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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之玖『         』
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第五話 魔界六丁目III 『グリンドル・グリフスケイル』



 ――帝国最高機関"帝国書院"本部、院長執務室。


 魔界地下帝国突入を目前に、帝国書院書陵部魔導司書の半数がこの場所に揃っていた。


 第一席アスタルテ・ヴェルダナーヴァ。

 第三席ヤタノ・フソウ・アークライト。

 第八席ベネッタ・コルティナ。

 第十席グリンドル・グリフスケイル。


 デスクチェアに腰かけるアスタルテは、残る三人を見渡して一つ頷いた。


「さて、そういうわけできみたちには行動して貰おう。(やつかれ)は帝国の守備に残らねばならないが、他の魔導司書全てをつぎ込んで戦いをサポートする。中心になるのはきみたちだ」

「え、アスタルテさまはいらっしゃらないっぽいんです?」


 きょとんとするのは、腰元で後ろ手を組んでいたベネッタ。

 アスタルテ・ヴェルダナーヴァの存在があるか無いかで状況の難易度は大きく変化するのだから、その疑問は至極当然ではあったがアスタルテは首を振る。


「この状況で帝国の守りをおろそかにするわけにはいかないからね。魔王討伐が終わっても世界は終わらない。もし万が一、この隙に他国が攻めこんできたらコトじゃないか」

「もう三年も前のことですが、同じことをやった人間が言うと重みが違いますね」

「それだけに説得力もあろう?」


 棘のあるヤタノの発言にもアスタルテはどこ吹く風。


 もう、魔王とアイゼンハルトが刺し違えたあの日から三年の月日が経とうとしている。

 魔界地下帝国への侵入経路が鍵によって開かれた今、"ゲート"の存在しない者たちでも魔界の出入りが可能になった。

 魔王軍は既に臨戦態勢を整え、決戦に至るのは最早時間の問題。


 アスタルテは三人を見据える。


 ヤタノ・フソウ・アークライト。天照らす摂理の調和が使えなくなったとはいえ、その実践経験値に非の打ちどころはない。彼女の存在は、戦いの指揮者としても役立つだろう。


 ベネッタ・コルティナ。やや精神的に不安定だと断じていたが、そのような弱い部分はもう見られない。誇りある魔導司書としての戦いを期待する。


 そして、グリンドル・グリフスケイル。 


「……グリンドル・グリフスケイル」

「はい」

「きみの任務が、今回最も重要になる」


 組んだ手を口元に当てて、デスクからグリンドルを見上げてアスタルテは言った。

 見据えられたグリンドルは静かに頷き、自嘲気味に口元を緩ませる。


「第十席の僕に一番大事な任務を渡すとは、酔狂だね、第一席も」

「序列など関係がない。きみが魔導司書の中で最も適任であると判断しただけだ」

「……その期待に応えられるよう、奮闘するよ」

「良い返事だ」


 グリンドルに手渡された任務。

 それは、光の神子に同道し魔王を抹殺する手助けをすることだった。

 グリンドルにしかできない。なるほど確かにその通りの任務であった。


 他の魔導司書では、単体戦力として優秀でも光の神子へのアシストとしては少々バランスが悪い。言ってしまえば、光の神子が足手まといだ。戦いの中で如何に魔導司書が隙を構築しようが、魔王へのとどめを刺すためには少し足りない。


 その点、グリンドルの神蝕現象(フェイズスキル)は違う。

 単体行動を行うよりも、自分と同等かそれ以上の戦力を強化、ないしは相手の妨害を得意とする神蝕現象であるから、メンバーさえ揃っていれば融通は利く。

 光の神子の実力ならば、グリンドルにとっては十分に及第点と言えた。


「光の神子、王国第二王子、共和国の忍。……あとなんか冒険者(ブレイヴァー)。そこにグリンドルが加われば、何の心配も要らないだろう。何せ、鬼神とその眷属すらフォローに回るというのだから万全だ。違うか?」

「その添え物のような冒険者(ブレイヴァー)も優秀そのものだよ。問題ない」

「そうか、なら猶のことだ」


 満足げにアスタルテは頷いて。


「それでは、魔王及び魔神討伐の任務を三人に与えよう」


 一同は応じるように軽く頭を下げた。

 が、下がろうとするヤタノとグリンドルとは別に、ベネッタだけは足を止める。


「どうした、ベネッタ」

「もう一つ、任務はあるんじゃないですか?」


 その双眸に込められた意味を咀嚼して。

 ふと、かつて(第七章第九話)のことを思い出す。



『なんで、ただお気楽で、友達を助けたいっぽいだけの奴に、手を差し伸べることすらいけないんですか』


 片耳を抑えたままふらりと立ち上がった彼女は、正面からアスタルテを見据えて恐怖の中でそう言った。今度こそ殺されると、その殺気を察してなお。

 それでも、鬼神が邪魔だと言ったアスタルテに対して。


「……出来れば、隙をついて鬼神を背中から討ってしまいたい心情はある。けれど、今はまだその時ではない」


 その一言を吐いたと同時、室内の温度が下がる。

 膨張した冷気の発生源は、ベネッタの背後。思わずベネッタですら振り返り、アスタルテは少しだけ目を細めた。


 既に背を向けていたIIIのコートが、ゆっくりと振り返ってアスタルテと目を合わせる。


「……嘘は、言っていないようですね」

「帝国臣民に対しては、(やつかれ)は真摯であり続けるよ。ベネッタも、問題なかろう?」

「あ、は、はい。大丈夫、っぽいです」

「ならばいい」


 アスタルテは小さく口元に弧を描く。

 そんな第一席を見て、ベネッタはどこか躊躇いがちに口を開いた。


「友達、なんです」


 懇願するような彼女の瞳。

 以前のベネッタには絶対に見られなかったようなその表情に虚を突かれたアスタルテは、一度だけ瞬きをして。どこか諦めたように手を振った。


「魔族、ましてや地の神とも呼び沙汰される鬼神を友達か。……良い、今のところ害はない。努々帝国には近づくなとだけ伝えておけ。そうすれば(やつかれ)も悪いようにはしない」

「……っ、はい!」


 ――嬉しそうに笑う。

 共和国出身のこの帝国臣民は、ある意味で強くなった。

 誰かを守り、誰かに守られ。人として最も強い、群れでの戦いが出来る少女に育っていた。

 なれば、鬼神を今討つのは帝国臣民(ベネッタ)への裏切り行為だ。

 それは極力避けてやりたいと思うのが、帝国書院トップとしての心情だった。


 害が絶大なれば、また益が絶大なれば、躊躇うことはないだろう。

 しかし、あの鬼神を殺害する益とは。殺害すべき害とは。


 未来の運命の糸を狂わせてくるのがせいぜいだ。


 煩わしいことこの上ない。未来予測に支障が出るのは仕事上大変不愉快だ。

 だが、その程度だ。人間は本来誰しも、未来に予測など出来ずに生きている。


 なら、迷惑をかけられない間くらいは目を瞑ってやろう。魔導司書がこれだけ庇い立てするのだから。


 などと、そこまで言ってやる理由はないが。


「ならば、行け。デジレが動けない以上、お前たちが頼りだ」

「承りましたっぽい!」


 遠ざかるVIIIの背中。

 部屋を出て行く彼女に嘆息した。


「やれやれ、情というのはままならないな。魔王軍と人間の確執は、証明されたと思っていたものだが」

「――だからこそあの鬼神が不可欠なのです、アスタルテ」

「忌々しい話だ」


 鼻で笑ってやれば、彼女はあらあらと口元に袖を当てて微笑む。

 余裕のある表情でヤタノはそう告げて出ていった。

 

「グリンドル・グリフスケイル」

「なんだい、第一席」


 最後に部屋を辞そうとするXの背中に声をかける。

 振り向いた優男はまさか呼び止められるとは思っていなかったのか、不思議そうな表情だ。

 いつも通りどこか抜けている、誇りある魔導司書の一員に少しだけ口角を緩ませながらアスタルテは言った。


「胸を張って行ってこい、帝国書院書陵部魔導司書。(やつかれ)はきみの働きを信頼している」

「……っ」


 少し、目を丸くして。

 それから、優雅に一礼した。


「期待に応えるよ、ありがとう。第一席」











 グリンドル・グリフスケイルにとって、この一年間は人生の大きな転換点であったと言える。


 エリートとして科挙に合格し、難なく辿り着いた帝国最高峰"帝国書院書陵部"。

 ちょうど席が空いていたこともあり、元より優秀であった彼はそのまま繰り上がるように魔導司書の第十席へと登りつめた。


 ……しかし、そこがグリンドルの限界だった。

 少し上を見上げても自分より技術も力量も知識もある魔導司書ばかり。


『あたいなんて全然ザコっぽーい』


 あっけらかんと笑ってそんなことを言い放っていた二席上の上司でさえ、グリンドルから見れば格上で。少なくとも自分の実力では誰一人にさえ叶うことはないと思っていた。


 そんなスランプ気味の時に、あの妖鬼と出会い、帝国書院本部に大穴を空けるなどという失態を演じ。けれどその時に手を貸してくれたのは、同じ魔導司書の仲間たちだった。


『元気出すっぽい。グリンドルの神蝕現象(フェイズスキル)は、一人で戦うよりも仲間と居た方が強いんだし。あん時は仲間になるべきあたいが裏切ってシュテンくんについてたっぽいけどねっ』


『そもそものお話ですが、人間が魔族に正面切って戦おうなどという風潮そのものが間違いです。人は人の強みを活かし一対多で戦うべきもの。だいたいアスタルテとアイゼンハルトのせいでおかしくなってはいますが』


『クソロリも同じ穴の狢だろうが。――どうあれ、お前の神蝕現象はある種正統派だ。ならば、同等の仲間と共に戦う方がずっと強い。まずはその仲間を部隊で募るべきだな。そう簡単に見つかるとは言わんが、努力すべきことはした方がいい』


『そういう意味でなら、心配しなくていい。きみにはしばらくして背中を預けられる仲間が出来ると運命は言っている。今はとにかく自力を鍛えるべきだ。その時間を融通出来ないほど、帝国書院は無能ではないのだから』


 そうして鍛錬に励むことしばらく。

 グリモワール・リバースに加わり、王国を旅してグリンドルは気付いた。


 あの時、光の神子たちと共闘して、戦いやすいと笑顔で言われて。

 初めて、共に高め合える者たちに出会えた気がした。


 魔族との力の差を思い知らされたことも一度や二度ではない。

 そのうえで、ヤタノにもデジレにもベネッタにもできない任務としてこの仕事を承った。

 である以上失敗は許されない。それに――。


「あ、グリンドルさん! こっちです!」

「……来たか」

「グリンドルさーん! やっほー! 待ってたよー!」

「早くしてよ。待ち合わせ時間なんだから」


 魔界六丁目は一番街。

 拠点としてテツミナカンパニーが確保した宿屋の中に入れば、ロビーでテーブルを囲んでいたメンバーが声をかけてくる。


 クレイン・ファーブニル。リュディウス・フォッサレナ・グランドガレア。ハルナに、ジュスタ・ウェルセイア。

 彼らを魔王の玉座まで導かねばならない。その任務の重さは理解して尚、不思議と気負いはない。


 軽く手を挙げて挨拶すれば、お互いに頑張ろうと肩を叩くリュディウスを中心に、軽く楽しい会話が続く。


 それがどこか不思議で、また気合いが入るものだった。


「揃っているようだね」

「お、グリンドルじゃん。おひさ」

「……」


 と、階段を下ってくる三人の人影。

 ミネリナ・D・オルバと、シュテンにヒイラギ。

 颯爽と先頭を歩く赤髪の吸血皇女は、五人に向けてその矮躯を向けると。


「魔王城突入の準備は整っているね。既に魔王側にはこちらの存在が露見しているようだよ。わたしのもとに入った情報では、ミランダとシャノアールが交戦中のようだ。急ぎ向かってくれたまえ」


 おう、という掛け声と共に、クレインはどこか感慨深げに呟いた。


「とうとう決戦か」

「長い旅の終幕だな」

「最後までがんばろっ」

「……かならず、勝つ」


 四人の声に合わせ、ふとグリンドルはシュテンに目をやった。


「思えばきみたちとの出会いから全てが始まったのかもしれないな」

「ん? 何がだ?」

「僕にとっての、欲みたいなものかな」

「そりゃ光栄な話だ。期待してるぜ、お前らのチームワーク」


 ぐ、とサムズアップしたシュテンに頷いて、グリンドルは全員に向けて言い放つ。


「目標は魔王城! さあ、行くとしようか!!」


 ――最後の、戦いに。

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