第3話 足音
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マクブライン王国において、至尊の冠を頂く者は王家に連なる者。当然のこと。貴族を束ねる尊き王家。
しかし、マクブライン王国において、政は都貴族、戦は辺境貴族の領分となっており、実のところ、王家には多大な影響力はあるも、実効力はそれほどに強い訳ではない。
特に都貴族の中でも古貴族家。
彼の貴族家は、王国が産声を上げた頃に分け与えられた、王家を監視する者としての権能を未だに手放しておらず、それを良いことに、まるで自分達が王家の上にあるかのような不届きな振る舞いも決して少なくはない。
ただ、それでも王家は王家。代々に継承された血統の秘伝魔法を用いて、古貴族家を含む不埒な都貴族家を震え上がらせることもあった。
もっとも、それらはあくまでも一過性に過ぎず、時が過ぎればまた同じことの繰り返し。どうしても王家だけでマクブライン王国を支えることは難しい。
しかし、王家は『託宣』を知った。そう。王家は実務上では蔑ろにされているが、統治という意味で矢面に立つ。託宣はそんな王家の繁栄を伝えた。変わることなくマクブライン王国は千年を生きると。
所詮はか弱きヒト族たち。神々の啓示に逆らえる筈もない。それが自らの利となるなら猶更だ。王国が教会と共に積極的に『託宣』をなぞるのも無理はない。
「それで? 神子の消息は判明したのか?」
「……いえ、未だにその姿を確認するまでは叶わず……しかし、身柄は東方辺境地にあるのは確実です。今回の件はダンスタブル侯爵が絵図を書いた模様。東方のキサック伯爵家を筆頭にラマナン男爵家、ピアース子爵家、オルコット子爵家……そして、ルーサム伯爵家。彼等は東方辺境地をまとめ上げつつあります。元より家々の繋がりも強いため、恐らくは他家も追従していくでしょう」
「ルーサム伯爵家……東方の悪魔か。奴らが政に首を突っ込んでくるとはな。大峡谷でゴブリンやオーガの相手をしていれば良いものを……」
現マクブライン王……フィリップ・マクブライン。
齢五十を迎えようかという金髪碧眼の男。所作は洗練されているが、その眼光は鋭く、その身も鍛えられているのが服の上からでも見て取れる。纏う雰囲気も戦う者のそれ。
不敬ではあるが、知らぬ者が彼を見れば、魔物との戦いを常とする辺境の大貴族に連なる者と見間違えるかも知れない。
王としての覇気だけではなく、純粋な魔道士としての力にも溢れている。
「恐らく『託宣』の《《深い部分》》も知られているのかと。ダンスタブル侯爵は託宣の流れのままに動きつつ……ということでしょう」
「ふぅ……まったく、やってくれるわ。都貴族が気に入らんのは余にも分かるが……流石にこれはやり過ぎだな。『託宣』から大幅に外れることを王として許すわけにもいかぬ。教会の横槍もあるだろう。……早急に侯爵と調整をつけよ。そして、何よりも神子の身柄の確保を急げ。何ならダンスタブルの……アリエル嬢を餌にせよ。姿を眩ませたと言っても、王都に居る彼女を見つける方が幾分は楽だろう。決して逃がすな。……ただし、彼女も託宣に示された者だ。今はまだ殺すな」
「承知いたしました。枢機卿にもその旨を伝え、教会側の協力も引き出しましょう」
「(……とは言っても、連中も覚悟の上。衝突は避けられんか……)」
か弱きヒト族は託宣が大事。示された道の先に繁栄があるなら……それを無視はできない。
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……
…………
………………
「計画と違うな。『託宣の神子』を一人攫ってくる段取りじゃなかったのか? 失敗したのか? それとも総帥の指示か?」
「い、いえ。それが……東方で動いている連中とまったく連絡が付かなくなりました。伝書魔法はその全てが射落とされて強制的に解除されています。総帥からの連絡も途絶えたままとのことです……」
神子達の襲撃。その実行を知る者達。
貴族家や神子の動きに翻弄されるのは何も王家や都貴族家だけではない。
「東方はベナークたちの管轄だったよな? ちッ。シグネも連絡が付かないままだし、どうしちまったんだかなぁッ! ……奴がマヌケを仕出かしたのは確かだが、そろそろ次の依り代が開花してもいい頃のはず。気に喰わないが、奴が死ぬなんてことは考えにくい……だが、現に居ない……。くそ。俺の負担が増えるじゃねぇか……ッ!」
魔族の開戦派を騙る一派。
“物語”にて役割を与えられた者達。本来の物語においては、争乱の影で暗躍する外法の求道者たち。もちろん、この世界においても彼等は暗躍はしている。ただ、その存在を『託宣』によって一部の者には看破されている状況にある。
彼等を取りまとめる総帥もまた、『託宣』に縛られている者。言うならば冥府の王ザカライアの“物語”において定められた手駒。女神の手駒たるダリル達の対を為す者……云わば冥府の王の神子とも言える存在。
「フ、フロミー様。貴族家同士の争乱は我々の想定よりも早く、激しい様相です。このままでは我々の傀儡たる都貴族たちも巻き込まれます。そうなれば……」
「くそ。計画が漏れていた? いや、もしかするとヒト族側にも『託宣』を深く理解できる者が居たのか? 総帥ですら全てを読み解くことが出来なかったというのに……
まぁいい。とりあえず、ある程度の人員を残して撤収する準備をしろ。過程がどうであれ、女神側の使徒は何人か始末したし、王都に混乱を招くことは出来た。後は教会の連中に一撃を加えて脱する。東方は封鎖されているようだからな。一先ずは北方へ出て様子を見る」
開戦派を騙る者達の幹部の一人。名をフロミー。
彼の見た目はヒト族であり、その立場は都貴族家に連なる者。とは言っても、元々そうであった訳もなく、傀儡と化した貴族家を通じて、没落していた別の貴族家を爵位ごと買収。後は養子縁組や使用人と言う名目で各貴族家に紛れ込むのを常套手段としていた。
そんなフロミーの実態は外法の魔道士。元々は北方にルーツを持つ貴族に連なる者だったが、外法の道を征く中で組織と接触して総帥に与した。シグネと似たような経緯だ。
彼の外見は二十代のヒト族の青年ではあるが、中身はシグネと同じく外法の存在。
フロミーは死霊術によって自らを不浄なる存在へと作り変えた、元・ヒト族。いまは肉体を纏うリッチ。その本質は死霊。
フロミーはヒト族社会に紛れながら、ヒト族と魔族との確執を深める為に動いており、都貴族の腐敗を加速させるという役割も持っている。その為には違法な薬物、魔族奴隷、趣味の悪い剥製などを積極的に活用してきた。アルから言わせると、害悪を振りまく腐った屑。
その上で、前任者たち……過去の同胞が王都に敷いた禁忌の陣に贄を捧げ続けるという作業もせっせと続けていたという。ときに自らの研究のための“つまみ食い”も含めて。
シグネとは違い、彼は総帥の願い……冥府の王ザカライアの顕現を本気で願っている。ただ、やはり外法なる人外。気の向くままに動くことも多く、死霊術以外については、組織の中ではあまり重要な役割を与えられている訳でもない。その代わりに優秀な部下が周りを固めていたのだが……
「……それで、誰の仕業かは分かったのか?」
「い、いえ……申し訳ございません。人形の眼から一瞬人影は確認できたのですが……相手が誰か、どこの組織かは未だに判明しておらず……」
その優秀な部下の数人が既に行方不明となっている。当人たちも決して弱くはない上に、シグネから回されていた人形とそれを操る人形使いを護衛として配備していた。……にも拘らず、日に日に姿を消す者が出ている。それも護衛ごと。襲撃。明らかに狙われている。
「くそ……危険はあるが、いまは明確に役割を分けるのが得策か……よし。陣を守る班はそのままだ。俺たちが脱した後もそのまま王都に潜伏して陣を死守せよ。シグネの人形と人形使いたちも残れ。俺の直轄の班は教会の連中を叩く為に動く。他の者たちは北方へ脱する準備を急げ。そして準備ができ次第とっとと出ろ。当然だが、東方や総帥と連絡を付けることを第一優先としろ」
「か、畏まりました。すぐに各自に準備をさせます」
彼等は知らない。既に自分達が狩られる側にあることを。狩人が獲物の前に姿を見せるときは、狩りはほぼ終わっている。
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…………
………………
民衆区にある、治安騎士団のとある分室。所謂詰め所。
「なぁ。聞いたか? また出たんだってよ。例の人形使いが」
「聞いたぜ。今度はドレーク子爵家のところだろ? あそこは少し前に聖堂騎士団に踏み込まれてヤバかったらしいが……何とか凌いだと思えば、今度は当主の暗殺だろ? 怨恨なのか、それとも用済みとして偉い方々に処分されたのか……怖い話だ」
彼等の話題。それは民衆区に居を邸宅を持つ貴族家を襲う何者かについて。
貴族区の争乱については彼等も耳にしているが、所詮は貴族区の話。貴族区に配属される騎士は基本的に魔道騎士……魔法を扱う者。一般騎士である彼等には縁がない。別の国の話と言っても過言ではないほど。
ただ、自分達に関係してくるなら話は違ってくる。
「現場には人形とそれを操っていたらしい者の死体が残っていたようだが、どうも目撃情報と一致しないなんて言われているらしいな」
「いやいや、それどころじゃないぞ。現場に残された黒い血を持つ人形と言えば……コートネイ家の変事だろ? アレは他家の介入で有耶無耶になったらしいけど……今回の一連の事件も繋がりがあるなら、確実に組織的な犯行だ。都貴族家がここまで舐められて引き下がると思えん。それに黒い血みたいなのは不浄のマナとかで教会だって動いてるんだろ? ……このままだと、民衆区にも血の雨が降りそうだな」
一連の事件。
貴族家の当主や懇意にしている出入りの商家の者が次々に襲われるという事件が多発している。いや、貴族家については事故や病気療養という発表となっている所もあるが、流石に治安騎士の彼等はそれを鵜呑みにはしない。現場に踏み込んだ同僚達からの情報も多いのだ。
ある貴族家では、深夜に襲撃されたのか、朝に使用人が部屋を訪れると当主が死亡していたという事件があった。明らかに不審死。
特別に戦った形跡はないが、何故かその遺体の傍らには、壊れて機能を停止した黒い血のようなモノを流す人形と、それを操っていたと思われる身元不明の女の死体があったという。
また別の貴族家当主は、白昼の大通りでいきなり頭部が吹き飛んだ。あきらかに何らかの攻性魔法による襲撃。
当然のことながら周囲には護衛も控えていたが、まるで反応も出来なかったという。マナの痕跡を丁寧に調べたが、犯人に繋がる有意な結果は得られなかった。ただ、その近辺の路地に壊れた人形とその使い手と思われる死体が見つかる。何らかの関係はあるとみられたが、不浄のマナが関わる為にその証拠は聖堂騎士団が運び去った。
貴族家当主だけではなく、商家の者も被害を受けている。いつもの都貴族家同士のいざこざではなく、確実に命だけを奪う襲撃。暗殺。
何故か襲われた商家の関係施設では次々に壊れた人形と人形使いの死体が発見されている。当然のことながら、こちらも聖堂騎士団が速やかに証拠を持ち去り、緘口令が敷かれることになった。
「明らかに偽装工作の匂いがするんだが……だからと言って、他に証拠もない。というか、決定的な証拠は教会が押さえたからなぁ……他家の者たちが暴発しなけりゃ良いんだが……」
「無理だろ? 既に貴族区では古貴族家や大貴族家が相争ってるらしいからな。民衆区の貴族は今は大貴族に仲裁や助けを求めるのも難しいだろ。何でも、東方辺境地の貴族家連合が王国からの独立を掲げて決起したんだとよ」
「それが貴族区の争乱の原因か? はぁ……一体どうなるのやら。そもそも辺境地は中央からの支援がないと戦線や生活の維持は難しいだろ? 独立してやっていけるのかねぇ?」
「知るかよ。ただ、貴族の御偉方だって、勝算もないのにこんなことはしないだろ?」
彼等は薄々気付いている。自分たちの職場たる民衆区や外民の町にも争乱は起こると。いや、もう既にソレは始まっていると肌で感じている。
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……
…………
………………
「アリエル様。やはり王家と教会が動きました。まずはこちらを押さえようとしているようです」
「……当然のことですね。まずは早急に貴族区を脱します。戦場を去るのは心苦しいですが、私もまた駒の一つ。残ることで父上たちに迷惑を掛けるのは本意ではありません。ビクター卿が王家の影を抑えると言っていましたが、あまり当てにし過ぎる訳にもいきません」
ダンスタブル侯爵家が絵図を描いたことは既に露見している。当主である侯爵は東方への視察という形でしばらく前から王都を離れており、表立っては我関せずとしているが相手も無能ではない。
協力した貴族家が、ダンスタブル家側が想定していた以上の早さで攻撃を受けて血が流れた。無論、それなりに反撃で相手側にも出血を強いたが。
「(ダリルが帰ってくるまでに必ずそれなりの形に持っていく。……ただ、王家の動きが想定以上に早い上に苛烈。少し侮っていた。油断していた訳じゃないけど……父上の言葉が今更ながら耳に痛い)」
ダンスタブル侯爵は事を起こす最後の最後まで、王家の動きを注視していた。それはアリエルからすれば、至尊の一族への敬意の裏返しだと考えていたが……違った。単純に脅威として見ていたということ。
マクブライン王家は即応した。都貴族家がダンスタブル家達への動きに対応できたのは、王家の動きがあったからこそ。引き摺られる形で動かざるを得なかった。
そして、何よりもまず完全に貴族区を封鎖して狩場を作った。元よりアリエルも王都を脱する心算だったが、封鎖の動きに間に合わなかった。
マクブライン王家は国家の運営に対して実効力はないかも知れないが、有事においての決断とその影響力はやはり大きい。
それぞれが、“敵”の足音を想定していたよりも近くに聞いている。
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