エンディングフラグ:ヴェローチェ
五話連続投稿しています。こちら二話目です。
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――鎮めの樹海内部。戦場だった広場。
豪快に口を開けて笑う鬼神が拳を突き出すと、爽やかな魔導師が軽く裏拳で応じた。
「ルノアールの動向が分からない以上、ここからは一緒に行動したい。その話をね、みんなにしてほしいんだ」
「にゃるほど、おっけー分かった」
こつんとぶつかり合う手と手。お互いに楽しそうな雰囲気を隠そうともしない二人を、間近で見つめる少女が一人。
……仲良しですねー、この二人。
眠たげな瞳をさらに薄く半眼のようにして、呆れたとばかりに見つめていれば。
ようやっと自分を置いていっていることに気づいた祖父が、これはやってしまったとばかりに自らの額をぺちりと叩く。おっさんくさい。
「はぁ」
「おっとっとため息とはどうしたんだ我が孫娘。相談に乗ってあげよう、このボクがね!」
「遠慮しておきますー」
ひらひらと手を振って断れば、シャノアールは顎に手を当てて――シュテンの方へと目をやった。
「さて、誰に話しかけようかな」
「ああ、そうだシュテンくん」
「んぁ?」
「まったく関係ない話をしていいかい?」
「まあ、別にくだらねえ話なら大歓迎だぜ」
「姉と妹どっちが好き?」
「おっと様子がおかしい」
「魔界で最近話題になっていることでもあってね。ほら、姉と妹だったらどっちが好みかーみたいな」
「魔界終わってんな。姉と妹だぁ? ……要はあれか? 引っ張ってくれるタイプか背中から押してくれるタイプか、みたいな?」
「色々あるだろうけれど、ぶっちゃけ年下派か年上派かじゃないかい?」
「ぶっちゃけすぎだろ。ええ……考えたこともなかったな……」
キメ顔でシガレットをくわえはじめたシャノアールをよそに、真剣に考えだすシュテン。
なんで自分が居るにも拘わらずこんな話をしているんだろう。
なんだかいたたまれなくなってちらりとシャノアールを見れば、ばっちりヴェローチェと視線が合った。なんか、ウィンクかましてきた。今すぐ混沌冥月打ち込んでやりたい衝動をぐっとこらえ、仕方なくシュテンに声をかける。
「あのー」
「んぉっとヴェローチェか。改めておひさ。シャノアールが抱えてったから無事なのはわかってたが、まーなんつーか元気な姿が見れて良かったわ」
「あ、ありがとうございますー。あの人の残した呪縛に気づけなかったのは、わたくしの不徳のいたすところで。はい」
「なぁに、気にするない。喜びはすれど、文句も何もねえよ」
ひらひらと手を振ってそんなことを言う。
フラットな雰囲気で笑うシュテンの心には、つい先ほどシャノアールに振られた議題は残っているのだろうか。
「ちょっと、時間貰ってもいいですかー?」
「ん? でっかい話? シュテンさん基本暇だからいつでもどーぞ」
「いえ、ちっさい話ですー」
「そうか。んじゃ軽く聞こうかね」
「わたくしとシュテンの寿命の違いについて」
「でけえよ」
いやでけえよ。
二度見する勢いでツッコミを入れるシュテンに、小さくヴェローチェは微笑んだ。
「でけえって思って貰えるんですねー」
「そりゃそうだろお前、いや、だってあれよ? なんか急に寂しくなってきたよ俺ぁ。突然なによ。冷静に考えればそうだけども」
「いえ、ですのでー……まぁ、少し思うところがあったというか」
「思うところねー」
「はい」
小さく頷く。
軽く足元に転がっていた拳大の土くれをこつんと蹴って、言葉を探す。
気づけば、シャノアールの姿は近くに無かった。おそらくは、ユリーカか――或いはアイゼンハルトとでも話しているのかもしれない。
そう。シャノアールだ。
『――ヴェローチェは、どうしたい?』
あの日。自分が共和国から脱出させて貰った日に、一つだけ問いかけられた言葉。
その真意に気づけないほど、ヴェローチェとて抜けていない。
共和国への旅は、楽しかった。あんな風に自由に、好き勝手に歩き回って、行く先々で迷惑をかけて、けらけら笑って。……そんなこと、初めてだったから。
この人と一緒なら。
そう思ったことも、一度や二度ではない。
けれど。それを続けていくには、どうしても足りないものがあって。
それは、どうしようもない現実で。
だから。
「――共和国、一緒に旅した時楽しかったっすねー」
「いやー、楽しかったな!! 思い出いっぱいよ。これぞ旅の醍醐味ってーか、やべえ時もあったし楽しい出会いもあったし、ラストダンジョンと洒落こんだリンドバルマはまさしく突っ込め―! って感じで最高だったな」
「はいー。……でも、それも次で一段落ですー」
「あん?」
寂しげな色を孕んだその声色に、シュテンの眉がぴくりと動いた。
魔王城に乗り込む話を真っ先に聞いていたのは彼女だ。
シャノアールと共に立てた計画であることに相違ない。
であればこれは何だろう。
まるで、魔王を倒したらそれでおしまいとでも言っているような。
「――良いじゃねえか。これで終わりでもねえんだし。魔王倒したらまた気ままな放浪の旅が待ってんよ」
「はい。なので、聞きたいのですがー」
珍しい、緊張の色。
何故だろうか、妙に紅潮させ強張った表情を帯びて、ゆっくりとシュテンを見上げるその瞳。小さく震える唇は、躊躇いや葛藤を感じさせる弱弱しいもので……ひどく彼女には似つかわしくない。
何を聞こうとしているのかは分からないが、それでもおよそ彼女にとっては"でっけえ"ことに違いないと、シュテンは次の言葉をのんびり待っていた。別に、急ぐ用事もない。
「その旅に、わたくしは居ますか?」
告げた彼女の言の葉は一言一句噛みしめるような語調。
間延びした普段の言葉遣いとは一転した、恐る恐るといったその雰囲気。
彼女の言葉の意味を、シュテンはしばらく吟味して。
しかし、決意にも似た感情をにおわせた空気とは裏腹に、その言葉そのものには、シュテンが悩む理由は無かった。
「そりゃそうだろ。共和国での旅が楽しかったっつってくれてんなら、またヴェローチェさえ良ければ一緒に行くべ」
旅の道連れはあった方が楽しいしな。
そう快活に笑うシュテンに、ヴェローチェはどこか――助かった、とでも言いそうな安堵の表情だけで返した。
「……え、なに、来るなとか言うと思った的な?」
「いえ、そうでなく……ですねー。わたくしは、貴方とはずっと一緒に居られるわけではないのでー……」
「……さっきのでっけえ話か」
あー、と耳をほじりながらシュテンは台詞を模索する。
今となっては実感がない人間の寿命。それと一線を画す己の寿命。
ただ。
自分より先に仲間がいなくなってしまうことに関して、シュテンは重く受け止めてはいなかった。
『……一つ約束してちょうだい』
『15個の珠片は最終的に貴方が全部取り込むこと。そのあとでないと、死ぬことは許しません』
『……いいだろ、分かった。取り込んだ連中全員看取ってやるよ』
シュテンという男は、こと"覚悟"というのはすんなり出来る鬼神だった。
そういう風に、この旅がさせた。
全身の皮を剥ぐような激痛も、己を犠牲に仲間を逃がす根性も、未知の世界へ飛び込む意志も。前の世界からこれまでの間で培った、大事な心。
もう既に、仲間をいずれ失う覚悟は出来ている。
だから、安心しろい。
「ヴェローチェさんが死ぬまで、俺はずっと隣に居るよ」
「っ……でも、そうしたら貴方は――」
「そりゃあもう寂しいだろうさ。ヴェローチェが居なくなった後は、お前の墓を拝む度にぎゃーぎゃー喚くだろうさ。お前のことを思い出してはアホ面さらしてぼけーっと感傷に浸るだろうさ。分かってる。もう会えない相手を偲んで泣くことは、覚悟してる」
「……」
「んなこと言われたらヴェローチェがどう思うかだってだいたい察してらぁ。けどよ、寿命なんてもんはどうしようもねえんだ。それに、ほら」
戸惑いと、不安と。
揺らぐ心と瞳に向けて、シュテンは笑う。
「お前さんから、一緒に来るって言ってくれたんだ。なら一生ずっと旅してまわるのも浪漫じゃねえの。その楽しみに比べたら、後の寂寥だって可愛いもんだ」
「シュテン……」
「そんな顔すんじゃねーよ」
これから楽しい時間が待ってんだからよ。
はにかむシュテンに、ヴェローチェは。応えるようにふんわりと微笑みを返して。
「じゃあお言葉に甘えて」
ふっきれたように悪戯っぽくパゴダ傘を肩にかけ、先ほどと同じ言葉を告げた。
また、別の意味を込めて。
「ちょっと、時間貰ってもいいですかー?」




