第二十四話 鎮めの樹海VII 『最強VS最高』
この話がやりたくて八章を書いたまである。
――鎮めの樹海内部。北方。
豊かな自然に鳥が歌うのも今は昔。
太い幹を持つ樹木たちが周囲を、まるで見守るように取り囲む中。
さわさわと木枯らしの吹き荒れて。
相対するように二人の青年が、向き合っていた。
「……分かっちゃいない。今やお前さんの力は、神域に匹敵するものなのだと」
「その神域にまで鎗を届かせる天下無双に何を言われても堪えねえな」
「ぼかぁ、鎗で穿つことは出来るでしょう。でも、きみの場合は違う。存在そのものが神に至ろうとしている。そんなヤツを十巻抄と殺生石で操るなんて冗談、笑えない」
青の鎗。青虹。
赤の鎗。偉天。
両手に一本ずつ握られた得物は、一撃にて神域をも穿つ最速にして最強の鎗だ。
シュテンを止める。彼はそう言った。そうである以上、この男はどうやってでもシュテンを止めるつもりなのだろう。
無論、シュテンとてそう簡単に止められるようなタマではない。
「さて、じゃあいっちょ」
「きみとぼくとどちらが上か、勝負と行きましょうや」
とん、と右肩に青虹を載せて。その瞳でシュテンを見た。
シュテンは鬼殺し棒を軽く振って、目の前の最強に備える。
「この一撃は天を穿ち地を貫き、魔を滅する破戒の鎗。とく、ご覧あれ――」
ぐ、と地面を踏んだテツの靴音だけが妙に響いた。
次の瞬間。
「うぉおおおおお!!」
「撃滅一閃」
シュテンは、"テツが動くよりも先に回避行動を取った"。
その一瞬。テツの鎗が空を切り、シュテンの頬に鮮血が奔る。
どん、と空気を暴発させたような音とともに、風圧で抉れた地中が顔を出す。
「――へぇ、今のを避けますか」
「――やー、だってお前、そのカットイン入って攻撃外したことねえべ。ならもう先に避けておくしかないっしょイチかバチかだけど」
「シュテンくんの前で一度でも、この一撃を放ったことがあったかどうか……ま、関係ない。別に、減るもんじゃあらんせん」
「減ってくれ残り回数とか!!」
軽口をたたきながら、シュテンはそのまま地面に転がった。転がって、距離を取ろうと試みる。しかしそんなことを容易く許してくれるようなら、きっとこの男は伊達に世界最強などと言われていない。
「さぁて、一発で気絶させられなかった以上――」
ぶわり、と周囲の魔素が膨れ上がり。
「っ! てめ」
シュテンの力が一気に削られる。
そして、膨れ上がった魔素がまるで時が止まったかのようにフリーズし。
あまねく全ては、人間と対等にまで引きずり降ろされる。
――神蝕現象【国士無双】――
「さて、体内の筋力が見た目相応にまで落ちたその状態と鈍足で――」
何かが来る。
シュテンはすぐさまその兆候を察知し、棒で持ってテツと自身の間に壁を作ろうとして。
背中から蹴り飛ばされた。
「ぐほぁ!?」
「――試してみろ、抗えるかどうかを」
「が、この、いて! いてえ! チクショウ!」
空中に浮いたところを鎗の柄で殴られて地面に叩きつけられる。
すぐさまとどめとばかりに降ってきた青虹だけは回避して、棒を使って跳躍。
そのまま反撃せんとテツに向かって棒を振り下ろす。
テツは無感情に軽く青虹を空に投げると。
「っしゃこらあ!!」
空いた手で棒を掴まれ。
「……そこ」
運動エネルギーを失った一瞬の間に棒を蹴られ。
「っぎゃあああああ!!」
バランスを崩したところを、落ちてきた青虹で叩かれ木々の中に突っ込んだ。
土煙が立ち込める樹海の中を、テツはしかしじっと見つめている。
間もなく、大柄な影が砂を払いながらのこのこ出てきた。
「ひゃーマジやってらんねえな。どうなってんだお前。鬼の得物を素手で掴みますかね普通」
「まあ、まともに武芸もやってない妖鬼の、頼みの綱の膂力がなくなってる以上は造作もないことで」
「言ってくれやがるこんちくしょう」
口元をひくつかせながら、シュテンはしかし笑う。
反対に、テツの表情は硬い。
「――いつまで続けるんで?」
「お前が俺を逃がしてくれるまで」
「それは無理な相談でさあ」
「残念だがしゃーないわな」
ふう。軽く息を吐いて、しかしシュテンはまだやる気だ。
笠をかぶり直し、意気揚々と鬼殺し棒を構える。
その構えは隙だらけで、今はまともに力も出ない。正直、帝国書院書陵部の人間の方がよほど腕がある。
そんな状態で尚、シュテンはいつものようにテツと向き合っていた。
「……どうして分かってくれない」
「浪漫じゃねえからに決まってんだろ」
「それよりも……大事なことがあるでしょうが。お前さんがあすこに行ったら、それこそお前さん自身が浪漫じゃねえことをするハメになるんだ」
「それを決めんのは俺の意志だ。悪いがテツと言えど、止められたって止まってやらねえ」
「頑固な人で」
「お互いな」
まあ、だからよ。
「力量とか、んなもん関係ねえ。こいつは意志のぶつかり合いだ。加減なしで――」
くる。それは分かっている。だが、今のシュテンの力に見るべきところなど皆無だ。
だからこその自然体。テツは、シュテンの攻撃のあらゆる全てに備えて見据える。
シュテンとて、それは分かっているのだろう。どんな攻撃を仕掛けたとしても、その全てはテツに弾かれる。また痛い目を見るのは自明の理。だが、なんだろうあの瞳は。
向き合い、道を潰され、無理やり言うことを聞かせようとしているにも関わらず。
シュテンがテツを見る目は、いつもふざけてくっちゃべって、バカをやっている時とまるで同じだった。
加減なしで。彼はそう、言葉を切った。
手加減をしていることは、まあ見抜かれているのだろう。致命傷は避け、そもそも鎗での攻撃は打撃のみ。というか偉天を使っていない。これは今の彼の相手をして、気絶させるくらいならそれで十分だと思ったからだ。
ぼくだって、友達を傷つける趣味はない。
だのに、加減なしで何を求めるつもりだ。殺されたいのか。
テツが怪訝に、しかし警戒に満ちた瞳で見ると同時。
シュテンはいつものふざけた笑みと共に言い放った。
「――喧嘩しようぜ、テツ!!」
「はっ……!!」
言って、くれるじゃあらんせんか!!
「うぉらああああああああああ!!」
シュテンが鬼殺し棒で殴りかかってきた。純粋な振り上げからの振り下ろし。
その振り上げた一瞬の隙に、テツは顎をめがけて偉天の石突をぶち当てる。
「おごっ!?」
二の突き。振り上げたものを振り下ろす、なんて悠長な動作はさせやしない。
青虹で鬼殺しの石突を打ち抜く。するりとシュテンの手からすっぽ抜けた棒は気にせず、驚愕に目を見開いているシュテンの腹部に蹴りを入れる。
「がっ」
三の突き。偉天をそのまま回転。穂先を切り裂くナイフのようにシュテンの右手を狙う。
「――っ」
回避、するだろうと思っていた。
だからこそ鎗は二本ある。
のけぞったその体勢に、上から振り下ろす青虹は防げない。
「ぐはっ!?」
今度こそ完全にバランスを崩した足元に、回転の勢いそのままの偉天を差し込む。
狙うは膝裏。足元から崩す。
「っ……!!」
体幹を失い、地面に打ち付けるその寸前の一瞬。とどめとばかりに青虹を胸めがけて突き刺す。
その瞬間、シュテンは何かに気づき手を挙げた。直感で気づく。鬼殺し棒が落ちてきたのだと。ならば好都合。そのまま――
「ぅおおおお!!」
鬼殺し棒を握り、青虹の突きを防ごうと盾にした。同時、青虹の穂先が鋭く中点に命中する。
「なにいいいい!?」
「砕け散れ」
鉄の砕ける音と共に、鬼殺し棒が真っ二つに叩き折られた。
またしても驚きで隙が出来る。
そこに偉天を引き戻し、偉天で持って跳ね飛ばした。
「があああああああああああ!!」
シュテンがとびかかってきてから僅か数瞬。
何をされているか全くわからないままに、顎を殴られ幾つもの殴打と切り傷を受け挙句に鬼殺し棒を叩き折られたシュテンは、無様に転がって元の位置へと打ち戻された。
「ご、うぇ、ぺっぺっ……あー、歯が折れた、くそ」
頭がくらくらしやがる。
呑気にも、案の定緊張感のない風体でシュテンはよたよたと歩いてくる。
あれだけの攻撃を受けて立っているあたり、流石妖鬼の体力だと思いこそすれ、今は関係ない。テツはそのまま偉天を構え、シュテンに躍りかかるつもりでいた。
「国士無双、か。本当に恐ろしいな。力の差が凄ぇわ」
「多くの魔族を屠ってきたこの技も、シュテンくんほどのバカみたいな体力抱えてると流石にこれだけじゃ倒れないってぇことでしょう。……いやはや、大したもの、でっ」
「うおおお!?」
折れて真っ二つになった鬼殺し棒を、テツの見よう見まねで防ごうとするシュテン。
勢いよく偉天と棒がぶち当たり、ぎりぎりと力押しの勝負になる。
「なんのつもりで? 同じような得物で、このアイゼンハルトに勝とうと?」
「いやあ、お前とまったく同じ動きを繰り返せばワンチャンねえかなと思ったけど、やっぱ無理だったわ」
「でしょうや」
次の瞬間、回転した偉天についていけずに鬼殺し棒は弾かれる。
そのまま浮いた片手に偉天が打撃を加えると同時、肉薄したテツの膝がシュテンの腹部に突き刺さる。
「お、ご」
「長物の死角は懐。そんなもの、知ったこっちゃあらんせん。刃さえ避ければどんな小刀であろうと操るは人。なれば、ただ人を打ち、殴り、この鎗の餌食にするまでのこと。もっとも――」
「ごはぁ!?」
「――懐に入る前に軒並みくたばるんで意味のない話ではありますが」
二本の鬼殺し棒をからからと地面に転がせて。
シュテンは痛む腹部を抑えながら、それでもなお立ち上がる。
いまだ一撃すらもシュテンはテツに打ち込むことが出来ていない。
致し方のないことではある。眼前の青年こそ、如何なる敵をも打ち破って世界を救った五英雄であり、その中でも最も対人戦闘に優れ、最強と謳われた鉄心の魔導司書なのだから。
「気絶させようにもこれだけ耐久性の強い男相手だと、なかなかしんどいものがありますが……それでも。この力量差があって、まだ立ち上がると、きみはそう言うんでしょうや」
「よく、分かってんじゃねえか」
その瞬間、気づけばテツはシュテンの眼前に居た。
鎗の切っ先が首を狙う。不味いと思って回避したその先に、今度は偉天が牙を剥く。
「お、おおおおおおお!!」
「そして避け続ければバランスが崩れる。何度目で?」
「が!?」
回避し、体勢が崩れたところをテツのつま先が穿つ。
またしても浮き上がった身体を、背面から青虹に叩きつけられて地面に落ちる。
転がったところを突き刺そうとする偉天だけはかろうじて回避して、なおも迫るテツに向かってしかしシュテンの闘志は消えない。
「とっとと目の前真っ暗になって、終わりにしたらいいじゃあらんせんか!!」
「はっ、おかねが半分になっちまうのはごめんだね!! いいかよく聞けアスパラガス!! コンティニューはなぁ、あきらめない限り何度でも出来るんだよ!!」
「何が何だかよく分かりませんや!!」
ぼろっかすにされながら、シュテンは鼻の下をこすって笑った。
血の混じった痰を吐き捨てながら、いつものような瞳でテツを見据える。
「まだまだ、俺はあいつらのところに行くのを諦めねえ」
ああ、この男は諦めないのだろう。
分かってる。分かってはいても、どうしても歯がゆいものだ。
「シュテンくん……」
「お前の心配は、まあ言いたいことは理解できる。俺が操られるとまずいってな。いまいち自覚はねえし、今この瞬間に自信は鬼殺し棒と一緒に粉散り散りなんだが……それでも俺の力ってのはとんでもなく強いらしい。鬼神、って呼ばれてるっぽいしな。それこそ、聖域で戦ったオカンレベルの強さがあるってんなら、確かにそんなヤツを好き放題されるのは洒落にならねえ」
「――」
「実際、葬魂幻影でランドルフやカテジナ、アレイア、ヴォルフガングと相対した時は危うく死ぬかと思ったしな。あいつらでさえ死後を行使されるようじゃ、俺なんてあっさり殺されてもおかしくねえ、かもしれん」
「――分かってるなら、何故」
「俺は、大丈夫だ」
顔を上げたテツに、シュテンはそう言い切った。
「何を、根拠に」
「ねえよ。そんなもん。鬼化で暴走した前科あり。マッドウィザードに操られてた前科あり。グラスパーアイのヤツの洗脳魔導は弾いたし、ルノアールのそれも効かなかったとはいえ。絶対的な根拠なんて一つもねえよ」
「なら、何故そんなことを言い切るんだ!」
「はっ。簡単だ。信じてるからだよ」
「……きみが、自身を?」
「まさか。さっきも言っただろ。俺は前科持ちだし、鬼神だって言われてもいまいちピンと来ねえ。……けど、俺のことを、信じてくれてるヤツが居る。なのに、俺が倒れるわけにいかねえじゃねえか。……そうだろう、お前も!!」
「……」
「アイゼンハルト・K・ファンギーニの人生を、俺はお前ほど知ってるとは言わねえ。けどまあ、妙な理由でな。お前の生涯に起きたこと、色々知ってんのよ」
「……国士無双に変貌魔力が通ること、さっきの撃滅一閃も。……害はないから聞いちゃいませんでしたが……それも?」
「無論、それも。五英雄の旅路を、俺は知ってる。……だからよ、俺も知ってるんだ。お前のことを信じて戦った奴らが居たこと。魔王城に向かうお前らを見送った、旅路で出会った色んなヤツらのこと。出会いと別れ、それが旅の醍醐味だとは言うけどよ、俺は、ただ一期一会が楽しいからそんなことを言ってるんじゃねえんだ」
「出会って別れたら、再会がある。結集がある。お前の仲間、五英雄もそうだったじゃねえか。出会って、別れて。再会して、挑んだ。その旅路には、色んなヤツが居ただろうが。お前らを信じて、お前らと心は共にあった。……俺は今まで、同じように全ての国を回ってきたぞ!! 帝国でバカ共と出会って、教国で光の神子と出会って、魔界で愉快なやつらと出会った! 公国ではお前らと会えたし、共和国でも出会いが待ってた! そして今、王国にやってきて!! 王都でみんなと再会できた嬉しさは、今までに無い熱い感情さえ芽生えた!」
「……浪漫じゃねえか。旅ってぇのは。そんな旅を。色んな奴らが色んなところで楽しくやって、目的があって、出会って、別れて。俺の旅を面白いって言ってくれた奴らを、面白くねえことで裏切れると! 俺がそう出来ると思ってんのか、テツ!!」
小さく、テツは嘆息した。話にならない、とため息を吐いた。これはもうだめだと、心から思った。
「無茶苦茶だ、きみは」
「おう、無茶苦茶だ。俺は。だから、行けたんだろ? 廃坑の時だってよ。死ぬかと思ったミネリナを救ったのは、英雄のお前でも、ましてや俺でもない。ただ後ろをついてきたハルナだったのを忘れたか?」
「忘れるはずが、ないでしょうや」
「俺は別に、俺を信じてない。俺の旅路と、出会った仲間。その浪漫を信じてるだけだ。滅茶苦茶だろ?」
「……そう、さなあ。よく分かった、シュテンくん」
「……分かってくれた訳じゃ、なさそうだが?」
す、と鎗を構える。無茶苦茶なシュテンに、己の道理を通すため。
「んにゃ。分かりました。シュテンくんがそれほどに無茶苦茶なら、全力のぼかぁ、まかり間違って負けるかもしれんってぇことだ」
「……なるほど」
「超えてみろ、シュテンくん。この先に浪漫があるというのなら。ぼかぁ、きみには負けない」
「俺も勝てるなんて思ってない。要は、お前を振り切ってあいつらの元に行ければいい」
「はっ……それこそまさかだ。ぼかぁ、背を向けた相手を逃すほど悠長じゃあない」
そうかよ、とシュテンは軽く屈伸した。鬼殺し棒は、地面に転がったまま。
慣れない二本の武器を使うくらいなら、いっそしばらく共にあった拳で。
「さぁ、行くぞシュテンくん」
ざり、と靴が地面を擦った。
鎗を二本、上下に構えてシュテンを見据える。
対し、拳を打ち合わせてシュテンは嗤った。
「来い、テツ!!」
「いい加減に、眠れ!」
風を切って、覇気が迸る。
「この一撃は天を穿ち地を貫き、魔を滅する破戒の鎗。とく、ご覧あれ――」
「撃滅一閃」
鬼神としての魔素があった時でも、攻撃の前段階で回避するしかできなかった鎗。
それを、今のシュテンが回避できるような理由はどこにも無かった。
その偉天の一撃は必中にして、数多の魔族を屠ってきた一撃。
相手の認識よりも早く身体を貫くその技は、アスタルテですら容易く穿つ。
それを、シュテンは。
ただしゃがみ込むことで応えた。
「なにっ」
「秘技ィ!! 怖くて怯えている人ォ!!」
文字通り笠を両手で抱え込むようにして縮こまり、ぷるぷる怯えるだけの人になった。
あまりに想定外の行動だが、しかしテツは動じない。攻撃目標であるシュテンめがけて、偉天を穿――
魔素に、阻まれた。
シュテンに――否、シュテンの笠に鎗の穂先が当たった瞬間のことだった。
強力な魔素。国士無双の影響下にあるにも関わらず、明確に魔導の力によって防がれた。
「なっ……まさか、その笠ッ」
「剣魔力使って作ってくれた、旅の仲間お手製の笠だ。浪漫だろ」
思わず、テツの口元が緩む。
ああチクショウ、なんてヤツだ。
なんでこうも、いちいち気力が抜けて……肩を組みたくなってしまうようなことばかりを言うのだろう。
「だからって、それが何度も通じると思うな!」
「それなんだよなあ、けどよ。懐に入って、自慢の拳があるならまあ、なんとかなるだろ」
鎗を逸らされたその瞬間、確かに一瞬の虚が出来た。
シュテンの拳が、唸るようにテツを急襲する。
だが、それすらも。
青虹によって弾かれる。
「なんのための二本の鎗だと思ってるんでッ!」
「そうか、じゃあ俺も。何のために拳が二つあると思う」
修羅・煌炎は使えない。けれど、ただの拳でも。それでも、攻撃には変わらない。
左の握り拳を、そのまま叩きつけるように、
「舐めるな、アイゼンハルトを!!」
「うっそぉ!?」
その拳は、気づいたら迫っていた足の裏で受け止められていた。
そのまま力を入れられてしまえば、距離を取られてせっかく笠で作ったたった一度の機会が失われる。
だから、シュテンは。
「散々やってくれたよなあ! バランスを崩したらなんだっけかあ!!」
「ちっ!?」
「アイゼンハルトを舐めたりはしねえよ!! けどな、テツ! お前は英雄である以前に、ただの俺の友達だ! 一度でも今、アイゼンハルトとお前を呼んだか!!」
「シュテンんんんんんんん!!」
回し蹴り。足技になどまったく長けていないシュテンの、たった一度の稚拙な蹴り。
それは、鎗と共に頻繁に武術として足を使ってきたテツにとって、まったくと言っていいほど効果がない蹴りだった。
しかし。それでも。当たった。攻撃が、テツに。
崩れたバランスはしかし、異常な体幹で持ってすぐさま取り戻し鎗と共にバックジャンプ。千載一遇のチャンスは、失われた。
「へっ、呼び捨てられたのは初めてだな」
「まあ、とっさに、ってぇことで。別に構いやしませんでしょう」
「まったく、毛ほども。そうだよな、ランドルフとかお前呼び捨てだったもんな」
「だからなんで知ってるんでしょうや」
まったく。と肩を竦めたテツはいまだに臨戦態勢だ。
シュテンはたった一度、攻撃を当てたに過ぎない。
これが、最強の武者。本当に、どうしようもない。
万策尽きたかと、そう思った時だった。
「ん?」
一瞬、テツと呼吸を図っていたその時。
妙な感覚に襲われる。
「珠片……? シュラークには会った後だから、別の新しいヤツか。それが、猛スピードでこっちに」
「なに?」
ぴくり、とテツの眉が動いた。
流石にシュテンのホラだとは思わなかったらしい。
いったい、何事か。
その感覚に神経を研ぎ澄ましていたシュテンは、ふと。テツが目の前で鎗を下ろしたことに気が付いた。
「……テツ?」
「いや、なに。この場合、本当になんて言えばいいんでしょう」
「は?」
先ほどまでの表情とは、まるで似つかわしくないへにゃっとした笑み。
気の抜けた炭酸飲料のような腑抜けた表情で、テツは言う。
「浪漫。再会。旅の醍醐味、か」
「あん?」
「いや、シュテンは本当に……大したヤツでさあ」
何のことだろう。
首を傾げたその時、シュテンも気が付いた。間近に迫った珠片の感覚。
それがどこからくるのかを察知するよりも早く、テツが鎗を引き抜いて闖入者を迎撃したのを。
鍔迫り合いと金属音。
テツと相対し、向き合う――見知った顔。
「……え? なんで、お前が?」
思わず、呟いた。
同時、勢いよく距離を取ったその影はシュテンの前に着地する。
明確に告げていた。珠片の持ち主は、目の前の――
「あーあ」
「もっと、素敵な再会が良かったのに」
「男の子の喧嘩に加勢だなんて、あたしってばどうかしちゃってる」
振り向いたその少女は、しかしどこか潤んだような、上気した艶やかで可憐な表情を浮かべて。
「会えたね、シュテン。空の下で」
「……おま」
「行って。レックルスから聞いたけど、一号が大変みたい」
「はっ、はは。おうよ、さんきゅーな」
思わず、口元が緩んだ。目の前の少女は、絶対にこの場所では会えないはずの相手。
気まずい別れもしたけれど、それでも共に旅した大切な仲間。
あれだけのセリフを吐いたあとに、助けに来てくれた再会。
これがあるから。
これがあるから。
旅ってのは良いもんだ。
「助かったぜ! ありがとう、ユリーカ!」
「うんっ……また、あとでね?」
軽く手を振るユリーカを信じ、シュテンは勢いよく駆けだした。
姿が消えるまで、目の前の男も特に手出しをするつもりはないようで。
「……さて、ユリーカ嬢。どういうつもりで?」
「見ての通りだけど? こっちこそ、もっとアイドルらしい優しい再会がしたかったわ」
「車輪らしくて結構じゃあらんせんか。それに、少女が憧れるような再会を、シュテンが演出できるとはとても」
「そんなことないもん。だって、あの人は、世界で一番かっこいいんだから」
さいで。
じゃあまあ、分かってるたぁ思いますが。
「魔族を向こうに向かわせるわけにはいきませんで。覚悟は良いですか、車輪」
「うん、来なさい。この前みたいに手加減なんてしないでね」
「ええもちろん。加減なしで――喧嘩しましょうや」
テツは笑ってそう言った。
しゃりん ユリーカ が しょうぶ を しかけてきた !▼
(専用BGM『咲き誇る昏き海の底、撈う満月に恋の詩』)




