~プロローグ~ テレビからこんにちわ
例えば幽霊、或いはこの世のものではない何かに皆さんは会ったことはあるだろうか?
暑い夏、友人たちとなにげとなくに話し始める怪談話。
幽霊を見たことがあるというステータスを持っているだけで、小中学生にとってはまるでヒーローのような注目の的だった。
不幸か幸運か生まれてこの方17年、俺は幽霊のみたいな科学では説明できないようなものには1度も遭遇したことはない。
だから、身の毛のよだつような話を聞いた所で他人事にしか思えなかったし、まるで映画を見ているかのような気分だった。
両親からの遺伝なのか、自分が見たことのないものは信じられないのが本音。
だが、幽霊に対する考えが根本的に覆される事件が高2の夏にやってくるとになる。
そして、とんでもないものが俺、槙原啓介を待ち受けていることになるとは、その時は夢にも思っていなかった……。
ジメジメとした初夏の陽気に嫌気が差した俺はエアコンのスイッチを入れ、カーテンを閉めた。
ヌルっとした空気がだんだん冷めていく。片手に持っていたコーラの缶を机の上に置いた俺はフゥと息をついた。
季節は梅雨が開けたばかりの初夏だというのに、真夏日のような太陽が腹立たしいほど青い空から照りつけている。
日曜の昼間だから、何処かに行こうと思えば何処へでもいけるのだが、外の太陽を見れば、そんな気分にはなれなかった。
朝のニュースで、美人なお姉さんが言っていた「本日は真夏日のような暑い1日になるでしょう」と言っていたが、まさに当たっていた。
「こんなに暑くなるんだったら祐一と一緒に海に行っていたら良かったな……」
俺の親友であり悪友の沢原祐一は、今頃浜辺で懲りずにナンパでもしているだろう。
黙っていれば2枚目、喋れば3枚目といった男で、要するに残念なイケメンである。
しかし、本当に祐一の誘いについていっても良かったと思えるほどの暑さに少し後悔した。
「もっともアイツがまともなやつなら快くついて行くんだがな」
俺はそうこぼすと自分のベッドの上に放り投げてあった携帯を手に取り、適当に時間を潰すべく、祐一に電話をかけてやるかと思い携帯を開いた時だった。
携帯の液晶に着信中の文字が映し出された。こんなタイミングに電話をかけてくる奴は誰だと思い発信名を見る。
『如月三咲』
画面にはそう映し出されている。
「……誰だ?」
俺の知り合いにそんな名前のやつはいないはず。でも、名前が出ているということは携帯番号を交換して登録したということになる。
全く見覚えがないが電話に出ないわけにもいけないと思い、通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。
「もしもし、啓介だけど」
「……」
電話の向こうの相手は答えない。雑音すら聞こえない無音。
「あの、もしもし?」
「……やっと電話にでてくれましたね」
深く冷たい水底から聞こえてくるような少女の声に、俺の背筋をなんともいえない冷たいものが走ったのが分かった。
幽霊とか超常現象なんて信じてなかったし、第1そんなことに遭遇したことすらなかったのに本能的に俺の頭がマズいと警鐘を響かせた。
さっきまで蒸し暑かった部屋の中の温度が一気に下がったのが分かる。エアコンのせいなんかではない。
重々しく、冷たい空気がいつの間にかに俺の部屋全体を支配していた。
「すぐ、そちらに行きますね」
耳に当てていた携帯が俺の手をすり抜けて床に落ちる。俺の手から離れた携帯は通話終了の電子音が、ただ短調に鳴り続けていた。
ゾクッとする寒気が背後から襲ってきた。取り憑かれたかのように振り向く。
その拍子で机の上に置いてあったコーラの缶が床に落ちて中身を盛大にぶちまける。
コーラがこぼれたことなんてどうでも良かった。それよりもさっきまで電源のついていなかったはずのテレビが耳につく砂嵐の音を上げて電源がついていることのほうが大事件だった。
早くの部屋から出ないといけないと分かっているのに俺の体は動かない。それどころか、目をそらそうにも俺の視線はずっとテレビに釘付けになっている。
カーテンを閉めているといっても、昼間なだけはあってかなり明るい。それなのに俺の部屋だけこの世から切り離されたかのような気持ち悪さを感じる。
テレビはひたすら砂荒を流し続ける。不規則で何雑な灰色の砂嵐の中からぼんやりと黒い点が生まれ、それが次第に大きくなっていく。
平面なはずのテレビの画面が波打つように揺れている。そして、その波打つ水面から俺の部屋にまず侵入してきた、白い右手。
テレビの枠をしっかりと掴み、次に左手が現れた。
「う、嘘だよな」
これほどまでに大画面のテレビを恨めしく思ったことはなかった。
某映画に出てくる長い黒髪の女性がテレビの向こうからこちらの世界にやってこようとしている。
白いワンピース、長い黒髪、死んだように白い肌。映画と違うのはその女性が俺と同年代ほどの少女らしき何かであるということ。
今眼の前に見えるものを現実認めたくない自分を諭すかのように少女はテレビからでてきたのだ。
最後に蒼白い左足をテレビの画面から引き抜くと少女はゆっくりと俺の方へと近づいてくる。
距離にして約2メートル弱。飛びかかられればほんの一瞬で捕まってしまうほどの距離に存在する彼女。
ゆっくりと確実に近づいてくるその姿を見ても俺の体は俺の体は一向に動く気配がない。
まるで、床に接着剤でくっつけられているかのようだ。
この異常な世界。恐怖の包むこの部屋の床に転がっているコーラの缶が余りにもシュールでこの世界の中で唯一まともなモノに感じた。
その転がっているコーラの缶に少女の足が乗った時、あらぬことが待ち受けていた。
「キャァ!」
奇声を発して、少女が漫画のように派手にこける。
「……はい?」
恐怖から一転、俺の頭が違う意味で真っ白になる。
テレビから現れた少女。おそらく彼女は幽霊だろうか。そうでないとしても、テレビから出てきたのだからまともな人ではないことは確かだ。
そんな少女がテレビから出てくるなりコーラーの缶で足を滑らせて転げるとは誰が思うだろうか。
「うう、貴方ですか! こんな所にジュースの缶を置いたのは!」
顔を上げた少女がキリッとした目で俺を睨みつける。ぱっつんとした前髪の下の顔に俺は息を呑んでしまった。
まさか、井戸からはいでてくるあのお方が、こんな美少女だったとは知らなかった。整った顔は怒っていてもとても綺麗で世の男性なら誰もが見とれてしまうほど。
「いいですか! 飲んだジュースはちゃんとゴミ箱に捨てないといけないといけないんですよ」
拾い上げた缶を俺の目の前につき出すと「全くだらしないんだから」なんて言いながらコーラの缶をゴミ箱に放り込んだ。
「手がベタベタになったじゃないですか。ちょっとお手洗い借りたいのですがどちらにありますか?」
「えっと、そこの角を右に曲がったところです」
「そうですか。では、少し失礼しますね」
少女は何くわぬ顔でそういうと俺の部屋から出て行く。
「……っておい! アンタ誰だよ!?」
俺は慌てて部屋を飛び出て少女の後を追った。
「な、何ですか! 女の子のトイレについてくるなんてとんだ変態さんじゃないですか!」
「わ、悪い。……いや、そうじゃなくてアンタ誰だよ!?」
「むぅ。話は私がお手洗いから戻ってからです! 貴方は部屋で静かに待っていてください」
少女はそう言う歩いてそのまま角の向こうへと消えていった。
俺の家のはずなのに、俺は渋々部屋に帰るとベッドに座り込んだ。
「一体俺の家で何が起きているんだよ……」
恐怖の次に待っていたのは、頭を抱えたい状況。結局分かっているのは、今起きていることが俺にとって良くないことであることは確かだということだけだった。




