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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之漆『妖鬼 聖典 八咫烏』
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第二十話 イブキ山:山麓V 『もう一度――』



 なんの変哲もない土道を、踏切台のように押し潰して跳躍。

 轟音と共に空高く跳びあがった瞬間に視界は広く一帯を収めた。


 二人ほどの黒い影がこの場から離れていくのがほんの少しだけ見えて、思わず口元が緩む。


 ――助かったぜ、べねっち。


 帝国方面からわざわざ手を貸すためだけにやってきたのであろう、複雑な関係の友人に心の中で礼を言う。

 同時に、降下。


 というよりも位置エネルギーを使い切るような落下だ。標的は既に見据えた。


「っち、もうか。よくないなあ!」


 厄介だ、と言わんばかりに表情をゆがめた緑髪の男――ルノアール・ヴィエ・アトモスフィア。その脳天目掛けて、風圧もろとも己の拳を叩きつけようと振りかぶる。


「よくねえのはテメエだだらっしゃあああああああああ!!」


 が、その瞬間にルノアールの身体がブレた。


 ルノアールに直撃することなく空を切った拳は、そのまま衝撃を波へと変質させて地面を砕く。粉砕された土塊がそこかしこに浮かび上がり、シュテンはこの機を逃すまいと奇襲じみた動作から連続、浮き上がった土砂の中でも一番大きいものを踵を使ってルノアールに蹴り飛ばした。


「っ――月桂霊樹!!」


――古代呪法・月桂霊樹――


 うごめきだした草木が、ルノアールを庇うように盾になった。

 音速を超えてけたたましく突っ込んできた土塊は、あえなく爆散して消える。

 しかしながらその衝撃と噴煙で下手人の姿は見えなくなった。

 歯噛みしたルノアールは、純粋な魔素の放出で視界を確保するべく煙を払う。


 視線の先。

 そこには、二人の少女を抱えた妖鬼が立っていた。


「ちっ、これで仕留められりゃ楽なんだが、テメエはそう簡単にはいかねえか」

「……んっんー、追いつかれたこともそうだが、相変わらず不愉快な妖鬼だぁ」

「不愉快指数はお前の方が数段上だろうよ。俺じゃせいぜい50ルノアールだ」

「50ルノアール」

「ちなみにお前は1ルノアール・ヴィエ・アトモスフィアな」

「んっんー、100ルノアールで1ワターシのフルネーム?」

「いや100ルノアールは1ルノアール・ヴィエだな」

「そこなんだ」

「それが100になるとようやくお前だ」

「ワターシの不愉快指数がキミの200倍なのは納得できない!!」

「そこなんだ」

「真似はよくないよくないよくないなあ!!」

「お前は存在がよくないなあ!!」


 思い返せばお互いに不愉快になることをやり合っている者同士。

 自然とシュテンもルノアールも敵意は増すばかり。研究を邪魔され、浪漫を汚され、憎悪、嫌悪、殺意といった悪しき感情が心中を占める。


 シュテンは両脇に抱えた少女たちを一瞥する。

 一人は妹分だ。いつもシュテン様シュテン様と自分を慕ってくれる、ちょっと危ういが可愛らしい童女。

 もう一人は姉貴分だ。幼少の頃の記憶も今ではしっかりと呼び起こせる。そして彼方の世界では救ったこともある少女。


 きっと今、シュテンの母親を守るために絶望的な闘いに身を投じてくれていたであろう二人。


 シュテンは大きく息を吐くと、ルノアールに向き直った。


「悪ぃが、テメエにはここでくたばって貰うぜ」

「……んっんー。まあ確かにワターシとキミでは戦闘になりもしないだろう。こんなところで追いつかれてしまったのは、見通しが甘かったと言わざるを得ない」


 おどけるように両手を両天秤のようにして、ルノアールは肩を竦めた。

 その表情には悔しさや絶望感といったものは欠片もなく、言動との不一致にシュテンは眉をひそめる。


「……だが」

「あん?」


 ルノアールの口角が、歪み捩じれて吊り上がる。


「"語らない聖典"がある以上、話は別だぁ……!」


 片手に抱くは、おそらく魔導書(グリモワール)

 語らない聖典には実体がないと聞いていたシュテンは怪訝な表情を隠そうともしないが、そんなことはお構いなしとばかりにルノアールは片手を振り上げる。


「来い、月桂霊樹!!」


 その腕を降ろすと同時。

 呼び出された蔦蔓が、あらゆる軌道を描いてシュテンに向けて殺到した。


「はっ……いいぜ、潰してやる!」


 襲い来る木々のうねりを睨んで、シュテンは吼える。

 大地を蹴り、そのままの勢いを乗せて空中で足を振り払った。


 轟、と風圧が波となって月桂霊樹を弾き返す。


「どうだこの野郎!!」

「なぁにがどうだだこんのっ……そこの邪魔な二人もろとも死ぬがいい!!」


 風圧によって髪が逆立ったルノアールは、額に青筋を浮かべながら魔導書を展開した。

 伝わってくる禍々しい気配は、語らない聖典から引き出した古代呪法の魔素。

 封じ込められていたソレを、ルノアールは独自に展開して己の力に変えていた。


「ちぃ」


 シュテンは今、両腕がふさがった状態だ。

 自分の姉と、妹分。気を失った彼女らをそのままにして戦えば、自分も含めどれだけ傷つくかなど想像に難くない。

 いくら動くからといって、その辺の木に「ちょっと持ってて」なんていうことも出来ない訳で、そうなればシュテンの取れる行動は多くなかった。


――古代呪法・災花万雷――

――古代呪法・月桂霊樹――


「テメエ!! 何個魔導使ってくんだよおい!!」

「んっんー、ワターシの手元にあるこれを何だか知らないのかい?」

「"語らない聖典"だろ!! それがどうした……え、マジ? ちょっと待って?」

「そう、"語らない聖典"。そして必要な魔素は、この封印に使われていたものとこの地の霊脈から引き出している。ほぼ無限ともいえるだろう。つまり――」



 ――全てだ。


 ふざけるな、と叫びながらもシュテンは回避に専念するしかなかった。

 このまま戦えば当然、少女たちに傷がつく。一度安全な場所に彼女らを預けなければならない。そう考えればこそ、一度ルノアールを抜いて頂上の方へと戻る必要がある。


 しかし、ルノアールもそう簡単にシュテンの好きな行動をとらせてくれるはずもなく。


 結果として、シュテンは完全に足止めを喰らっている状態だった。

 今だからこそ優位に動けるルノアールは、あわよくばシュテンの力を削ごうとかたっぱしから魔導を使う。古代呪法を駆使して戦う。

 星のように降る火花の雨と、うねる蔦蔓がシュテンを狙い追いすがる。


「ちょっと待てお前この、俺んちから勝手に魔素使ってんのか窃盗犯め!!」

「窃盗犯? そんな人聞きの悪いことを言うんじゃあない。ワターシはちょっとお宅から魔素借りてるだけだ」

「返せんのか!? ああ!?」

「だから返しているじゃないか。こうやって」

「お前そんなん人から一万円ぱくって一番クソマズい駄菓子千個買ってくるより性質悪ぃじゃねえか!!」

「買ったものを売ったら半額になるだろう?」

「半分の価値すらねえぞボケ!!」


 軽やかなステップで攻撃を回避しながらも、シュテンのよく回る舌が止まることはない。

 ついでに言えばルノアールの切り返しも止まることがない。


 本気で殺し合いをしているはずなのに、互いの悪口を言いあう子供じみた喧嘩の様相を醸し出し始めていたこの状況。


 だが、そうしている間にも微々たるものながら確実に、シュテンの動けるスペースは蔦に食われつつあった。


「魔導の境地の一つである古代呪法を見ることが出来るというのに、半額の価値すらないとはこれだから無学の妖鬼は」

「代金に俺の(どたま)まで入ってんだよ!! そんな状態で『ほほう、知らない魔導ですね』とか言ってられるかドアホウが!!」

「んっんー、キミの命が入ってもワターシの人件費と技術の対価を入れると足りない……」

「足りないしょんぼりじゃねえよ!! なにどさくさに紛れてお前の利益まで換算してんの!?」

「ワターシは研究者だからね」

「はっ、自称研究者が魔導書(チート)使ってちゃ世話ねえな!!」

「んっんー!! 自称とは聞き捨てならないならないならないなあ!!」


――古代呪法・月牙龍撃――


 七色の七龍が、吠えたてるようにシュテンへ迫る。

 その時点で既にシュテンの可動領域は広くない。


「その龍に食われて死んでしまえ!!」


 口元を歪ませたルノアールが叫んだ。この龍たちがシュテンを襲えば勝利は確実だとばかりに喜悦が顔を覗かせる。

 蔦や蔓が周囲を取り囲み、あまつさえ流星の如く火花が降り注ぐ中で。


 しかしシュテンは月牙龍撃を目にするや否や、地面を踏みしめて跳躍した。


「なっ……」

「そいつぁ一度、ヴェローチェに痛い目見せられてる魔導でなぁ!! 悪ぃが、捕まるわけにゃならんのよ!!」

「ぐっ……初見であれば一撃だったものをっ……!!」


 この七つの龍。

 彼らには実体がなかった。

 攻撃も風圧も魔導も何もかもをすり抜けて、目標を拘束することに特化した七色の魔導。

 龍という攻撃の象徴を象っているからかどうしても迎撃の方面に傾きやすい心理を利用した魔導に、シュテンは一度拘束されたうえで混沌冥月をかち込まれ、哀れ魔界に連れ去られた経緯がある。


「思い返せばあのあとも楽しかったが、ヴェローチェならまだしもお前に連れ去られるのはぞっとしねえよ!!」

「んっんー!! ワターシもキミみたいなアホ妖鬼を連れ去るような趣味はないからここで殺すなあ!!」

「殺されるのもやなこった!!」


 とは言ったものの。


 少女二人を抱えて跳躍してしまった以上、シュテンには防御手段が存在していなかった。

 依然として龍たちはシュテンに追いすがり、尚且つ空中から雨のように降ってくる火花たちに対しては対抗手段が皆無。

 しいて言えば月桂霊樹の届く範囲からは少し逃れることが出来ただろうが、それだってこの数秒だけの話だ。


 数秒間、シュテンは空中で無力を晒す。


「んっんー!!  いいなあいいなあこれはいい!!」

「んのっ……!!」


 衝撃。

 シュテンは小脇に抱えた二人を庇うように空からの攻撃に背を向けた。

 矢のように突き刺さる針のような炎の群れは、しかしシュテンの身体を貫くには至らない。


「ぐ、あ、ああああああああああああああ!!」


 咆哮。


 くるりと反転するように空を蹴ったシュテンは、そのまま幸いとばかりに弾幕の中を落ちていく。その先は、ルノアールの後方。


「んっんー……あ、よくない」


 シュテンの意図を察したルノアールはすぐさま追撃を月桂霊樹に命じる。

 自らの身体を犠牲に、シュテンは一番攻撃力の薄い災花万雷を潜り抜けたのだ。

 少女らに一切の傷をつけなかった辺りに執念を感じなくもないが、ルノアールにとってはそこはひたすらどうでもいい。


「んっんー!! よくないよくないよくないなあ!! 不愉快な妖鬼ぃ!!」

「ウェーイバーカバーカ目先のことにとらわれて好き勝手されてやんの~!! これに懲りたら少しは頭使えや研究者くぅうううん!?」

「んっんーーーーーー!!」


 背中にハリネズミのように突き刺さった炎針は既にその効力を失い魔素と解けて消えた。

 ルノアールの遥か後方に着地したシュテンは血塗れた背中とでかい尻をルノアールに向け、馬鹿にするようにくねくねと腰を振ってから駆け出した。



「よくないよくないよくないなあああ!!」


 背後から、堕氷盾の背に乗ってシュテンを追いかけるルノアールの姿。

 しかしながら、疾駆する速度は小脇に少女を抱えていてもシュテンの方が圧倒的に速かった。


 ルノアールから離れたところに彼女らを安置し、自分は舞い戻ってルノアールを迎え撃つ。

 それがシュテンが即席で考えたプランだった。

 故に、今あの緑髪の研究者気取りに追いつかれるわけにはいかず、であればこそ全速力だった。


「……ん、あ」

「んお、目が覚めたか?」


 と、ちょうどそのタイミングで意識を失っていたらしいタリーズが目を覚ました。

 何事かといった表情でシュテンを見上げるが、シュテンが居ることと、そして全速力で駆けている状況を鑑みて何かを察したらしかった。


「……ごめん」

「何を謝るってんだ」

「……お姉ちゃん、また迷惑かけちゃったね」

「何言ってやがる。迷惑だなんて思っちゃいねえよ。守ってくれたんだろ? この山をよ。だったらあとのことは、"弟"に任しておきんしゃい」

「……シュテン」

「そんなさみしそうな顔するなってえの!!」


 倒木に足をかけて跳躍。

 もうそろそろ、山の頂上に辿り着く。


 そんな山道の途中で、しかしタリーズは首を横に振った。


「……もうちょっと、お姉ちゃんにも、頑張らせて」

「いやいや、そんなボロッカスにされてなにするっつーの」

「……立てる。走れる。だから」


 タリーズは、シュテンが反対側に抱えているフレアリールを見て言った。


「……守ってみせる」

「はっ……そうかい」


 そんな気概を、無粋にするほどシュテンは野暮ではない。野暮など、この男からは最も遠い言葉だ。

 シュテンはタリーズをゆっくりと地面に下ろすと、フレアリールを横抱きにしてタリーズに手渡した。


「宜しく頼むぜ。俺たちの妹みてえなもんだ」

「うん、恥ずかしがりで一生懸命な、大事な妹。……シュテン」

「どうした」

「妹は守る。だから、また……村を、みんなを守って」


 タリーズの脳内にあるのはきっと、二百年前にあった出来事だろう。

 最果ての村ラシェアン。あの日、堕天使の村をシュテンとユリーカは救い出した。

 かけがえのないタリーズの父親、シャノアールも含めて。


 だからこそ、タリーズは言う。

 それがどんなに困難だとしても、シュテンは笑って成し遂げてくれるから。


 そして今、自分はあのころほど無力じゃないから。

 自分も精一杯守るから、今は弟に頼ることしか出来ないけれど。


「姉貴が自分に出来る精一杯をやるってんだ。なら俺も、全力で突っ走るさ」


 それが浪漫ってもんだからな。


「うん!」


 珍しく大きな声を張って、タリーズはシュテンに背を向けて駆け出した。


 その背中を見送りつつ、シュテンは一つ深呼吸。


 予定が省けた。

 ルノアールを迎え撃つまでの手間が一つなくなったのなら、あとはどうにかして頂上にルノアールを近づけさせなければそれでいい。


 そう考え、シュテンは山道のそばにある木々の中に姿を隠す。


「んっんー!! 妖鬼はどこだぁどこだぁどこ行ったぁ!!」


 間もなくして、追いかけるように堕氷盾に乗ったルノアールが下方から姿を現した。


 タリーズが居なくなってから一分と満たない。

 これは駅伝だったら抜かれるペースですね。などとわけの分からないことを考えながら、シュテンは不意打ち宜しく横から飛び出し勢いよくその顔を殴りつけた。


「アタシはここよ!!」

「ぶべらっ!?」


 だいぶ気色の悪い裏声と共に繰り出された一撃に、たまらずルノアールは横っ飛びに吹き飛ぶ。


 木々をなぎ倒し山間部を突き進み、二転三転とバウンドしたところでようやく勢いは衰えた。


「……んっんー、いきなりは卑怯だぞぉ」

「鬼の一発を顔に喰らったわりに、ダメージは入ってねえみてえだな」


 吹き飛んだあとを追ってきたのだろう、シュテンは腕を軽く回しながら日の元に姿を現した。


 ここは開けた岬になっていた。


 ある種の行き止まりにルノアールを追い込めたのはラッキーと言えるだろう。

 それとも、何かの思し召しなのか。


 ルノアールは大した痛みもなさそうにゆらりと立ち上がると、忌々し気にシュテンを睨む。


「んっんー、魔素も大して入っていない一撃くらい、大したダメージにはならない。なぜならこの身は語らない聖典の持つ古代呪法によって強化されているのだから」

「強化されてもあれだけ吹っ飛ばされるとか、中身どんだけ貧弱なの」

「鬼の一撃ってどんだけ凄いか知らないのかぁ!?」


 目を見開いて叫ぶルノアール。

 だが咳払いを一つして改めたように、彼は続ける。


「んっんー。少なくともキミの膂力をそのまま使った程度じゃワターシを殺すには足りないってことだぁ。こんな辺鄙な場所に吹き飛ばされたのは少々手違いだが……まあ、誤差の時間稼ぎにしかならない」

「……ほぉん。そのまま使った程度、ね」


 意味ありげに呟いたシュテンと、相対するルノアール。


 この岬には障害物も殆どなく、背後には切り立った崖が存在するのみ。

 そのような状況でいったい何が出来るのか。ルノアールは眉根を寄せて……何かに気付いた。


 シュテンは、口元を緩める。

 それはきっと、彼の好きなシチュエーションだからだろう。

 嫌な予感を憶えながら、口を開くシュテンをルノアールは待つ。


「……つまり、あれか? 武器があればその限りではないってか?」

「んっんー……」

「沈黙は是と受け取るぜ。はは、しっかしまあ、適当に吹き飛ばした先がここってえのは、なんて最高のシチュエーションだよ」


 シュテンは、その場に突き刺してあった"棒"を引き抜くと楽し気に肩に担ぐ。たとえ刃がなくとも。たとえ今は砕けた武具の残滓であっても。それでも連れ添った相棒であるが故に。


 口角を引くつかせるルノアールを眺めながら、こぼすように、熱い吐息とともに呟いた。







「悪ぃな。もう一度力を貸してくれよ。――鬼殺し」




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