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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之陸『妖鬼 鬼神 共和国』
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第十七話 アーシア孤児院III 『シュテン、きみに決めた!』



 一夜明けて、アーシア孤児院にも健やかな朝が訪れた。

 庭の水桶に止まった鳥の鳴き声と、楽しげな羽ばたきが耳に触れる。


 今日も今日とて孤児院の子供たちには忍術の練習の他、この孤児院を成り立たせる為の仕事が数多くあり、こんな時間から院の中を駆け回っているのだが。


 そんな中で、カルム少年ただ一人だけはとある二人組の見送りに顔を出している。

 お袋と呼ばれるたおやかな女性と、そしてお馴染みのレックルス・サリエルゲートもまた孤児院の外まで出てきて、大きな鉄製の門の下で、旅立つ二人と向き合っていた。


「もう、行かれるのですね」

「シュテンの兄ちゃん、ヴェローチェの姉ちゃん、またな!」

「おう、またな!」

「……そっすねー、また、いつかー」


 大きく片手を挙げるシュテンと、控えめにひらひらと手を振るヴェローチェ。

 そんなよく分からないコンビが突然訪ねてきた時はどうなるかと思ったが、カルムにとってはにぎやかで楽しい一日であった。であるから少し寂しい気持ちもするが、致し方無いといえば致し方無い。結局のところ、シュテンとヴェローチェにとっては一夜の雨露凌ぎでしかなかったのだから。


 だが、シュテンはそこで一つ顎を撫でると。


「おっし、カルム」

「ん、なんだよ?」

「おまえさんは、すげえ奴だ。あんなになるまで守りたいって思いを、俺はすげえって思った。だから、本当にやばいと思った時にはこれを開け。いいな?」

「え、う、うん」


 突然手渡された、小さな袋。十歳のカルムの手のひらにあっさり収まるほど小さなこの巾着のようなものの中には、そのやばいと思った時の備えが入っているらしい。が、本当にやばい、と言われてカルムが想定する状況の中に、たったこれだけの袋が効力を為す場面が思い浮かばなかった。


「まあ、その時がきたら、だ。こねえことを祈るけどな」

「そりゃ、うん、そうだけど。でもいつあいつらが来るか分からないし……シュテンの兄ちゃんを信じるよ」

「おう、信じろ! 俺はこういう時だけは嘘つかない」

「だけなんだ!?」


 目を丸くするカルム少年。その彼の両肩にぽんと手をおいて、背後に居た巨漢がシュテンを見据えた。


「なあおい、これは俺に渡したものとは違うのか?」

「大して変わらないが……まあ、お前より先にカルムがその袋を開くことはなかろうと思ってるさ。お前のは"あ、これマズいかもと思ったら開け"、カルムのは"本当にやばいと思ったら開け"だからな。……紙切れ一枚だけってところは共通してるけど」

「全く、なにがなんだか……」


 あきれたようにレックルスは肩を竦めた。しかし小袋をここで開いてやろうとか、中身を当ててやろうとか、そういうことは無いようで。シュテンはそんなレックルスに大きく頷いてから、踵を返す。


「よぉし、んじゃあそろそろ行くわ。目指すはレイドア州都リンドバルマ」

「……ほいさっさー」


 朝は相変わらず弱いのか、眠たげな瞳を隠そうともしないヴェローチェは自分で歩くこともしないようだ。ふわふわとシュテンの隣を浮いたまま、半回転して見送り組に背を向けた。


「じゃあなー! シュテンの兄ちゃん! ヴェローチェの姉ちゃん!」

「また、いつかお会いしましょう」

「まあ、魔界でならいつでも会うだろうよ」


 声をかける三人に軽く手を振って、いざ出発。

 意気揚々と、必要以上に大きく手足を動かして進むシュテンの背中は、カルムやお袋、レックルスの視界からぐんぐん遠ざかっていった。


「……どうするんですかー?」


 やってきた方とは反対側、つまり孤児院の北に出てきたシュテンとヴェローチェ。

 緩やかな山道にはあまり木々もなく、どことなく寂しさを感じさせるような茶色い山越えだ。さくさくと、乾いた土を踏みしめて進む内にすっかり山奥に入ってしまい、今や振り返っても孤児院の姿はまるで見えない。


 ヴェローチェが相変わらずぼんやりとしたテンションで口を開いたのはその時だった。むしろこれまで、孤児院を出てから一言も会話を交わさなかったこと自体が、不穏な何かを示している。


「ん? なにが?」


 それにも拘わらず、シュテンはあっけらかんとして聞き返した。相変わらず湛えた笑みは変わることなく、それだけにヴェローチェも呆れて嘆息する。彼は既に察しているはずだ。そうでなくては、昨日あんな深夜にシュテンもヴェローチェも起きてくるなどということは、ないのだから。


「もうとぼけなくていいんじゃあないっすかねー」

「まあ……そうだな」


 一理ある、とでも言いたげに至極簡単にシュテンは足を止めた。

 隣を浮いてついてきていたヴェローチェもゆっくりと足を下ろし、地面に立つ。

 くるりと周囲を見渡せば、山奥とはいえ見晴らしは悪い訳ではない。


 寒くなってきたこの時期に見合い、枯れた木々が乱立しているただそれだけだ。

 頼りなくも気持ちの良い陽光と、そして空を時折通り過ぎる野鳥の声だけがこだまするこの場所で、シュテンはヴェローチェに笑いかける。


「んじゃ、索敵は任せた」

「任せるもなにも、そこですねー」


 流れるような動作だった。

 表情筋の一本すら動かさずに右手に持っていたフリルアンブレラを横に。

 放たれた魔導は透明で、しかし波紋のように右方向へと広がった。


 すると、どのような魔導をもってしてか隠れていた幾人もの魔族と、そして見慣れぬ鎧の人間が露わになる。


「なっ……! どうやって我々の隠蔽をっ!?」

「そこの小娘、魔力が多いだけと思って侮ったか……仕方がない」

「……殺してやるぜ」


 鎧を纏った人間は六人。それぞれの前には狂化した魔族。

 シュテンは彼らを軽く流し見してから、ポンと手を打った。その奇妙な動作に、ヴェローチェは胡乱な目を向ける。


「あ、俺これ知ってる」

「……なんですかー?」

「ちょっと毛色は変わってるんだが、国民的なRPGでな。人間とモンスターがペアになって、人間の指示でモンスターが戦う奴だ。俺らもやる?」

「……いけ、シュテン」

「よっしゃ」


 興味の欠片もなさそうなヴェローチェの、気力の一片もない指示に従ってシュテンは彼女の前に踊り出た。すると、鎧の人間たちは身構え、彼らの前に居る狂化魔族はシュテンを睨み据えた。その瞳に、魂の所在は感じ取れない。


「やっちまえケンタウロス!!」

「……やれ」

「かかれ!」


 鎧の人間の簡単な指示に従い、狂化魔族たちはシュテンに向けて踊りかかった。

 そこそこ以上のスペックを持ち、さらに狂化することで攻撃に躊躇がなくなっている。それだけにかなりの強さを感じ取ることが出来る。


 が、その程度、かつて魔界において大量の魔族を経験値としてしか見ていなかった馬鹿の相手ではない。


「ヒャッハアアアア!! 一番狂ってんのは誰だか決着つけようぜええええ!!」

「……え、そこで勝負するんですかー?」


 ヴェローチェのツッコミも悲しいかなシュテンには届かない。

 振り切れた勢いとともにシュテンは、己の目の前にやってきたミノタウロスの魔族を盛大に地面に殴りつけた。


 良い手応えを感じるも、シュテンは不満げに手をぷらぷらと振って。


「ぎゃぴっ!?」

「……うーん、やっぱあれだな、得物がねえとしっくり来ねえな」

「グロアアアアア!!」


 そんな悠長なことを言っていれば当然他の魔族が襲ってくるが、そこでシュテンはひらめいた。


「お、あんじゃ~ん」

「グラッ!?」


 足下に転がっていたミノタウロスの角をひっつかみ、豪快に振り回し始めた。


「ヒャッハー!! これでも食らえや!! ええっと……なんだ……こう、よし、ミノタウロスアタック!!」

「ネーミングセンスないっすねー……」


 飛びかかる五人の狂化魔族に対して、ミノタウロスで殴り、ミノタウロスで殴り、ミノタウロスで殴る。

 あんまりな光景に、鎧の男が叫ぶ。


「よけろ! ケンタウロス!!」

「ゲームに実装してねえ命令(オーダー)すんなやコルァ!!」

「ゴギャアアアア!?」


 当然よけられるはずもなく、振り下ろされたミノタウロスによってケンタウロスは地面に陥没する勢いで首を折られて絶命した。ちなみにミノタウロスは既に死んでいた。


「っしゃあ勝ったぁ! 賞金よこせや!」


 六人の魔族が地に伏す中、両手を振り挙げるシュテン。

 怯えたように一歩引き下がる鎧の者たちだが、しかし逃走は許されなかった。


「――じゃあ次は人間同士で戦うターンですかねー」

「いや、あのゲームにそういうのないんだけど」

「――そのげーむになくてもわたくし不完全燃焼すぎるんでー」


――古代呪法・動地鳴哭――


 つま先で地面を蹴ったその瞬間、隆起する大地が鎧の男たちに襲いかかる。

 跳躍して回避したシュテンはまだしも、鎧の人間は全てその隆起する大地から発した土の鎗によって貫かれた。ただ一人、隆起した土で形成されたハサミのようなものに挟まれた者以外は。


「がふっ……!?」

「……じゃ、きりきり話してもらいましょうかー」

「ひぇ……」


 山道に出来たすてきなオブジェ。

 彼らの姿が露見してからたった二十秒ほどの出来事であった。


 ただ一人息のある男の元に近づいたヴェローチェは、軽く腕を振って何かの魔導を行使した。


「これで自殺は出来ませんのでー。口の中に何か仕込んでるのは分かりましたがー、残念でしたねー」

「っ……!?」


 今に死せんとしていたのだろうか。

 相変わらず掴みどころのない口調で放たれたヴェローチェの言葉に、一瞬フリーズする男だがそんなものは彼女の知ったことではない。


「孤児院に……それと、シュテンに何の用ですかー?」

「……」

「――古代呪法・壊天童子――」

「いぎゃああああああああああああ!!」


 文字通り、男の腕が破裂した。


「……まだ三本、破裂しても良さそうな棒切れがありますねー」

「……あ、ああ……」

「わーお、ヴェローチェ容赦ねえな」

「……シュテン、こいつらは孤児院と、貴方を狙ってたんですよー?」

「お、おう。ヴェローチェは対象外で良かったじゃねえか」

「……シュテン、死にます?」

「なんで!?」


 ヴェローチェの尋問がわりとえぐいこともあり首をつっこんだシュテンであったが、どうやら逆効果であったようだった。

 ヴェローチェからすれば呆れてものも言えない訳だがそれはさておき。

 ゆっくりと視線を男の方に向ければ、彼は呻きながらも何か言葉を発しようとしているところだった。


「強い。魔族を……捕獲するつもりだっただけだ……。孤児院は……いつでも滅ぼせるように待機を命じられていた……」

「レイドア州の忍か、お前ら。なるほどなあ、それで……」

「レイドアの忍にしては随分と隠行もお粗末ですし、文字通り忍ぶには向かない格好ですがー」

「と、特導兵だ……、俺たちは、魔族を操る魔導を、使えるようになったんだ……それだけだ」

「主は?」

「……」

「――古代呪法・壊天……」

「しゅ、シュラークさまだ! 俺たちゃ元々レイドアの兵士なんだ!」

「……なるほど。じゃあ――」


 ――死んでいいですよー。


 その言葉と同時だったか、男は盛大に爆散した。

 その飛沫がふりかからないように軽く下がりつつ、ヴェローチェはあいも変わらずの半眼でシュテンに向けて言うのだった。


「ま、そういうことらしいですねー。たぶんシュテンもこれらみたいにしたかったんじゃないですかー? ……ふざけるのもたいがいにしろって話っすねー」

「特導兵、ねえ。俺、こんな奴ら知らないんだがなあ」


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