敵は多いが拳は熱く
ゲオルの前に現れたのは肥え太った巨漢の衛兵。
湾曲した大剣を持ち、いくつか勲章が見えるあたりそれなりの地位にいるこの髭もじゃの男、ようは隊長なのだろう。
彼は得意げに剣を突き付け、ゲオルを見据えながらニヤついてみせた。
「貴様、この行い、我々は新たなる秩序の守護者と知っての狼藉か!」
「悪党どもとつるむことが新たな秩序か。シェイムに金で買われたか。わかりやすいなぁ」
「黙れ! 貴様のような便利屋風情に大義のなんたるかがわかってたまるか!」
「カタギ泣かせの大義なんざくそくらえだ」
ゲオルがさらにわずらわしそうにする中、隊長はまだ勝ち誇ったように続けた。
「ふん、貴様のような風来坊にはわからんだろうが、普通に務めるよりもずっと待遇がいいものなのだよ」
「ほーう」
「金はもちろん、高い酒に美味いメシ、そしてイイ女。────……それもセックス付き! グフフ、うらやましいだろう? まさに選ばれし者の特権! シェイム氏の手にかかれば自国・同盟国のはもちろん敵国の女すらも思いのまま! 好きに抱けるというものなのだよ。まさに破格の待遇! ガーッハッハッハッハッ!」
隊長につられてほかの衛兵やならず者たちも笑いだす。
そんな彼らにゲオルは吐き捨てやった。
「なあにが好きに抱けるだよ。大方そろいもそろってハニートラップにひっかかったってオチだろうが」
「なっ!」
「それともお役人ってのは、ハニートラップにひっかかってようやく『一人前』になれるのかい? 腹上死は二階級特進か?」
「貴様、言わせておけばッ!」
「もういい。そこどけ。通らせてもらう」
ゲオルが一歩踏み出すと、ザッと円形を組むように全員が囲みだす。
隊長は自慢の剣を構え、『逃がすか』という気迫を露わにさせた。
一騎打ちを望んでいるようだ。
「通すわけないだろう」
「いいからどけよ。ミンチじゃすまねえぞ」
「怖気ついたか!」
こうも下卑たむさくるしい連中と一緒にいると、ティアリカやミスラといった頼もしい存在のありがたみがよくわかる。
あぁ、無性に会いたい。そう思うと苛立ちが募っていった。
しかしゲオルはニヒルな笑みをそのままに、再度奴らに告げてやる。
「そこどけ。────……『クソガキ』」
「な、なに……?」
明らかにゲオルよりも歳上なはずの相手に、彼は静かに啖呵を切る。
「俺は別のところへ行かなきゃならねえ。だからどけ。クソガキ」
「い、言わせておけばッ!」
隊長が剣を強く握りしめたと同時に、ゲオルが彼に向かっておもむろに歩き始めた。
敵意もなければ闘気もない。ただ目的地に向かって歩こうとしているだけの姿だ。
しかしただそれだけを見ただけで隊長は、頭にのぼりかけた血が引いて、背筋が冷えていくのを感じた。
もしもこの剣を振り下ろしたら……。
その先にある暗黒に恐怖が湧きおこって身体が小刻みに震えた。
しかし考えているヒマなどはもうない。
すでにゲオルが隊長の目の前まで迫っていた。
「う、うわぁあ!」
隊長は悲鳴を上げて飛びのいた。
その姿を見て衛兵やならず者たちも動けなくなる。
「ひ、ひ、引き上げだ! 今回はここまで!」
「え、ですがしかし……」
「ならばお前が行くか?」
「ひっ!」
「ふん。さぁアジトまで行くぞ! そこで体制を立て直す。これは戦略的撤退である。ヌハハハハ!」
虚勢たっぷりの隊長とともに、全員が逃げるようにその場を去っていく。
少しでもこの区画にとどまっていると、向こうへ行ったはずのゲオルが瞬時にやってきてこちらを全滅させそうな予感がしたから。
「さぁて、廃ビル、廃ビルはっと……あれか」
教えてもらった場所にあったのは、上階部分が瓦解して打ち捨てられたビルだった。
中はガランとしており、かつて人がいた面影は完全に風化している。
その中に、2人組の男女がいた。
見るからに令嬢と老執事といったなりの貴人ふたりだ。
「あら、どなたかしらアナタ」
令嬢がゲオルに気がつくと老執事が彼女を守るように前へ出る。
「まさかアナタも、彼の施しを?」
「まぁそんなところさ。なかなか珍しい若旦那がいらっしゃると聞いてね。アンタがたかい? 若旦那に合わせてくれるってのは」
ゲオルはならず者のフリをした。
令嬢は見事ひっかかりパァッと明るい顔をする。
「まぁ、シェイムの人望のたまものね! ……でも、ごめんなさい」
「って言うと?」
「次の応募は3日後らしいの。予定が急に早まったらしくて」
「ありゃま」
「だから3日後にここへ来ていただいたら、またご案内差し上げるわ。私はそれを教えるためにここへ来たの」
「へぇ、それはまた。お見受けしたところ名のあるご令嬢とは思いますが、いやはや、若旦那の活動にそこまで協力的な方だとは」
「ええ! そうなんです! 実は……」
別に聞いてもないのにペラペラしゃべる。
聞いてた内容は実際見たものとは全然違った。
簡単に言えば、シェイムがやっているのは、貧しい人々が安心して暮らせる街作りで、自分は強い感銘を受けたのだとか。
この令嬢はそれをそっくりそのまま信じ切っていた。
恐らく彼女はなにも知らない。
「オーケーわかった。アンタの情熱はとても伝わったよ。すごく、な」
「あら、そうですか?」
「日を改める。俺はそれでいい。だが……」
ゲオルは老執事のほうに視線をやる。
それに気づいた老執事は令嬢を馬車まで送ると、ゲオルと一対一で話すことに。
「ならず者のフリまでしてご苦労だな。ゲオル・リヒター君」
「やっぱ知ってたか」
「気づいていたのかね?」
「じゃなきゃ最初出会ったときにあんなに警戒しねえ」
「……そうか」
老執事に敵意はない。
こちらのことを知っていて、令嬢にも黙っていたあたり、彼にも今回のことでなにか思う節がありそうだが。
「シェイムという男、元は貴族でもなんでもない平民の出らしいが……あれは、バケモノだ」
「バケモノ? なんだよ。腕が大砲にでもなってんのか?」
「そうではない。なんというか……同じ人間とは思えない……そんな気分にさせてくる男だ。あの男と一緒にいればお嬢様は危険をともなう。なんとかしなければと思ってな」
「なるほど。きな臭くなってきたな。……でだ。俺はある依頼で、人を探してる。それは今回の件となんらかの関わりがあると踏んでるんだ。もしかしてアンタ、この人知ってる?」
マヤの探し人、ローランの写真を見せると老執事の反応が変わる。
「見たことはあるな。一度だけだが」
「どこで?」
「シェイムが秘密裏に保有している地下研究所だ。一度だけお嬢様と行ったときに」
「どこへ行けばいい?」
「……君、かなり暴れただろう? そのせいで警戒がかなり強くなってる。そう簡単に入れんさ」
「教えてくれたら、自分でこじ開けるよ」
「そんなあからさまなドアなどありはしない」
「なるほど、悪人意識が高いな」
「お嬢様の言っていたとおり、3日後また会えるかね?」
「ここへ?」
「この時間より早く来てくれ。我々は物資を持ってくる。空の木箱を用意するから、その中へ入ってくれ」
「……いいだろう。乗った」
「……気を付けてくれ。街のほうもなにやら不穏な空気が流れている」
「この3日間は防衛戦ってわけか」
「街を守れるのは、君のような勇敢な人間だ。無責任とは思うが、よろしく頼む」
「みなまで言うな。じゃあ3日後に」
ゲオルはその場から足早に立ち去った。
あの老執事の話から察するに、シェイムは富裕層にもじわじわと支持層を伸ばしているだろう。
金の力なのか、あるいは際限のない悪事による脅しか。
ともかくこのまま放っておけば、大変なこととなるだろう。
「予定が早まったとか言ってたが、ヘヴンズ・ドアをテメェの思い通りにする算段がついたってことか。ケッ、こんなタイミングでこっちのケツに火がつくたぁな。……いいぜ。乗ってやるよ」
ゲオルはしたり顔で夜空を見上げる。
見える摩天楼のどれかに、シェイムはいるのだろうか。
だが負けるわけにはいかない。
負けるつもりもない。
ならず者どもと同様、ゲオルもよそ者だ。
しかし、この街を自分勝手に食い物にするという発想はいただけないし、気に入らない。
ましてや被害者も出ている。
ふと、泣いているミスラとその友人のことを思い出した。
握った拳の内側が熱くなるのを密かに感じた。




