表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂戦士なモブ、無自覚に本編を破壊する【第1~6巻発売中&コミカライズ配信中】  作者: なるのるな
争乱の王都

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/147

第8話 貴族区の攻防

:-:-:-:-:-:-:-:



 王都。


 亡者の襲撃と撃退の一夜を乗り越えた日中。主に民衆区と外民の町では後始末が行われている。その被害のほとんどが教会、聖堂の周辺に集中しており、亡者を撃退する為の魔法により破損した家屋も多い。


 もちろん、被害の後始末だけではない、フロミー一味の活動の拠点となっていたアジト、連中と取引を行っていた貴族家や商家は、軒並み治安騎士や聖堂騎士に踏み込まれる運びとなった。


 亡者の群れを放った連中、その協力者であるという情報までが流布されており、一部の都貴族家や商家は逃れることもままならなかったという。


 後は証拠品などから芋づる式で罰せられる者が増えていくものとみられている。流石の都貴族家も、王都内でこれほどの騒動を起こした連中に与する者を庇うこともない。庇えない。


 初動で対応した聖堂騎士団や治安騎士団には死傷者も多く、仲間を喪った彼等にこれまでと同じような都貴族家への忖度はない。

 聖堂を襲撃され、女神の権威の失墜を恐れた教会上層部も、そんな現場の者を止めるつもりもない。


 その上、民を守る為に亡者に応戦した都貴族家の私兵にも被害は出ており、彼等も亡者を放った連中、そいつ等に与する者を許しはしない。


 全てが感情論で危うい揺れもあるが、ここにきて、自浄作用、法的措置として官憲が機能する下地にはなった。


 アルとしては、流石にお家取り潰しまではいかないと見越していたが、この騒動にて取り潰しとなる貴族家も出てくることになる。もっとも、それらがはっきりしていくのはまだ先のことではあるが。



 ……

 …………

 ………………



 外民の町と民衆区も壁で区切られてはいるが、その行き来は比較的自由。通用口も多く、日中も夜間も開けっ放しで特にチェックもしていない場所も多い。


 一方で、民衆区と貴族区を隔てる壁の出入り口は少なく、出入りのチェックは平時からかなり厳しい。

 そして現在、貴族区は閉鎖されている。平時の比にならぬほどに警戒度は高い。ネズミ一匹逃さないと言うのも過言ではない領域。


 ただ、そうは言っても、深夜から暁にかけての亡者騒動による動揺は、貴族区への通用口を封鎖する者達にもあった。


 アルは適当に捕まえてきた亡者の一体を通用口の手前へ投げつけ、騒ぎを起こしていきなりの正面突破を図る。元より騒ぎを大きくするのも目的の一つであり、小手先の隠形ですり抜けることは考えていなかった。


 ただ、流石に貴族区への出入り口を守る者達。非常時ということもあり精鋭が配備されており、そう簡単にことは運ばない。

 アルは全開の身体強化で一気に駆けるが、展開されていた結界を破る為に、一瞬動きを止めた隙を正確に狙われる羽目となった。


 何とかそれすらも切り抜けて貴族区に侵入はしたが、肝が冷えたのも事実。軽く手傷も負う結果となる。


「(……やはり遠方から不意打ちか、隠形による大森林方式。あるいは乱戦に持ち込んで攪乱しながらの一撃離脱とかじゃないと……厳しい。緊密に連携の取れた精鋭集団に、正面から個で挑むなんて自殺行為だな……帰りはどうするか……?)」


 殺す戦いであれば他に手もあるが、流石に真面目に仕事に励むだけの者達を問答無用で遠方から殺すという手は取れないと……アルは冷静に計算していた。

 彼の中では、アリエル嬢を捕らえて王家に引き渡すことも想定している。それを踏まえると、王家側の者に手を出しにくい。

 ただ、彼女の持つ情報次第では、別の手を考える必要も出てくる。もっとも、本来は広大な貴族区でアリエル嬢に接触できるとも限らないのだが……アルには既に目星が付いていた。


「(貴族区には“居る”。黒いマナの反応……じゃない。コレはクレア殿に感じた死と闇の属性そのモノか。彼女に類する者たちがいる。……となれば、当然そこには何らかの目的がある)」


 黒いマナの遣い手と、死と闇の属性そのものを纏う者の違いを何となくアルは察していた。それらは全くの別物だと。


 黒いマナは何処か借り物の気配を感じる。恐らくは分け与えられたモノ。


 一方でクレアが纏っていた死と闇の気配。アレはそのままだ。自らが発する自然体のモノ。


 その脅威度は遣い手によっても違うが……アルは貴族区で感じる気配の脅威度を、かつて行動不能に追い込んだ、気持ち悪い子供やヒトもどきのゴーレムよりもはるかに上だと見て取る。


「(鬼が出るか蛇が出るか……まぁどっちにせよ碌なモノじゃないな)」


 巡回する正規の魔道騎士、邸宅を守護する貴族家の私兵……そんな連中が闊歩するがらんとした貴族区。


 元々民衆区のような“生活感”のない区域ではあったが、今ではすっかりと荒んだ雰囲気に覆われている。

 そこには戦いの気配がある。そして、既に行われた戦いの痕跡もあちらこちらに見られた。栄えある王都。その貴族区に争乱の陰が差している。


 アルは日が昇りつつあるそんな貴族区を、深い隠形によって動く。

 彼は本能的に察していた。死と闇の眷属の気配……夜は不味い。仕掛けるなら日中だと。



 ……

 …………

 ………………



「アリエル様。そ、その……クレア殿の遣いと名乗る者が……」

「……お通しして。彼らは異形ではあっても、()()は味方よ」


 表向きも裏向きも、家々の歴史から見ても、ダンスタブル侯爵家とは真っ向から対立している都貴族家であるランブロー伯爵家。


 その別宅の一つにアリエル達は逃げ込んでいた。

 利害や方針によってお互いに対立する家同士。

 ただ、ランブローとダンスタブルで意見が一致したことがある。腐敗した都貴族への失望と義憤。


 今回の争乱についても、当然のことながらランブロー家は東方辺境地に与してはいない。あくまでも王家側の勢力の一角。ただ、これを機に腐敗した都貴族を削るという点でダンスタブル家との協働を是とした。


 アリエル嬢を王都外へ逃がせば、その密約は終わる。後は真なる敵対が待っているだけ。他家は知らない、両家だけの約束事。


 ただ、王家や他家も無能ではない。

 恐らく遠からず密約は露見することになる。だが、その時点でアリエル嬢が手元に居なければ、後はどうとでも言い逃れが出来るように立ち振る舞ってきた。当然のことながら、無能ではないのはランブロー家も同じ。

 騙し合いであれば、準備をして先手を打った側の方が有利というだけ。


 そして、両家の密約が果たされる時は迫っている。


 今の時点では王家にも漏れてはいない。……にも関わらず、人外たる彼等は、アリエルが潜伏するランブローの邸宅の一つをピンポイントで探り当てた。物語の外に居る者達。


 真昼間でありながら、濃密に死と闇の気配を纏う初老の男。ビクター。


「まさか、怨敵とも言えるランブローの援けを得ていたとは……流石に少し時間が掛かりました。お見事です」

「……私は“こう”なる前に王都を脱している筈でした。王家や都貴族を侮っていた無知な小娘に過ぎません。そして、ビクター卿には辿り着かれてしまいました」


 アリエルは目の前の人外達を決して信用はしていない。

 利害の一致による協働だと理解している。その上で、今の時点で自分が王家側に捕えられるのは、双方にとって不味いことだとも知っている。


 ただ、個人の感情としての信用とは別に、彼等人外達のその実力には目を見張るモノがある。それは純然たる事実。

 アリエルは彼等が自分を助けにくることも何処かで予見はしていた。高い借りを作ることになるが、ここで終わるよりはましだと開き直る。


「……アリエル様は聡明であられる。ここで我らの手を弾くこともできるが……そうは為されないでしょう?」

「(ランブローに援けを求めた時点で王都脱出の目途はついた。……ただ、やはり彼等も動いていたか。借りを作るのは痛いけど、ここは確実性をとる)」


 より確実な札を切る。このまま貴族区に閉じ込められて、人質になるわけにもいかない。

 アリエルは自分という駒の有用性を知っている。託宣に示された自身の役割。それを王国や教会は利用しようとする筈だと。


「……エスコートをお願いできるでしょうか? ビクター卿」

「仰せのままに」


 ビクターは殊更にゆったりと、都貴族風の儀礼に則った礼を慇懃に行う。その姿が、余りにも様になっているのが癪だと……アリエルは内心で舌打ちをする。


「できれば夜の闇に紛れるのが、()()としての安全策なのですが?」

「……申し訳ありませんが、この度はランブロー家に脱出の絵図を描いてもらいました。ビクター卿にはそれに合わせて頂きたい。午後には出ます」

「畏まりました。では、我々は陰ながらアリエル様一行の守護に尽力致します」


 人外達の警護を手に入れたアリエル。ただ、彼女の目的地は東方辺境地であり、あくまでも貴族区や王都の脱出は当然の一手。本来であれば既に終えていた筈だったが、王家側に抑え込まれつつあるという状況。決して楽観はできない。


 そして、彼女に接触を持とうとするのは、物語(託宣)の支配下にある王家や教会、都貴族だけでもない。


 物語(託宣)の外に在る存在。ビクター達以外にも、そんな存在がいるという事実を、アリエルは知ることになる。



:-:-:-:-:-:-:-:



 ……

 …………

 ………………



 通用口付近はともかく、貴族区に民衆区の騒ぎの影響などはない。亡者が出ようが魔物が出ようが関係はない。もちろん、実際には無関係ということもないが、貴族区に在住するような者たちにとっては気にするようなことではない。……平時であれば。


 既に貴族区の家々はお互いが疑心暗鬼になっており、王家側がダンスタブル家に与する家や人を狩り出している最中。本来は隠匿する筈の暴力が公然と振るわれており、区域全体に不穏の陰が差す。そして、その陰に紛れて動く者達もいる。


「(誰かと思えば……ビクター殿かよ。何があったのやら……完全にヒト族を辞めちゃったのか。もう別モノだな。アレはヤバい……くそ。女神の一突きがあと数発は欲しいな……)」


 今のアルには身に宿る女神の力のお陰か、死と闇の眷属の気配を強く感じる。遠方から、当事者であるビクターの存在を確認した。

 アルが先方を確認したということは、向こうも彼の存在に気付いている。女神と冥府の王の反属性を持つ者同士。仲良くは出来ないが、どうしても気になる存在。お互い様。


「(今回は諦めて引き下がるか? ……って、ああ……そうは問屋が卸さないってヤツか……)」


 捕捉される。人外達が先に動く。アルを排除するために。

 クレアはアルのことを“残す”つもりではいるが、ビクターは排除する必要があれば躊躇はしない。

 その辺りは人外となって間の無い、元・ヒト族であるビクターの方が合理的な判断を下すことができる。人外特有の傲慢さ故の過信や慢心はほぼない。


 戦いの火蓋は切られる。唐突に。アルも既に狂戦士仕様。潜んでいるだけでは切り抜けられない。もう周りを気にしている場合ではないと判断。


「(……接近される前にどれだけ数を減らせるか……)」


 正規の魔道騎士にバレることを恐れず、アルは近場にあった邸宅の屋根に一気に駆け上がる。

 向かってくる人外達の姿を確認するやいなや、高所から『狙撃弾』を放つ。


「……ガッ!?」


 呆気なく先頭の人外が二つに千切れる。

 その身に流れるのは赤い血。血と贓物が撒き散らされる。

 纏う気配は死と闇。冥府の王の眷属。ただ、あくまで仮初とはいえ肉体は生物の範疇とも言える。その精神性は生者には有り得ないほどに神々への叛意に満ち満ちているが。


 アルは彼等の事情を知るが、その深い実情までは知らない。

 ただ、いっそ純粋なほどに研ぎ澄まされた憎悪と敵意を感じる。明らかな敵。油断はない。

 致命傷を与えて彼等をちゃんと“殺す”ことができるのか、その確認なども二の次。アルは即座にその場を離脱して連中と距離を取るために逆方向へ駆ける。

 当然、その姿は多くの者に目撃されることになる。


「ッ!? 出合えぇぇッッ!! 曲者だ!」

「屋根に飛び乗っていたぞッ!?」

「逃げたッ! 追えぇぇッッ!!」


 貴族区において、まさかの堂々たる逃亡劇の展開。

 魔道騎士が緊急事態を伝える為に信号魔法を上空に打ち出す。騒然となる貴族区。戦場へと早変わり。


「(連中は明らかに僕だけを狙ってきている。アレが冥府の王側の“僕”か……まったく、理不尽の被害者という面では同じ立場なんだけど……神々への愚痴を言い合うような仲にはなれそうにないな……くそ)」


 魔道騎士、貴族家の私兵も動くが、人外達はその明らかに異常なマナを纏いながらもアル以外は眼中にない。魔道騎士に攻撃を受けようが、ただただアル(女神の力)を目指す。狂気の疾駆。止まらない。


 アルが知る由もないが、既に彼等は個々の自我などない。この場の指揮者であるビクターの命に従うのみ。

 相手が神由来の力を持つ者であれば、憎悪が満る。溢れる。狂気の狩人。哀れな存在。神々の被害者たち。


 彼等を殲滅するまで、アルは止まることを許されない。



:-:-:-:-:-:-:-:

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ