第五話 ~登校するって大変だね。主に視線が~
どれほど嫌でも、時間というものは無情である。一瞬たりともそこに立ち止まっていることはできない。
俺の目の前に起きている事を素直に説明するとしよう。
ここは俺の部屋。そして、時刻は深夜12時。俺は、仕方なく、押し入れにあった客人用の布団を引っ張り出してきて。床に敷き、その上に寝転んでいる。
もちろん、コーラによって黒く汚れってしまったカーペットは洗濯機にインしてきた。
ん? 自分のベッドはどうしたかって?
俺のベッドには、俺の彼女という設定を持った少女が寝ているんだ。そう、この世のモノではない幽霊が俺の布団で寝ているわけ。
というか、幽霊って寝るのか? それより、なぜに俺はこの部屋で寝なくてはならん。
母さんの前で美咲は極上の笑みを浮かべて言ったのだ。
「いつでも啓介君といる為ですよ(ホントは嫌ですが、お守りすることが私の仕事なので、仕方なく同じ部屋で寝てあげます)茶々丸訳」
だそうだ。全く、涙が出るほど嬉しくないぜ。
おまけに、結界を張っているから中に入ってこれないのか分からないが、カーテン越しに見たくもない人影が映る。
ここは2階。本気で勘弁してください。
少女の形をした家の中の幽霊と、得体も知れない外の幽霊の板挟みの俺は、初日の夜をほとんど眠れないまま過ごすこととなったのだ。
「お、おはよう……」
「うわッ! だ、旦那。ひどい顔してるぞ」
「どうしたんですか? 死にそうな顔してますよ?」
「死にそうな顔で悪かったな」
俺の顔を見てわざとらしく驚く美咲をスルーして俺は、洗面台で顔を洗う。
寝れないなりに、夜考えた事がある。
一つは、今日の学校のこと。寝室まで一緒にされているのだから、当然ヤツは学校に来るはずだ。
というか、さっき美咲が着ていたのは普通にウチの女子の制服だったし。
別に美咲が学校に来ることに関しては問題ないだろう。昨日の母さんの反応といい、美咲に会ってから俺の周りの環境が彼女の住み良い様に変わっているからな。
問題があるとすれば、ウチのクラスメイト。
「祐一は間違いなくくるだろうな、あとは――」
いや、今考えるのはやめよう。考え出したら絶対不登校になりそうだ。
もう一つは、いつどこで俺が襲われるか分からないということだ。誰に襲われるかは分からないが、空気を読んで都合の良い時に敵さんは来ないだろう。
「むしろこっちのほうが問題だな」
期限の1週間が近づけば近づくほど敵も増えそうだ。
「旦那自身も護身術ぐらい覚えてみるか?」
ひょっこりと俺の足元に現れた茶々丸が爪楊枝を加えながらそう言ってきた。
てか、朝からタバコ吸ってるオッサンにも見えない気もしないが黙っておこう。
「護身術って、1週間で覚えれるほど簡単なものじゃないだろ」
「ふむ、確かに1週間で済めばの問題だがな……」
「なんだよ、1週間じゃ終わらないみたいに言いやがって」
「なぁに。旦那が妙な真似をしなければ1週間で終わるさ」
「??」
「啓介くん! 朝ごはんの用意はとっくの前に出来てますよ!」
ちょうどその時、美咲に呼ばれたために、俺の思考は直ぐにそちらへと移っていくことになった。
美咲に呼ばれ、食卓に着くと。唖然とするほどの朝食が目の前に並んでいた。
「これ、誰が作ったんだ?」
「私とミィちゃんで作ったのよ。美味しそうでしょ?」
白米、鮭の塩焼き、味噌汁を筆頭に、だし巻き卵、白菜の浅漬け、たくあん。
そう、俺の目の前にあったのは絵に描いたかのような和食。
「ぬ、ぬかりねぇな……」
「もちろんです。日本人たるもの朝食はしっかり食べねばなりませんからね」
田舎のばっちゃんがよくそんなことを言っていたが、これも黙っておこう。下手に言って死にたくないし。
ということで、俺は美咲と母さんが作った朝食をしっかりと摂り、学校に向かうことにした。
玄関を出たのは、いつもより10分早めの8時05分。カバンを携えて通学路を歩く俺の2メートル後ろを歩く美咲。
なんというか、軽くスートキングされている気分。
「あ、あのさ。なぜに俺の後ろを?」
「いえ、啓介君が俺の後ろに立つなッ! て言いたそうな顔をしていたのでつい」
「それ、どんな顔だよ」
通学路のため、激しいツッコミは控えておく。あとで、変な噂が立つのはいやだしな。
いや、美咲と歩いている時点でもしかしたらアウトなのかもしれない。
さっきから、主に嫉妬じみた視線が俺の方へ、あこがれの視線が後ろのお方に注がれている気がする。
俺が何をしたっていうだよ。むしろ俺は平凡な生活お前らに嫉妬の視線を向けたいぐらいだ。
自宅から俺の通う私立南沢学園までの訳15分間に間に俺は人生最多の視線を感じる羽目になった。もちろん良くない視線だが。
俺のクラス、2年A組のドアの前まで来て、俺は大きく息を吸い込む。ドアノブに手をかけ、いかにも平然を装ってドアを開け放った。
教室の外から現れた俺にクラスの皆はチラッと視線を投げかけただけで、すぐに元に戻った。
「お~い。啓介。なに突っ立てんだよ」
後ろの席から昨日俺が一方的に通話を切った祐一が呑気に手を振っている。
「はい?」
俺の予想外の事態が、俺のクラスの中で起きていた。先ほどまでの通学路の出来事からして、この学校での俺の位置はもうどうしようもないと思っていたが、意外や意外に俺のクラスはいつもと全く変わらない。
俺のあとに続いて、美咲も俺のあとを追って教室の中に入ってくる。それに関してはクラスの男子生徒や何人かの女子生徒が美咲の方へと視線を追っていった。
取りあえず、俺は祐一の待つ教室後ろの俺の席に向かった。さっきまで俺の跡を付いてきていた美咲は何食わぬ顔で俺とは別の前の席に座ったのだった。
「おう、おはようさん。今日はお姫様と登校か?」
「お姫様?」
「あれ? お前知らなかったっけか? 如月さんだよ」
「ああ、み、如月さんね」
ど、どういうことだ? 家にいた時と美咲の立ち位置が違いすぎるぞ。これはどうなっているんだ?
「マッキーは知らないかもね」
前の席に座っていた赤髪ポニーテールの少女が振り返ってそう言った。
「どう言う意味だよ。守」
大桐守。俺と祐一の中学からの友人。身長は平均的で高くもなく低くまない。平均以下があるとすれば、胸の大きさぐらいか。
本人も自虐ネタにしているほど故に、逆にこっちが悲しくなってくるものがある。
彼女の胸を保護する義援金があるなら、思わずお金を入れたくなるほどだ。ま、10円ぐらいしか入れないけど。
「マッキー。せめて1万は欲しいなぁ。頂戴☆」
「お断りします」
俺の思考をスキャンする超能力でも持っているのかコイツは。
「でも、確かに啓介は鈍感だな。まぁ、俺ほどまで女性を知り尽くすことができれば、啓介も俺のようなプロフェッショナルになれるぞ!」
「それは勘弁。お前まで行くと犯罪の一歩手前だし」
「同感。笹原の場合、片足をあっちの世界に突っ込んでるよね」
祐一は必死に否定しようとするも、俺と守の2人でウンウンと頷くとういう多数決に敗れる祐一。
ちょうどそのタイミングで、HRの始まりを告げるチャイム&議会の終了の鐘が無情にも鳴り響いたのだった。




