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バーの片隅で

「ティアリカ様が私を拒むだなんて……あぁ、これは夢だ。夢に違いない……夢なんだ……こんなのおかしい」


 ホテルへは戻らず裏路地特有の暗がりをフラフラと壁伝いに歩く。

 街の光が遠のくたびに、思考の陰りはさらに黒ずんでいった。


 だが唐突の気配には敏感なようで、すぐに戦闘の空気を引き戻す。


「誰だ。暗がりの中に潜んでも、その独特の気配はわかるぞ」


「ふぅん、さすがはゲオルさんの知り合いだね」


「お前は?」


「あの店の料理人。ティアリカにずいぶんご執心だね。彼女をどうするつもりだ」


「お前には関係ないだろ」


「ボクは彼女がここへ来てからずっと様子を見てきた友達だ。妙なことをする気なら……」


 言い終わる前にエジリが剣と銃を引き抜いた。

 まともな会話ができそうにないと判断したユリアスは無形の構え。

 魔王討伐の旅に加わった者のひとりとして、彼女の動きは並以上のものだ。

 臆することなく斬撃を躱すと、銃口が向けられた。


「死ね!」


 エジリの鬼神が如き裂帛。

 だが引き金は引かれることはなく、持った銃ごと手首をねじ込まれ、小手返しのように地面に伏せられた。

 

「あぐう!」


 ユリアスは銃を取り上げそのまま後頭部に銃口を突き付けた。


「クソッ! 放せぇ!」


「この銃。なるほど、グリップが握りやすくて使いやすい。ボクでもすぐに扱えそうだ」


「な、なにを……」


「ティアリカにもこうして銃を向けるのかな?」


「……ッ!」


「君がティアリカを頼ってここへやってきたのは知ってる。思い通りにならなくて癇癪かんしゃくを起こしてるのもね。……今度はどうする気かな?」


「黙れ……」


「実力行使で、ティアリカをさらうのか? あの娘から笑顔を奪おうっていうのか?」


「黙れ! あのお方はこんな街にいていい人じゃない!! 聖女として……世界を導く先導者として……ッ!」


「ティアリカは嫌がってるんだろう? じゃあ無理強いなんて筋違いだ」


「だから……ッ!」


「はいそこまで。厄介事はもう終わりにしようぜ」


「ゲオルさん」


 暗がりの中からタバコに火を点け、かつての仲間の見たくもない姿に苦い顔をする。


「おう、もう放してやってくれ。なぁエジリ……お前が聖女の存在や、あの旅の時間を今もずっと大事にしてくれてるってのは、ティアリカも十分わかってる」


「だったら……」


「……悪いユリアス。ちょっとこいつともう一度、静かに飲みてぇんだ」


「勝手ばっかり言って……」


 クルンと銃をスピンさせゲオルに渡すと彼女は機嫌悪そうに去っていった。


「……あーあー、しばらくはまかない抜きかもしれねぇ。おう、飲み直そうぜ。……あ、今日飲んでばっかだな。ハハハ」

 

「なんで、私と……」


「仲間と飲むのに理由いるか? ……今度はドンパチなしだ。酒場で、ふたりで、ゆっくり話す、オーケー?」


「お、おーけー……」


「いよっし」


 荒み過ぎて逆に静かになったエジリを連れて、小さなバーへとおもむいた。

 灯りの少ない薄暗さの中のカウンター席で、ふたり並んで座る。

 最初に飲むのはウイスキーをロックで。

 芳醇な薫りとフルーティーな味わいに酔いしれながら、気分を落ち着かせる。


「美味いだろ?」


「まぁ、うん……」


「さて、どこまで話したかな。あぁそうそう、お前が過去を大事にしてくれてるってところだったな」


「あのお方との出会いからのあの旅は、私にとって大切な思い出なんだ。人生の誇りだ」


「あぁ知ってる」


「辛い道のりだったけど、皆と過ごしたあの時間はほかの物なんかには変えられない。でも、でも……ッ!」


 エジリのグラスの握る力が強くなる。

 琥珀色の液体の中で揺れる氷に一瞬の陰りが映った。


「私には、あの時間がすべてだったんだよ……。なんの取り柄も才能もない私にとって、あの思い出だけが……私の存在価値なんだ」


 バカげたことを言いやがって。

 そう言いかけた口を閉ざすようにゲオルは酒をあおった。

 

 小雨のように少しずつ思いを零していくエジリの瞳にはひと筋の涙が。


「教団のことを聞いたとき、もう目の前が真っ暗になった……。そしてティアリカ様もいなくなって……なんでこうなるんだって……我々が一体、なにをしたんだって……。だから、取り返さなきゃって……そう思ってッ」


「だからお前は、お前なりに抗ったって?」


「……ゲオル言ったよね。バカなことをしたなって」


「正直、悪手も悪手ってな。連中が俺たちの情報を持ってないわけがない。そこから洗い出しゃ、犯人ホシくらいわれるだろ」


「……殺し屋、来ると思う?」


「まだわからん。だけどよ……もしも困ったことがあったら、俺に声かけな。大抵あのキャバレーにいるからよ。今俺は『何でも屋っぽいの』ってのをやってんだ」


「クス、なんだそれ……」


「この街にはどれくらいいるんだ? あのホテル、結構値段張るだろ」


「そうだなぁ。しばらくは。安宿探さないと……」


「諦めたってわけでもなさそうだな」


「最後にもう一度だけ、話したい。……謝りたい」


「そのあとは?」


「……わからない」


「お前らしいな。ま、人間やらかしたあとなんて大体そんなもんだ。しばらくは大人しくしてるんだな。俺がティアリカに話しとく」


「恩に着る……」


「今夜は俺の奢りだ。ゆっくりしていけ」


 カウンターにいくらか金銭を置き、肩を軽く叩いてやってから店を出た。

 店の外は案の定シトシトと降ってきている。


「嫌な雨だな……」


 ダンサー・イン・ザ・レインの一件を思い出す。

 暗雲にまぎれて、この街に脅威が流れ込んでいる。

 そんな気がしてつい肩をいからせたくなった。


 一度キャバレーに戻って報告しなくてはならない。

 ティアリカはもちろん、支配人もユリアスも心労が絶えなかっただろうから。


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