第二十一話 鎮めの樹海IV 『赤雷』
――鎮めの樹海内部。開かれた森の奥地。
一人一人の雑兵に数合かちあわせながら歯噛みして戦うデジレと、それを忍術でサポートしながらジュスタを守るシュラーク。そして守られているジュスタも、いくつもの罠によって敵を昏倒にまで追い込むチームワークを見せていた。
「こいつら、切っても切ってもきりがない!」
「テメエは死なないように樹海に逃れることを最優先に考えてろッ……!」
だが、足りない。圧倒的に足りない。
力はあっても手数が足りない。
胴を穿ち、喉を刺し、胸を突いて何度葬ったか分からないのに、どこからか無限に沸いて出てくるような妙な感覚。視界が一向に晴れることなく、次々に敵が襲い来る。
ここにどこぞの妖鬼でもいれば、「負けイベか!?」と叫んでいてもおかしくない。
一撃、二撃、三撃。
積み重ねてなお、終わることのない不毛な戦い。
頼りになる背中はしかし精彩を欠き、黒のコートにべったりとついた返り血がその戦いの荒々しさを伝えてくる。
砂埃の舞う戦場で、ジュスタは己のフィールドである隠れ場所すらも見当たらず、遮二無二一人一人を相手取っていた。
とはいえ、未だ十歳と少しの童女だ。
彼女の体力は常人のそれよりは上と言えど、その小柄な矮躯にため込める体力の量は決して多くはない。どうにか、打開策を。
悔し気に表情をゆがめるジュスタの元に、ゆらり、と幻影が揺らぐ。
――常闇に帰せ、暗殺者の誉れ――
「定命は不転なりて」
その声と共に、ジュスタの周囲の男たちの首が軒並み飛んだ。
「っ!?」
「――ワタシだ」
現れたのはシュラーク。さらにすぐさま投擲と簡易な忍術を拵えて解き放ち、纏めて数人の首を落とす。それが終わったかと思えば、昼だというのにどこかへとゆらぐように姿を消し、気づけば今度はジュスタの反対側で戦っていた。
あれは……忍術?
「呆けていると、ワタシが後で貴女の連れに殺されかねん」
「え、あ、うん」
眼前に突然現れたシュラークが、今まさにジュスタを背後から急襲しようとしていた男を切り裂いた。
――シュラーク・ドルイド・ガルデイア。
レイドア州の、忍。ゴルゾン州を隷属させ、共和国領の救済をうたった……元、自分の上司にして敵。
『共和国領の人々は、いまだに弾圧を受けている』
『背中を刺すことしか能がない、暗闇で戦うことしか芸のない、正面切って戦うことの出来ないワタシたちがどうやって誇りを持てるというんだ! ふざけている!』
『共和国を守り、帝国や王国の侵攻を防ぎ、共和国の無力な民が笑顔で町中を歩くためには、今受けている"帝国"という重石を取り払い、忍が国防を行うなどというゴミのような習慣を捨て、新たな力を手にしてこの街を守らなければならないんだ!』
『ワタシは共和国がこぼす絶望の雫を、拭ってやりたかったのだ』
『ちょっと! シュラークに何してるのさ!!』
『なに……? 見て分からないかなぁ、悪しき記憶をふさいでいるだけだよ。共和国は追い詰められており、帝国を排除するためには今の政治を変えるしかない。そう、信じるためにね』
『ちょ、ちょっと待ってよ……なに、それ。そ、そんなもの、いつから……!』
『いつと言われてもねえ、ワターシがこの辺りに遊びに来たのはもうかれこれ数年前のことだから、おぼえていないなぁ……ん? そういえばキミ、どっかで見たことあるなぁ。ああ、シュラークがまともな思考をしているかのテストの時の子かぁ!』
『シュラークの思考パターンを誘導し、共和国の状況についての意識だけをちょっと弄れば上手くいく。そう思っていたからねえ、忍に対して――特に重要なポストについている人間に対してどう当たるかは実験せざるを得なかったんだよねえ。殺すもんだと思ってたらなんのかんのと理由つけて外に"逃がした"から、それなりに良心が残ってしまっていたようだよ。んっんー、それからシュラークにもう一度諸々の情報をぶつけるのも楽しかったけれどねえ』
『……にが、え? じゃ、じゃあシュラークは』
『忍のことを相当憎んでるらしかったから殺すもんだと思ってたんだけど。相変わらず、どう転んでも女子供は守りたかったみたいだねえ。あはっ、人の信念というのはどうしてこうも頑強なんだろう! 思考をどんなに捻じ曲げても、その根本を変えるというのは非常に難しいねえ――シュラーク』
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
『ま、見てのとおり。きみを逃がしたしばらく後には、守るべきものと憎むべき相手の天秤の傾きを覆すことはできたんだけどっ、さ!』
数々の記憶がよみがえる。
シュラーク・ドルイド・ガルデイア。
最初は、ただ扇動してジュスタを戦いのコマにするだけの人間だと思っていた。
少したって、共和国をめちゃめちゃにした主犯だと思った。
話を聞いて、この人は悪い人じゃないんだと思った。
――守って、くれた人だった。
振り返った、愛嬌の欠片もないカエルのような顔。
ジュスタを正面から見据え、呟くように一言。
「無事か」
「……シュラーク。貴方は」
「――ジュスタ姫、すまなかった」
「へ?」
「ワタシは、ルノアールに半ば操られていたとはいえ。それでも共和国を、レイドア州を、多くの者を苦しめた事実は変わらない。……詫びて済む問題ではないが、それでも」
苦無が空を舞う。
それら全てが意志を持ったように上空で方向転換し、周囲の敵に対して殺到する。
すぐさまシュラークの手元に戻ってきたそれぞれの苦無をさらにリリース、投擲。
うっすらと見える銀の糸と指先が繋がっており、あれでクナイを操っているのだとジュスタは察した。
……魔導でも忍術でもない、自身の力量のみにて完成される業。
ミッドナイトのクラスに至った彼の実力は、やはり本物なのだと。
狂わされていたあの時とは全然違う。
「……ううん。話が、したかったんだ」
「話……?」
「ボクは、さ。知りたかったんだ。聞きたかったんだ。貴方に」
「……そうか。なれば、より一層。貴女には詫びねばなるまい。……全て、ワタシが闇に飲まれたのが原因だ。すまなかった」
謝罪の言葉に首を振りながら、なおも戦う。
「いや、そんな――」
「……正念場だ。もうすぐワタシを先遣に寄越した少年たちが来る。貴女の知り合いだと聞いている、援軍が来るまでの辛抱だ」
「援軍!?」
「クレイン、と言ったか。貴女の仲間だという者たちが。リュディウス王子も共にな」
「いけない! クレインたちで勝てる相手じゃないだろ、ルノーは!」
「ルノー……」
シュラークが一瞥した先には、先ほどまでルノーが居たはずの台座があった。
そこに彼はもう居らず、何をしようとしているのかも分からない。
幾つもの敵を振り払いながら、シュラークは言葉をつづけた。
「何、彼らならば問題はなかろう。ともあれ、ルノアール……ルノーがあれを起動した以上、魔族に勝ち目はない。なれば、……帝国書院のデジレ・マクレインと共闘するのも、文句はない」
「シュラーク……」
「元来、この身は共和国のためにあった。……良いだろう。貴女の為に、デジレの力になろう。それは、私の、共和国の忍としての悲願であり。――そして、貴女の為に、力を尽くすのが、私の償いだ」
ミッドナイトとしての権能、お見せしよう。
「デジレ・マクレイン!!」
「……なん、だ!!」
全力で薙刀を振るいつつ、一瞬デジレとシュラークの瞳が交錯する。
「忍術・幻影忍軍」
シュラークの忍術で、ジュスタの身に何か粒子のようなものが舞い降りる。
「数瞬、敵から気配が消えた。今のうちに森へ。――タイミングを見て、ヤツをふん縛ってやるといい。……こんなことを言うのもなんだが、ワタシは部下の腕は信頼していた」
「ちょ、シュラーク!?」
確かに、一気に周囲の警戒が薄れた気がする。
しかし、シュラークはその言葉を残すと同時にジュスタの元から姿を消した。
現れたのは、デジレの背後。
「あの忍術――己にならまだしも、他人に掛けるだと?」
「なに、もとより欠片も残っていない余命を削っただけのこと。大した影響はない」
「そうかよ」
「命を削って真価を示す。そのくらいの魔導、貴様にだってあるだろう?」
「誇り高き帝国魔導には、そんなものはねえよ」
それより――
「血路を開く、続けデジレ・マクレイン」
「誰に、命令してんのか……分かってんだろうなァ……!!」
デジレが一歩踏み出すと同時、シュラークの忍術で眼前の敵の足元が爆ぜる。
薙刀を振るった瞬間、シュラークがゆらめき消える時間が稼げる。
ただ、地道な繰り返し。
対多戦闘の心得はない。頼みのデジレは実力の十分の一も発揮できていない。
けれど、それでも確実にルノーを下す。
そのために、ただ一歩一歩。
「おっおーう!! よくないよくないよくないですなあ!! これは、致し方ありませんッ……ルノアールほど上手くはないが――」
――古代呪法・洗練七法――
「シュラークッ……!!」
ばつん、と何か、魔素によるショックのような音がしたかと思えば。
隣に居たはずのシュラークが吹き飛んだ。
「おっおーう、ここまで粘るとは思いませんでしたからね、あまり魔素を無駄にしたくはないが致し方ない」
「貴様ッ……!!」
「肉薄しようが関係ありません! さあ、背後からやってしまえ、シュラーク!!」
ルノーが吼える。
デジレがずきずきと痛む頭を押さえて、大薙刀を振り上げる。
背後には、いつかのように瞳から力を失ったシュラークが。
「――数秒くらいなら、抗ってみせるさ、ルノー」
「なに? ……しかしその数秒で何がッ」
「出来ることはある」
一言、それと同時にシュラークは叫んだ。
「今だ、ジュスタ姫!!」
瞬間だった、どこからともなく発された、忍術特有の微細な魔素の揺れ。
感知するよりも早く襲い来るそれが、ルノーの身体の主導権を奪いとる。
「な、に」
だが、こんなもの、シュラークを使えば。
ルノーが精いっぱいの力で眼球を動かし、シュラークに目線を向けた時。
彼は、カエルのようなぎょろついた目を向けて、ルノーに笑いかけた。
「――久しぶりに見た部下は、信念と共にあり」
――共和国を陥れたワタシすら、分かり合おうと努力する"人"であった。
――忍とは背中から刺すしか芸の無い無力な集団と思っていたが、なかなかどうして。
――次代を生きる忍は、安泰やもしれん。
――願わくば、その優しさを抱いたまま。
――ワタシがここで死のうと、
「――悔いはない」
そのクナイでもって、己の首を自らそぎ落とした。
「シュラークッ!!!!!」
ジュスタが叫ぶよりも早く、シュラークの足元に二つの欠片が吐き出されて転がる。
シュラークは、死んだのだ。
「おっおーう、これは予想外ですがだからといってッ……!」
「いや? 奴の犠牲は役に立ったぜ」
「っ……デジレ・マクレイン、いつの間に」
死ね、クソ野郎が。
眼前に現れるデジレの、脂汗交じりの苦悶に満ちた表情。
――神蝕現象【清廉老驥振るう頭椎大刀】――
しかし苦しみに倒れるよりも早く――否、たおれるように全体重をかけて振り下ろされた大薙刀を、ルノーは躱すことが出来なかった。
「おっおーう……油断しましたねえ。でもまあ、あとはもう一人のワターシに引き継げばこと足りる……!」
「……く、そが、死ね!」
「ぎゃあああああああああ!!」
叩き斬られたと同時、今まで居たはずの払暁の団の人間が全員、まるで幻か何かだったかのように掻き消える。
「っ、デジレ!!」
倒れ伏したデジレに駆け寄るジュスタ。
だが。
「来るな!!」
その鬼気迫った表情に、一歩、後ずさった。
来るな?
何故。
まだ妨害波導とやらは抜けてないかもしれないけれど、でも、
ルノーには勝ったじゃないか。
払暁の団も消えた。
なら、何故?
その答えは、間もなく弾き出される。
どん、と何かが炸裂するような音。
ルノーの身体から発せられたそれは、黒い泥のようなものとなって空に沸き上がる。
「えっ……」
「逃げろ、クソガキ!!」
その言葉を最後に、デジレは、シュラークの遺体ごと……残っていた二つの珠片ごと、泥の中に巻き込まれた。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
化け物が、顕現する。
――王都デルカール。デルカール城内部廊下。
「ふざけやがって!! いねえじゃねえかルノーの野郎!!」
赤の絨毯が優美に敷かれた景観をぶち壊しにする勢いで、マナーも礼儀もへったくれもない一団が廊下を駆け抜けていた。
並みいる兵士たちを吹き飛ばし、べろべろ舌を出しながら妖怪のように貴族たちを脅して怯えさせて走るサマはまさに狂気。
この男、玉座の間まで平然と突っ込んで「お邪魔しまーす!! ルノーさん居ますかー!!」と叫んだ挙句、王が「い、今は鎮めの樹海に封じられた豪鬼を解放しに……」とこんなところまで魔族が入ってきたことにビビっているのをいいことに「お邪魔しましたー! ちゃんと管理しろよ!!」と余計なお世話ガン積みで玉座をあとにしたのだ。
我に返った王が追ってを出すのも当然のこと、そしてその兵士たちを軒並み天井突き破る勢いで吹き飛ばすのも当然のこと。
おかげで上の階の廊下はきのこ宜しく大量の兵士の首が生える道となってしまった。
「しかしこれを観光と呼ぶのだろうか」
「ひゃくぱー観光なんかじゃないわね!! どこに悩んでんのよこのスカポンタン!!」
「やっぱ景観ぶち壊すのはよくねえよな。王城での戦闘で奥の花瓶が割れるようなこと無かったのによ……やっぱ演出は最新のゲームの方が上なのかなあ……」
「ちょっと聞いてるのシュテン!」
「お黙りなさい獣。今、主さまは崇高な使命にお悩みなのよ」
「いよいよあんたも頭ん中血が沸騰してんじゃないかと疑わしいわね!! 崇高! どこが!!」
「こう、その、ほら、全体的によろしくてよ」
「フォロー出来てねーわよこの駄皇女が! なにがよろしくてよだ!!」
ぎゃーぎゃー騒ぎながら、しかし鬼神と九尾と吸血皇女で構成されたこのパーティは止まらない。迷惑なヤツに力を持たせたらダメなパターンの典型である。
「しかし問題はアレだな。シュラークが珠片一個持ってて、それが俺の追ってる珠片だったから、新しいのにセンサーが切り替わったんだけどよ。どうも鎮めの樹海の方にありそうなんだよな……次のヤツも」
「好都合ではありませんか。纏めて蒸発させる予定でしたらお任せを」
「まあ最悪頼むかもしんない」
「っ……! はい! 幾らでもお任せくださいまし! 貴方さまのフレアは、貴方さまのお力になれればそれで本望ですわ!!」
王城の窓から飛び出し、「ぎゃん!!」九尾のしっぽをクッションに着地。フレアリールがそのあと優雅に舞い降りて、いざ参らん鎮めの樹海。
王都を出るまで少しかかるが、その間に考えていたことを処理する。
「あの国王、すげえさらっと『封じられた豪鬼を解放しに』っつったよな。まさかたあ思うが」
「お義母さまがおっしゃっていた方では?」
「……やっぱりその可能性濃いよなあ」
しゃあねえ、一号を助けにいきますか!!
そう意気込んで、街の外へと飛び出そうとしたその時だった。
後ろから追ってくる大量の兵士にも構わず、一人の少女が立ちふさがる。
「ちょ、ちょちょちょおっと待ったぁ!! ほんと待った、ストップ、シュテン、待って!」
「おん? ミネリナじゃにゃーの。どうした?」
「にぎゃ!? な、何をするんだい!?」
「や、追われてるから担ぎながらでいいだろ」
「よかあないが!?」
しかしミネリナのツッコミもどこ吹く風。
いつぞやのヴェローチェのように俵宜しく担がれてしまったミネリナは、舌をかまないように必死で叫ぶ。
「ルノーは!?」
「いや、居ねえ。払暁の団の方行きやがった。俺たちも行くぜ、行かなきゃまずい」
「……そっか。テツが、来るなって言ってても?」
「は? なんだそりゃ。あいつがそんなこと言うわけねえだろ」
「いうよ。……シュテン、きみが狙われてるって。だから、行っちゃだめだ」
「逆にちょうどいい、俺の超強いパゥワーでねじ伏せるだけよ!!」
「……分かった」
「じゃあ降ろすわ、宿でも取っておいてくれ!」
「あ、ちょ、シュテン!?」
すとん、とその場に降ろされて。
ダッシュで逃げるシュテンたちに置いていかれ、街道のど真ん中にミネリナはぽつんと立ち尽くす。
「……まあ、そうなると思ったし、わたしじゃとてもあいつを止めるのは無理だよ、テツ」
小さく嘆息して、彼女はペンダントに何事かを呟いた。




