第三話 〜えっ!? しゃべるんですか?〜
三咲が化物を倒したのを見届けた後、金髪の青年は何処へともなく消えていき、俺に鍵を届けに来た恵理菜さんも俺の家を去っていた。
静かな家に残ったのは三咲と俺だけ。あんな化物を倒したとは思えない細腕でお茶を飲んでいる。
こうして改めて見ると普通の女の子。黙ってお茶を飲んでいる姿なんて地を這うように行く大和撫子。とてもじゃないが、さっきまでの化物のことなんて夢ではなかったのかと思えるほど。
だが、真実はこの目でハッキリと見た。にわかに信じがたいが、自分の目で見たものだから否定のしようがない。
そして、俺に手渡されたこの鍵が全ての原因でもある。恵理菜さんが帰り際に言った言葉通りだと、この鍵の恐ろしい効力が発揮されるのは、鍵の持ち主の契約が破棄されるまでの1週間。
つまり、この1週間を乗り切ればこの鍵とはお別れできて、平和になるということだ。
逆に言えば、人生の中で一般の人間なら体験することすら無い生死をかけた1週間ともいえるだろう。
「そわそわしてどうかしたのですか? トイレならあちらにありますが?」
「自分の家だからそれぐらい把握してるから。ガキであるまいしそこまで我慢しねぇよ」
これだよ。俺が神妙に考え事を始めたら俺をからかうクセ。ここ一時間ほどでコイツの性格は大体理解した気がする。
「で、いつになったらお前は帰るんだ? まさか、ほんとに居候するつもりか?」
「もちろんです。お守りしなければ啓介さんを待っているのは死だけですよ?」
湯呑みを置いて、こちらを見る三咲の目は、まるでアホなことを口走る小学生を哀れな視線で見る中学生みたいだ。
……つまりそれって俺が小学生か。
「ともかくッ! 歳近い男女が一つ屋根の下はマズイだろ。それに母さんもそろそろ帰ってくるしどう説明する――」
「ただいまぁ」
突然開かれた玄関と同時に母さんの明るい第一声がこだまする。
マズイ。非常にマズイことになったぞ! 三咲のことを母さんにどう説明する?
妹が発生しましたとでも言うか? いや、いくら天然な母さんでも妹ができたなんて無理があるぞ。
「あら、ミィちゃん帰ってたの?」
「あ、はい。いつもスイマセン」
俺を置いて仲の良い女性二人組に唖然とする。開いた口が塞がらないとはこんなことなのだろう。
お二人とも知り合いなわけ無いですよね。今、初めて会いましたよね? てか、ミィちゃんって、なんでそんなにフレンドリーなんですか? 俺びっくりして、言葉も出ないんですけど……。
「啓ちゃん、どうしたの?」
「そうですよ。どうかしたのですか?」
「えっと、どこからツッコんだらいいか悩んでます」
困った。なんか置いていかれているの俺だけな気がする。それともあれか? 俺だけが知らない二人の関係が……。
「ありませんよ」
「えっ!?」
俺の近くで母さんには聞こえない声で俺に耳打ちしてきた三咲の言葉に表情が凍る。
「設定上、貴方の彼女ということなので是非よろしくお願いしますね」
ナ、ナルホド、セッテイデスカ。それはなんとも恐ろしい響きです。
「いいですか? いくら設定といえど、余計なことをすれば……呪っちゃいますよ☆」
「イェッサ~!」
危ないよコイツ。ヤル気だよ、殺る気。ひとまず、こう答えたものの、本当にここで暮らすのか?
間違いが起きなければいいが……・いや、起きる前に俺、死んじゃうかもな。
「何はともあれ、よろしくお願いしますよ。」
「ん~? お母さんを置いて二人で密談~」
「なんでもないですよ。さっ、晩御飯にしましょう」
母さんの背中を押して、三咲は台所に消えていってしまった。それをただ呆然と眺めることしかできなかった俺は、ボゥっとリビングに突っ立っていた。
「旦那。すまないが俺に飯をくれねぇか?」
足元にやってきた愛犬、豆柴の茶々丸がそう言って俺を見てきた。
「悪い悪い。そう言えば……。はぁ!?」
「どうした旦那?」
つぶらな瞳で俺を見つめる茶々丸だが、なんで日本語なんて喋ってるんだ?
「しゃ、喋るぞコイツ」
「旦那そのネタはどうかと思うぞ。しかし、こうして人の言葉で話せるのは旦那と三咲の嬢ちゃんだけだな」
ヤレヤレといった感じに前足を上げる茶々丸に、俺の驚きは止まらない。
三咲の件で何があっても驚くことはもう無いだろうと思っていたが、とんだ伏兵がいたとはな。
「茶々丸。一体お前に何があった? なんか悪いものでも食ったか? だからあれほど落ちているものは食べるなといっただろうが」
「そいつは俺の質問だぜ。旦那に手渡されたなんとやらの鍵の影響なのか分からんが、突如喋れるようになってしまってな。あと、俺は落ちてるものは食べないぞ」
茶々丸としばし睨み合いをした後、戸棚から出してきたドッグフードを専用の器に入れて茶々丸の前に差し出す。
「で、気づいたら喋れるようになっていたと」
「まぁ、そういう事になるな。しかし、ウメェなドッグフード。旦那も食べるか?」
とても美味そうにドッグフードを平らげているが、どうも人間の食えそうなものに思えない。
よく、毎日同じ物食えるな。いくら好きでも、毎日唐揚げを食える自身は俺にはないな。
「遠慮しておく。人間の食べ物じゃないしな。で、お前なりに感じたことはあるのか?」
「う~ん。三咲の嬢ちゃんは俺が今まで感づいてきた霊とは比較にならないな」
何か意味深な感じに茶々丸はその前足を組む。てか、お前足を組めたのかよ。
「今までって、他にも霊を感じてたのかよ」
「よく言うだろ。動物は霊的なものに敏感だってな」
テレビなんかでそういわれていたが、本当だったんだな。と言うことは、茶々丸が居ればある程度は敵の奇襲に備えれるってことか?
「もし、旦那に害をなす霊が現れれば、俺が伝えてやるよ。旦那には死んでもらっては困るしな」
最後の一粒まで綺麗に平らげた茶々丸は、その場に座り込む。
「しかし、旦那も面倒な事に巻き込まれたな」
「もう慣れ始めている自分が怖いくらいにな」
苦笑しながら茶々丸をイジっていると台所の方から母さんと三咲の声が聞こえてきた。
「啓ちゃん、ご飯できたわよ~!」
「今行くよ」
「啓介君の大好きな唐揚げですよ~」
なんで俺の好物を知っているのか知らないが、晩御飯を食べてしまおう。完璧に俺の家に馴染んでいる三咲の順応性は計り知れないな。
「さて、晩御飯にしますかね」
「じゃ、旦那も頑張ってな」
台所から拝借してきたであろう爪楊枝を加えたまま茶々丸は、奥の部屋に入っていった。




