ユリアスの目的
「さ、話してもらおうか。アンタからの依頼でもあるってのがよくわからねぇ」
「座って。キチンと話すよ。ホラ、君も」
「はい」
店の裏にあるもう使われていない倉庫。
ここなら誰も来ないし聞き耳もたてられない。
「彼女が以前から動き回っていたのは、ボクのほうでも掴んでたんだ」
「お得意の情報網か」
「そして、それとほぼ同じタイミングで地下でも変な動きを観測した。今までいろんな事件があってなりを潜めてたらしいね。ここへきてかなり活発になってる」
「活発になってるっていうのは? サプライズなら誰だって考えるだろ。この街のクズどもならなおさらだ」
「研究所がらみだよ。それも君がこれまで関わってきた事件とも繋がりがあるかもしれない」
「なるほど、続けてくれ」
「あの、どういうことなんですか?」
「前に君のところの学生が人体実験をしてたんだ。その時期くらいかな。研究所でそのローランって人がいなくなったのは……」
「……それで?」
「これは調査依頼だよゲオルさん。ローランって人がいなくなって……彼女がワタワタ動き回り始めてからこんなにも騒がしくなってる。偶然にもほどがあるよ。もしも……研究所襲撃が狂言で初めからこうすることが計画だったとしたら……」
「ここの連中はなにかやらかさないと死んじまうのか?」
「なにをやらかそうとしているのか。その調査依頼をしたい」
「ハッ、うまいこといいやがる」
「ち、ちょっと待って! その言い方じゃ、先輩が……まるで先輩が!」
「うん、まるで事件後に、地下に潜伏するために研究所を抜けて、裏でなにか企んでるんじゃないかって聞こえるね」
「そんな……」
「でも、調査すればそれが間違いかどうかがわかる」
「…………いいだろう。調査してやるよ。おう、こちらのお姉さんに感謝しろよマヤ」
マヤは少し複雑そうだったが、これを逃せばもうチャンスは巡ってこない。
コクリと頷き了承した。
「じゃあ、ちょっとゲオルさんと話するから、先に帰っててもらってもいいかな? ルートはわかるね?」
「はい、じゃあ、よろしくお願いします」
彼女はその場を後にする。
ユリアスの助けもあり、隠れ家のひとつにかくまわれているらしい。
言うならば家出の片棒担ぎ。悪く言うなら誘拐と監禁に片足を突っ込んでいるだろう。
ゲオルはタバコを取り出して、
「ひとつ聞きたい。なんだってアイツの肩を持つ? わりとゴリ押しみてぇな依頼の仕方しやがってよ」
「…………泣かせるじゃないか。今の恵まれた立場を捨ててまで、好きな人のために自分の人生を賭けるだなんて。いつか見たロマンス劇みたいでさ」
「主演男優賞は俺にくれ。ハッピーエンドは約束するよ」
紫煙をくゆらせる。
路地の隙間から伸びる街の灯りに、壁に寄りかかった彼と物陰に座るようにしているユリアスのシルエットは映らない。
ユリアスにも一本どう?と進めるがやんわりと断られた。
「しかし不思議なもんだな。もののついでとは言え、アンタから依頼を受けるだなんて」
「そうかい?」
「なにを恐れてる?」
トーンを落とした声にユリアスが一瞬反応する。
「いくら危険があるかもって言っても、ガキに肩持つなんてアンタらしくもない」
「……昔のティアリカに似てたから」
「どこが似てんだよ。これは俺の予想だが……アンタが首を突っ込んだのは、そのアンダーグラウンドのことがあるからじゃないか?」
ユリアスは沈黙を保つ。
「話してみろよ。場合によってはアイスクリームくらいは奢ってやる」
「人の過去を知ろうとするのかい?」
「依頼を受けるとは言ったがね。納得したい部分はしたいんだ。アンタの人柄を知ってるからこその話だ」
紫煙が闇へと消える中、ユリアスは懐に隠していたスキットルを取り出しひと飲み。
「ボクが最後に仕事をした街でね。とある犯罪組織に手を貸してた。そいつらはもう壊滅したと思っていたのに」
「残党か。よくある話だ」
「アイツらは女子供が相手であっても容赦はない連中さ。それにボクのことも知ってるやつだっているだろう。もしも連中がこの街で力をつければ…………」
「そうそう、そういう理由が聞きたかったんだよ」
「過去の清算と言えば都合がいいかもしれない。そんなの本来ボク自身がやるべきことだから。でも……」
「みなまで言うな。そのための俺だ」
マヤに肩を持った理由は、ユリアス自身の過去に由来した。
マヤを利用しているような感じともいえるが、そんなことはもういい。
彼とユリアスの仲だ。『納得』できたならそれでかまわなかった。
「やるからには徹底的にやる。安心しろ」
「ありがと」
「アイスクリーム奢ってやるよ」
「明日ティアリカにそうしてあげて」
ユリアスは微笑みながら影の奥へと消えていった。
ゲオルは作っていた笑顔をゆっくりと戻していき、裏路地の静寂と空気の冷たさに身を委ねながら紫煙を立ち上らせる。
かすかに伸びる光が、この街に潜む孤独を映していた。
誰もが断ち切りたい過去を持ち、だが無慈悲に過去が追いかけてくる。
過去に追われているうちは皆孤独だ。
誰かが手を差し伸べれば、きっとなんとかなるのかもしれない。
マヤもまた孤独だ。
孤独の中、ひとりの男を心配して必死にあがいている。
あんな華奢な身体を必死に動かして抗おうとしている。
彼女の過去はきっと、美しいものだっただろう。
そのローランとの過去は…………。
だが、それゆえに囚われてしまっている。
だからこそ、そこに手を差し伸べることができるのが『何でも屋っぽいの』である自分なのだと。
「明日から忙しくなりそうだな」
建物の合間から見える星空を見ながらその場をあとにした。
そして、異変はこのときから起き始める。
「さ、検証でも始めよっか♪」




