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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之漆『妖鬼 聖典 八咫烏』
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第二十一話 やまのみさきI 『先に言っておいてやるよ!』


 ――急がなくちゃ。


 タリーズの脳内は今、たった一つのことに集中しきっていた。

 手足に残る裂傷も、腹部を滴る血液も、目元からだらだらこぼれる魔素のことも気にならないし気にしない。気にしているひまなどどこにもない。


 必死さという言葉があるとすれば、まさに今のタリーズをさしていることだろう。


 山頂に辿り着き、死に体のイブキと一緒に、だきかかえているフレアリールを守る。

 あとのことは弟を信じて、弟に任せて。あの子が頑張ってるんだから、姉である自分もやれることをやる。


 ――本当は一緒に山を守りたかったけれど、それでも己の力不足が足を引っ張ってしまうのだから仕方がない。


 まずは、一つ一つ。


 そうだ、思い出そう。

 幼かった自分が、養父であるシャノアールを手伝った時も。

 ただの少女だった自分が、養母のフォローに回った時も。


 小さなことでも、誰かの負担を減らすことが出来た。

 自分に出来ることがそれしかないなら、今はそれを徹底して踏ん張るだけ。


「……すぐに、着くから」


 気絶している妹分を抱え、まるで整備されていない獣道をひた走る。


 山頂まではもうすぐ。

 イブキの元に辿り着けば、そこに医療用のキットも幾つかある。

 脳内で、応急手当の算段を一つ一つつけていきながら、タリーズは走っていた。


 爆音が後方に響き渡る。


 思わず立ち止まり振り向けば、もうもうと煙が巻き上がる山麓。


 シュテンの眷属と、ルノアールが連れてきた子供の闘い。


 突如山中で炸裂した轟音は足元を揺るがし、山の岬の方まで土煙が噴き上がった。


 あれは、シュテンとルノアールの闘いか。


 この山の中で、幾つもの死闘が起きている。

 そして自分は弱いから、闘いの場に立つ資格を失った。


 イブキに守られて、シュテンに守られて。


 守られていないと死んでしまうから、死ねばみんなが悲しむことを、二百年前に教えて貰ったから。


 だから、守られながらでも、悔しくても、役に立つことをしよう。


 心に決めて一呼吸。


 今はまだ、誰かが襲ってくる様子はない。

 ならせめてこの間に、フレアリールだけでも戦線に復帰することが出来れば。


『わたしはシュテンさまと一緒に戦いましたわ。あの日、地下の坑道で』


 なにやら恍惚とした表情だったことだけが気がかりだが、共闘出来たということであれば今のシュテンのサポートくらいにはなるだろう。少なくともタリーズは、自分よりフレアリールの方が強いことを知っている。


 だから。


 勢いよく地面を蹴った。

 跳躍の高さはシュテンよりはるかに劣るけれど、それでも高くそびえた木々を飛び越えるほどの飛距離。

 そのまま山頂に飛び込み、周囲に居た鬼たちを驚かせながらも帰還する。


「おお、タリーズか!! よく戻ってきた!」

「い、いま奴らはどうなってるんだ? ……みんな、みんなやられちまって」

「くそぉ……魔導などと、卑怯なことばかり!」

「そうだ! 闘いというなら正々堂々と闘え!!」


 タリーズの帰還を喜びながらも、妖鬼たちの表情は暗い。

 口々に飛び出すのは悔しさを表す言葉だが、それとは反面に外敵に対する恐怖が見て取れるようだった。


 タリーズは顔をあげ、きっと口元を一文字に結ぶと前に出る。


 今は一刻も早く治療をするべきだ。

 そして、イブキに連絡を。


「おうおう、戻ってきやがったか。なんだ、ボロボロじゃないか」


 と、思ったその時には既に、母屋の屋根から飛び降りてくる女傑。

 かっかと快活そうに笑うその姿は壮健そうで、とても弱っているようには思えないが。

 それでも見て分かるほどに体内の魔素を失い、今にも消滅してしまいそうな状態だった。


 もとより、殆ど生身で戦える力など残っていないのだ。

 彼女を前にしてタリーズは、嘆息交じりに白い目を向ける。


「……なんで動くの」

「そりゃ随分な言いぐさじゃないか。あたいはまだぴんぴんしてるっての」


 数々の鬼が集う広場の真っ只中で、族長親子のいつもの会話。

 非常時にあってその光景は緊張の弛緩を誘うものだったが、それでも安堵の感情をすぐに揺るがすように大地が揺れる。現実へ引き戻されるような揺り戻しに、瞬く間に周囲に緊張が広がった。


「……で、タリーズ。戻って来れたってこたあ、何かあったのか?」


 鋭い眼光は決してタリーズを咎めるような色を孕んでいるわけではないが、有無を言わせぬ力が宿っていた。そんなイブキに対して小さく頷くと、タリーズは一度周囲を見渡した。


 まるで注目を集めるようなその仕草に、妖鬼たちは訝し気な色を濃くみせる。


 だが、次の一言で彼らの表情が一変した。


「……弟が、帰ってきた」



 わっ、と。

 それはもう、歓喜の声が盛大に沸き上がった。


「シュテンの野郎が帰ってきたのか!!」

「おっせえんだよあいつ!! ったく、大事に育ててやった爺共がどうなってもいいのか!」

「自分を爺呼ばわりかよお前、しかしほんと、良かった! あいつが帰ってきたなら、もう安心だ!」


 良かった、助かった。

 喜びを露わにする彼らにタリーズは小さく口元を緩めた。


 みんな不安がっていた。多くの妖鬼が殺された。

 おそらくは霊脈を欲さんがために、ルノアールがヤタノを引き連れて起こした小さくて大きな戦争。


 何が何だか分からないままに、妖鬼は同胞を次々に失った。

 イブキがもっと戦えれば。シュテンが戻ってきていれば。そう悔いたことも一度や二度ではない。


 だが、ようやく、偶然、ここにシュテンが戻ってきた。

 その喜びは、助かったという安心感から来るものが非常に多い。


 あいつさえいれば大丈夫だと。きっと妖鬼の里の殆どの者が思っていた。


 だが、イブキは。彼女だけは、首を振った。


「お前らァ!!」


 叩きつけるような一声に、全員が口を閉ざして驚いたようにイブキに向けて目を向ける。

 怒気の塊を地面に打ち付けたような波紋が広がりきった。


「情けねえと思わねえのか!! あたいたちは何だ!? 妖鬼だろう!! それが、魔導を恐れて怯えて逃げ込んで!! そんなもん、人間と一緒だろうが!!」


 そんなことを言われたって。

 厭戦気分が蔓延してしまったこの状況で、シュテンが帰ってきた以上。

 命を捨てる理由なぞ、当の昔にどこぞへと消えてしまったようなものだ。

 だが、それを承知でイブキは怒鳴る。


 そして無駄に胆力のあるタリーズは、イブキの説教をよそに一人でフレアリールの治療を開始していた。


「シュテンが帰ってきた!! だからってお前らは、逃げ腰のままなのか!? 違ぇだろう!! そんなんで、クソ野郎を倒して帰ってきたあいつに顔向け出来るってのか!?」


「だ、だからといって族長、どうしろってんですかあの化け物相手に!」


「はぁ!? そんなもん――」


 そこで言葉を切ったイブキは、さらに声を張り上げる。


「――殴れ!!」


「殴るしか能がねえんだ、なら殴り続けるしかねえだろう! 何をされても立ち上がって、ひたすら拳を振るう。それができねえなら妖鬼なんざやめちまえ!!」


 そんな筋肉な……と絶句が周囲を包み込む。


 イブキの超理論は実際、確かに意味はある。

 妖鬼の、ひいてはイブキの拳ならば疑似的な魔素の防壁を張ったうえで殴りつけることが出来るのだ。ヤタノに対しては劣勢だったが、それでも魔導に対する優秀な防御手段ではある。


 一発殴れば即死級のダメージを稼ぐことができる妖鬼だからこそ、近接戦を果敢に挑む以外に道はない。


 しかし、分かっていても。

 分かっていて尚、奮い立てない理由が彼らにはあった。


 ヤタノ・フソウ・アークライト。


 彼女と相対したときに感じた、"世界が敵に回った"ような感覚。


 あれがどうしても、魔素の多い妖鬼だからこそ強く感じるのだ。


 この化物には、勝てない。


 と。


「どいつもこいつも、まったく」


 はああ、とイブキはため息を吐いた。


 その姿がどうにも失望されたようで妖鬼たちはぴくりと怒りに顔をあげる。


 だが。既に、イブキの眼中に彼らの姿はなかった。


「仕方ねえから、あたいが行くわ」








「――もう、お話は済みましたか?」








 周囲の空気が、今度は凍り付いた。


 錆びた蝶番のように、声の方を振り向く妖鬼たち。

 イブキだけは力強い笑みを湛えたままで、タリーズに到っては表情が固まってしまっていた。それでも治療の手だけは動いていただけ、まだマシと言えたものの。それでも、今までのフレアリールへの施療行為が全て無駄になってしまう可能性が今、目の前に居る。


「随分とお早いご到着じゃねえの、ヤタノ」

「いえ、予定よりも酷く遅くなってしまいましたから」


 烈火のような怒りを瞳に宿すイブキとは違い、どこまでも昏く死んだような瞳で童女は語る。


「申し訳ありませんが、ここで死んでいただきます」

「……なあ、ヤタノ。ヤタノ・フソウ・アークライト」


 ぼりぼりと後頭部を掻く仕草は、どこぞの陽気な妖鬼とよく似ていた。

 イブキは、闘志を隠そうともせずヤタノを見やって問いかける。


「どうして、虐殺なぞに手ぇ貸した。お前にとっちゃ魔族ってぇのは手を取り合う相手であって、種族同士の殺し合いは、何よりお前が嫌っていただろうが」

「……さぁ。そんなもの、忘れてしまいましたから」

「そうか。つまりお前は、忘れたままでいいってことだ」

「……?」


 何が言いたいのかと。


 山頂の入り口に浮遊するヤタノはゆっくりと小首を傾げた。

 まるで出来の悪い人形のような不気味な仕草に、他の妖鬼たちはおのずと一歩下がってしまう。


「なぁに、簡単なことさね。お前にとっちゃそれは忘れて良い程度のことで、それ以上でもそれ以下でもなかった。だからそんな簡単に忘れたなんて言える。そうだろう?」

「……そう、なんでしょう」

「はっ。笑わせてくれる。あれだけ目ぇきらっきらさせて語ってた理想とやらは、たかが改竄で忘れてしまえるような程度の意志で。お前はそれと正反対のことを、言い訳すらせずのうのうとこなすだけの人形。いや、滑稽なことも――」


――神蝕現象(フェイズスキル)【天照らす摂理の調和】――


 瞬間。


 偶然、イブキを落雷が襲った。


「――お義母さま!!」


 悲鳴のようなタリーズの声もむなしく、イブキは弾き飛ばされるようにもんどり打って地面を転がった。


 とっさのところで回避したのだろう、爆発したような地面の風圧に巻き込まれただけで、雷そのものを身に受けてしまったわけではなさそうだ。


 しかし、それでも。


 今のイブキはあまりに脆弱だった。


「ぐっ……あっ……」

「お義母さま!! お義母さまぁ……!!」


 吹き飛んだときに地面に何度も打ち付けた胴体。

 打ちどころが悪かったのか、喀血するように口から血と痰を吐き捨てる。


「かっ、はっ……うるっせぇよタリーズ。大人しくフレアの治療を」


 イブキはよろりと立ち上がる。

 そして、ヤタノを睨んで叫んだ。


「おい!! ヤタノ!!」

「――?」


 ヤタノはといえば、番傘を抜き打ちのように構えた以外、特に変わった様子はない。


 けれど。ふ、とイブキは笑う。


「なんで、いま、あたいを攻撃した? あ? 言ってみろよ」

「敵だから、殺します」

「違ぇ。今のお前は、あたいに対して怒ったんだ。"怒った"んだよ」

「……そんな感情、もうわたしにはどこにも」

「ねえってのか? 自分のいっちばん大事なところを汚されて、それで怒らない奴が。目の前の敵を。こんな雑魚を。なんで殺してねえんだ!? ああん!?」

「――」

「魔族と手を取り合う。一緒に、共に生きていく。そのお前の信念が邪魔したから、こんな雑兵を生かしてるんだろうが!! 外さねえだろう、普段のお前ならよぉ!!」


 なにを挑発しているんだと、タリーズは慌ててイブキを抱きかかえた。

 しかしイブキはしてやったりと笑うばかり。


「――心はある!!」


「っ……」

「お前にはまだ、心が残ってんだよ。最後の最後、大事な部分が。安心しろヤタノ。あたい――いや」


 ごふ、とまた勢いよく血を吐いて、イブキはさらに口角を上げる。


「あたいの息子が!! お前を助けてやる!!」


「――さい。うるさい。煩い」


 ヤタノが番傘を振り上げる。

 それでも、イブキの哄笑はとまらない。


「助かったあとで、お前は笑う!! それはもう、最高に良い笑顔で笑う!!」


「うるさいって言ってるでしょう……!」


――神蝕現象(フェイズスキル)【天照らす摂理の調和】――


 収束する魔素。妖鬼たちの身体から偶然魔素が散らされていく。

 ヤタノは、気付いているのだろうか。己の声量と、そしてこもっている熱に。


 イブキの命は、否、身体はもはや風前の灯だ。それでも、イブキの声量は増すばかり。


「そしてぇ――あたいを殺した罪悪感で泣く!! ああ、さいっこうに良い気分だ!! 先に言っておいてやるよ!! ざまあってなぁ!!」


「うるさい、うるさい、うるさい―――」





 魔導が、その地に満ちた。




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