第二十三話 鎮めの樹海VI 『電光石火』
『魔導具『十巻抄』と、王国にて開発した妨害波動。殺生石での封印実験を鑑みた結果、これにより"神"クラスの個体を使役することが可能となる』
『また、ルノアールの文書によれば鬼神シュテンは女神クルネーアとの交信が可能であるとのこと。今までの行動解析結果から、豪鬼シュテンが封じられていることを認識することで誘き出すことが出来ると考えられる。故に――』
『我々払暁の団は、この作戦をもって二体の鬼神を、女神の神域への到達手段をも得られる可能性を考慮し、最終作戦における大きなカードとして入手する作戦を開始する』
――鎮めの樹海内部。広場周辺。
徐々に徐々に。
払暁の団を振り払い、浄化の炎で威圧しながら足を進めてきたヤタノとベネッタは、段々と明確になる激しい魔素の波動を感じ取っていた。
「っ……ヤタノ、これ大丈夫なの?」
「わたしは神の権能を宿していたとはいえ、所詮はただの人間です。魔族や精霊族を押さえつけるような波動には……っ? おかしいですね、多少わたしにも頭痛が」
「ふぅん……デジレ第二席ももしかしたら精霊族としての血に影響が出たっぽいし。その辺、気を付けていくっぽい」
森林地帯を抜けて出た先。
明らかに何等かの人為的な力の働きで作られたクレーターのような広場の存在に、ベネッタは目を眇めた。同時、波のように襲い来る泥の波。
「不愉快」
――神蝕現象【大文字一面獄炎色】――
漆黒の泥と浄化の炎がぶつかり合う。
少々重いが、この程度なら押し返せる。
勢いよく吹いたオカリナと同時に、その音に呼応するがごとく炎の勢いが増した。
同時、爆ぜるように泥がはじけ、炎もその力を周囲に拡散させて散る。
ベネッタは舌打ち一つ、状況を確認するため広場に目を向けた。
「おおおおおおおおおおおおおお!!」
「あー、あれでも第二席は相当抗ってるっぽい。てゆか肝心の"妨害波導"を繰り出してる装置が見当たらないっぽいけど」
「……ルノーは殺した、その身体から泥が出た。もしかすると泥の中かもしれませんが……その可能性は低いでしょう」
ベネッタの腕の脇からひょっこりと顔を出してヤタノが言う。
口元を袖で隠しながら、「あらあら」と状況の悲惨さを眺める彼女の表情はいまいち深刻さがない。
「どうするっぽい、この状況」
「まあ、わたしならあの腹立たしい泥は無力化できますので」
「そういやそうだった」
【大地に恵む慈愛の飽和】であれば、確かにイブキ山でも泥を無力化し、あまつさえ花畑なんてメルヘンなものを構築することさえ出来ていたのだ。
それが今回に限って出来ない道理などない。
次々に群がる触手のような泥をベネッタが弾きながら、その隙にヤタノが番傘を閉じ、標的へ照準を定める。
「んっんー!! よくないよくないよくないなあ!!」
「っ!?」
弾かれたように上空へ目を向ける。
ゆるやかに舞い降り、器用にデジレの背後に着地した彼は、愉快そうに"先ほどルノーが立っていた台座"の近くにやってくると。ベネッタとヤタノを見据えながら、笑う。
「まあ分体は絶命すると毎回、その付近で一番強大な魔素を持ったものに取り付く性質がある。致し方ないが、妙な力を発する――珠片といったか。あれをも取り込めたのは大きい。出来ればこのまま持ち帰りたいのだが?」
「ルノアール……!!」
「いかにも。ワターシが"原典"であり、本体だ。んっんー、まあしかし太陽神の権能がはがれたヤタノ・フソウ・アークライトと壁越えさえできない魔導司書が相対しようとうま味は無いなぁ」
「知ったことではありませんね」
――神蝕現象【大地に恵む慈愛の飽和】――
瞳に憎悪を宿したヤタノの番傘から、強烈な魔素の波動が放たれる。
それは泥を併呑し、広場を埋め尽くし、広がるようにドーム状に空まで天高く立ち上って、はじけたように粒子を舞わせて散り行った。
同時、デジレを含めて巨大な大樹のようになっていた泥が、まるで骨組みを失った粘土のようにどろどろと崩れていく。崩れて、地面に溶けていく。
「んっんー……ヤタノ・フソウ・アークライトの作戦に関しては、これを見ると壊滅的な失敗だったと言わざるを得ない。失敗の尻ぬぐいをすることすらできなんだとは」
「それが不愉快な貴方と、愉快な鬼神の差ですよ」
「はっ……愉快な鬼神、ねえ」
いびつにルノアールの口元が歪む。
どさり、と外に吐き出されたデジレが苦悶の声を上げて地面に倒れ伏すのを、ベネッタが駆けて助けに行く。同時にシュラークの亡骸も見つけ、ベネッタは複雑な表情で眉根を寄せた。
「さあ、魔導司書第八席ベネッタ・コルティナ。第三席ヤタノ・フソウ・アークライト。わざわざここまで無駄足を運ばせておいてなんだが、きみらの出る幕はとうに過ぎている」
「……?」
「我ら払暁の団が求めるのは神に至る力。払暁の時。"魔界の日の出"。愚かなシャノアール派や貴様ら帝国書院を一掃し、魔界による秩序を、魔王による統治を齎さんとする者! 粛清の統治機構! ……その愉快な鬼神とて、例外ではない」
「……統治機構? 鬼神?」
「ちょっと待ってください。貴方はまさか、十巻抄を強奪した理由はッ!」
何かを察したヤタノが声を荒げる。
逆に、未だ理解ができないベネッタはただ困惑気味にルノアールを睨み据えるのみだ。
「語らない聖典を持ち出し、十巻抄を奪い、そしてその台座は、まさか」
ルノーが先ほど使っていた台座。
あれは、ただの踏み台などではなかったのだ。地中に埋まっている"何か"を抑え込む防衛機構。封印術式。その触媒。
ルノアールの実験とは。
払暁の団の目的とは、つまるところ。
ヤタノを使って失敗した、神を行使し神に至る実験を、"鬼神"を使ってやろうとしている。
「そう。本来であればヤタノ・フソウ・アークライトを使って女神の聖域に至り、果たすべき目的に到達するはずだった我らの策。それが不愉快な妖鬼と貴様らによって阻まれた今……しかしさらなるアイディアが生まれた」
ごふ、とデジレが血反吐を吐き、息を吹き返した。
しかしその身は満身創痍。ベネッタが顔を覗き込んでも、意識が返るかどうかは分からない。そんな状況での、このルノアールの不明瞭かつ不気味な語り。
相対するヤタノの表情も険しく、まさに一触即発。
ヤタノをもってしてあの顔だ。とんでもない爆弾が隠れているに違いない。
そうなったら、ベネッタ一人で出来ることなどたかが知れている。
「鬼神。ヤタノ・フソウ・アークライトの実験で、鬼子母神を相手にしようと神の権能でなら戦えることが分かった。なれば、いかに鬼神と言えど使役出来ない道理はない。そして、鬼神の域に至っている鬼族は今、この世にただ二人」
「すなわち、鬼神ならば十巻抄――十の神を操る魔導具にて使役できる」
「シュテンと、封印されている豪鬼を使って……女神の聖域に至るつもりですか」
「その通り。しかしそれも通過点だぁ。……とはいえ、通過点をおろそかにするつもりはない。何せ、それで一度ヤタノ・フソウ・アークライトの実験は滅茶苦茶になっているからなァ」
ルノアールから――否、その足元、台座から放たれる圧倒的な魔素の力。
「――舞台は整った! 封印された数十年、殺生石の中で意志を刈り取り続けた鬼神。そしてこの人間非ざる者を押さえつける力で、我々は――神域に至る!!」
台座に大きく亀裂が入る。
まるで卵から生まれる雛のように、しかしその勢いたるや荒々しく。
千の刃と化した暴風が、渦を巻いて天高く荒れ狂う。
ルノアールの愉快げにゆがめられた表情と、ヤタノの細められた瞳の先。
光に包まれた大地から、現れたるは大地の神――鬼神の一角。
「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「これは……」
「は、はははははは!! 見たまえ!! これが我らの使役する神の一角! 十巻抄にて操る一柱! 妨害波導と鬼神の力を行使してこれより鬼神シュテンをも取り込み、世界を払暁へと導いて見せよう!!」
哄笑するルノアールと共に。
そこに、化け物が顕現した。
「――ベネッタ。行きますよ」
「え、こ、これに立ち向かうっぽい!?」
「戦わねば、この男はそのまま王都へ向かうことでしょう。そうなれば、もうおしまいです。ここで出来る限り押しとどめ、我々の救援を待つしかない。そも、この男を魔族に――ましてやシュテンに会わせてはならない。妨害波導の力は、おそらくシュテンにも強く効いてしまいます」
「っ……!」
吹き荒れる風を物ともせず、ヤタノはその眼光を鬼神とルノアールに向けたまま。
あれは、豪鬼を元とした鬼神だろう。妖鬼のシュテンとはまた勝手は違うが……丸裸の鬼神相手に魔導が通じないという道理もない。
やるしかない。
「ああもう、しょうがない!! デジレ第二席もこのままじゃ死んじゃうし!!」
「無事でよかったと、正直胸を撫でおろしましたが。そうですね、このままでは宜しくありません」
「んっんー、なんだ、劣化した神蝕現象と、そもそものスペックが乏しい神蝕現象で神に挑むつもりか。神の力を借りるしか能のない魔導司書が、その神に挑むつもりか!」
「ええ、もちろん。あなた方払暁の団、語らない聖典、十巻抄。世界を脅かす貴方のような者を倒すために、わたしたちは今いるのですから」
「まるで正義の味方のような口上じゃあないか」
「ええ。だってわたしたちは」
「――聖典への叛逆者ですので」
――鎮めの樹海、リバーサイドステーション周辺。
「なんっっじゃこりゃああ!! コミックマーケットの早朝か何かかコルァ!! 俺は企業ブースのウルフロードカンパニーにしか興味ねえよ!!! どけ!!」
鬼殺し棒を一閃。
うぞうぞと大量にひしめく教団服の男たちを、シュテンは問答無用で薙ぎ払った。
「ウルフロードって何よ……」
「グリモワール・ランサーの開発元じゃあ!! 知らんのか!!」
「アイゼンハルトの開発元……?」
「黙りなさい獣。主さまは崇高なお考えのもとに」
「それはもうやったでしょうが!」
うがあ!! と叫びながら炎を放つ。
樹海にすら入れない、森と平地の境界線。
そこでシュテンたち魔族三人パーティも面倒な苦戦を強いられていた。
とはいえ。そこは白面九尾と吸血皇女。
範囲攻撃の心得は万全だ。
――紅蓮獄・火之夜藝速――
――ブラッディ・レイン――
どさどさと倒れ伏す教団員に対し、手ごたえのなさを鼻で笑いながらヒイラギはふわりと舞う。
「シュテン、先に行きなさい」
「は? なんでまた」
「私たちと一緒じゃ遅くなるし、顔に出てるわよ。光の神子が心配だって」
「ぬ、ぐ」
鬼殺し棒を振るうシュテンの表情を一瞬で察して、ヒイラギは笑いかけた。
「こいつらに後れを取る私じゃないっての」
「……はぐれんじゃねえぞ」
「そりゃあんたの方だ」
違いねえ。
さんきゅー、と笑って、シュテンは駆けだす。
流石は鬼神と目される伝説の妖鬼――その体現。あまりの速度に、一瞬で彼の姿は見えなくなった。
「……で」
「なにかしら?」
「なんでいるのよ」
「貴女一人では心配だからよ、獣」
意気揚々と見送ったというのに、隣で偉そうにふわふわ浮いている吸血皇女に目をやった。
「ははあん、さてはシュテンの速度に追い付けないからでしょ」
「それくらいどうとでもなるわ。せっかくだからこの機会に処理してやろうかしらねこの獣」
「あんですって?」
雰囲気が一気に険悪になる少女二人。だが。
――紅蓮獄・火之夜藝速――
――ブラッディ・レイン――
背後から襲い来る払暁の団を、二人の魔導が纏めて死に追いやった。
「流石に数が多いから」
「ええ、好きに暴れなさい。面倒は見てあげる」
「なんでこんな子供と私が……」
ぶつくさと言いながらも、彼女たちの息はぴったりと合っていた。
音を置き去るような速度で、シュテンは樹海の中を駆けていた。
ジュスタのように木々の上を飛びつつも、着地と跳躍がいちいち荒々しいせいで、細くない枝をぼきぼきぼきぼき折っていく。
妙な胸騒ぎと、魔導司書たちからの連絡もない状況。
何かがある。この先には。
一号が封じられているという場所にルノーが向かったというのも宜しくないが、それ以上に、頼れる魔導司書たちが先に行っているというのに、騒ぎが終わっていなさそうなのが宜しくなかった。
クレインたちが巻き込まれて死にでもしたら、目も当てられない。
「過保護なのかねえ、主人公たちに向かって」
でもまあ、良い。だってそれが兄貴分ってポジションだろう?
さっくりと自分の心に折り合いをつけて、とある地点を駆け抜けようとした、その時だった。
今まででも最大級の殺気を感じて、慌ててバックジャンプと共に地に足を付けたのは。
ただ、回避したように感じた何かは終ぞ"何だったのか"分からず。
しかして、目の前に"その何か"をしたであろう下手人だけは居て。
シュテンは、ここを通す気のなさそうなその男に、極めて自然に声をかけた。
「へい、どういうつもりだ――てっちゃん」
「その呼び方をされたのは初めてですが……まあ、ざっくり言うと止めにきました。ミネリナ嬢が止めたはずだったんですが?」
「お前、それで止まると思ってたら今頃お前も俺もここに居ねえよ」
「……そらぁ、おっしゃる通りで」
で、何?
シュテンとしては早く向こうに向かいたい。止める彼の意図が分からない。
焦燥と煩わしさが同居した苛立ちのままにテツを見れば。
何だろう。
透き通ったような。
まるで、ここにテツが居るのか居ないのか、それすらも分からないような薄れた気配。
「この先にキミを向かわせるわけにはいかない。吸血皇女量産計画は、ただの副産物だ。奴らの真の目的は、神格。アスタルテがこの場に向かわなかった理由が分かった」
「あ? ランドルフやらアスタルテみてえな化け物がどうしたよ」
「……キミもその一人だ。人非ざる者を調服させる力の本質は、神を従わせること。魔族でも精霊族でも勝てない、のではない。神を抑える副産物として、最も神から遠い人間が影響を受けにくいだけだ。今キミを行かせるわけにはいかない」
そう、両手を広げてシュテンを通せんぼするつもりのようだった。
あまりにも、あまりにもふざけた物言いに、シュテンは小さく笑みをこぼす。
「ふざけろ。あすこには俺の昔の友達が捕らわれてやがるんだ。それを、俺が行くなって?」
「キミじゃ勝てない。いや、キミだからこそ勝てない。分かってくれ、シュテンくん」
「はっ。それこそ笑わせんな。テツ」
首を振って、テツはシュテンに相対する。
「キミを行かせたら世界が終わる。そうさせるわけにはいかない。分かってくれ」
「嫌だね。俺の精神は面白おかしく物事をぶっ壊すことに特化してやがる。誰かが心配な時に指をくわえてみてろだ? そんなこと、俺の人生でただの一度だってねえんだよ」
自分以外の妖鬼が滅ぼされた時だって、負けると分かっていても立ち向かった。
ヒイラギが連れ去られた時だってそうだった。
クレインを守るために、"導師"と相対したことだってある。
珠片を取り込むのが痛くても怖くても、そんなもの最後には蹴倒してやってきた。
ユリーカの為に過去に飛ぶのも楽しかったし、歴史の上でだって自分の信念の通りに歴史を変えてやった。
過去から帰ってきてアスタルテに殺されそうだった時も逃げるなんて選択肢はなかったし、
そもそも爆弾に変えられた女の子を助けるために自ら死地に突っ込んだのだって欠片も我慢した覚えはない。
共和国では最後までルノアールを追おうとしたし、どんなに絶望的だと言われてもヤタノちゃんを俺は救って見せた。
なら、今回だって俺は、どんなに無理だと言われても道理をぶん殴って俺の意地を通してみせる。
「わかんねえかな、テツ」
「――」
「力が足りないとか、俺がどうなるか分からないとか、関係ねえんだわ」
「――」
「鬼神だと言われた。大将と呼ばれた。今じゃリーダーなんて呼ぶヤツもいる」
「――」
「そして俺は、やりたいことをやる妖鬼なんだよ。やりたいことをやった結果なんて、知ったこっちゃねえ。ハッピーエンドなんて後ろから付いてくるもんだ。なあ、テツ」
「――」
「戦うのは、俺とお前じゃない。俺がお前と一緒に打ち砕くんだ。違うか」
「――神を使役する権能の恐ろしさを、きみは分かってない」
「……一応知ってんだけどな」
「……言いたいことは、それだけかい、シュテンくん」
「いや、まだもう一個あった」
「……それを聞いたら、ぼかぁ、いまいちどだけ。英雄に戻らせてもらう」
「そうかよ、じゃあ言うぜ」
「英雄だろうが何だろうが、今はお前が敵で、俺が浪漫だ」
「は」
そうですか。
その一言と同時に、両手に握られる赤と青。
シュテンは心許ないながら鬼殺し棒を取った。
「そのしょーもない棒でぼくに立ち向かうと」
「言ってくれんな、おい。しかし、お前とやる時が来るとはな。……まさかあの勝ち確BGMが流れるんじゃねえだろうなあ!!」
ともだち の テツ が しょうぶ を しかけてきた !▼
(専用BGM『国に士ありて天下万民、彼即ち双び立つ者無き武の極地』)
次回、グリモワール・リバース巻之捌。『最強VS最高』




