第二十四話 ネグリ山廃坑VIII 『武芸百般・天下無双』
魔王討伐の五英雄
帝国書院書陵部魔導司書第二席――双槍無双の魔導司書、アイゼンハルト・K・ファンギーニ。
帝国書院最強の名を冠し、憧憬と敬意をもって周囲から接せられていた彼は、極めて性格の穏やかな人物であった。何せ、元々が商家の子だ。仕事以外では穏和な父、自らよりも商人としての素質が優秀な弟を持ち、彼はのんびり気ままに育っていた。
鎗については、母から指南を受けた。
短鎗は子供にも取り回しがしやすく、兄弟揃って教えを受けた。
そこそこに裕福だった商家だ、それ相応に優れた業物を渡されて、訓練を受ける。
テツの武芸の才能は、常軌を逸していた。
弟は笑って「兄さんにはかなわない」と笑い、兄であるテツも商人としては弟にはかなわない、とお互いがお互いを認める良い兄弟であった。
テツがもらった短鎗は"青虹"、弟がもらった短鎗は"偉天"と言う。
武芸の腕を父に買われたテツは"青虹"。これから商家を担うであろう弟には、自らが帯びていた"偉天"を与えたのだ。それが嬉しくて、テツはほどほどに手を抜きながらも弟と一緒に鍛錬に打ち込んだのを、よく覚えている。
書陵部に入りたい、とテツが言い出したのはその頃だ。
武術に秀でている代わりに、テツには魔法の才能が一切無かった。弟にもそれは皆無であったのだが、父はテツを家の武人として置くつもりであったが故に、反対された。
書陵部に入るには、試験がある。武術と魔導の二つの観点で一定をクリアしなければならないという、帝国のエリートならではの仕様。しかしテツの実力であれば、確かに武芸一本で通過できそうではあった。
それほどまでに、彼の実力は優れていた。
父は言った。どんなに足掻いても、魔法の力がなければ帝国書院で上にはいけない。魔導司書というのは、異相と呼ばれる場所へのアクセス権を得る必要があり、それは魔導によって成るものなのだと。
真っ向から反対されていたテツであったが、庇いに出たのは意外にも弟であった。
アクセス権ならば、その体内に魔素さえあれば強引にもできることはあると。
ちょうど公国の学術都市に向かう理由があるから、ついでに調べて資料を調達してくれると、彼は言った。渋面を浮かべる父だが、結局は試験を受けてみないことには意味がない。
テツは試験を受ける為に帝国へ残り、家族は公国に向けて旅立った。
結果から言って、テツはあっさりと帝国書院書陵部への就職が決まった。あまりにも武芸に秀で過ぎた。合格者たちの武芸と魔導合計の平均点を、武芸だけであっさりと上回ったのだ。あまりに異端であった為すぐにタロス五世に目をつけられ、テツは魔導司書への挑戦権を獲得するに至る。
だが魔導が使えないという話になり、しばらくの間試験は保留になった。
その時だ。情報が入ったのは。
公国で暴れる反冒険者テログループが、学術都市を半壊滅状態にまで追いこんだと。
タロス五世の許可を貰ったテツは、一度休職して公国へ駆けた。
学術都市ミント。公国学問の最先端を行くその場所から奪われた研究データにより、テロはその力を増大させたらしい。商会の逗留場所を調べ上げ、その場所に向かった、ちょうどそのタイミングで。
父母の死体を目にすることになる。
青虹を握りしめ、周囲の賊をなぎ倒して弟の名を叫ぶ。
どこに居るのだと、必死で探し回って。
か細く呼びかけられたのに気づいた時、弟は数十の賊に取り囲まれていた。
というよりも、両足を断ち切られた状態で屈辱的にも組み敷かれていた。
最後の力を振り絞って弟が投げた鎗を、テツは掴んだ。くくられていた手紙は、きっと彼が丁寧に調べ上げたであろう"魔素のみでの異相アクセス権"。重要機密とされるような内容を調べるまで、幾らの金銭を、どれほどの労力を費やしたかなど想像に難くない。
弟が縛り付けられているバインド魔法。そして賊たちがこちらに気づき、下世話な言葉を吐いた時。
青虹・偉天の双槍を握りしめた男は修羅へと変貌していた。
一瞬のうちにバインドが弾ける。
恐怖故に発動させた魔法はすべて不発に終わる。
そして、気づいた時には全ての賊は首から上が無くなっており。
生きているのはテツただ一人。
神蝕現象を発動させたことよりも、誰もが死んでしまったことが重くのしかかり。
テツは青虹偉天の二本を携えて帝国書院に戻ると、その名を捨てた。
守れずに終わった家族。持つ魔導は、全てを地べたに叩きつけ、己を孤高とする神蝕現象ただ一つ。
鉄の心を携えた、最強の魔導司書。アイゼンハルト・K・ファンギーニ。
戦場を風が吹き抜けた。
そう誰もが気づいた時、すでにその場に居た者たちは地面に倒れ伏している。
ただ一つわかるのは、銀の旋風が突き抜けたところに居ると、なにもわからぬうちに倒されるということのみ。
一瞬の沈黙が周囲を支配して、直後叫び声が沸き立つ。
「ひ、ひいいいいいいい!!」
「な、なんだよぉ!!」
おびえるのは書陵部も冒険者も吸血鬼でさえも同じ。
なにが起きているのかもさっぱりわからず、ただただ無力に地べたをなめる。
首筋に残った打撲痕と、白目で辛うじて息をしていることがわかるのだけが唯一の救いか。
「な、何かわからねえが……ブレイブフレア!!」
慌てて周囲に向け、拡散性の魔法を放つ一人の冒険者。だが。
「あ、あれ!? ブレイブフレア!! ブレイブフレア!!」
「――残念っちゃあ、残念ですが」
背後から突然聞こえた声。
振り向くよりも先に、赤の閃光がその瞳を遮る。
「ぼかぁ、魔法を人に使われるのが、大嫌いなんですわ」
一切魔法が発動しない理由が、その男の口から漏れた。
そして今更ながらに気づく。
周囲一帯の、そして己の体内の魔素が、全て停止しているということに。
「くぺっ!?」
目の前が真っ暗になった冒険者は、あっという間に倒れた。
周囲の人間も吸血鬼も、同じように次々と倒れていく。
しかし、誰も彼もが死んではいない。たった一撃でその全てを気絶させ、銀の旋風は戦場を駆ける。
「ど、どういう訳か知らねえが魔導が発動しねえ!!」
「なんっだそりゃあ!! ていうか、体内の魔素が動かねえ!? びくともしねえ!!」
戦場の混乱は瞬く間に周囲へと拡散する。
魔法が一切使えない。何故かわからないが体が動かない。
「そりゃあそうだろ」
ぽつりと呟いた誰かの声。
ちらりと見れば、そちらも今までどこにも居なかったはずの、三度笠を被った一人の男。
「神蝕現象【国士無双】は広域魔素停止結界。殆どの魔導は無効化され、魔族も自慢の力はふるえず人間と同じ程度の力量まで落とされる。それは発動者本人も例外じゃねえ。誰も彼もを同じ土俵に引きずり降ろして、そのたった二本の鎗で全てを駆逐する武術最強。……それが、アイゼンハルト・K・ファンギーニだ」
「なん……だと……」
「っていうかなんか俺解説役になっちゃってんじゃねえかくたばれオルァ!!」
「理不尽ぎゃぱ!?」
リアクションを取っていた吸血鬼の男が、脳天から斧を食らって崩れ落ちる。
魔法ゲリラによって家族をなくし、魔導によって道を一度阻まれたからこそ、魔導の使い手を確殺する最強の魔導司書。この術は本来諸刃の剣だ。自らにも魔導が効かない以上回復のたぐいは受けられないし、なにより己へのパワーアップの恩恵は皆無。武芸のみでの戦闘を強要するだけの、神蝕現象としては下の下とも言える程度の能力。
だが、アイゼンハルト・K・ファンギーニが使うことによってのみ、その意味ががらりと変わるのだ。
武芸百般、天下無双。
「ていうかあいついつの間にか髪戻ってやがる」
解説役に成り下がっていた男――シュテンは、鬼殺しを振り回しながら前方で暴れる魔導司書をぼんやりと眺めた。彼が居るせいで、シュテンの鬼殺しは今ただの斧だ。吸血鬼相手なら結構なダメージを与えられるはずが、ただの通常攻撃になってしまっている。
とはいえ、シュテンの攻撃力を低下させても、アイゼンハルトが全力を出した方が効率がいいのは確かなのだが。
「せんぱ~い……あたし役立たずです~……」
「あん?」
振り返れば、しょんぼりとした薄桃髪の少女の姿。
さらに後方ではリュディウス・クレイン・ジュスタの三人が書陵部と吸血鬼を相手に大立ち周りを演じている。魔素が停止させられ人間と同等のスペックになってしまった吸血鬼と、エリートとはいえ魔導ありきの者が多い書陵部。そのどちらも、確かに三人の敵ではない、が。
確かにハルナは無力だ。
どう立ち回るにせよ魔導依存の彼女にとって、この停止結界は本当に堪えるだろう。
「確かにそうだな、俺もほら、今体内魔素が動かないせいで力が人間並だし」
「人間並で吸血鬼を唐竹割にできるのはちょっとおかしいと思うんですけど」
「まぁそれを言っちゃおしまいよ。……よっと!」
軽い会話の最中に現れた吸血鬼をあっさりと袈裟切りで下すシュテン。
魔法がつかえないハルナを退却させるかどうかで少々悩んだ彼だったが、回答を出すよりも先にハルナ自身が口を開いた。
「ネグリ山廃坑に先に突入しましょうか。今なら、まだ間に合うかも」
「そりゃそうだが、テツとクレインたちに任せっきりってのもな……いや」
「せんぱい?」
「とりあえずテツに合流しよう。んで、今はとりあえず俺と一緒に居ればいい。おそらく一番安全だ」
「頼りにしてますっ」
ふんすっとばかりに頷いたハルナを一瞥して、吸血鬼サイドに深く突貫しているテツの元へと駆ける。次々と敵を無力化するその実力は空恐ろしいものがあり、しかしそれだけにかっ飛ばすのはまずいのだ。
テツの神蝕現象はほとんどの魔法を無効化するが、たった二つだけ無効化できない魔力がある。それは、シュテンの被っている三度笠が証明していた。
「闇魔力と剣魔力。変貌魔力であるこの二つだけは、テツの停止結界に引っかからない。俺の三度笠の防刃スキルが発動してるのも、……魔王城で魔王が放った一撃必殺をアレイアが庇わざるを得なかったのも、それが原因だ。万能じゃねえ」
「闇……魔力……。荷馬車無き街道で遭遇したあの女の子の……」
「ああ、ヴェローチェもそうだな。あいつ元気かなあ」
「ともだち!?」
「いやどっちかってーと――」
と、無駄口を叩きながらハルナとシュテンが戦場を駆けていた時だった。
あの、銀の風のように次々敵を叩きつぶしていたアイゼンハルトが立ち止まっていることに気がつく。妙に思いながらもシュテンは足を止めることなく彼の近くに寄り、声をあげた。
「おいテツ!!」
「シュテンくんっ!? 速かったね……」
「……現れたな、二百年前のクソ妖鬼ッ……!!」
「あん?」
吸血鬼たちに周囲を取り囲まれてなお、毅然とした態度のテツ。解放した銀の髪が砂塵に靡き、その瞳は正面を見据えて動かない。シュテンも相変わらずひょうひょうとした雰囲気で、声の方を見やった。流石にこの状況は無力な少女には厳しいか、ハルナはシュテンの背後に隠れて様子を見る。
「よう、社畜ヘッド。久々にも関わらず、相変わらずの七三だ……あれ? 額後退してね?」
「誰が後退しているか馬鹿が!! 以前もそのふざけた口ぶりに乗せられて痛い目に遭ったが、今度はそうはいかねぇ……アイゼンハルトと一緒に居て、ちょうど良かったぜ……!!」
「なんであいつあんな余裕なの」
「シュテンくん、人を指差すってぇのは、よかああらんせんぜ」
吸血鬼たちも、テツの神蝕現象が発動しているせいで中々身動きが取れないようだ。だがそのふざけた態度に周囲の熱があがってきていることくらいは二人にもわかる。
そんな周りをぐるりと一瞥してから、シュテンは小声でテツに言った。
「ハルナも無力だし、何なら俺たち先に廃坑突っ込もうか?」
「……そうして貰いたいってえのは山々なんですが、ちょおイヤな予感がするんですわ」
「あん?」
イヤな予感。
そんなものがするとすれば、可能性としては目の前に相対するグラスパーアイ・ドラキュリア以外にはあり得ないだろう。だが、それは果たしてテツ……否、アイゼンハルト・K・ファンギーニが警戒するほどのものなのだろうか。
そんな疑問を抱いた、その時。
「……覚悟はいいか、貴様ら。二百年、二年。そんな年号に関しては今更どうでもいい。この私に不快な思いをさせた代償は、この場で払って貰おうか……!!」
「いまーいち手強い感じがねえんだよなあ」
「……それは、これを見ても言えるか!?」
ニヤリと口元をつり上げたグラスパーアイの左拳が輝いた。
それを地面に叩きつけると同時、斜陽を受けて影が蠢く。
「っ……?」
「闇魔力か、テツの神蝕現象でも防げねえな」
「何で知ってるんでしょうや」
「それな」
じと目でシュテンを見るテツが、視線をグラスパーアイに戻した瞬間。
彼の体が凍り付いた。
「んにゃ、どうしたテツ……っておいおい」
呆れたように、シュテンは肩を竦めた。
だがその瞳は先ほどまでのようにふざけてなどいない。居られない。
「ふはははははは!! これが、私の力だ!!」
高らかに笑い翼を羽ばたかせて跳躍するグラスパーアイ。
そんな彼に白い目を向けて、シュテンは呟く。
「結局他人頼りじゃねえか」
まなざしは冷めていようとも、シュテンも臨戦態勢に入らざるを得なかった。
なぜなら。
――古代呪法・葬魂幻影――
シュテンとテツ、そしてハルナの前に現れたのは、闇魔力と影で構築された、四体の影。
ただの影ならまだしも、その四体は二人にとって酷く見覚えがありすぎた。
「アレイア……カテジナ……ヴォルフ……ランドルフ……!!」
「この様子じゃ、サインなんてもらえそうにねえな」
会話ができるような状態ではなさそうな、その四体は。
間違いなく、アイゼンハルトのかつての仲間たちと姿形が同じだった。
幻影 アレイア が あらわれた!
幻影 カテジナ が あらわれた!
幻影 ヴォルフガング が あらわれた!
幻影 ランドルフ が あらわれた!▼




