敵襲
「アラン……貴方本当にあの香りの香水が欲しいのですか?」
「王家の人間の嗅覚はどうなっているんだ?」
ドン引いた様子のローズちゃんに、お父様がぶつぶつと呟き、全員が混乱する地獄絵図が完成したようだ。
「……ま、それはまた熟考することにして」
(熟考するんかい!)
思わずあたしが心の声で突っ込むと、目を細めたものほんが不敵な笑みを浮かべて言った。
「……ふーん、君、見た目に反して面白いね」
(ミーシェールー!?)
慌てた様子のお父様があたふたして、ムサルトが威嚇し、王子サマが苦い物でも食べたような顔をしていた。
「で、僕に何の用?」
「お母様。お願いしますわ」
あたしは即座に信頼できるお母様にぶん投げた。
(お父様は!?)
(無理)
(ぴえん)
「……こほん、総合的に判断して、あなたの身に危険が迫っていると判断しました。そのため、」
突然、ドアがバーンと勢いよく開いた。
「まぁ! こんなところにいらしたんですの!? まったく、探しましたわよ!!」
ドリルのようなくるくるなド派手金髪で、元はドレスのようなボロボロな布をまとった少女が、同じくボロボロの布をまとった瀕死のメイドチャン片手に現れた。
「……異常に魔術が発動していると思いましたが、よくたどり着きましたね」
なぜか感心しているローズちゃんをキッと睨みつけた少女が、腕を振りかぶってローズちゃんを指さして言った。
「あなたが、わたくしの婚約者の心を奪った、泥棒猫かしら!??」
「……え?」
困惑した様子のローズちゃんに対して、顔色が悪くなっている王子サマの姿に気づいたあたしは、ピーンときた。前に出て、ロースちゃんをあたしの後ろに隠し、身に着けた作法をしっかりと披露する。もちろん、大勢を失神させてきた笑顔も忘れずに。
「わたくし、スターナー伯爵家が長女、ミシェルと申しますわ」
「なっ!」
あたしの笑顔を見て、思わず、顔を赤らめて絶句するド派手ドリルちゃんに、あたしは畳みかける。失神しないなんて、なかなかやるぢゃん?
「申し訳ございませんが、わたくし……」(悲痛な顔)
そう言って、意味ありげに王子サマの方をちらりとみる。
「幼い頃から心に決めた方がおりますの」(愛しい人を思い浮かべる顔)
「は、え、どこで出会ったというんですの!??」
悲鳴のような声を上げて、ド派手ドリルちゃんが顔を真っ青にした。
「僕がミシェル嬢に求婚したのは事実だけど、」
「光栄でございます」
あたしは王子サマの言葉を遮って、王子サマに向かって笑みを浮かべる。
「嘘ですわ! 嘘に決まってますわ!」
メイドチャンを振り回しながら、癇癪を起したド派手ドリルちゃんを見て、王子サマが軽くため息を吐いて、あたしの隣に来た。王子サマが、ぽん、とあたしの肩を叩くと、その手は即座にムサルトにはたき落とされた。
「ミシェル嬢、彼女をからかって遊ぶのは、やめてくれないか?」
「まぁ」(困った顔)
(え、あたし嘘は言ってないし)
「確かに、君は嘘を言ってないけど、彼女を誤解させようとしたよね?」
「申し訳ございません」(真剣な顔)
(この子で遊ぶのまぢ面白くて、つい……)
「反省しているならいいよ。彼女は、僕の自称婚約者で単なる幼馴染……ストーカー……?」
あごに手を当てて悩む王子サマに対して、王子サマの言葉を聞いてぐんぐんと元気を取り戻したド派手ドリルちゃんが、メイドチャンを放り投げ、王子サマの腕にぶら下がった。
「そうですわよね! わたくしという婚約者がいながら、他の女に目移りするはずがないですわ! ふふふ、まぁまぁ! わたくしのことが愛おしくて、おそろいの金髪になさったのですか!? そのままのお姿も素敵ですが、わたくし、嬉しいですわ!」
きゃあきゃあと騒ぐド派手ドリルちゃんに、あたしは思わず問うた。
(……このド派手ドリルちゃん、もっかい黙らせていい? さっきの方がよくね?)
「ぶふぉ!」
すごい音を立てたモノホンが、笑いのツボに入ったようで腹を抱えて笑っている。
(黙れ、モノホン)
(ミシェル! 不敬だ! 黙れ!)
(へいへーい)
あたしの言葉に反応したお父様に、あたしは黙るように指示された。モノホンはまだ涙を拭いながら笑っている。うざ。
「……アンヌ。ご両親が軟禁、じゃなくて、家に押し込めておいてくれていたはずなのだが、どうやって抜け出した?」
「え、アレン様が別の女に求婚したという噂を突然聞いて、わたくしの周りを囲っていた全ての魔術具を破壊してきましたわ」
頬に手を当ててにっこり笑うド派手ドリルちゃんに、王子サマが頭を抱えてブツブツと何か言い始めた。ヤベェストーカーに追われたら、そうなるもんなのかも。
「そうだった。アンヌは一応祖国で一番優秀な魔術師だった。こちらの国の基準がぶっ壊れていて、失念していた」
「アレン様のためですもの」
アレンとアランって名前が似てるなぁってボーっと見ていたら、心を読んだかのように王子サマが言った。
「僕は、アラン王子と入れ替わるために生きてきたからね。名前も似せているんだよ」
「いや、お前の本名は違うぞ?」
「え?」
さっきまで笑っていたはずのモノホンの言葉に、王子サマが目を丸くする。
「お前の本名は、アールッツォだ。名前をアランに似せなければならないが、この子の人生を生きてほしいという、お前の母親の願いを感じる名前だな」
そう言って、優しく微笑むモノホンに、絶句した王子サマがポツリとこぼした。
「……母様」
ポンポン、と王子サマの肩を優しく叩いたモノホンが振り返ると、突然メイドチャンがモノホンに襲い掛かった。
「え?」
驚いた様子のモノホンを見て、思わずあたしが魔力を放つ。
ぱぁぁぁ、とピンク色と白色の光が輝き、モノホンの前に結界が展開される。結界にぶつかったメイドチャンは、王子サマによって拘束された。メイドチャンの手から、ナイフが零れ落ちる。
「……君、僕が王族とわかっていての暴挙だね? 王族への刃傷沙汰は死刑ってわかってる?」
すぅっと目を細めたモノホンにそう言われたメイドチャンは、顔を真っ青にしながら、言い返した。
「あなたが、あなたが諸悪の根源じゃない!」
「……何を言っているの?」
モノホンが不思議そうに首を傾げた。
「あの子が、死ぬ必要なんてなかったのに。あなたが真面目に王子をしていてくれたら、」
「何を言っているの? 僕は王子だよ? 僕に仕えるのは、みんなの義務じゃないか。まぁ、僕はもう王子じゃないけど」
表情を変えずにそう言い放つモノホンは、生まれながらの王族だ。当然のことと言い放つ。そこに起こった使用人の死なんて、自分には一切関係ないと本気で思って言っている。メイドチャンの言動は、正直言って暴論だ。でも、王族として生まれてしまったのなら、ここまで生かされたなら、人に仕えられるのを当然と思うのなら、その義務を全うしていたら……ピンク頭のメイドが死ぬ運命ではなかったのかもしれない。今も彼女はメイドチャンと二人仲良く笑って生きていたのかもしれない。
涙を流すメイドチャンを物のように見たモノホンは、興味を失ったかのように視線をそらし、あたしと目が合うと笑った。
「ねぇ。偽物の僕が君に求婚したんだし、必要な時に王子に戻るから……そうだな。ミシェル嬢が僕の妃として王家に嫁いで、愛人として彼を置くのはどう? どっちの子を身ごもったとしても、王家の血が入っているから問題ないよ」
笑顔のまま、そんな提案をするモノホンに、あたしの前に立とうとするムサルトを手で制する。目の前にいるのは、本物の王族だ。気に食わなかったら人を殺すことも躊躇しないだろう。それが、ムサルトのような平民なら、特に。
「申し訳ございませんが、わたくし……」(悲痛な顔)
「幼い頃から心に決めた方がおりますの」(愛しい人を思い浮かべる顔)
だから、あたしは貴族として戦うのだ。
「ふーん……。じゃあ、これなんてどう? このメイドチャンを特別に無罪放免にしてあげるよ。ミシェル嬢が僕の妃となると言ったらね」
「まぁ」(困った顔)
「なぜでしょうか?」
こいつは、面白いおもちゃを見つけた子供だ。より一層面白いものを見せたら、そちらに釣られるはずだ。
なぜでしょうか、と答えながら、あたしは片手で魔術を編む。こいつが見たこともない、絶対に興味を惹かれる、新しい魔術を。魔力が多くて、属性も多い、こいつにも使えるけど簡単には思いつかない魔術を。
あたしの手元に気が付いたモノホンは、興味深そうに目を細めた。
「ふーん……」
ニヤリと笑ったモノホンに、手ごたえを感じたあたしが魔術を空中に放つ。
(氷城と夏)
いつかムサルトに語ってもらった物語。氷の城を作る魔術だけなら簡単だと思った。それに、夏のような暑さを火魔法で添付して、適温の中、氷を維持するのは、膨大な魔力がいる。まずはこの部屋で展開できる大きさの城を見せて、興味を持たせるのだ。
「へー……かなり複雑に魔術が編んであるね。火魔法と氷魔法……相反するものを膨大な魔力でカバーしているって、これ、大きくできるの?」
想像以上に食いつくモノホンに、あたしは笑みを浮かべる。
「謹んでお受けいたします」
「……総長。広めの実験室貸して。そうだ、王子サマ。僕はまだ忙しいから、しばらく僕の代わりを頼むよ。妃も好きに選んで子を作ってもいいよ。この国の王族の血が入っているからね。そのメイドチャン? 好きにして。じゃあ、僕は行くよ。ミシェル嬢。この術式、書類に起こしてくれる? なるべく急いで」
モノホンがそう指示を出した時には、ムサルトが一枚の書類を書き上げ、モノホンに手渡していた。
「……ふーん、魔術を見ただけで再現できる平民の従者ねぇ。相変わらず、スターナー伯爵家には面白いものがいるね」
紙を受け取ったモノホンは、ローズちゃんから鍵を受け取り、ぴらぴらと鍵を振りながら、去っていった。




