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狂戦士なモブ、無自覚に本編を破壊する【第1~6巻発売中&コミカライズ配信中】  作者: なるのるな
血戦

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第7話 戦場を駆ける

:-:-:-:-:-:-:-:



 大峡谷。

 ルーサム家の整備により、資材運搬用に比較的安全なルートも確立されているのだが、やはりそこは辺境の地。魔境だ。


 想定外のことが起こることが想定内。


 突発的なナニか起こるのは当たり前のこと。それらに対処する能力(ちから)を求められ、対処できなければ死ぬだけのこと。


 ただ、やはりどうしてもヒトは慣れてしまう。油断というほどのモノがなかったとしても、不意を突かれる状況というのは確かにある。まさにそれこそが想定内の想定外。


「クスティ殿。僕は大峡谷の常識を知らないのですが……コレはいつものことですか?」

「……くく。アルバート殿もヒトが悪いな。コレがいつも通りの大峡谷であるはずもない……ッ!」


 死屍累々。燦燦たる惨状。

 砦の中にも火の手が廻り、消火作業に奔走する者たちがいる。

 遠くからは戦の喧騒も未だに聴こえる。

 鉄火場だ。


 飄々とした振る舞いのアルではあったが、その内心にはクスティと同様に怒りがある。


 砦への襲撃と防衛。


 それは辺境の地においては珍しくもない光景かも知れないが、砦が戦場になれば、どうしても戦士以外にも犠牲が出る。防衛戦においては当然のこと、仕方のないことだ。


「(……それでも納得はできないな。……して堪るかッ!)」


 アルのマナは微動だにしない。さざ波一つも起こらない。普段通り。しかし、彼の感情は別。これまでとは違うナニかを……昂ぶりを感じていた。そのことに一番に驚いているのは彼自身でもある。


「(……ッ!? ……なるほどね。これまでは感情の昂ぶり自体を抑えることでマナを制御していたけど……今は違う。感情の昂ぶりのままにマナを制御してもなお揺るがない。……コレが“次”のマナ制御であり、父上や兄上が言っていた“コツ”。……割と直情的な振る舞いをしつつも、父上のマナは一切揺らがなかった……感情的なのはブラフで、実は冷静沈着にマナ制御を行っているんだと思っていたけど……そうでもなかったということか)」


 表面上、アルは以前と変わりはしない。そのマナの制御に関しても、日常から行動を共にしていた者が、仔細に観察してようやく違いに気付く程度のこと。彼に関しては、ヴェーラ以外で気付く者は居ないと言っても過言ではない。むしろ気付く彼女の方がおかしいというレベル。


 そんな風に外からは変化が見られないが、アル自身からすると、以前とはイロイロと勝手が違ってきており、若干の戸惑いもある。これまでは感情ごとマナを静めていた為か、今は感情の揺れ幅が大きいのだ。


 襲撃者の素性も理由も知ったことではない。ただただ、目の前の惨状に怒りがある。守るべき民が、同胞(はらから)が血を流し、命が毀れているのだ。静寂のマナと昂る感情が一体となってアルの身に宿っている。


「クスティ殿。戦闘はまだ西の方面で継続しているようですがどうします? これは通常の魔物連中なり、亜人氏族なりの襲撃ではないのでしょう?」

「……襲撃者はオーガ戦士の死体が多い。恐らく、前線でやりあっている連中の一派で、元々このあたりのオーガ氏族ではない奴らだ。……アルバート殿、すまないが案内はいったん中断だ。砦の常駐部隊に合流して話を聞く。そして我々はそのまま戦線に参加する」

「ええ。構いません。領地が違えど、僕も辺境に生きる者。外敵を撃退するのは、貴族に連なる者の……戦士の本来の役目ですよ」


 敵を討つ。同胞を守る。シンプルな論理。そこには特に辺境に生きる者の連帯がある。


「あぁ、そうだクスティ殿。敵の中にはクレア殿の傘下ではない、死と闇の眷属も混じっているようです。諸々の事情があって、僕には連中が操る黒いマナを感知できるのですが……中々に手強そうなのが何体か居ます」

「……では、アルバート殿は例の“遠当て”で、ヤバそうなのを優先的に仕留めてくれるか?」

「ええ。僕とヴェーラは今の時点から戦列に参加します。密な連携などは無理でしょうから、遊撃として動きますので……間違って当たっても恨みっこなしで」

「くくく。それは当たった戦士が間抜けというだけだ」


 それはない。アルが味方を間違って害することは有り得ない。仮にあったとしても、言葉の通り、当たった戦士が間抜けなだけ。直に接触した時間は短いが、クスティはアルとヴェーラを認めている。背を任せるに足る戦士だと。


「はは。そう言ってもらえるなら、遠慮なくクスティ殿の周囲を狙えますよ」

「くく。言ってくれるじゃないか」

「ま、とりあえず後ほどに」

「あぁ。クレア殿の下へ案内すると約束はしたからな。後に約束は果たす」


 お互いの健闘と再会を祈り、アルはクスティ達と別行動……敵の排除行動に移る。



 ……

 …………

 ………………



 アル達が大河の流れに揺られて到着した、最前線の少し手前の砦。大峡谷内においての船での移動の終着点。


 そこが燃えていた。襲撃を受けての戦闘状態。

 砦。大峡谷内にある資材運搬の拠点ではあるが、そこには人々の営みがある。住んでいる者もいる。周囲が魔境であることを除けば、村や町と同じ。この砦を故郷だという者も少なくはない。


 戦場と化した人々の営みの場に、その渦中にアルとヴェーラはいた。


『がぁッ!!』

『ゴラァァッ!!』

「……しッ!」


 オーガの戦士達が突っ込んで来るに合わせて、ヴェーラの『縛鎖』が唸る。


「ゴッ!!?」

「ギャ……ッ!」


 衝突。


 しなる鎖の強撃を死角からまともに受け、二体のオーガの頭部が同時に弾ける。即死……ではあるが、勢いのままに肉体だけが敵に向けて数歩の進撃を経て斃れ伏す。


 上を取る。

 アルのような遠距離攻撃は、上方から下方に撃つ方が有利なのは戦場の習いとしては当然のこと。


 本来は砦の外壁が望ましいのだが、既に砦の外壁付近は激戦区になっている為もあってか、アルは砦内の民家や資材置き場など、アチコチの建物の屋根伝いに移動しながら『銃弾』なり『狙撃弾』をばら撒くことにした。そして、ヴェーラはそんな主に敵を接近させないことに徹する。


 遠距離をアル。中から近距離をヴェーラ。


 二人が移動を繰り返す度に敵方の戦士の屍が増える。


「アル様。黒いマナの連中以外にも……かなり判り難いのですが、クレア様の眷属もいるようです」

「オルコット領都からこっち、特にクレア殿側の見張りはなかったけど……流石にこのドンパチは覗き見する気になったのかな?」


 研ぎ澄まされたヴェーラの感知能力は、既にアルのそれを凌駕している。彼が“コツ”とやらを掴んだ後も同じ。敵わない。


「これまでは、私に感知されているのに気付いて距離を置いていたのかと……どうしますか?」

「ま、どうせ知られてるんだ。敵意を向けてくるなら、片っ端からクレア殿の眷属も始末しておこうか。……もちろん『狙撃弾』でね」

「……流石に見せ過ぎでは? 既に対策されているかも知れません」

「いやいやヴェーラ。別にクレア殿と戦うと決まった訳でもないさ」


 クレアの眷属が、明らかに“学習”していることをアル達は既に知っている。初見であっても『銃弾』に反応するほどだ。眷属が学習している以上、大元の契約者であるクレアが、その学習内容を……情報を知らないと考えるのは流石に楽観的に過ぎる。当然に彼女にも知られていると考えるのが妥当。それがアルの認識。


 ただ、思い付き程度だが、アルも対クレアで考えていることもある。『狙撃弾』という、切り札の一つを知られることも構いはしない。もっとも、思い付いた時と今では状況が違っており、その思い付きが今では更に効力を発揮するとも考えている。


 つまり、ヴェーラに殊勝なことを言いながらも、アルはクレアとの戦いを想定して動いている。そして、そんな彼のことをヴェーラも理解している。しているのだが……


「……アル様。何故でしょう? 最近、私はアル様に無性にイライラしてしまうのですが……?」


 彼女が納得するかしないかは別問題。


「うぇっ? ヴ、ヴェーラさん? ……いや、た、確かに言われてみれば……僕も最近は何故かヴェーラに敢えて怒られるような事ばかりしている気がするけど……?」

「……さて……どうしてでしょうか……?」


 感情の蓋が、それぞれの理由で動いているのを、お互いがまだ知らないまま。お互いが、相手をただの“ヒト”として認識しつつある証左。ここに常識人たるコリンが居ないことが悔やまれる。


『この腰抜けガッ! 降りて来イッ! 女に守られてるだけカッ!?』

『そうダッ! 降りて戦士として戦エッ!!』


 常識外れの遠方から魔法を放つアル。

 彼を脅威と見做すのは、敵側としては当然のこと。あの手この手でアルを仕留めようとするが、上手くいかない。


 接近戦を挑もうにも護衛たる鎖使いに阻まれる。中途半端な遠距離攻撃は全て護衛の女に防がれる。かといって、捨て身で肉薄しようにも、チョコマカと動きまわる為に追い付けない。


 挑発。戦場においては口撃も手段の一つだ。


 ただ、アルがそんなモノに気を取られることもない。当然ヴェーラも……と言いたいところだが……


『女の陰に隠れるしか能のない腰抜けガッ! 貴様など戦士の風上にゴ……ッ!?』


 飛来した鎖が正確に頭部を貫く。


 追い縋ることも出来ず、ただガヤるだけのオーガ戦士の頭部が弾け、中身を撒き散らす。


「別に相手しなくても良いのに」

「……いえ。私も無視しようかと思っていたのですが……アル様のことを言われると……我慢ができませんでした」


 感情の発露。

 彼女の場合、両親が亡くなった後……浮浪児として、王家の影として、ギルドの年少組の保護者として、アルの従者として……と、生きることに必死で、肩書に合わせて感情を制御していた。ただ、ここ最近は感情の抑制が揺らぐ。何故かアルのことでは制御が途切れる。そんな漠然とした疑問がヴェーラにはあった。


 もし、そういうことを気軽に相談できる相手がいたなら、また少し違ったのだろうが……ヴェーラにとっては真面目な疑問だ。もっとも、エイダなどに相談すると『けッ。見せつけやがって』……となるのがオチだろうが。


「ま、とりあえず、引き続いて黒いマナを持つ連中。あと、追加でクレア殿の眷属を優先的に始末しようか?」

「承知いたしました。……アル様。既にかなりの魔法を使用していますが問題はないのですか?」


 気を取り直して、戦場においてのヴェーラの疑問。アルのマナの残量。


「うーん……それが、新しいマナ制御は、身体強化とかではほとんどマナを消費しないんだよね。『銃弾』とかだと確かに消費はするんだけど……以前よりも断然にマナの回復が早い。これまでも大気中のマナは取り込んでいたけど、その量が桁違い。魔法でマナを消費した傍から回復している……っていう状況だよ。慣れてない所為か、ちょっとマナに酔いそうで気持ち悪いんだけどさ」

「消費と同時に回復ですか……それが超越者の形なのでしょうか?」

「どうだろうね。たぶん、僕のコレはファルコナー式だよ。これまでに身近で見た人外の超越者は、父上とクレア殿がダントツだったけど……二人の毛色も違ったしね。ルーサム家の戦士たちのマナ制御もファルコナー式とは違うけど、それでも父上に匹敵するような戦士は居るだろうさ」


 アルは『正解は一つではないだろう』……と考えているが、概ねそれは正しい。


 ファルコナー式というのは、大森林に生息する昆虫のマナ制御を模したモノでしかない。

 まさかそれが唯一絶対の答えの筈もないと……アルは現実的な思考をしている。


 少なくとも他の辺境地では、同じように魔物のマナ制御を模した技術があるのかも知れない……と、彼は考察していた。

 そもそもヒト族の一般的な魔道士が扱うマナ制御を極めた者だっている。


「それぞれの答えがあるということですか……」

「たぶんね。それにマナ制御のコツを掴んだからといって、僕がいきなり父上に敵う筈も無い。あくまで人外連中の中で考えるとただのペーペーさ」


 軽く笑い飛ばしながらも、アルは『銃弾』と『狙撃弾』をアチコチにばら撒いている状況。そして、近付いてくる連中はヴェーラが屠る。二人が僅かに留まる場所には、点々と惨状が現れている。


 雑兵のように始末されているが、オーガの戦士は決して弱兵ではない。一角の戦士だ。


 アル達が異常なだけ。


 ルーサム家私兵団も、戦場を駆ける飛び抜けた異常な戦士のことを……徐々に全体で認識していく。そして、それは敵側もだ。



:-:-:-:-:-:-:-:



 ……

 …………

 ………………



「なかなかに手強いナ。流石に東方の悪魔兵ということカ」


 周りのオーガよりも一回り大きい巨躯のオーガ。氏族を率いる勇者ギラル。

 彼らは元々、北方辺境地である大山脈に集落をかまえる氏族であったのだが、とある事情にて故郷を追われ流浪の民へとなった。そして、安住の地を求める旅路で総帥の手の者と出逢い、外法の求道者集団に合流したという経緯がある。他の者と比べると、ギラル達はごく最近の新参者だ。


 そもそもギラルの一族は、死霊術をはじめとした外法全般に興味はなく、総帥の行おうとする神の顕現やその力の利用についてもどうでも良い。結果として、一族の者が安寧を得られるなら良いのだ。彼らに途中経過など関係ない。


 此度、ギラルは氏族の勇士と、自分達と同じような経緯で総帥の軍門に下った他種族の戦士と共に、ルーサム家の砦を襲撃した。


 前線への補給路を断つためとはいえ、戦士以外を犠牲にするような戦いにギラル自身は納得はしていない。しかし、彼からすれば、自身の感情などについても頓着はしない。要は氏族の安寧という結果につながるのであれば、その他のことは些事。オーガの勇者ギラルは、ソレを徹底していた。


「勇者ギラル。敵の中に遊撃の戦士がいル。かなりの遣い手であリ、とんでもない飛距離の魔法を使ウ。近付いて始末しようにモ……手強イ」

「ほウ。オマエがそれほどまで言う戦士なのカ?」

「あァ。バルサとガンガがあっさりやられていタ。乱戦ならともかく、ヒト族の砦の中という勝手の分からぬ場所では、数に任せても無理ダ。仕留められン」


 勇者ギラルは族長などではないが、戦場においては指揮をとる側。オーガ氏族の中にあっては、戦士としても、指揮官としても優れているのが勇者たる所以だ。


「ふム。その遊撃の二人ハ、砦の中を移動しながら戦っているのだナ?」

「あ? あぁ、その通りだ。とにかく射程が長いのだ。気付いたら横に居た戦士が死んでいたなんてことがざらにあったゾ」


 静かに考えるギラル。彼はオーガ氏族の中にあっても、生まれた時からその体格に恵まれた戦士ではあったのだが……その内面はむしろ慎重で確実性をとるタイプ。そして、疑問があればそれを確認しようともする。


「ザンザ。総帥から預かったこの黒いマナガ、少し前から砦の中を動き回るナニかに反応していル。もしやその遊撃の二人やも知れン。一度、遠目から様子を見てみるとすル」

「……気を付けロ。様子を確認すると言いつツ、何人か殺られタ」

「そこまで射程が長いのカ……脅威だナ」


 そして、オーガの勇者ギラルは知る。


 自身に宿る黒きマナの標的のことを。


 辺境の狂戦士という存在を。



:-:-:-:-:-:-:-:

次回は5月18日 午前7時です。

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