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グリモワール×リバース~転生鬼神浪漫譚~  作者: 藍藤 唯
巻之伍『妖鬼 企業 吸血鬼』
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第十二話 ホワイトスカル号IV 『お前は、生きろ』




 趣味は各地の寺院巡り。


 警邏も兼ねての、魔導司書としての仕事の一環。

 どこぞの和服童女と違ってきちんと職業を優先しつつ、のんべんだらりとしながらも命じられたことを丁寧に一つ一つ任務をこなす日々だった。


 異相へのアクセス権を獲得し神蝕現象(フェイズスキル)への到達。第二席となるまでに、そんなに時間はかからず。一点突破を得意とする最高峰の魔導司書として、いつしか"アイゼンハルト・K・ファンギーニ"の名前は有名になっていった。


 もちろんそこに作意的な部分があったことは否めず、魔導司書の力を知らしめる為の偶像のような扱いを受けながら彼はひたすら鎗を振るっていた。


 鉄の心、という名前に至るまでに何事も無かったかといえば嘘になるが、苦労の本番はむしろここからであったと言っていいだろう。


 世界を騒がせていた魔王とその手下たち。民草の平和を脅かす彼らの討伐の為、五カ国が手を結んだ時から、アイゼンハルトの物語は始まったのだった。


 魔王討伐の為に選抜されたのは、各国の"最強"。


 共和国からは突然変異のハルバーディア。

 公国からは唯一のSランクブレイヴァー。

 王国からは宝剣に選定された剣士。

 教国からは、今代の光の神子。

 帝国からは、双槍無双の魔導司書。


 それぞれが各国……否、世界で名を轟かせる有名人であった。魔族に生活圏を脅かされていたこともあり、余計に希望の星として願いを一身に背負う定命にあった。


 とはいえ、集められたばかりの即席パーティだ。

 何度も喧嘩別れをしたし、集団行動などあって無いようなものであった。リーダーすら決まらず、『魔王を倒すまで帰宅が禁じられているなら自らが倒す』、としか考えない。どうしようもないほどバラバラで、勝てそうな敵に何度も敗北して。


 そのうち、次第に仲間としての友情が、ようやく目覚め始めた。

 倒すべき敵は同じで、それぞれ過去と未来があって。だから頑張ろうと手を取り合って。何度も魔王軍と戦った。手強い奴も、そうでない奴もいた。


 そして、悪い奴も、そうでない奴もいた。


 けれど、倒さねばならなかった。その当時の魔族に対する印象を考えれば仕方のないことと言えるかもしれない。しかし妻子が居て、ただ居場所を守るために戦っていたような奴や、魔族というだけで迫害を受けた恨みをもっている奴。そういう奴らをも倒さねばならないというのが、疑問だった。


 疑問は膨れ上がって、いつしか疑念となった。


 何故、魔族というだけで敵にしなければならないのか。

 魔王にも人間にもつかない中立の立場の彼らを、殺す意図がどこにあるのか。


 ミネリナ・D・オルバは笑って言った。

「それが弱き者の性だから仕方がない」


 妖鬼シュテンは一笑に付した。

「なぁに、いつか分かる時がくるさ」


 魔族として、ライバルとして、何度も戦った旧知である彼ら。

 そんな彼らだからこそ、殺したくなどなかった。


 そして、魔王城で、あの日――

















「ぼかぁ、疲れちまったんだ。世界を破滅に導く魔王軍。だから魔族は滅ぼすべき。……おかしいでしょうや。寂しいじゃああらんせんか、そんなこたぁ。魔族も、人間も……同じ時を生きる、仲間じゃあねぇですか。手を取り合う、友じゃあ、ねぇですか」


 もうそろそろ夜が明ける。

 シュテンとしては一日二日の徹夜ごとき大したことはないのだが、テツの方はどうなのか分からない。もっとも、魔王討伐の旅を経験した彼にとってもこの程度のことは大した問題にならないのかもしれないが。


 波を打つ連絡船の上。潮の香りが濃く鼻をくすぐり、海鳥の声も聞こえるようになってきたこの朝方。シュテンは、第三者の視点で眺めていた物語のさらに深い部分を、当事者の口から聞かされていた。


「魔族を滅ぼす。そんなことを掲げてる帝国や、魔族を人として見ていない王国。ああいう場所の間違った認識ばかりが、旅の中で目についた。魔族にも、面白ぇ奴や良い奴はいっぱいいて、ぼかぁ……今まで何を信じて戦ってきたんだろうと。ぼかぁ、なんて無駄なことをしてきたんだろうと。この血塗れた手で、いったいどれほどの人を笑顔にしてやれたか。悲しませた人の方が、きっと多いんだって」


 その笑みは悲しげで、自嘲に満ちて。

 テツの、アイゼンハルトとしての後悔。それが彼の中でどれだけ重いものなのかは、シュテンにも理解が出来ることだった。


「お前さん、どうやって生き延びたんだ?」

「……魔王城、入れたんはランドルフ――光の神子のおかげでさぁ。突入作戦敢行して、罠にかけられて天井から大量の酸毒が漏れてきて……ヴォルフガング――ハルバーディアが一身にそれを受けて死にました。そのあと、大量に襲いかかってきた機械兵と吸血鬼の群れを、ヴォルフの奴と仲の良かったカテジナ――剣士が自らの命を弾く魔導で壊滅させて……そりゃあもう総力戦で……。残ったランドルフとアレイア――ブレイヴァーと必死で玉座まで来て。一瞬でやられちまった二人を守る為に、ぼかぁ魔王とタイマン張りました。死ぬ気で……必死扱いて……歯ぁ食いしばって……仲間たちの分もって……んで……ぼろぼろになった時、最後――」


 本来のシナリオでは、そこで相打ちになっていたはずのそれ。

 どてっ腹を突かれながらも魔王の喉元を貫き、全てを終わりにしたはずのその戦い。


 しかし。

 シュテンの想っていたシナリオとはまた違う展開が、彼らの戦いでは起きていた。


「シュテンの奴が踊りでてきたんですわ。自慢の得物で魔王の気を引いて、『やったれ気抜け野郎!』って……カウンター食らって吹っ飛びながらそんなこと叫ばれたんじゃ、やるしかねぇってもんでさぁ。……んで、勝ちました。魔王には、勝ちました。想えばあん時ぼかぁもうほっとんど動けんで、なんにも、気づかなかった」

「……気づかなかった?」


 そして、知らない展開も、起こっていた。


「突然、玉座に大量の書陵部員が現れたんでさ。味方だったはずの、連中が。知ってる面も、いくつかあった。みんなみんな、辛気くさい顔して。早く助けてくれりゃいいのにって想ってたら、アスタルテが(ある)ってきたんですわ」

「……んん?」

「……共和国のヴォルフガングも、公国のアレイアも、王国のカテジナも。みんな尋常じゃなく強かったんは、間違いない事実なんですわ。けど、あいつらは国にとって唯一の"凄まじい力を有した個人"。死んでも次が居る教国のランドルフやら、十人のうちの一人でしかないぼくたぁ、別。んで、あいつは。アスタルテは、魔王と、パーティ五人を相打ちにすることで、"五カ国痛み分け"の形を作っておいて、帝国の力だけが強い状況を作って……元々煩わしかった共和国を倒す布石にしてたんですわ」

「……ハルバーディアのヴォルフガングが居たから攻めあぐねていた共和国を、アイゼンハルトを失ってでも勝ち取ろうとした、ってことか」


 個人の力が重要視されるこの世界で、突然変異のハルバーディアなどという切り札は本当に大きな意味を持つ。だからこそ、帝国に何度もちょっかいをかけていた共和国を倒す為には、ハルバーディアが邪魔だった、ということ。


 脳内で整理して、論理は理解出来つつもシュテンの中に沸々と感情が沸き上がる。


「残り九人の魔導司書が居る帝国は、その時点で一大国家にのし上がれる。共和国を併呑したことでますますその力は強くなった。教国、公国、王国が手を結んだってな、当然の流れなんでしょうなあ」


 アイゼンハルトの、最初の言葉を思い出す。


『大の為に小を切り捨てる。その姿勢は変わっちゃあいないのか』


 その言葉は、随分と真に迫ったものだったのかもしれない。

 混ぜ返す気にもなれず、シュテンは話の続きを促した。


 潮騒(しおざい)が、やけに耳に障る。


「……やらなきゃ、やられる。それが分かっても、あんな満身創痍で動けるわけもねえってもんで。書陵部の連中が、大量の魔導をぼくに向かって投擲して……あ、死んだな、ったあ想いましたよ。けど、一度は助かった。ぼかぁ、腐っても魔導司書。相手の魔導を動かずに何とかするくれぇのこたあ出来まさぁ。……けど、魔導そのものを斬り裂くことが出来る魔導司書が、一人だけ居るんすわ。アスタルテ以外に」

「……ん? 魔導を斬り裂く……?」

「面識でも、おありで?」

「……おそらくな。魔素を断つ大薙刀を持ったクソ野郎なら一人知ってる」

「……ああ、もう"魔素"すら分解出来るようになったんか、あいつぁ。そいつぁ、いかんでしょうや、鬼のお兄さんにとっちゃ」

「まぁな。で、デジレがどうしたんだよ」

「アスタルテの命令で、魔導ごとぼかぁ斬り裂かれそうになりまして」

「容赦ねえなモノクルハゲ」

「任務は絶対。かってえ奴でさ、デジレってやつぁ。おとなしく研究してんのが、一番楽しそうだったってえのに……魔導司書なんかに、憧れたりするから……」


 ふぅ、と一息吐いて、アイゼンハルトは空をみた。もう既に白みはじめていて、誰かが起きてきてもおかしくない時間帯だ。そんな中で、しかし彼は寂しそうな表情で言葉を続けた。


「……けど、助かったんですわ」

「……ん?」

「妖鬼にとって、魔導を断つ大薙刀なんてえのは最大の毒だってえのに。あのバカ、ぼくのこと庇ってぶっ倒れやがって……『借りはこれで返したよ』なんて……そんなでかい貸しをした覚えなんざこれっぽっちも、ねえ、の、に。そんで……倒れ際に、シュテンの奴ぁぼくの方にランドルフ蹴り飛ばして。ぎりぎりあいつ、生きてやがって」


 アイゼンハルトの脳内で思い出される情景を、シュテンは見たことなど当然無い。

 しかし、誰が居るのかはっきり分かる中で聞かされる話というのは、どこか辛く。


「ランドルフ……光の神子が死に物狂いでぼくの足に触れて、その瞬間、口から血吐きながらあの野郎、すげえ良い笑顔で……『お前は、生きろ』って……」


 吐息が白く、東の空に消えていく。

 収まりのつかない感情を、どうにかして制御しているようにも見えるそれ。

 始終穏やかなアイゼンハルトの面もちの裏に、どんな想いが渦巻いているのか。その全てを推し量ることは当然出来ない。

 だからせめて全て吐き出させてやろうと、シュテンは続きを問いかける。


「んで、どうしたんだ」

「……気が付いたら、転移……させられてました。どこぞの森とも分からん場所。きっとランドルフが座標適当にして、出来るだけ遠くに飛ばしてくれたんだ、たあ想ってます。……それが……またやりきれんで。ぼかぁ、最後の最後に、全てを失ったんだなぁって……」


 軋んだ船の音と、波の静けさ。

 それが物悲しく、しかしゆっくりと苛烈な感情を癒してくれる。


「……ぼかぁ、結局最後の最後まで、何の為に戦ってたんでしょうなぁ。寂しいじゃあ……あらんせんか……。辛いじゃあ、あらんせんか……。仲間も、友も失って……恨みを持つにも、疲れちまって……」

「それで、ミネリナとのんびり、か……」

「あの町が好きなんですわ。心の底から、骨の随まで。ぼかぁ、きっとこんな暮らしに憧れてた。血塗れた戦場での日々を思い出すと、悲しくなる」


 アイゼンハルト・K・ファンギーニ。

 その名前が、鉄の心が、傷つき過ぎたと彼は言った。


 旅の中で、多くの壁はあっただろう。衝突や、悩みだって少なくなかったはずだ。

 けれど、それでも彼らは全てを乗り越えて、そして最後もきっと答えを得ようとして最終難関に挑んだ。……その結果が、こうだったら。


 アイゼンハルトは、憑き物がとれたようなすっきりとした表情で、シュテンに向き直った。


「こんな話聞かせちまって、すみません。鬼のお兄さんなら、ぼくが何を言おうと、何も態度を変えたりはしないだろうなんて、話しちまいました」

「変えるわ馬鹿が」

「えっ」


 振り返ると、額に手を当ててどこか頭痛を抑えるような面もちの、シュテン。

 意外と言えば意外だった。いつちゃかしてくれるかと、そう思っていたのだが。


「ミネリナが、頑張って魔族と人間の間を埋めようとしてんじゃねえか。お前さんの悩みの答えは、その"妖鬼シュテンくん"とミネリナが出してくれてんじゃねえか。二年前のこと、いつまで考えてやがる。ふざけんな。テメエ仇がさっきまで居たんじゃねえか。何でぶっ殺さねえんだ!」

「ええ……?」

「信じらんねえ。浪漫じゃねえ。今のテメエは流木だアホ。停滞を好むなんざ、人として終わってんだよ! このまま、なんてありはしねえんだ。時は流れるもんだ。"ずっと一緒に居たい"なら、あらがう他ねえんだよ。テメエがひたすら悩んでる間、ミネリナが頑張ってる間、帝国が動き続けている間。お前を取り巻く環境は変わり続ける。そん中で、答えを出さねえお前の分までミネリナが踏ん張ってりゃそりゃ物事は悪化するばっかだわ。テメエが考えてる"魔族と人間の関係"なんざ、魔王復活でとっくにこじれが第二期突入してんだよ。……なあおいアイゼンハルト――いや、テツ」

「…………」


 どこか、諭すというよりも懇願するような、シュテンの声色。

 それはいつかの"シュテン"と一瞬ダブって見えるほどに、似ていて。

 見た目は全く違うのに、同じシュテンに問われているのかと思うほど、酷似していて。


「精一杯生きようぜ。お前に力があるとか無いとか関係ねえ。名前偽装すんのも生き方の一つだろうよ。だがな、進まなきゃ意味がねえ。二年前に囚われてちゃ、進まねえ。整理つけんのが大変なら後でいい。お前はまだ二年前だ。全てかなぐりすてて、逃げてもいいからこっちに来い。それからだってけじめなんつーのは遅くねえんだ。やりたいことやろうぜ。生きようぜ。お前さんは、きっと素直に生きられるはずだ」

「そんな、簡単に――」

「簡単に考えろよ。変に混ぜっ返すなよ。お前は生きろって言われたんだろ? 魔族と人間の確執が嫌なんだろ? 場末の酒場でぐちぐち言って、何も動かねえろくでなしと一緒になるんじゃあねえよ。いいか、俺ぁな、アイゼンハルト!」

「……?」


 すぅ、と息を吸って。まるで宣言するようにシュテンは言う。


「アスタルテがムカついた。だから、次会ったらボコボコにしてやる。絶対だ。ボコボコにされてもボコボコにするって決めた。許さねえ。お前はどうすんだ」

「それは……」

「アスタルテを一緒にフクロにしてもいい。吸血鬼助けてミネリナと一緒に楽しんでいくでもいい。何ならダチの墓参りついでに世界一周してくるでもいい。行動しろ。でなきゃ、何も生まれねえ」


 言葉に、詰まった。

 突然何を言われようと、分からない。

 実際アスタルテに出くわしても、不思議と怒りはわいてこなかった。彼の行動理念を理解しているからか、それとも彼女を正しいと思っているからか。それは分からない。

 けれど。


 魔族だから、人間だから。

 そんな風に区別される社会が、もう嫌だ。


「……分かった。ミネリナに話して、ぼかぁ出来ることを、探してみまさぁ」

「収まりきらずについ色々言っちまったな。悪かった」

「いやいや。ぼかぁ、どこかすっきりしまして。ありがとう、鬼のお兄さん……いや、シュテンくん」

「……シュテンくん、か。どっかのボクだねを思い出すな」

「は?」

「いや、こっちの話だ。頑張れよ、テツ」

「ああ」


 ぽん、と背中を叩いて。

 たどり着く島が見えてきた。もうそろそろジャポネに到着する。


 まずは、吸血鬼の少女を助けるところから。

 一歩一歩、踏ん張っていこう。


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