第二十四話 リンドバルマVII 『傀儡』
「あのさ」
「なんだ」
「姫って聞くたんびに嘲笑じみた表情向けんのやめてくれない?」
「嘲笑じみてんじゃねえよ。間違うことなき嘲笑だ」
「あー! あー!!」
デジレ・マクレインとジュスタ・ウェルセイアの二人は今、地図の通りに進んだ先にある地下道へと入っていた。見張りの兵も居たことには居たが、ジュスタの隠形からのデジレの強襲によりあっけなく撃破。ついでにいってしまえば不自然なほどに敵からの急襲が少なかったこともあり、わりとさくさく進むことが出来ていた。
「……それにしても」
カンテラを片手に歩くジュスタの声が周囲に反響する。
相変わらずデジレのコートを奪ったままなのは、この際もう気にしないことにして。
ここまで来てしまったらきっと、彼女はアイゼンハルトとデジレを引き合わせるまでは頑なに同行しようとするだろうから。そういう意地の張り方は、だれに似たのかはわからないが。
「さっきは上に人が居てよかったね」
「立往生するところだったからな。めんどくせえ仕掛け作りやがって」
「あれ、第三層からの許可があればすんなり開くと思うんだけど、そうじゃない時はあの仕掛け解かなきゃいけないんだ」
「どんな文化だ。人工のダンジョンはどこも、頑張れば攻略できる仕掛けしか作らねえし。守る気あんのかと疑いたくなる」
「帝国書院は?」
「あすこも転送魔導をうまく使えばがんばりゃ紅蓮の間までたどりつける」
「……なんでそんなことすんだろうね」
「無駄なとこにスリル求めてんじゃねえか? 知らねえがな、クソが」
ふーん、と気のない返事をジュスタは返す。
この場に陽気な妖鬼でもいれば話は別だったのだろうが、残念ながら"攻略出来ないダンジョンに意味はない"などと主張するような輩はここには存在しなかった。
デジレとは違い守るものの無い身としては、わりかしどうでもいい情報なのかもしれない。
いやむしろ、忍として攻略できる場所が増える分には大歓迎とでも言いそうだ。
証拠に、少しだけ口角が上がっている。
「ま、お前にゃ無理だろうが」
「なんでよ! ボクだってそれなりに潜入とか出来るんだからね! 今みたいに!」
「敵に出会ったらおじゃんじゃねえか」
「そ、それはほら……優秀な護衛を……さ」
「……あのな」
嘆息して、デジレは肩に大薙刀をかけた。
第三層の地下に潜入して間もない時間帯。
ジュスタは確かにまだたったの十二歳だ。情に流されやすい面もあるだろう。シュラークによって機械的な行動以外を許されなかった時代もある。それも合わさって、軽くあしらわれているだけの関係でもそれなりの絆に思えるのかもしれない。
だが、それはデジレにとってはまた別の話。
それに、今デジレが肩に担いでいるのが大薙刀だけではないことくらい、ジュスタもわかっているはずだった。
「……テメエがそれに誰を想像しているのかは知らねえがな。何れにしろ、テメエはテメエでやること片付けなきゃならねえだろうが。シュラークに対して思いをぶつけるなり、帝国に義憤を抱くなり、考えることは山積みだ。くだらねえことを考えてる余裕なんざねえだろ。――同郷のお仲間が、こんなことになってんだからよ」
ぐったりと伸びた、一人の青年。
その胴体が、デジレの肩から下がっていた。
デジレがその大薙刀でもって叩き伏せ気絶させた彼は、ジュスタの知己の人物であったらしい。
彼の存在を今のジュスタがどう思っているかは不透明だが、それでも祖父の弟子であったからにはそれなりの交友なりなんなりがあったはずだ。
そんな人物が今、この第二層で動いていた。それも、他の忍たちと同じ服装に身を包んで。
「……う、ん……?」
「ん?」
と、ちょうどその時だった。
青年が軽いうめき声をあげたのは。
デジレだけでなくジュスタもその声に気づき、カンテラ片手に彼女は振り返る。調査をしなければならないとはいえ、これと言って動きがあった情報もない。焦りを感じる必要性がなかったがゆえに、デジレはここで一度休むことにした。
彼を連れてきて、と言ったのはジュスタだが、それに返答はどうあれ同意して担いできたのはデジレ自身だ。警戒こそすれ、この場になって置いていこうという選択肢はない。
地下道の壁に背を預けさせるようにして彼を置き、一度デジレは周囲を見やった。
まだしばらくこの道は続きそうだが、地図に示されていたということは特に秘密の抜け道ということはないだろう。目印を見つけて天井を開かないと出られない、などというギミックじみたものはないのではないかと考えていた。
「しかし本当に敵は来ないな……」
「上の人たちに感謝だね」
「上の人とやらがこれ以上余計なことをしなければ、の話だがな」
デジレのつぶやきに反応するジュスタは、カンテラを青年の足元に置いて近くにしゃがみ込んでいた。青年がいつ目覚めてもいいように、だろう。彼が目を開けたときに視界に映るのが、自身が知っている少女であるか、それともモノクルをかけた厳つい青年かというのはそこそこに大きな問題だ。
「……う、ここ、は」
「あ、目、覚めた?」
と、そんなことをしている間に青年が意識を取り戻した。暗がりの中でもきれいな双眸を開き、その焦点が目の前の少女に合致する。彼は朦朧とした意識の中で見知った少女の名前を口にした。
「じゅ、ジュスタ、姫……?」
「くっ……くくく」
「あ、こらデジレ!!」
「騒ぐな。響く」
「うぐっ……」
「ええっと、なにがどうなって」
青年からしてみれば、わけがわからない状況だった。
行方不明とされていた姫が目の前で軽装鎧と黒コートに身を包んでおり、その近くには謎の美丈夫。少々額が広い感じは否めないが、男なら多少なりとも嫉妬するレベルの美貌の持ち主だった。少々、額が広い感じは否めないが。うん、少々。
「うん、ジュスタだよ。久しぶりに会って突然攻撃しちゃってごめん」
「あ、ああいえ。でも、どうしてリンドバルマに? というよりも、ここは……地下道?」
「そう、第三層の地下だね。どうしてっていうと……最初は気づいたら故郷に帰ってたっていう方がいいのかもだけど、今はけじめをつけるため、かな」
「けじめ……ですか」
「そう、シュラークの真意をね。ボクを騙していたのか、それとも本当に帝国が悪いのか」
「……っ」
青年が久々に見た姫は、随分とあか抜けているようだった。
子供っぽさは否めないが、それでも自分で何かを成そうとしているそのまっすぐな瞳に穿たれて、思わず言葉を失った。何故なら、彼はただ言われたまま唯々諾々とリーダーにしたがっているだけだったから。
「で、いろいろ聞いてるなら聞かせて欲しいの。だから、ここまで連れてきた」
背後で、興味なさげに立っている青髪の男が気になるといえば気になる。しかし、彼女が一切気にしていないところを考えると、ジュスタ自身は後ろの男を信用しているのだろう。
困惑が勝たないといえば嘘になるが、青年はゆっくりと口を開いた。
「現在僕が受けている命令は、第二層に入り込んだ侵入者の排除でした。なんでも、特導兵の一個小隊を撃破したうえにリンドバルマ第一層にて特導兵幹部の一人を無力化したとのことで」
「……一個小隊を撃破っていうのは知らないかも」
「おい」
青年の説明にぽろりと口を滑らせたジュスタ。そんな彼女を、背後からデジレは睨み据える。
出会ったころから、その迂闊さだけは変わらない。忍として最も重要なことが抜け落ちているのではないかと白い眼を向けながら、困惑する青年にも聞こえるようにデジレは言った。
「適当なこと言ってんじゃねえぞクソガキ」
「あっ、ううん、なんでもない」
「あ、いえ……。ですので、ジュスタ姫がいらっしゃっていることなど露ほども知らず」
「それはまあ、ボクも一応忍んできたし」
頬を掻きながら、ジュスタは答える。
デジレはデジレで、彼の発言について思考していた。
第二層に入り込んだ侵入者。簡単に推測するならば、ジュスタが使っていた音を飛ばす忍術で通信していた相手だろう。デジレでなければ破壊は難しかったであろうあの巨壁を砕いた実績から、それなりに実力者が混ざったグループだということも窺える。
しかし、偶然とはいえ同じタイミングに侵入して、図らずも陽動を任されてくれるとは。
もし相手の目的がまともなものであれば、礼を言うくらいはやぶさかでもないと考えていた。
「……その侵入者の目的などは、分かっているのか?」
「失礼ですが、貴方は?」
「デジレ、と呼んでくれて構わない。そこの子供に付いて来られているだけの者だ」
「は、はあ……申し訳ありませんが、何の理由でリンドバルマの、こんなところに一人で」
「……さて、な。概ねそこの子供と変わらない。シュラークの動向を探るだけだ」
「……」
胡乱げにデジレを見据える青年だが、ふと思い立ったようにジュスタを見る。
そして、小声で問いかけた。
「もしや、利用されているのでは?」
「むしろボクが利用しちゃってるかな」
「は?」
「ううん、気にしないで。それよりも……今、シュラークは何をやっているの」
「……」
怪しんでしまうのは仕方のないことであろう。
自国の姫が戻ってきたかと思えば、ひっそりとリンドバルマの中枢にまで足を運んでいるのだから。おまけに、得たいのしれない猛者と一緒と来た。生きているかもわからず仕舞いの彼女のことであったから、なおさらだ。
とはいえ、気にしないでとまで言われてしまうと何も言えない。
祖父の弟子であったとはいえ、もともと彼女との直接的な関係はあまりない。
それに、彼女が今リンドバルマを訪れたという事実そのものだけを見れば、オルドラの忍から見れば一筋の光明のように思えていた。
「……ジュスタ姫」
「な、なに?」
居住まいを正して、疲弊しきった体に鞭うって、ジュスタに向き直る青年。
彼は徐に頭を下げると、ゆっくりとしかしはっきりと、己の意志を伝えるのだった。
「我らの主を、ガラフス様を、どうか諫めていただけませんか」
「えっと? お爺ちゃん?」
「はい」
シュラークが何をしているのかとの問いに対して出てきた言葉としては、あまりに不適切なそれに対してジュスタは首を傾げた。とはいえ、いくら何でも"ジュスタ姫"に対して質問を質問で返すような不敬をするような人物ではないだろう。
彼の発言を待ち、そして語り終えるのを待つ。
ガラフスがオルドラの忍を纏め上げ、レイドアについていること。
レイドア、そしてシュラークが現在行っている謎の研究と特導兵の存在の関連性。
ガラフスが忍の誇りを守るためと言いながら、以前とはくらべものにならない暗愚な行いに身を落としている現状。
そして、レイドアがとうとう何かに向けて、おそらくは帝国打倒に向けて動き出したこと。
「……そ、か」
すべてを把握して、ジュスタは頷いた。
と、青年は畳みかけるようにしてジュスタに言う。
「このようなことをジュスタ姫に申し上げるのは、大変恐縮なのですが……それでも、貴女以外にガラフス様をどうにか出来るお人がもはや考え付かないのです。行方不明だった貴女がここに戻ってきたのはきっと、その――」
「ガキになんてもん背負わせる気だクソが」
「――っ?」
その瞬間。
ジュスタと青年を遮るように、大薙刀の切っ先が向けられた。
慌てて持ち主に視線を向ける青年の瞳は、多少なりとも怒りに染まっている。
が、その彼の双眸をデジレは冷めた目で見据えていた。
「テメエに出来ねえことを、たった十二のガキにやらせようってのか、おい。まさかとは思うが続けて"姫が戻ってきたのはきっとその役目があるから"だとかなんだとかぬかそうってんじゃねえだろうな……その首落とすぞ、クソが」
「ちょ、ちょっとデジレ!?」
「黙ってろクソガキ。今のこいつの発言を理解できねえ時点でテメエはまだ未熟者だ。まさか正義感でも覚えてんじゃねえだろうな? ふざけろ、そいつの一連の言動は、血筋がどうってだけでテメエの無力を甘えで誤魔化そうとしているクソッタレの発言だ。おい、テメエ」
ゆらりと。陽炎のような空気のぶれが、その大薙刀から伝わってくる。
触れずとも心身を削られそうなプレッシャーを発した得物が目の前にあるというのに、しかし青年の感じた寒気はまた別の方向からのものだった。
あの得物よりも、持ち主そのものの方が"やばい"。
「……なんっ……」
「オレが遮った瞬間、"なんで邪魔した"と言わんばかりの目ぇしてやがったな。上等だ。テメエはテメエを含めたオルドラの忍全員の命運をそのちっこい背中に押し付けようとしていた自覚があるってわけだ。……なめたことしてんじゃねえぞ、クソ野郎」
「そ、それでも血縁の、首長の姫である姫なら……」
「姫なら、"姫じゃねえヤツの言葉を己の言葉として伝えてくれる"ってか? おい、クソガキ」
「な、なにさ」
「テメエ、またしても傀儡にされるところだったな」
「っ……?」
そのデジレの言葉に、ジュスタは目を見開く。
もし本当に彼らがガラフスのことで大変なのだとしたら、手を貸してもいいと考えていた。だが、ガラフスが悪くなかったとしたら? その事実を認識せずに、他人の駒として動くのは、まるで一年前の焼き直しだ。
「テメエで考えるってことを、少しは実行しろ。だからクソガキなんだ」
「ぼ、ボクにはジュスタっていう名前が――」
理解はできた。助言をありがたいとも思ってしまった。だが、クソガキとバカにされるのとは話が別だ。とばかりに食ってかかるジュスタだったが、しかしその言葉はもう一人に遮られる。
「そんな言い方はないんじゃないですか!?」
「あ?」
「僕たちは必死で戦ってきました! ガラフス様にも何度も進言しました! それでも、ダメだったんです! だったらもう、それを成しえる人に頼むしかないじゃないですか!」
「じゃあもうそいつはガラフスってヤツじゃねえよ」
「は、あ!?」
何を言っているのかと、まるで理解の出来ない発言に青年は声を詰まらせた。
だがデジレは相変わらず冷めた瞳で青年を見据えるばかり。
その口ぶりにはあきれすら垣間見える始末。
「テメエが忠誠を誓ってたガラフスって男は、テメエのあこがれる存在だった。そこまでは良いだろう。だが、そいつはテメエの理想から外れた。だから"諫めた"ってえんだろうが。ふざけた話だ。テメエが勝手に描いた理想像を押し付けて、そうじゃないから"諫める"なんざ……最初からテメエが見ていたのは妄想だろうよ」
「き、さまっ……!」
「百歩譲って最初はテメエの理想そのものだったとして、人間ってえのは誰しも変わるもんなんだよ。それを認められないなら離れればいい。義理を返すだの忠を誓っただのクソくらえだ。テメエの発言は全て、エゴだ。……クソ忌々しい」
「っ……!」
思えばそれは、一種青年の精神的支柱だったのかもしれない。
容赦なく、見ず知らずの男に切り捨てられた青年は怒りのあまり覇気を解放した。
「ふざ、けるなっ……! 僕たちはガラフス様に返しきれない恩がある! だからこそ、今のあの人を見ていられないんだ! なのに、お前のような部外者が勝手な口を叩くな!!」
「――フン」
だが。
その次の瞬間、地下道すべてを飲み込むほどの凄まじい覇気が、その小さな覇気を塗りつぶすように展開される。魔力を削り取るような、そんな激しく、凍り付くような、そんな覇気が。
「返しきれないほどの恩なら、最初から背負うんじゃねえよ。そうじゃなけりゃ、一生余計なことせず下僕になれ。中途半端なんだよ、何もかも。少なくともテメエは人に意見出来るような器じゃねえよ、クソが」
「――が、あ……」
あまりといえばあんまりな覇気の暴威を受けて、再度気を失った青年。
その隣で、ジュスタはどこか思いつめるような表情をしていた。
「……情報は引き出した。行くぞ、クソガキ」
「あ、うん……」
青年の近くに置いてあったカンテラを拾い、デジレはさっさと歩き始める。明らかに青年を置いていこうとするその態度に、ジュスタは少し迷ってから、振り切るようにデジレのあとを駆けていった。
「あ、あのさ」
「なんだ」
「助けてあげたいって思っちゃったのは……やっぱりボクが未熟だからなのかな」
「そこじゃねえ。テメエがちゃんとテメエで判断するために必要な材料が足りてねえのに安請け合いをするなっつってんだ。そんなんだから、テメエの言葉は"安い"んだ」
「……安い、か……」
「本当にテメエが厳然とした事実から考えて出した結論で動いていたら、もっと行動に伴ってくるはずだ。それをしない、人の言葉を鵜呑みにするだけで行動するヤツだから安いっつってんだ」
「……そ、っか」
会話の間、デジレはジュスタに目を向けることすらしなかった。
それは、ジュスタにとっては幸いだったかもしれない。
知っている人間だったからと、彼の言葉を丸々信じて行動していたらきっと、今までと変わることはなかっただろうから。以前のシュラークの件を一度調べたからといって、身についていなかったと言われたようなものだったから。
だからこそ、ジュスタは今人に見せられるような表情を出来ていなかった。
「……デジレ」
「なんだ」
「ボク、お爺ちゃんに会いたい」
「それで?」
「ちゃんと、聞くんだ。それから、他の人とか、シュラークにも色々聞きたい」
「勝手にしろ」
「うん」
ゆっくりと頷く彼女の影。
デジレの半歩後ろをとぼとぼと歩く彼女が、それでも索敵や察知を怠っていないことを把握して。それならまだ付き合ってやらんでもないと考えながら。
すると、そんなデジレの懐中時計に反応があった。
魔導司書が使う、簡易的な通信機器。
そこに映った情報を見て、デジレは瞠目した。
『53支部、99支部、144支部、158支部、共和国沿線支部が一斉に襲撃されています。至急、魔導司書クラスの救援を。敵はそれぞれ、大量の魔狼部隊らしき魔族群』




