第4話 選択
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「コリン。ここから先は、サイラスたちのことを頼んだ。下手な偽装だが、ある程度は都貴族の憎悪感情を煽れただろ。ヴェーラはヴィンス一族と協力して、教会と治安騎士に密告して、連中のアジトを強襲する段取りを頼む。表に出るのはあくまでヴィンス一族の者だ。あと、逃げる奴が居れば、見つからないように始末してくれ。報復に走る都貴族はコッチを標的としない限り無視でいい」
「承知いたしました」
「……ヴィンス一族と協働して動きます」
アル達は圧倒的少数であり、散発的な暗殺なら可能ではあるが、守りに入った連中を仕留めるのは容易いことではない。
また、権力や物量で押されると呆気なく擦り潰される。そうなればアルはとっとと王都を脱するつもりではあるが、彼としてもそれは避けたい。まだ“物語”は続く。せめてその結末を見届けたいという欲求もある。身内であるサイラス達のことも切り捨てることはできない。
「アル様はどのように動きますか?」
「一度、貴族区へ侵入してみるさ。かなり厳重な封鎖だ。いまは情報の行き来すらも途絶えたらしいからな。ただ、この動きはダリル殿たちの行方不明と連動していることは間違いない。噂によると、ダンスタブル侯爵家が裏で糸を引いているらしいが……そうなると“物語”からは大きく外れる。先が読めなくなった。ま、女神様としては万々歳だろうけどな」
既にアルはコリンとヴェーラには予知夢云々の話だけでなく、先日の“物語”についてもある程度は情報を共有している。
神子のこと、使徒のこと、女神や冥府の王の思惑のこと、そして託宣……正規の“物語”に示されている先のこと。
突拍子もない絵空事ではあるが、その装飾は血生臭い。
特に神々のことなど、熱心な信仰者でもない限りは余りにも日常から乖離している。
全てをすんなりという訳でもないが、それでもコリンとヴェーラは飲み込んだ。主の指示に従うだけのことだと。
「ダンスタブル侯爵家といえば、“物語”の主要人物の一人。アリエル・ダンスタブル侯爵令嬢。彼女はまだ貴族区を脱していない。むしろ、アリエル嬢を逃がさないように貴族区が封鎖されたという見方もできる。“物語”を知る者からすればね。彼女は何らかの情報を持っている。知らないのであれば、とっくに王家に保護を求めているだろ」
「しかし……“物語”へ介入することをアル様は望まれなかったのでは? そもそも争乱に乗じて都貴族の一部を狩るというだけでもかなりの無茶です。これ以上の動きはしばらくは控える方が良いかと……」
コリンの言う通り。
元々のアルの想定は自身の手が届く範囲のみ。それ以上に手を拡げると、どうしても無理が出る。露見すれば、彼が恐れる権力と物量が待ち構えている。
ならばいっそ……と、平静な狂気は考える。
権力と物量。
王家に貸しを作るか、侯爵家に貸しを作るか。
「……ま、ここが一つの勝負所だ。当然無理なら引く。王家か侯爵家の二択という訳でもないしな。王家と都貴族はズブズブだ。そっちにすり寄っても碌なモンじゃないとは思う。ただ、“物語”の通りには進むだろう。
一方、ダンスタブル侯爵家の先行きによっては……そちらの方が民への害悪となる可能性もある。国を割るという内乱だぞ? 連中の陣営には僕と同じように女神や冥府の王と接触した奴でもいるんじゃないかな。ただ、そいつらが民への被害を軽視しているなら……」
「……不埒な賊は民の敵ですか」
そういうことだとアルは頷く。
彼は女神の意図を重要視はしない。あくまでもこの世界の貴族に連なる者として動くだけ。
神々の思い通りに“物語”から脱却したとしても、その結果が焼け野原の王国となれば、アルにとっての意味はない。女神達はそれで良いのかも知れないが。
まずは見極める。そして、それすら無理そうなら諦めて引き下がる。
それに、アルとしては王家の影の動きが不鮮明であることも気になっている。
まさにこのような非常時にこそ、彼等が暗躍する場面だろう。にも拘らず、未だにアリエル嬢が逃げ果せている状況に疑問もある。
「(情報操作の可能性もあるが……今回の貴族区の争乱などクレア殿が動けば終わる話だ。しかし、そうはなっていない。やはり彼女も“物語”やら何やらに縛られているのか? まぁその点だけは、役割のない僕の方が自由という訳か)」
アルは知らない。クレアが縛られているのは確かだが、彼女の契約者達は“物語”の外に居ることを。役割のない者達。彼等は既にアルのことを認識している。
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……
…………
………………
「……ヴェーラ殿と言われたか。貴殿が今回は我らと共に動くと?」
「はい。アル様からそのように仰せつかっています。とは言っても、私が相手取るのは向かってくる者。取り逃がしそうな者だけです。基本的には官憲……治安騎士や教会の聖堂騎士たちを誘導することが主です。そして、ヴィンス殿の一族に無理に出血を強いることはありません。開戦派を騙る連中の中には、遠い同族もおられるようですから……」
ヴェーラに与えられた役割。
本来、アルはサイラス達の守りに彼女をと考えていたが、ヴェーラ自身がそれを固辞した。主の指示には従うが、その指示が、従者の身を案じて主に不利となる判断なら許容できないと。市街地での不意をついての戦いは自分の本領の域だと。
アルとしては殊更に表には出してはいないつもりだったが、ヴェーラには戦わせたくはないという想いが、その当人に見透かされていた形。
少ない手勢で攻性攻勢に出るには、利用できるものを最大限に利用しなくてはならない。
アル自身が言うように、下手な偽装ではあるが、疑心暗鬼になっている都貴族の不安を多少煽る程度はできた。しかし、あくまでも本命は開戦派を騙る連中を治安騎士や聖堂騎士に追い立ててもらうこと。そして取りこぼしを少なくすること。
「……アル殿はまことに恐ろしい。こちらが日和見を決め込むことは許してはくれぬ。借りを放置していたこちらの落ち度でもあるがの。
何よりも悔しいのが、彼自身が紛れもない戦士ということじゃ。本心はさておいて、民の害悪を取り除く為と言われて、彼を否定することなんぞできん。わしらの一族においても、いま王都に残っている者たちはどこかに戦士の気概を持つ者じゃからな……ふぅ……乗せられてやるわい」
「私には何のことやら。私は主の指示を守るだけです。ただ、主が戦士であり、真に貴族の矜持を持つ者だというのは……言葉にするまでもないことです」
酷薄な微笑を浮かべたヴェーラが平然と言い放つ。その姿を目にしたヴィンスは思う。従者である彼女もまた、戦士の気概を持つ者だと。
ただ、ヴィンスにも懸念はある。今回のことだけではない。先について。
「(しかし解せぬのは開戦派の、魔族領本国の窮状を把握していたこと。既に東方辺境地のいくつかの貴族家から支援が始まったと聞くが……アル殿はその情報すら把握しているのか? 彼は最終的にどこを目指すのか……何故に“個”でありながら大局へ介入しようというのか……やはり油断はできぬ)」
誰もがそう。まずは自らの手の届く範囲の安寧を考える。既に先代の族長となっているが、ヴィンスは紛れもなく一族の者に責任を負う立場。一族を優先して考えるのは当然のこと。だからこそヴィンスにはアルが分からない。
彼は貴族に連なる者ではあるが、明らかに現状では“個”の勢力。王国の先行きを心配できるような立場ではない。ヴィンスはそう考えている。
ただ知らないだけ。
アルの手が届く範囲は、ヴィンスが思うよりも遠くにある。そして、彼はヴェーラやコリン、サイラス達以外の者を背負っていない。実のところ、ヴィンスが思う以上に身軽なだけ。
アルの介入によってヴィンスは“物語”の楔が揺らいだ。しかし、やはり彼も縛られたまま。一族の者に責任を負うというその立場に。
「……明日の正午には、治安騎士団と聖堂騎士団がそれぞれに連中のアジトを強襲する手筈です。しかし、この情報は既に漏れてると想定しています。それまでに都貴族家が動く可能性もあり、当然、相手側の反撃や逃走も。恐らくは今夜にも騒動が起こると見越しています。私は連中の指揮系統の上を狙って動きます。元より、連中も教会を襲撃する予定があったそうですから……いっそのこと討って出てくるかも知れません」
「委細承知した。ヴェーラ殿はどうする? 何人かつけるか?」
「いえ、ありがたいお言葉ですが、私は単独で動くことに慣れているので結構です。その分の戦力は他に回してください」
既にヴィンスも、ことここに至っては覚悟を決めている。戦える者を集め、開戦派を騙る連中の狩場を作る。
“物語”にも詳細は違うが、似たようなエピソードがあった。
開戦派と融和派の戦い。
物語の上では融和派の敗北。主人公達の戦いの陰で、ヴィンス達はひっそりと志半ばで斃れるというもの。
もうその結果に繋がることはない。それに相手はあくまでも開戦派を騙る連中。
さて、どこまでが“物語”の縛りとなるのか。
それはまだ誰にも分からない。
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……
…………
………………
既に夕闇も過ぎ、深淵なる闇に包まれる頃。
とあるアジト。開戦派を騙る連中。外法の求道者達。
彼等はようやくに知る。王都には、既に自らの狩場が設けられていることを。
こうなっては都貴族達の動きも早い。既にフロミー達が懇意にしていた……利用し合っていた貴族家が、あっさりと手の平を返してきた。それどころか散発的な襲撃も起こっている。これまでの見事なまでの襲撃とは違う。姿を隠していない上に、その力量はまるで違う。都貴族の手によるもの。
「くそッ!! 既に包囲網が敷かれてるじゃねぇかッ! 何故気付かなかったッ!?」
「も、申し訳ございません! し、しかし……」
「ごちゃごちゃ言い訳はするなッ! もう遅ぇんだよ! ……くそが! とにかく残った者は陣を守れ! 何としてでも陣だけは死守だ! ……直轄班。出るぞ。こうなっては仕方がない。俺はここで肉体を捨てる。俺が囮になってやる! さっさと逃げる奴らをまとめろ! ……あと、合流したときに不便だから適当に贄を確保しておけ……行け!!」
「は、はいッ!!」
上役の怒りに触れた部下は踵を返して行動に移る。既にフロミーはその怒りで周囲に瘴気を撒き散らしている。たとえ同じ組織、外法の道を征くと言えども、耐性のない者には毒にしかならぬモノ。
「……教会の連中だ。奴らだけでも叩く。見てやがれ……死と闇の眷属は、夜にこそ真価を発揮するってことを思い知らせてやる……ッ!」
彼の怒気と瘴気に惹かれたのか、有象無象の死霊たちも集いつつある。フロミーの直轄班……それは亡者の群れ。一人で群体を率いる者。
「……フロミー様。貴族区は諦めましょう。こうなっては、格は落ちますが、民衆区の聖堂を狙うということで……」
「くそが……仕方あるまい。女神の眷属共を喰い散らかすぞ……!」
幹部格の死霊の言い分を聞きつつ、フロミーは出兵する。もはや王都は彼等の戦場。
亡者の群れが聖堂を目掛けて闊歩する。質の悪いジョークのような状況。
ただの亡者や死霊程度では聖堂へ近寄ることもできないが、フロミーは違う。総帥から与えられた尊き黒きマナが亡者達を強化する。当然の如く、彼自身をもだ。
だが、それでも彼等は気付かない。そんな亡者の行進を見つめる狂戦士の従者がいることに。
「(……中心の男は……死霊? まさか瘴気を纏う程の存在がいるとは……聖堂騎士が討ち洩らすようなら……)」
狩人は迂闊に姿を現さない。
……
…………
剣閃が疾走る。
肉を裂く鋭い感触。そしてがつりと骨で止まる鈍い衝撃。
それでも止まらない。亡者。
剣撃をその身で受け止め、そのまま使い手に喰らい付こうと試みる。
「くッ! 神聖術の加護を持つ剣を平気で受け止めるとはッ!」
聖堂騎士の男は敢えて踏み込み、甲冑による体当たりで亡者を突き飛ばして距離をとる。
「グゥゥゥ……」
倒れた亡者は緩慢な動きで立ち上がる。剣撃による傷口が、今更ながら女神の属性に焼け爛れてじゅくじゅくと不浄なる煙を出している。お互いに対となる力の衝突。
深夜に突然沸いた亡者の群れ。実のところ、強襲を受けることも想定していた為、聖堂騎士団の幾つかの班は準臨戦態勢で待機していた。しかし、流石にここまでの規模とは誰も思っていなかったという。
比較的小さな教会。そこが百を超える亡者に囲まれている。一体どこから沸いて出たのかも定かではない。あちこちで戦闘の音が聞こえるため、現地で戦っている聖堂騎士達も、襲われているのは一カ所だけではないと知る。
「ジェイクッ! 聖堂にも亡者が出たそうだ! 恐らくソコが本命だろう!」
「ばかなッ!? 聖堂には女神様由来の聖物がある! 亡者共が近寄れる筈もない!」
「知るかッ! 現に聖堂が襲われているのは事実だ! 偉いさん方が緊急の連絡を寄越した! 聖堂を守れとさッ!」
「くそ! つまり救援はないということか!? 既に百以上の亡者に囲まれているんだぞ……ッ!」
フロミー達は散開した。
各教会……女神由来の場所を襲いながら、当人は強き者だけを厳選して聖堂へ乗り込む。雑な誘導ではあるが、物量を活かした正統派の力押し。フロミーは尊き黒きマナにより、漂う力弱き死霊を実体化させることすら出来る。もはや死霊の災害。
民衆区の教会周辺が局地的な戦場となる。
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