」
「じゃあ、テツさん。――明日、晴れるっぽい?」
そう問いかけると、テツは笑って鎗を抜いて。
それを空に掲げて言った。
「ぼくらで晴れにしましょうや」
――なんだ、どんなに強くても。
――考えることは、一緒なんだ。
おかしくなって、ベネッタは微笑んだ。
「大丈夫、明日は晴れるっぽい」




