当日、マロッドの朝
マロッドの一人称がコロコロ変わるのは仕様です。
あ、書籍化しますので今後もショタと覇王様をよろしくお願いします<(_ _)>
夢を見ている。
楽しかった子供の頃の夢。
――様とオーレッタとですごした宝物の日々。
『――様お歌を歌って』
オーレッタがおねだりするとーー様は困った笑みを浮かべられて、そして歌ってくれた。
オーレッタと僕が最初に覚えた大切な歌。
ーー様の歌声に、子供の僕とオーレッタは嬉しくて嬉しくて二人で抱き着くと、背中に回されてギュッと抱きしめられる。
幸せな日々だった。
もう二度とこないその光景を記憶に刻み込むように眺めた。
「……様。…ッド様」
夢の箱庭に異質な声が響き渡る。
それが自分を呼んでいると自覚すると目の前の三人から視線を逸らす。
眩しかった世界が端からインクの染みが広がるように、黒く染まっていく。
やがて僕の体にも染み込んでいき全てが見えなくなり。
「ん……」
目を開けば、ここ最近元の主よりも滞在していたセンスの悪い室内と、私の恋人の一人が目に入ってきた。
「お眠りになられておられたようですが」
「ああ、すまないね。寝不足のところに朝食を食べたせいか、ウトウトと軽く眠っていたようだ」
起き抜けの記憶の混乱が収まっていくと現状が思い出されてくる。
今は私、エルセレウム王国第二王子マロッドの人生にとって最も重大な一日の早朝だ。
「先ほど動きがありましたので、すぐにでもご報告にと。ノックをしてもご返事がありませんでしたので失礼ながら入室させていただきました」
「うん。起こしてくれて助かったよ」
申し訳ございませんと頭を下げる彼女に礼を言う。
「それで届いたのは朗報かな?」
「おそらく」
肩をほぐしながら聞くと、恋人の中でも最古参の彼女は頷く。
「先ほど、ハイブルク家三男セルフィルがアレスト女辺境伯邸に到着しました。護衛として百名の兵士を率いております」
「ん~、ハイブルク公爵家の王都兵力の半分以下かぁ。七割は連れて行って欲しかったんだが」
「いえ最初は二百名が率いられていたのですが、途中で半数が分かれて市街の方向に向かいました」
「分かれた?」
「はい。急な動きだったので、監視していたランドリク側の男性達に向かわせたところ、王都の各地へ更に少数の部隊に分かれたそうです」
「……兵の向かった先はわかるかい?」
「兵に割かれた人員だけでは全てを把握することは出来ませんでしたが、大半は衛兵の元に集まっているようです」
「ふむ……。こちらの抑えつけられなかった連中が暴動を起こすのを防ぐつもりなのかな。なんともお優しいことだねハイブルク家の末っ子様は」
こちらには欲にまみれた無能な連中しかいないので粛清する余裕がなかったから、王都の平民に被害が少しでも及ばなくなるのは感謝したい。
「まあ誤差の範囲だね。ついでにこちらの融通が効かなそうなのが勝手をし始めてもすぐに処分してもらえる配置に変えようか。時間はないけど出来るかい?」
「比較的まともな貴族と変更するだけですのですぐにでも」
「よろしくね。じゃあ、アレスト女辺境伯邸で起きたことを聞こうか」
「はい」
彼女が持っていた資料を見る。
私がもっとも知りたい情報と伝えていたので、漏れがないように筆記してくれているようだ。
「セルフィル=ハイブルクが到着後、第二王女リリアーヌ様をアレスト女辺境伯が付き添い屋敷から現れました」
「リリィはどんな姿をしていたかわかるかい?」
つい、ポロリと口から言葉が出てしまった。
「大変お綺麗なドレスを着用されておられたようです。公爵家も辺境伯家も王家に相応しいものを用意したみたいですね」
口元に手をやる。
彼女は資料に目をやっているが念のためだ。
幸いに気づかれることはなく報告は続いていく。
「現れたリリアーヌ様はそのままハイブルク家の馬車に乗られました。セルフィル=ハイブルクも同じ馬車に搭乗しています」
「彼は本人だったんだよね?」
「はい。アレスト側からも護衛の兵士がハイブルクの倍の数で周辺を警戒していて傍には近づけず、馬車を降りたわずかな時間しか確認出来なかったようですが、金髪で年齢にしては幼い体格は彼で間違いないと上がってきています。ランドリクの者は兵士の行方を追わせたので、私達のみの報告になりますが」
「あー、セルフィル君は貧弱そうだったからね。アレスト女辺境伯が過保護に護衛を出したのかな。うん彼女達が確認したのなら大丈夫だろう」
今日まで恋人らは貴族や市井の中で情報を収集してくれた。
その膨大な情報が無ければ、いくら僕の目的へ続く好機のタイミングがやって来たとしても、何も出来ずにいただろう。
彼女達には感謝しかない。
「そしてアレスト女辺境伯ですが……」
「うん」
一番聞きたかった報告だ。
「王女の手を取り屋敷から現れたのは美貌の騎士でした。美を削りだしたかの様なその長身のお身体を包むのは、各所を紅い華に彩られた白銀に輝く鎧。憂いを帯びたその美しきかんばせを、数多の星が流るる如き銀の御髪が時折隠すのがとても」
「待った」
うん、待った。
彼女の口から漏れ出たのは若い女性達が読むような詩的表現。文字で読んでも理解するのに少し時間を要しそうだ。
「アレスト女辺境伯の報告だよね?」
「はい。この詩的表現で……三枚に渡って書かれていますね。要点だけ抜き出しましょうか?」
彼女は資料を何枚かめくって確認する。三枚もそんな感じなの?
う~ん、報告者はデリアかな。貴族を相手にする仕事で詩が得意な子だ。
「お願いするよ。さすがに今日のこれからの事を考えるとすべて聞くのはさすがにつらい」
「では」
要約された内容は、アレスト女辺境伯は戦支度をして一際馬体の大きい白馬に騎乗し、ハイブルクの兵と自分の配下を合わせた三百から四百の兵でリリィとセルフィル君が乗った馬車を囲んで王都を出たという事だった。
三枚ある報告書の三分の二はアレスト女辺境伯への美辞麗句らしいので、要約してくれた彼女には感謝しかない。
「……王都を出た後もアレスト女辺境伯は監視しているよね?」
「はい。マロッド様のご命令通り、ヒラリス子爵一家が滞在するアガタ公爵別邸までの行路数か所に馬に乗れる者を配置しています。もし王都に戻る気配があれば、公爵別邸まで走り人質を処分する……ということでよろしいでしょうか」
「うんいいよ」
以前に命令した通りに実行してくれることに、満足して頷く。
「あの……本当にここまでする必要があるのでしょうか?」
「なにがだい?」
「人質を取ってまでリリアーヌ様を王都から引き離すような不名誉をしなくても、マロッド様なら今日を迎えられたのではと」
おずおずとためらいの表情で彼女は聞いてくるので、一瞬何を聞かれたのかわからなかった。
理解すると、どれだけ私は優秀と信じられているのかと、嬉しさと恥ずかしさで背中がむず痒くなる。
「今後の事を考えるならしたくなかったね。しかし多少の不利益を被ってでもセルフィル君達、いやアレスト女辺境伯だけは何としてでも王都から遠い場所にいてもらわなければ、私の建ててきた計画は全てひっくり返されるんだよ」
彼女は私の言葉に納得していないようだ。
「君達が集めてきたアレスト女辺境伯の経歴と、貴族の彼女への反応の報告書を読んで判断したんだが」
「あれでしょうか。あれはその……」
彼女が返答に困るのはしょうがない。
なにせその報告書をまとめたのは彼女だったから、手渡される寸前まで不確実でおかしい情報だと謝っていた。
「騎士団百名を一人で制圧に、訓練用の木剣だけで玉座まで入り込まれたこと、他にも調べれば調べるほど報告した者の頭を疑うよね」
自分の信頼できる恋人達からの情報という事でも、最初は疑うどころか私が諜報活動を頼みすぎておかしくなったのかな?と心配したほどだ。
「でも貴族の彼女への印象が、私は気になったんだよ」
「気になる?」
「うん。報告書では彼女を侮り蔑視する言葉で下に見る貴族と、恐れ否定して彼女を下にも見ようとしていなかった貴族の二種類がいた。それは王が破滅した夜会に参加したかで分かれていたよね」
相手を侮り軽んじるのと、恐怖で忌避するのは別物だ。
前者はアレスト女辺境伯を容姿ぐらいしか見ておらず女のくせにと侮り。後者は夜会で
「王の夜会で見たんだよ。女ごときがと蔑めない、貴族の無知な傲慢でも抑えきれないほどの圧倒的な暴力を、私の祖父達は」
彼女の本当の姿、魔力使いの騎士と魔法使い達をドレス姿で壊滅させた本当の姿を見たから怯えるようになったのだろう。
夜会で祖父のランドリク伯爵に尋ねたら、頭を抱え情けない悲鳴を上げながら蹲ってしまった。
「だからセルフィル君から私とオーレッタに会ってみたいと申し出があった時に、敵地に向かうようなものだから、彼の婚約者のアレスト女辺境伯も同席してくると考えて、オーレッタに挑発させてどのくらい強いのか図ろうとしたんだけど……。まさか分かれて訪問して、軽い挑発で激怒するとは予定外だったね」
ハハハと軽く笑って話すと、ポカンとした表情になっている彼女。
おっと、妹のオーレッタがアガタ公爵邸の半壊と共に死を迎えかけたのが、私のせいだったのは彼女と恋人達には秘密だった。
「君達が報告してくれたおかげで確認判断した結果、アレスト女辺境伯の今まで為してきた事は偽りではなく事実と想定した。だから個人で騎士複数名と魔法使いを圧倒的な武力で制圧した化け物で、大平原の騎馬民族を押し返した破格の英雄とした場合、彼女が王都にいたら私たちは高確率で全滅すると判断したよ」
一度言葉を止め、祖父の品の無い椅子の背もたれに寄りかかると、着ていた鎧が当たって音が鳴る。
「私が計画を実行する時、最優先事項にしたのはアレスト女辺境伯を王都から遠ざける事。素行が悪く裏切りそうな騎士に襲撃させ、セルフィル君の傍にいるように仕向け。妹の兄弟同然の者を人質にして、彼と一緒にリリィに同行させることにした」
数通の手紙と未来の優遇措置で、いともたやすく日和見になる他の貴族達に比べて、一手間違うだけでこちらの首を刈りに来る死神の相手は本当にきつかった。
幸いにして手綱を握ってくれていた飼い主がいたから、私とオーレッタは生き残った。
「わかったかな。人質を取る不名誉なんて、たった一人で状況を全てをひっくり返す存在を舞台に上げさせることが出来ない状況を作れたことに比べれば些細な事を」
彼女はコクンと頷いてくれた。
良かった。私の補佐をしてくれていた彼女が理解してくれたなら、他の恋人達にも伝わるはずだ。
なにせ恋人達の中でアレスト女辺境伯が実際に行動したところを見たのは、学園前で襲撃した時に監視していた花屋の子しかいない。
それでは恋人達の今後に支障が出る可能性があったから、伝えるタイミングがあってよかった。
「さて、リリィが不測の事態を起こすアレスト女辺境伯を連れて行ってくれたおかげで、私の目的はほぼ叶いそうだ」
椅子から立ち上がる。
私が着ていた鎧で椅子が大きく裂けるが、二度と座ることはないのでどうでもいい。
「君がこの部屋に来たということは報告のほかに準備も整っているということだね」
「はい。ランドリク伯爵、アガタ公爵の配下合わせて総勢五百、マロッド様をお待ちしています」
「また増えたねぇ」
私ではなく、絵に描いた地位と褒美を待っているのだろうと心中で苦笑する。
どうせ使い潰す連中だが、最後まで夢を見させてやろう。
「ありがとう。君達のおかげで僕はここまでこれた」
先導で開けようとドアに向かう彼女を後ろから抱きしめた。
残念ながら鎧を着ているので軽く触れる程度だ。
王の失墜、セルフィル=ハイブルクという奇跡のような好機が降ってきたのもあるが、彼女達がマロッドという存在を愛してくれなければ、ただの第二王子として終わっていただろう。
「……いえ。私達の方こそマロッド様に心を救われました。全員が最後までお供するつもりです」
「ハハハ、これから君達は居残りだよ。安全な場所で僕の目的が達成出来ること祈っててくれ」
彼女は彼女の体の前面に回した僕の腕を両手で掴んだ。
「ずっとずっと、私達は自分の事を俺ちゃんと呼んでいたマロッド様の御無事を願っています……」
金属製の籠手を着けているから彼女の小さな手にどのくらい力が込めているのかわからない。
だけどその思いは。
いや、彼女達の想いは受け取った。
「……さあ行こうか」
だけどその想いは【俺ちゃん】と言っていたマロッド王子と一緒に置いていく。
これからは第二王子マロッド=エルセレウムの【私】の皮を被ったマロッドの【僕】だけになるのだから。
満足ショタ「ふっ、グリエダさんのことよくわかっていますねチャラ王子っ!」
悩み覇王様「いや武力を褒められるのは嬉しいよ。でも、一応私は女なんだがなぁ」
ショタ「え、グリエダさんが強くて美人で可愛くて無敵で最高じゃないですか!」
長兄「それは褒めているのか?」
はい、マロッド回です。
多くの恋人達を諜報員として様々な場所から情報を手に入れていたハーレム野郎です。ペッ!(`Д´)
いつもなら、ここから後書きを大量に書くのですが、ネタバレ気味になりそうで読みたくない方もおられるでしょうから、二章の結末までは活動報告の方で書きます。
でも感想はこちらでお願いしますm(__)m
あ、書籍化します(≧▽≦)
最近更新速度が遅くなった原因の一つです。八割は別の理由ですが(´・ω・`)
今後もショタと覇王様のドタバタ恋愛(?)物語を書いていきますのでよろしくお願いします。
売れるといいなぁ(´・ω・`)









