第二話 魔界六丁目I 『ミネリナ・D・オルバ』
――魔界地下帝国魔界六丁目一番街
そこは、愉快な夜の街だった。
「おー、いらっしゃい兄ちゃんたち、お前らも地上に嫌気が差した口か?」
「とりあえずここまで遠かっただろう。疲れただろうし、一杯水でも飲んでくか?」
「なぁに、ここの街の水は地上のものとそんなに変わらん。もし水が嫌で地上から逃げてきたってんなら話は別だがな。あははは!」
大扉をくぐってきたことは、おそらく誰も知らないのだろう。
空に輝く黒い太陽と、降り注ぐ赤く透き通った不思議な陽光。
おそらくこれが"昼間"なのだろうとは分かっても、いまいち実感としては受け取れない妙な感覚。しかしそれでも何故か陽光として身体は問題なく受け止めていて、健やかな気分さえある。
そんな地下にやってきたクレインたちは、街に入るなり歓迎のムードに気圧されていた。
「え、ちょ、あの?」
「色んな事情があるこたぁ分かってる、けど俺たちゃ仲間さ! 聞かせろよ兄弟!」
まるで街道で店のキャッチでもするように、わらわらと集まってくる賑やかな魔族と人間のサラダボウル。身体に悪そうな色をした店々のネオンに乱反射して、三人を取り囲む者たちの顔がはっきりと見える。
「わあい、歓迎されてるねあたしたち!」
「はっはっは、嬢ちゃんは元気で良いな!」
「おう、だがまあそうだな、フェアじゃねえから――イカれたメンバーを紹介するぜ! 例えばそこの人間は、村を弾圧していた貴族を殺そうとしてしくじって居場所を失ったカズ!!」
最初に水を勧めてきた人間の男が両手を上げてアピールすると、周囲に居た魔族たちがひゅーひゅー囃し立てた。
MC宜しくカズとやらを名指ししたミノタウロスの男は、そのまま隣の小柄なコボルドの少女を指さす。
「こっちは人間と駆け落ちした結果、受け入れてくれた村ごと滅ぼされかけたフィーナ!!」
「どーもー」
コボルドの少女がテンション低めに手を振ってくるのに対し、リュディウスは頬をひきつらせた。あまりと言えばあまりな紹介っぷりだというのに、目の前の少女本人があまり気にしていなそうなのが余計に不気味だった。
「続いて、指が四本ってだけで悪魔扱い! 火刑寸前で雨が降ってなんとか助かった幸運の男ユフィ!」
「あれ以来、雨は友達でっすっ!」
両手をクロスさせてにこやかに三人に向き直る若者。
笑えないくらいに重い事情を抱えたはずの者たちが、やけにあっけらかんと自分の出自を晒している。事の異常さに目を白黒させていたハルナだが、隣のクレインは小さく目を伏せて呟いた。
「……やさしい人たちですね、皆さんは」
「なに言ってんだよ! 俺たちはただ、"乗り越えた"だけさ! そして」
イカれたメンバーを紹介していたミノタウロスが、クレインに手を差し伸べる。
「これから乗り越える者を歓迎する。ここは、そういう街だ」
「――良い、街ですね」
その手を取って、クレインは破顔した。
クレイン・ファーブニルは光の神子だ。
女神クルネーアを信仰する教会総本山、神の名代としての役割を持つ少年だ。
故に、人間の住む地上で苦しみを背負った者が地下に逃げ込み、そこでこうして幸せに暮らせていることに複雑な気持ちを抱いてしまう。
地上では暗がりで震えて生きているような彼らが、笑顔で杯をかち合わせ、楽しそうに今日を生きている。ただ倒される敵だった彼らの初めて見る表情が、クレインに衝撃を与えていた。
けれど。
けれど、それでも彼らの幸せは自分にとっても幸福だ。
願わくばこれからも健やかに。
「よし、じゃあ新人の歓迎会だ!!」
「いえええええ!!」
「数日ぶりだぜえええ!!」
どんちゃん騒ぎ宜しく連れていかれるクレインたち一行。
数日ぶりでこのノリと勢いなのかとツッコミを入れる暇もなく、わらわらと出てきた住人たちはあれやこれや言いながら三人を取り囲んで酒場の方まで運んでいった。
「ふぅん。これがシャノアールの作った街、ね」
「規模にして聖府首都エーデンと同じくらいの大きさがあるらしいな。シャノアール自身は高等魔族が住まう三丁目に家があるみたいだけど……わりかし六丁目に居ることも多いっつってたし」
もみくちゃにされるクレインたちを置いて、シュテンはヒイラギと共に街のメインストリートを歩いていた。魔界に来るのは久しぶりだし、六丁目などという場所に来たことはなかった。
それはそうだ。そもそも魔界六丁目なんて"グリモワール・ランサー"には登場しなかった場所なのだから。シャノアールが造り、栄えさせた街。そう思えばこそ、ゲーム世界観光とはまた別種の楽しさがこの街にはあった。
住人は、人間でありながら奇形であったり、罪を犯してしまったり、属していたコミュニティで村八分を受けたりと、何かしらの事情を抱えて地上を捨てた者たち。
そしてそんな人間と寄り添って生きることを選んだシャノアール派の魔族たち。
特に魔族は力の弱さで差別を受けていたいわゆる下等魔族が大半を占める。
「傷をなめ合うだけでこんなに明るくなれるもんなのかしらね」
「分かってねえな、この自走式モップは」
「これ尻尾!!! 綿じゃねーから!! ――っていうか、どういうことよ」
一時期無力感を味わったことがあるにせよ、根本的にヒイラギは強者として生まれた魔族だ。
故に、弱小と呼ばれる魔族たちの生き方や、こうして身を寄せ合うことに理解が及ばないのかもしれない。確かに、傷のなめ合いと言われればそれまでのことかもしれない。
「傷ついて、独りで、弱くて、それで明日を生きられるものかよ。居るべきと言われた場所から弾かれて、自称まともから異端とそしられて、一人で全部の荷物を背負って生きていけるものかよ」
「――嫌に真に迫った言い方するじゃない。別に、爪弾きにされることくらい私たちにとってはいつものことでしょ」
「んにゃ?」
そんなことはないとシュテンは首を振った。
「仲間が居る。同じ辛い想いをした仲間は、絶対に裏切らねえ。その信頼は、一度独りきりを経験したヤツにとっちゃ、あまりに強固だ。――絆ってのはな。バカに出来ねえもんだぜ?」
「どうしてそこまで言えるのよ」
「そりゃあ、独りを知ってるヤツってのは、潜在的に分かってるからだよ。誰かと繋がっているという事実の持つ重さを」
「ふぅん」
「だから連中、強いぜ?」
少なくとも、ただ力で劣ってるくらいじゃ絶対に屈しない心の強さが、彼らにはある。
シュテンはそう、遠い目をして思いを馳せた。
そんな彼の目をぼんやり眺めて、ヒイラギは首を傾げる。
「あんたさ」
「ん?」
「そんな経験したことあるの? 元々鬼の山の頭領の息子なんでしょ?」
「――それよりも昔にな。もうかれこれ二十五年も前か」
「生まれてないじゃない」
「まーな」
へへ、と笑ってシュテンは歩き出す。
この魔界六丁目は良い街だ。少なくとも、シュテンにとっては。
道行く見ず知らずの魔族や人間たちとあいさつを交わしながら、路上で行われているダンスバトルに乱入したり、逆にラップバトルを開催してみたりとやりたい放題。
ヒイラギは半ば呆れていたが、シュテンがどれだけ強大な魔族だと気づいても、対等の姿勢を崩さずにダンスバトルで健闘する人間や、ラップバトルに参加した弱小魔族のセイレーンなどを見ていると、どこか胸の内が温かくなってもいた。
街道を横目に見れば、木に引っかかった風船を取れずに泣いている子供が居て。しかしその風船を、大の男三人が競うように捕ろうとしていて。
「俺があの子を助ける!!」
「涙を拭うのはこの俺だ!」
「待て、ここは俺たち三人が肩車で」
「そうか!」
「いくぞ! 合体!」
「おうよ!」
『倒れるうううううう!! ぐわあああああ!!』
どんがらがっしゃん、折り重なる男たち。
呆れたヒイラギが炎を操って、上手く燃えないように風船を取ってやると。
「ありがと、お姉ちゃん!」
と、その弱小魔族の子供は屈託のない笑みでそう言った。
自分がどれほど格上の魔族であるか、理解しているのかしていないのか。
けれど、そのお礼の一言がなんだかむず痒くて。
「おい姉ちゃん、やるな!!」
「しかし一人で何でもできると思うのは良くないぞ!」
「この街のモットーは助け合いだ!!」
揃ってサムズアップしたバカな肩車男三人は、言いたいことだけ言って肩を組みあって酒場の方へと消えていった。名前を名乗り合っていたから、彼らもまさかの初対面同士なのか。
ヒイラギは、真っ暗な空に鼻息を飛ばして、呟いた。
「……いい街ね」
まだこの街にやってきて一日すら経っていないけれど。
事前に会議したシャノアールの話では、数日はこの街を拠点にするという手筈になっている。
過ごす上で身の振り方をどうしようか考えていたところだったが、ヒイラギはふと思った。
「せっかくだから、あの馬鹿に倣って観光でもしてみようかしら。――私が観光だなんて、笑えてしまう話だけれど」
古くは迫害の対象。脅威の象徴。
弱体化してからは連れに振り回され、その連れを探して血眼になって世界を渡り。
思えば、あの馬鹿が言うところの旅の良さというのを、自分で実感したことがなかった。
見ればシュテンは何故か周囲の魔族に囲まれて曲芸大会の真っ最中であることだし、今ここに居なくとも、待ち合わせの時間に集合すればいいだろう。
小さく笑って、ヒイラギは身を翻す。
「旅の浪漫ってもの、私も探してみるわ」
なんだかこの街なら、見つけられそうな気がした。
「さあさあテメエら!! ラップバトルの決勝が終わったァ!! 勝敗を決めるのはお前らギャラリー!! ここに俺が持つ100万ガルドの賞金を手にするのは、いったいどちらなのかあああああああ!! 浪漫の行方を!! 知りたいかああああああ!!!」
『いえええええええええええええええええええ!!』
ミネリナ・D・オルバとテツ・クレハの二人組がようやっと諸々の状況確認を終えて一番街に戻ってきて、最初に目に入ったのは路上で行われている謎の大会だった。
舌鋒鋭く自らの技量を競う代物だということは分かっているし、参加者が何人いたのかは知らないが決勝を戦う二人は見事な戦いだったとも分かる。少なくとも、あんなに流れるように相手の言葉を拾い、倍返しで叩きつける技をミネリナは持ち合わせていない。
それは良い。
問題は、その主催者がよくよく見たことのある顔だったことだ。
「きみは何をしているんだ、シュテン……」
「ラップってぇと、アレイアがやたら上手かった覚えが。人をディスることにかけては天下一品だったもんで」
「五英雄の無駄知識は要らないよ……」
がっくりと肩を落として、ミネリナはぼやく。
赤のツインテールが連動して垂れ下がるのを、面白そうにテツは眺めていた。
「シュテンも楽しそうじゃあありますが、それに輪をかけてこの街の住人が凄まじいってぇ話で。なんで鬼神の始めたラップバトル大会に、数秒と経たずに人が群がるんで?」
「わたしに聞くな……」
「さあ集計が終わったァ!! 見晒せ舌鋒の覇者!! 第一回大会のキングは、魔界六丁目のサトシぃいいいいいいい!!!」
『うわあああああああああああああああああああ!!!』
大歓声の上がる中、優勝が決まった帽子の少年が号泣していた。健闘を称えるように敗れた相手が握手を求める姿は良いものではあるが、そもそもこれさっき始まった即席大会だろうという、この熱に対する疑問は尽きないまま。
正直、ミネリナは空気についていけていない。
「お前が、キングだ。サトシ!」
「シュテンさんッ……!! おれ、ラップやってて良かった……!!」
いつ作ったのか分からないトロフィーと賞金の入ったずた袋を手渡して、サトシを抱きしめるシュテン。その姿に、観客もおいおい泣き始める。
「第二回もまた何れ!! じゃあ今日は解散!! お疲れさまでしたああああ!!」
『お疲れ様でしたああああああ!!!』
サトシとやらはギャラリーにもみくちゃにされて酒場へ連れていかれた。
シュテンは一息ついて満足そうに額の汗を拭うと、ふと二人に気が付いたようで。
「ようお二人さん。俺ってば文無しになっちゃったんだけど、お小遣いくれない?」
「まさか賞金に手持ち全額使ったのかい!?」
「いや、ちょっと勢いでな……」
てへへ、と頭を掻くシュテンにミネリナは今度こそ脱力した。
「いやまあ……うん。たのしそうで何よりだよ」
「それよか、お前らは今着いたのか?」
シュテンの問いにテツは頷く。
ミネリナと違って、シュテンにしろこの街にしろ、どことなく慣れている様子の彼はいつもの柔和な表情のままだ。諦めている、とも言うかもしれないが。
「幾つかアジトを確保してきた感じでさぁ。ぼかぁともかく、ミネリナ嬢は作戦上後方支援って寸法で。ヴェローチェ嬢やユリーカ嬢が護衛に付いてくれるってぇ話ではありますが、それでも安全ってわけじゃああらんせん。幾つか逃げ道を開拓するつもりで歩ってたんでさぁ」
「あー、そうか。この街に留まるのがその三人か」
そうかそうか、とぽんと手を打った。
今回、シャノアールによって殆どの作戦は構築されている。
魔界の未来が危うい以上、今ここに居るメンバー全員の力でもって世界の終わりを阻止すると。
絶望的な大怪我を負ったデジレを含め何人かは搬送することになったが、それ以外は全員が魔界地下帝国に潜入する手はずになっていた。
ミネリナの役割はオペレーション。全てのメンバーが的確に動けるよう通信機器を使ってサポートするのが彼女の役割。となれば、狙われるのを防ぐべく幾つも拠点を敷いておくのは当然の帰結と言えた。
「にしても早いな。もう複数拠点を?」
「導師の人脈を利用させて貰ったところと、ただ宿屋として使わせて貰うところ含め何か所か。まあ、初めてってぇわけでもあらんせん、この街は一度レックルスの旦那に案内して貰ったことがあったんで」
「バーガー屋が? ほぉん、そうなのか」
言われてみれば、王国ではテツとミネリナの二人もレックルスやユリーカたちと行動を共にしていた。魔界から直接来たのであれば、そういうこともあったのだろうと想像が付く。
「ミネリナ嬢との通信魔導具もこの街で買ったものでさぁ」
「良いことじゃねえか。クソ、俺もあいつから観光スポットを聞き出さねえと」
しかし、と言葉を切ってシュテンはぐるりと周囲を見渡した。
先ほど路上でラップバトルが行われていたことなど嘘のように、メインストリートは平静を取り戻している。かといって人通りが少ないわけでもなく、行き交う人々は皆楽しそうだ。
「ここは楽しい街だな、おい」
「そうだね。楽しい街だよ。間違いなく」
「およ?」
愉快げに三度笠をかぶり直すシュテンに、ミネリナは頷いた。
そのストレートな肯定が意外だったのか、シュテンは彼女を見て首を傾げる。
シュテンにとっては楽しい街だ。それは間違いない。
けれど、ミネリナは先ほどのように振り回される未来が如実に見えた。
それでも楽しいと言い切る姿勢。なんだろうと思ってテツを見れば、彼も笑って頷いた。
「ここはさ。誰もが希望を胸に生きている。嫌なことを乗り越えて、辛かった過去を糧にして、楽しい未来のために手を取り合って生きている。それは、おしなべてのわたしの理想だった」
その言葉に、シュテンも思い出した。
ミネリナの成そうとしていたことは、魔族と人間が手を取り合える社会の構築。
この街は、爪弾き者だけとはいえ部分的にそれを実現している街だった。
「それにだね」
曖昧というか、複雑というか。
そんな表情でミネリナは微笑んだ。
嬉しくて、照れ臭くて、寂しくて、心細いようなそんな笑み。
「……わたしは出生が出生だろう? だから最初は勘違いされたんだ」
「勘違い?」
「ああ。ほら、きみは見なかったか? 街門から街に入ると、いたく歓迎してくれるんだ。この街の人々は」
「あー。あったわ」
思い返すのは、クレインたちが最初に受けた洗礼。
あれよあれよという間に酒場に運ばれていったが、あれを二人も経験したのかとシュテンは頷く。テツはともかく、ミネリナにとっては疲労の重なる出来事だったはずだ。
「で、かたっぱしから自分の重たい事情を喋っては笑いあう彼らについ感化されて、わたしも話したんだ。どういう経緯で生まれ、どう利用され生きてきたか。酒の勢いもあったんだろう、滔々と語ってしまったんだよ」
テツは静かに頷いた。どうやら、本当にそんなことがあったらしい。
「そうしたらさ」
ミネリナは、街の人間を馬鹿だ馬鹿だと言いながら、どこか愛情を感じさせる泣き笑いのような表情で続けた。
「――あいつら、自分のことは棚に上げて大きな声で泣き始めてさ。辛かったね、とか頑張ったなとか……そんなの、そんなのわたしが一番よく分かってるってのに……どうしてこいつら、こんなに泣けるんだろうって。それで」
「……それで?」
思い出したら少し涙腺が緩んだのか、ミネリナは照れ臭げに頬を撫でた。
「あいつら、散々話したあとに声をそろえて、『この街へヨーコソー!』ってさ。……だからわたしは、好きだよ。この街。楽しい街だよ」
「そっか」
特にミネリナには刺さったことだろう。
目指すべきもの、生い立ち、並び立つ男。そのどれもに、重い枷がついていたのがこの少女だ。
「だからオペレーションは任せてくれたまえ。わたしがこの街も、きみたちも守るからさ」
心配はいらない。
シュテンは親指を突き立てて、ただ一言。
「おう!」
と笑った。




