教育のチャンスは逃さない
ここ数年、入れ替わる野良猫に餌をやるたびにどの猫にもシャー!と威嚇される。地味にへこみます(´;ω;`)
行方不明者チェルシーの所在地が判明したので向かった。
「ちぇるちぇるちぇるしー♪」
三人もいらないので誰か一人に案内をと言ったら、ナイフと鞭と針が飛び交った。こういう時はちゃんと選ばないと揉めるのを実感する。
案内役をもぎ取ったのは、俺の影武者も務める回復魔法使いのアリーだった。ほぼ同格の三人だが、影武者で単独行動になりがちなアリーが近接格闘術では一歩勝っていた。
「ちぇえるちぇーる」
もう一人、変態な執事がいたけれど、別に要らないので義母のヘルママの護衛に戻らせた。もちろんロンブル翁はこちらに戻すように指示してだ。
「ちぇるしーは桃の味ー♪」
誰がそのフレーズっぽいのを教えた。ミ〇キーと間違えやすいよね。
「リリィ、人様の名前を歌にしてはいけませんよ」
「のじゃ? 悪い事なのじゃメーなのじゃ」
俺に指摘されて口を両手で覆う、未来は女王今は脱走王女のリリアーヌ。
どうして一緒にいるのか。
それはロンブル翁がリリィを連れて戻ってきたからだ。
「カルナに滑り台を作ってもらっていたのに、セルフィーが呼ぶから途中で崩れたのじゃっ!」
どうやら国の最重要人物は、苦情を言いに来たのであった。
何やってるのかウチのメイドと連れて来たジジイに頭痛がした。保護者の王妃が許さないだろうと聞いたら、一人で行方不明になるよりましと、遠い目をしてたそうな。どれだけ脱走しているんだプチアマゾネス王女。
「のじゃ? どこに行くのじゃ。わらわも一緒に行くのじゃっ!」
メイドはウチのだけど面倒くさいから軽く謝って帰そうとした。そうすると王女なのに野生パワァに目覚めたのじゃ姫は何かを感じたのか、駄々をこね始め連れて行かなかったから母親の王妃に泣かされたと言うと最終手段まで行使してきた。
最近、必殺な便利屋さんを手に入れた王妃様とは険悪な関係にはなりたくないので、
大人しくこちらの言うことを聞くという条件で許可した。
そして現在、先頭から順番に先導するメイド、腕を振って歩く王女、地味に疲れたショタ、何か起きそうでニヤニヤ顔のジジイ二人で城から使用人の寮に向かっていた。
「しっかし、セルフィル様が関わるといつも揉め事が大きくなるよな」
「僕は大きくしていません」
エイプ子爵から衛兵の詰め所での会話の内容を聞いたロンブル翁の呆れに俺は反論する。勢いで国盗りした奴が何言ってんだかとか聞こえるけど無視無視。
「セルフィル様はそのチェルシーという彼女が、魔法協会が求める人物と確定した時は引き渡すのですか」
エイプ子爵が紳士の皮が剥がれ冷えた声で聞いてきた。
「そうですね。問題が無ければそのまま引き渡します。ですがウチの執事は嫌になるぐらい勘が鋭くて当たることが多いんですよ」
「……」
「とにかく何かを決めるのは本人から詳しく聞いてからですね」
話を先送りにして向かう。
城から繋がる渡り廊下を通っていると、向かう先に飾り気のない使用人たちの寮が現れた。
微妙に日当たりが悪い場所に建っているのは下級の使用人専用だからだ。上級になれば王宮に部屋を持てるし、貴族の子女なら位次第と実家が金を出せば個室持てる。それ以外の貧しい貴族子女が実家に仕送りをして寮住みしていた。
愚王派の使用人たちもいたらしいが、夜会で愚王がざまぁされてから一斉解雇で実家に帰らされようだ。今は王妃についた貴族から派遣されているが、空き室はまだあるので借りたらしい。
と先導しているアリーが教えてくれる。ほら、俺って地位では国で上から数えた方が早くて、たぶん国家予算を超える資産を持つ貴族の子供だしぃ。そんな細かいことなぞ必要に迫られないと知らないのだ。
「ここは余ったお菓子を持って行くとメイドたちが喜んでくれるのじゃ。じゃからお忍んで探検している時に、見てないふりをしてくれるのじゃ」
「臣下の心を順調に得ているのか、賄賂で逃亡補助をさせているのか判断に迷いますね」
のじゃ姫は日々を満喫しているようだ。ハイブルク公爵家の侍女長が知ったら王城に乗り込んで教育係を買って出そうだ。限度を越えたらヘルママが呼びそうだけど。
のじゃ姫が場所を知らないのにアリーを越してズンズン進んだりしたけれど、それ以外は問題なくチェルシーが保護、監禁されている部屋にたどり着く。
一応、目を醒ました時に三人メイドがいないかぎり部屋から出ないよう、ナイフ鞭鉄針で脅したらしい。衛兵たちにも伝えて見廻りも厚くしてもらったそうな。
だが彼女は部屋から出る様子も無く、日がな一日ボーとしていたらしい。
「……はい」
「私です」
「……どうぞ」
アリーが扉をノックすると、少し間を空けて返事があった。
声から女性、若い、警戒、アリーの声に緩めた、それでもよそよそしいのは残っている。
建付けが悪いのか、軋む音を鳴らしながら扉をアリーは開けていく。
小さな窓に簡素な机と椅子、衣服を収納するクローゼット。くつろぐより身体を休ませる為の部屋だ。
そして飾り気ゼロのベッドの上には一人の少女がいた。
「?」
少女は開いた扉の向こうにいる俺たちを見て警戒する顔になり、一人一人確認して俺の背後に視線が向いた瞬間。
「いやああぁぁあああっ!」
恐怖の悲鳴を上げた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
あれから場は混迷を極めた。
少女はパニック状態に陥り、部屋の隅に毛布にくるまりガタガタ震えて怯え。俺に不敬を働いたとアリーが少女の息の根を止めようとするのを、俺が止め。ジジイ二人はオロオロして役立たず。
「どーどーなのじゃ」
のじゃ姫が彼女を落ち着かせてくれるファインプレーをするが、馬の落ち着かせ方だと思った。
そして彼女の見る先でわかったがジジイ二人、特にロンブル翁に恐怖を感じているようだった。ロンブル翁に廊下の見えない場所に移動してもらうと目に見えて落ち着き始めた。それでも残るエイプ子爵に視線がいっていたので、彼にも移動してもらう。
若い子に訳も分からず悲鳴をあげられて出て行かされた二人のジジイの背中は悲哀を背負っていたね。
「それで落ち着きました?」
「はい……。大変ご迷惑をお掛けしました」
ジジイ二人を廊下に捨て、のじゃ姫に頭なでなでのダイレクトアタックを受けた彼女は。部屋に一脚だけあった椅子に座る俺の前で平伏していた。
土下座ではない。額を床に擦り付けてひれ伏していた。
「頭を上げてください」
「……」
「別に貴方が悪いことをしたわけではありませんし、話を聞きたいことがあるのですから顔を上げてください」
のろのろ頭を上げる女性。
俺に畏れ敬わさせる性癖はない。クズや悪人に屈辱の土下座をさせる趣味はあるけど。
落ち着いた彼女をベッドに座らせ、ついでに簡単に平伏しないようのじゃ姫を膝の上にセットした。行動不能のスキルを持つカードは強力だね。
「さて貴方の名前はチェルシーでよろしいですか?」
「はい……」
「炎獄の魔法使いと呼ばれる者の奴隷と聞いてますが」
「そうです」
ん? 奴隷の方に嫌悪をしないのか。いや、そちらは諦めの表情をしている。少し記憶に留めておく。
「どれーとはなんなのじゃ?」
のじゃ姫が首を傾げた。
チェルシーが、あのそのと困っている。
ふむ。ついでに教えておこうか。
「奴隷とは約束で自分の全てを渡した人のことです」
「???」
「例えばリリィはお勉強をさせられてますよね。お勉強は嫌いですか?」
「うむなのじゃ」
素直に頷くのじゃ姫。勉強が面白いと感じる子供なんて殆どいないだろう。
「でも無理矢理にでもさせます。リリィが嫌がって泣いてもさせます。逃げたら罰を与えてさせます。そして誰も助けてくれません」
「そんなの嫌なのじゃっ!」
「嫌だと拒否も出来ません。それを約束が終わるまで毎日毎日やらされるのです。約束の相手が悪い人ならご飯も少なくされたり、なんとなくでも叩かれたりもします」
「ふ、ぐにゅうぅぅ。そ、そんな約束止めればいいのじゃ」
「約束は破れません。長い年月をかけて大人たちが作り出したものですから、奴隷から破った時の罰は今までよりも酷くなった生活か、死んじゃいます」
ヒゥと息を呑むのじゃ姫。
いつか彼女は知らなければならない現実だ。
残念なことに、今生のなんちゃって中世では奴隷が社会の一部として根付いている。第三者が迂闊に手を出せないように法でちゃんと整備されていて、貴族でもおいそれと触れてはならないものであった。
「酷いのじゃぁ」
「そうですね僕も酷いと思いますよ。酷いと思うのならゆっくりでいいので変えていけるように頑張りましょうね」
「どれーは止めれるのじゃ?」
「奴隷という制度は無くすことは出来ます。リリィが大人になった時にその最初の一歩を作りましょう」
「頑張るのじゃっ!」
どんなに年月が経っても名を変えて奴隷は残っていくんですと、言えなかった。
俺は遠い目になっているだろう。残念ながら未来には社畜という奴隷が存在するのだ。
「ではまずはサボった分のお勉強です」
「のじゃっ!?」
「教えた九九を唱えましょうか、そして逆からも。間違えたら最初からやり直しです」
「ままま、待つのじゃ!」
「待ちません。はい、いんいちがー」
「い、いんいちがいちなのじゃ。いんにがになのじゃ」
「耳を抑えた方が間違えにくいですよ。目もつぶるともっといいです」
「ぎゅーなのじゃ。いんいちがー」
のじゃ姫はいきなりふられて混乱したのか、素直に俺の言うこと聞いて目をつぶり耳をふさいで九九を唱え始めた。
よし、これで子供に大人の汚い部分を聞かせないですむ。十分に聞かせた? あのくらいのじゃ姫には大丈夫。魚から猪まで捌ける幼女の中身はタフなのだ。
「あの……。この子は」
おずおずとチェルシーが聞いてきた。
先ほどまで心の安定に使用していたアイテムのじゃ姫を、触れてはならぬ呪物のように扱いかねている。
「エルセレウム王国第一位継承権をお持ちのリリアーヌ王女ですよ。落としたり怪我させたりしないでくださいね」
ニッコリ笑顔を彼女に向ける。
「……うぼぁ」
「ににんがしぃーなのじゃ」
魂が抜けると皆同じ表情なるよね。
のじゃ姫「しししにじゅうはちなのじゃ」
ショタ「ししちですね。はいやり直し。そのうち奴隷が与える経済効果などを教えましょうか」
のじゃ姫フェードアウト出来なかった……(;´Д`)
するつもりだったのに、お勉強から逃亡して城のどこにでも出没とか書いてるから、出さざるをえなかったのです(-ω-;)そして進まぬストーリー(ノД`)
いやもう奴隷の歴史の論文とか読んでると、本編そっちのけで無駄知識を書きそうになりそうで、のじゃ姫登場で押さえ込みましたよ奥さん(*´∀`*)ノ
さて次回は真面目な回です。筆者はいつも真面目な話を書いているつもりなんですよ。これマジ。ふざけて書いているのはバカップルの方です(・∀・)









