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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之漆『妖鬼 聖典 八咫烏』
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第十話 アルファン山脈I 『ここで!?』





 ベネッタと別れたシュテンは、公国北方からしばらく歩いて南下していた。

 目指すのは、アルファン山脈。以前当代光の神子であるクレインと初の邂逅を果たし、そしてまたある時には頂上のその先にある霊域で母親と修行を行った場所である。


 付け加えていうなれば、出会いの場所はウェンデル高原であったヒイラギも、封印されていたのはアルファン山脈の内部だ。


 この場所は妙にシュテンにとって縁があり、そして馴染みのある場所でもあった。


 ウェンデル高原の道なき道を突っ切って、足を踏み入れた街道はもう歩くのも三度目だ。

 このまままっすぐ行けばアルファン山脈に辿り着く。


 そんなところまでやってきて、シュテンはふと思った。


「……こう、何度も歩いていると。本当に馴染んでくるなあ。なんつーか新鮮さは欠けるんだが、こっちはこっちでまた良しというか。おう、また来たぜ、って感じのテンションで歩く道ってえのもやっぱ悪くねえな」


 浪漫じゃねえの、と一人口元を緩めて、シュテンは軽く三度笠の庇を調整してから歩く足を速める。


 初めてきた道は、さっさと通り過ぎるのももったいないけれど。何度目かになれば、一度は走ってみるのも悪くない。


 そんな空気で駆けたからか、意外にもあっさりとアルファン山脈のふもとにまでたどり着いたのだった。


「さて、ふむ。……居るな、やっぱり」


 一度目を閉じて、集中する。


 するとやはり珠片センサーはこの場所を指しており、この山頂付近に今存在していることがなんとなく分かった。


「この下駄を手にするために入って、オカンに呼び出されて入って。ってーと三度目か。ここも」


 踏み入れたところで、別にマップが変わったりだとかBGMが変わったりだとか、そんなことは別にない。けれどシュテンはせっかくダンジョンに入ったのだからと気分を変えて、うろ覚えの鼻歌なんかを歌いながら歩みを進めていた。


「ふんふふんふーん。この微妙に試練っぽい感じのBGMもまた良くてなぁ。やっぱり山ってえのは、越えるべき壁みたいな印象がするのかねえ」


 アルファン山脈をはじめ、他にも山を登る時のBGMはだいたい一緒だった気がする。


 そんなことを思い返しながら登る山は楽しく、一時は意味もなく四天王戦や章のボス戦曲を交えて高らかに声を上げながら歩いていた。


 高位魔族がそんなことをしていれば恐ろしくて魔獣たちは出てくるはずもなく。


 やけにあっさりと、シュテンは山頂にまでたどり着いていた。ちなみに、中ボス戦の曲だけは意地でも歌わなかった。


「さぁてさてさて、山頂にまで上り詰めましたが特に変わったところ、は――」


 景色がいいなあくらいの気持ちで、特に警戒することもなく周囲を見回して。


 あっという間に、異変を見つけた。


「――霊域の扉()いてるやんけえ……オカン何してんだ……」


 山頂も山頂、その頂から伸びた、半透明の階段。その先に構える両開きの荘厳な扉は、忘れもしない霊域への入り口。初めて来た時はイブキ自身に呼ばれていたこともあって意気揚々と入ったものだが、何故またしても開いているのかと首をかしげる。


「まあでも、うちのオカンのもんだし」


 なんでやろなー、などとエセ関西弁を交えつつ、さくさく階段を登っていく。妙に反発のあるこの半透明の素材はいったい何なんだろうかと考えつつも、「どーせ魔素どーせ魔素」などという適当極まりない思考が邪魔していた。ちなみに魔素である。


「ちゃーっす」


 両開きの扉を勢いよく押して、シュテンは中に踊り出た。


 遠くで重く鈍い鐘の音がするその場所は、以前来た時と全く同じ雰囲気を持つ荘厳な霊域。


 違うのは、以前は仁王立ちで待ち構えていたイブキがなんか向こうでしゃがみこんでたき火していることだけだった。


「オカンこんなところで何してんの!? 霊域でやる理由ありますう!?」

「っとと、シュテンか。……びびらせてくれんなよ、ったく」

「え、や、開いてただけじゃねえの?」

「開けてねえ、っつかあれだ。お前が鬼神クラスになったからだろ」

「わっつ?」


 たき火に使っていた棒切れをその辺に捨てて、振り返ったのは紅蓮の毛髪を持つ女性(ひと)。相変わらず暴力的な覇気を纏ったまま、にかっと豪放に笑う彼女は、「まあよく来たな」とだけ軽く挨拶してから、シュテンの上から下までを眺めてつづけた。


「ここは"鬼神"が来る場所だ。来られる場所だ。まあ、なんだ。テメエも同格になったってえことだろうよ。うんうん、あたいも鼻が高いね。良い息子になったじゃねえか」

「……あーつまり、なんだ。オカンが居ようがいまいが、俺が来れば霊域は開くようになったっつー、そういうこと?」

「だな」


 腕を組んで、鷹揚に頷くイブキに対してシュテンもポンと手を打った。


 確かに、前回来たときよりもプレッシャーが薄れているというか。耐性が出来ているというか。何れにしても、随分と気が楽なのは確かだった。


「しかしふらりとこんなとこまでやってきてどうしたんだ?」

「あ、やっべそうだった。まあちょいと捜し物を――」


 完全に忘れていた。

 そうだ、自分は珠片を取りに――と思ったその時だった。


――神蝕現象(フェイズスキル)【天照らす節理の調和】――


 周囲に拡散する強大な魔力パルス。

 それと同時に消え失せる、霊域の持つ鐘の音。


「っ!? ちょちょちょちょここでなんか嫌な感じのおおお!?」

「――ちっ、侵入を許したかい」


 発生したその強烈な魔導の波紋の中心を察知し、臨戦態勢を取るシュテンとイブキ。


 同じ方角を睨んだその先に、居た。


 ぼんやりと浮かぶ、円型のこの場所の中心。

 ふわりと舞い降りる影が、三つ。


「んっんー! やあやあ不愉快な魔族共、久しぶりというほど久しぶりでもないけれど、二人まとめて仕留めるチャンスがこうも早くやってくるとは好都合だぁ……!」

「相変わらず俺より不愉快な野郎だなルノアールさんよぉ。……なあおい、ちょ、やめろ」

「んっんー! 何をかなあ!?」

「いや、ほら、その、どさどさ霊域の入り口から大量に狂化魔族落としてくんの今すぐやめろ!」

「んっんー! 安心するといいー。これは共和国産の程強くはない、王国産の魔狼部隊だぁ」

「産地とかどうでもいいから!! この多勢に無勢な状況よくない!!」


 三つどころではなかった。

 緑髪を切り揃えたルネサンス貴族風の男ルノアールの背後から、まるで大当たりのパチンコ玉のような勢いで落ちてくる大量の狂化魔族たち。


「やめろばか!! おま、ちょ、洒落にならんだろ!! だって――」


 ちらりとシュテンが目をやれば。


「アアア……!!」

「……うるさいですね。皆殺しにしてやりましょうか」


「正気を失って久しい共和国はレイドア州のリーダーシュラークさんと、可愛いが一気にホラー化した魔導司書第三席ヤタノちゃんもお越しじゃないですかー!!」

「シュテン、落ち着け。別にあの程度数が増えようがどうってことねえ」

「あの和服童女さえいなければねえ!?」


 明らかに目の焦点が合っていないシュラークと、同じく瞳から光の消えたヤタノ。

 彼らを目にして、イブキはふんと鼻を鳴らす。


「ヤタノ、か。久しぶりに会ってみれば、随分と辛気臭い顔してんじゃねえか」

「あん? オカン知り合い?」


 ヤタノとイブキを交互に見るシュテン。

 どんな状況になってもお茶らけた空気の彼を差し置き、目を細めてイブキが睨んだ先の無感情な童女は。ゆっくりと口元を、裂けるようにゆがめていく。


「誰かと思えば、久しぶりですね――鬼神シュテン」

「おう、二年振りか。やー、まさか息子が世話んなってるたあ思わなかったぜ」

「え!? え!? どゆこと!?」


 困惑を露わにするシュテン。

 イブキが"鬼神シュテン"などと呼ばれていれば、それは確かに混乱する材料としては十分すぎるものだったが。だがその問いただしをするよりも前に、邪魔に入る者があった。


「んっんー!! よくないよくないよくないなあ!! そうやって変に話しかけたら同調率がおかしくなるじゃないかあ!!」

「あ?」

「せっかくお前らと相対する感じだからごりごり削ったのにさぁ、そういうこと言うとおかしくなるだろお!?」

「……テメエ、何言ってる」


 割って入るように、イブキとヤタノの間に降り立ったルノアール。

 気付かず低くなったシュテンの声にも、肩を竦めるのみで相手にしない。


 彼の瞳はイブキに向けて、そして続けるように言い放った。


「んっんー! まあ、"神殺し"のテストだよ。悪いけど、実験に付き合って――死んでくれる?」


 その瞬間、動いたのはヤタノだった。


 ふわりと、ルノアールの背丈ほど浮かび上がると。

 意思亡き瞳で、イブキを見据えて。


「……みんな死んでください」

「待てコラヤタノちゃん!! おい!! 目ぇ覚ませこんちくしょう!!」


――神蝕現象(フェイズスキル)【天照らす節理の調和】――


「ちぃ!!」

「んっんー! 鬼神殺しの邪魔はぁ、させられないなあ!!」

「てめえこのクソ野郎!!」


 突如イブキの足元が"偶然"割れた。彼女は特に気にした様子もなくバックステップを踏むが、しかしその場所に"偶然"狂化魔族たちが降り注ぐ。


 その光景を目にするや否やシュテンはまっすぐ前に駆けだし、しかしルノアールと狂化したシュラークによって足止めされた。


「神殺しだあ!? お前ほんとヤタノちゃんに何させてんだよ!!」

「"払暁の団"の活動に必要な実験だよ。キミが知るべきことじゃないなあ!!」

「うるせえ磨り潰して喋らせたらぁ!!」


 追いすがる狂化魔族たちを、次々に殴り蹴り突き進み、一路ヤタノの目前を目指して駆けるシュテンに対し。ルノアールは舌打ちして魔導を放つ。


「効いてたまるかボケェ!!」

「んっんー、なら――シュラーク」

「アアアアア……!!」

「わお、ミラクル厄介!!」


 影に溶けたシュラークが、全方位からの攻撃を繰り出す。死角に入るあの業と、そして周囲の捨て身戦法を取る狂化魔族たちに取り囲まれたシュテン。


 後方を見れば、イブキがステップを踏みながらヤタノの魔導を回避しているが、現状維持が精いっぱいのようだ。そもそも魔導が苦手な妖鬼がヤタノを相手にここまで戦えているのがおかしいのだが、それでも幾つか傷はついている。このままではじり貧だ。


「いってーなこのタコ!!」

「ぎゃぎゃぎゃ!!」


 よそ見をしている場合ではなかった。

 隙あらば飛んでくるルノアールの魔導と、群がる狂化魔族が数十。さらにシュラークの死角からの攻撃。デジレやアイゼンハルトのような一撃がなくとも、こうしてじりじりと攻められるのは格闘主体の妖鬼にとって非常に面倒だ。


 それを分かってこの状況を生み出したというのであれば、全てルノアールの手のひらの上ということ。たまらなく悔しいが、かと言って今ルノアールを殴れるかといえば答えは否。


「おんどりゃあああああ!!」

「んっんー!! 危ない危ない危ないなあ!! 魔族を投げるなんてえ!」

「それが一番楽だからに決まってんだろが!!」


 だん、と勢いよく地面を踏みつけて罅を入れ、同時に浮き上がった土塊をルノアールに向けて蹴り飛ばす。当然のように躱された挙句、背中からシュラークに斬りつけられる。


「がっ……こんのっ……!!」


 お返しとばかりに炎を纏った拳を振り上げるも、既にシュラークはそこにいない。

 狂化されたうえに"何かされた"のか、反応速度が異常に高まっている。少なくとももう尋常の人ではないだろう。舌打ち一つ、叫ぶ。


「ヤタノちゃあああああん!! 目ぇ覚ませコラああああああ!!」

「っ――」

「お、反応し痛ぇ!! この野郎!!」


 びくりと。

 確かに、微かに。ヤタノの肩が揺れたような、そんな気がして。シュテンは手ごたえをつかむも、同時に狂化魔族に噛みつかれて動きが止まる。


「ええい無限ポップしやがってこの野郎!!」

「んっんー!! いくらでも霊域に流れ込むように連れてきたんだぁ、そうそう数は減らないんだなあこれが!!」

「随分と用意周到だことで!!」

「研究者だからねぇ。きみが霊域開くまで三日待ったよぉ」

「しかも俺のせいかよこの状況!!」


 二人の魔族に羽交い絞めにされ、そこをシュラークに横腹を突き刺された。

 軽く血を吐いて、しかし両腕を瞬時に煌炎で武装することで弾くと、今度こそシュラークに蹴りを入れる。

 後転して周囲を見れば、十数の狂化魔族の死骸。しかし、見た感じ数が減ったようには思えない。


「ああああああああ!!」

「もう、抵抗なんて、しないでください――」

「あたいに指図していいのはあたいだけさね!! こんちくしょう!!」

「――ごめんなさい、殺します」

「おんどりゃあああああああああ!!」


 もんどり打って、数回はバウンドするように転がったイブキが、片腕をだらりと下げてしかし地面を蹴った。ヤタノに向かって突っ込むも、"偶然"起きた爆雷により遮られる。危うくそれを回避したところに"偶然"魔素が散り、一瞬の虚を突かれて"偶然"地面から隆起した土の槍によって太ももが貫かれる。


「つくづく、相性の悪い女だよお前は――」

「皆殺しにするんです。ごめんなさい、死んでください」

「そんなキャラじゃねえだろテメエはぁ!!」


 血を吐きながらも、イブキの瞳から闘志は消えない。

 鬼神の覇気をまき散らし、即座に太ももの出血を煌炎で焼きながらまっすぐ駆ける。

 だが、それすらもヤタノの魔導の前には敵わない。


「おいオカン!! 無事か!!」

「もともとあたいのこの体は霊体さね、気にする暇があるなら早くこいつら片付けな!!」

「無茶いうねえ俺のオカンは!! じゃあオカンがさっさとヤタノちゃん止めろよ!!」

「無茶いうねえあたいの息子は!!」


 だが。


「やってやろうじゃねえか!!」

「任せなこんちくしょう!!」


 吼える。


 一歩でも、ヤタノに近づくべく駆けるイブキを横目に、シュテンは勢いよく狂化魔族を拳で貫いた。


「オラオラオラ!! 行くぞお前鬼神の息子なめんなよ!!」


 一体、二体、三体。


 その身一つで何度も何度も敵を屠って、それでも疲労が見えないのは流石鬼神というべきか。

 ルノアールは舌を巻きつつ、ふと気づいた。


「……へっ、ルノアールさんよぉ!! そろっそろ狂化魔族も打ち止めってかあ!?」

「……んっんー?」


 そう。少し、魔族が減った。

 お互いの邪魔をしない程度に、シュテンを一度に殴れる最大人数を常に投下し続けていたはずが、とうとう狂化魔族が降ってこなくなった。


 やってやったと口元を緩めるシュテンに対し、ルノアールは眉を顰める。


「……んっんー、おかしいが、やってやろう。その分ワターシが貴様に手を下せばいい話だ――」


――古代呪法・日輪失墜――


「うげ、そりゃシャノアールのっ!!」

「導師のものならワターシもだいたい使える。あたりまえじゃないかあ!! 纏めて死ね!!」


 タイミングが最悪だった。


 辺りに居た狂化魔族が"偶然"シュテンに噛みついたその瞬間だったのだ。

 それがヤタノによるものなのかはついぞ分からなかったが、燃え盛る太陽がシュテンめがけて降臨する。着流しでどれだけ防げるかを考えるよりも回避を脳が訴えて、


「おおおおおおお!!」


 狂化魔族を振り払い、その着地点から回避を試みるも。


「んっんー! ワターシのはちゃんと改良してあるんだなあ」

「ホーミングは卑怯じゃないですかねえ!?」


 ダッシュで逃げるシュテンを追いかける日輪の大きさは、シュテンの十倍はある。焼き殺される。


 と。


 その時、なぜかシュテンは、上を見上げた。


 思い返せば何故だったのかはすぐ分かったことだが、その時は本当になんでなのか分からなかった。


 だが、はっきりと、霊域の扉のふちに腰かけた誰か(・・)が。




「――炎よ、収束せよ」




 日輪を、翳した手のひらで吸い取った。




「なっ、闖入者!?」


 ルノアールの声に、その人影は「はあ?」と呆れたような声を出して。


「闖入者はあんたらでしょうが。山頂にわらわら訳わかんないキモい連中置いちゃって。纏めて焼いたら臭いのなんの。死ぬかと思ったわほんと。てゆか――」


 ひらり、と舞い降りたと同時。その姿が逆光から解放されて露わになる。


 少々はだけた白色の着物と、そして群青色(・・・)の羽織りもの。


 ふわりとした白銀の九尾が、優しく揺れて。


「――まだ居たのね」


――紅蓮獄(ぐれんごく)火之夜藝速(ひのやぎはや)―― 


 導火線のように、一瞬閃光が迸った。その瞬間、軌跡をなぞった場所を極大の(ほむらが焼き尽くす。


「ギャアアアアアア!!!」

「アアアアアア!!」


「妖鬼なんて集団戦不得意なはずなのに、何やってんだか」

「……は、はは。まじかよ、誰だお前。なんだその強さ」

「ひっぱたくわよあんた。まったく、心配したんだから」


 あっという間に、狂化魔族たちは炭へと還った。


 絶句するルノアールを背に、彼女は微笑む。


「――久しぶり。御主人様(シュテン)


「おう、しばらくぶりだな――」



 ――ヒイラギ。





 久方ぶりの邂逅。

 呆れるほどの強さを抱えて、自らの眷属が帰ってきた。



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