第8話 檻を破るナニか
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その日、王都は混乱に陥った。民衆区がいきなり戦場となった。
しかも、ただの戦場ではない。そこで争う者どもの多くが亡者や死霊という有様。まさに魔境の類へと変貌を遂げたのだ。
当然に混乱する。当たり前の話だ。
「な、なんだアレはッ!?」
「くッ! 怯むなッ!! め、女神の御加護をッ!!」
「し、死霊どもが隊列を組んでるぞッ!?」
「指揮を執る奴がいるのかッ!?」
「おい! う、後ろからも出て来たぞッ!?」
襲撃を受けたのは〝教団〟。いや、より正確に言うならば、教団を利用し、既存の利権や権力構造に食い込もうとする者どもの拠点。
もちろん教団側にも戦える者はいた。武力はあった。都貴族や古貴族の私兵に、教会の聖堂騎士だった者たちもいる。教団の教えに殉じる狂兵も多い。だからこそ王家側は、交渉での落とし所を探る羽目になったと言える。
だが、それでもこの度は教団側の気休めにしかならないほどの夥しい数の死霊死霊死霊、亡者亡者亡者。
なにしろ、襲撃側だけでなく、応戦する教団側からも死霊や亡者が湧いてきたのだ。
「なんなんだコレはッ!?」
「知るか! とにかく退くぞ!! 死霊どもが喰い合ってる間に体制を整える!!」
「あ、あれは瘴気かッ!? くそ!! 瘴気の壁ができている!! 閉じ込められたのか!?」
周りを見れば、死霊どもがお互いに潰し合う、喰い合う、相争うという地獄絵図。亡者対亡者。時折生者が入り乱れるという戦場。
更に更に。
視線の遠くにはそびえ立つ黒い黒い壁が見える。嫌でも視界に入って来る。
瘴気。
それも目の前に跋扈する死霊や亡者が纏うような生易しいモノじゃない。どす黒く、本能的な怖気、忌避、畏怖などなどを無理矢理呼び起こすほどのモノ。
しかもそれは一面だけじゃない。周囲ぐるりと壁壁壁だ。
たとえ魔道に心得のない者であっても、その壁が生半可なモノじゃないのは一目瞭然。今の状況が〝不味い〟のは嫌でも分かろうというもの。まさに〝閉じ込められた〟と認識せざるを得ない。
その日、確かに王都は混乱に陥った。
だがその混乱は、壁の〝中〟と〝外〟で受け取り方が違う。意味合いが違う。
外にいる者たち。王都の多くの者からすれば、それは『突如として街中に瘴気の壁が出現した』という現象だった。
あきらかな異常事態ではあったが、まさか壁の向こう側が亡者の跋扈する魔境に変じたなどと、即座にそう思い至る者は流石に少数派だ。
むろん、壁によって隔てられた区域が教団側の拠点である以上、現象が教団絡みであると考える者は多かった。即座に教会や治安騎士、王家の命を受けた者たちが事態の把握と解決に向けて動く。外の混乱の内容はそれ。
瘴気の壁を隔てた中と外。
中にいる者たちの混乱は毛色が違う。閉じ込められた者たちは、強制的に付き合わされる羽目になった。なんの説明も解説もないまま。準備や覚悟もないまま。
聖女シルメスと死霊フランツという狂信者同士の決戦に。
往生際の悪い、神の足掻きに。
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……
…………
………………
死霊。肉体を失い、死と闇に属するマナを纏う存在。いわゆるところの幽霊や悪霊の類。マナの属性が違えば精霊と呼ばれたりもする。
その姿は生前のままであったり、己の心の在り様が前面に押し出されたり、あるいは意図的に異形を模したりと各種様々だ。
生前の意識を保っている個体もいれば、理性を失い、現世への恨み辛み、未練、妄執などによって本能を剥き出しにして振舞う個体もいる。
また、そもそも自然発生的にマナが寄り集まり、気の遠くなるような長い長い時を経て自意識を形成するという、生物由来ではない霊体なども存在する。
そのような個体は総じて凶悪で強大な力を有しているが、大概は人里離れた辺境の奥地でひっそり存在しており、マクブライン王国のヒト族が相対する機会はそう多くはない。実在が確認されているものの、ほぼ伝説上の存在といったところ。
亡者。細かい分類は色々とあるが、大まかには肉体を維持しているかどうかで分けられる。いわゆるアンデッドであり、不死者、ゾンビなどど称されるモノたち。
ちなみに、死霊が力を持ち、瘴気やマナを物質化して擬似的に受肉する場合もある。変則的ではあるが、クレアやレアーナがそれだ。
彼女らはエルフ族の縛りを断ち切るため、その肉体を捨て霊体となり、その後にマナを結集させて自らの力で受肉した。擬似的な肉体を得た。
元々エルフ族は〝受肉した精霊〟〝半精霊〟などと呼ばれる存在だったが、クレアたちは更にその先へと無理矢理に駒を進めたというわけだ。
とにもかくにも、〝材料〟が何であれ、〝意図〟がどうであれ、再び〝肉体〟を得た死霊なり霊体なりは、もう生者と見分けが付かなくなる。少なくとも、自らの特異なマナを隠蔽する術を持った個体であれば、一般人はおろか魔道士であってもそうそう気付けない。気付かせない。
現象としては、死んだ者が還って来るということ。まさに生き返ったと言える。
ヒトの倫理からすれば歪ではあるものの、それは順当な技術と研鑽による奇跡の発露だ。
魔境と化した区域の中心にも、そんな奇跡を体現する個体がいた。
「……ふぅ。どうやら聖女殿は、私の考えに賛同してはくれないようですね。いや、もうすでに彼女は神に飲まれてしまったのか……」
女神エリノーラの石像が見下ろす場所。民衆区の中でも、富裕層が集まる区画に置かれた巨大な聖堂の中にある祭壇。
女神像の前で跪き、両手を胸の前で組んで祈りを捧げる姿勢のまま、一人の男が呟く。
すでに正規の教会からは破門されているが、未だに女神教会の助祭の礼服を身に纏っている。
フランツ。受肉した死霊。元・助祭。スラムの孤児に無償で教育を施していた人徳者としての表の顔と、孤児支援の元手を暗殺稼業で稼いでいたという裏の顔を持っていた男。
今や独自解釈した女神の教えを伝道する教団の首魁であり、王都を混乱に陥れた原因、元凶と言える人物だ。
「それで? フランツ殿はどうするおつもりで? 俺としては、とっととサイラスを連れて安全な場所へと避難したいんですが?」
また別の声が聖堂内に響く。
「残念ながら、今となってはここが一番安全とも言えます。すでに外は聖女殿が引き連れて来た兵たちに囲まれていますので。私の手駒では時間稼ぎ程度しかできませんが……それでも、せめてお二人の身を守り、退路の確保はしてみせましょう」
祈りを捧げる姿勢にて、フランツは決意を込めて応じる。背後に立つ声の主に。
「あーそれはそれはありがたいことで。なら、とっととその退路とやらをご教示頂けないでしょうかね?」
だが、質問者はそんな元・助祭の決意をあっさりと受け流す。彼からすれば、分が悪い状況での口先だけの決意表明なんぞに意味を見出せない。実際の行動と結果で示せと言いたい。なにより〝そもそも今のこの状況を作った原因はお前だろ〟という思いが先に立つ。
「コ、コリンさん……なにもそんな言い方をしなくても……」
そして、聖堂にはもう一つの人影。苦言を口にする。
「サイラス。俺はフランツ殿やシルメス殿の〝使命〟や〝目的〟なんか知ったことじゃない。俺にとって大事なのは、お前を無事にこの場から逃すことだけだ。アル様はサイラスを一人前として扱えと言われたが……悪いな、どうやら俺は、まだサイラスのことを一人前として扱えないようだ。お前を死なせたくない。死んで欲しくないんだ」
「……」
サイラスとコリン。生死不明だった二人は生きていた。教団に捕らえられていた。
不本意ながらも教団の管理下でサイラスとの再会を果たし、彼がまだ無事であることを確認したコリンは、当然のようにサイラスを逃すための命の捨て所を模索する運びとなったのだが……その覚悟に反し、コリンたちは行動を制限された幽閉状態ではあったものの、客人として丁重に扱われ、概ね平穏に過ごしていた。
地下牢に放り込まれ、暴力や薬、禁術を用いての取り調べ、自白の強要などといった絵に描いたような粗雑な扱いはなかった。
誰あろう教団の中心人物であるフランツの指示によって。
「コリン殿。私の言が信用ならないのは分かっています。また、今の私が口にするのが烏滸がましいのも承知しています。その上で……サイラスを守ってやって下さい。この子は、こんなところで死んでいいような子じゃない」
祈りが終わったのか、静かに立ち上がるフランツ。コリンに向き直り、サイラスの身の安全を託す。
「フ、フランツ様まで……」
「サイラスはもうファルコナーの子だ。あなたに頼まれるまでもありません」
ごくごく自然体でコリンは応じる。その様を見て納得したのか、フランツは僅かに微笑む。後顧の憂いがなくなったかのように。晴れやかに。聖職者と保護者の顔で。
「さて。ではコリン殿、サイラスと共に少しお下がりを」
祭壇から見て真正面。それは聖堂の入口にして出口。扉。女神エリノーラの降臨やヒト族の歩みを示す、精微な彫刻が施された荘厳なる扉だ。
その扉に向かってフランツは歩を進める。コリンとサイラスは無言で下がる。入れ違いのように、先ほどまでフランツが祈りを捧げていた祭壇付近まで。
少し前からコリンは気付いていた。サイラスも今になって異変を察知した。
死霊や亡者が発する不快な音。生者が抗う怒声。死にたくないと泣き喚く悲鳴。断末魔の叫び。
先ほどまで嫌というほどに聞こえていた、争乱の音が遠くなっている。鎮まっている。
歩を進めるフランツの足音だけが聖堂内に響いていたが、その音も止まる。
扉と祭壇の中間地点。真ん中あたりでフランツは歩みを止めた。
それが合図だったかのように、まるで途切れた足音の続きを奏でるかのように、ぎいと軋む音と共に扉がゆっくりと開かれる。
それは誰かにとっては望まれぬ客であり、誰かにとっては望ましい客。
開いていく扉から薄暗い聖堂内に光が差し込んで来る。そこにいる。光を背負いながら現れたのは小柄な人影。
「ごきげんよう、死霊フランツ。では、早速ですがさようなら」
鈴を転がすような声が聞こえるか否かという瞬間。
聖堂が吹き飛ぶ。
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王都が混乱に陥ったその日。
〝外〟からは直接その現場、その瞬間こそ目撃できなかったが、異様な気配を感じた。皆が等しく。
神柱の降臨とその力の発現を体感した。させられた。
王都にいる者たちは誰も知らなかった出来事がある。
少し前に、遠く遠く離れた東方辺境地の奥の奥、未踏の地である魔族領にて、神を降ろすという愚かしくも壮大な術式が発動する。
そして、因果は恣意的に捻じ曲げられ、王都の街中に、神を宿した特異な個体が出現することになった。出現していた。
その瞬間が訪れてはじめて、魔道に心得のある者は異質なマナの発露を知覚する。
また、心得のない者であっても、 異様なナニかが〝出てきた〟ことを本能で感じ取った。
後々になって人々は思う。怖気が走る。
民衆区の一部に突如として屹立した黒き瘴気の壁。あの壁は結果的には守護の壁だったと。あの壁があったからこそ、王都は壊滅的な被害を逃れたのだと。
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瓦礫の山。形容する言葉がそれしかない。
聖堂を聖堂たらしめていた神々しい精微なレリーフも、美しい女神像も、人々が見上げたまま時を忘れるほどの美麗なステンドガラスも、古き時代から受け継がれて来た祭壇も、すべてが破壊された。
爆心地と言える聖堂の跡地に立っているのは二つの人影。
一つはフランツ助祭。弱々しい息遣い。体のあちこちにガタが来ている。どうにかこうにかやっと立っているという状態。
一つは瓦礫の山を生み出した張本人。
聖女シルメス。
どこが聖女だと言わんばかりに、濃密で禍々しい神柱由来の瘴気を纏い、その場に平然と立っている。
「死霊フランツ。今ので仕留められないとは……あなたが強大なのか、それとも私の中にいる神がどうしようもないほどに弱いのか……さて、どうなのでしょうね?」
そうは言いながらも、シルメスはフランツが健在であることにそれほど驚きはない。それぐらいはやってのけるだろうと予見していた。
「……シルメス殿よ。貴殿は教会の枠組みを壊し、信仰だけを人々に残したいのではなかったのですか? このような強硬手段に出るとは……やはりすでに……?」
フランツの仮初の肉体が崩壊しつつある。彼は死霊として、その存在を維持できないほどに力を消耗してしまっていた。
「私はそこまで浪漫主義ではありません。人々に信仰は必要ですが、それを取り仕切る組織も必要だと考えています。教会の在り様は変えていくべきでしょうが、早急に壊してしまえとまでは思いません。むしろ、新たな騒乱の種となり得る、私やあなたのような〝特異な存在〟こそ、速やかに人々の前から去るべきでしょう。現に、あなたを中心にして新たな信仰が生まれてしまった」
静かに、それでいてよく通る声で聖女は語る。自らの存在が騒乱を生むのだと。
「……ま、まさか……シ、シルメス殿……あなたは、本当に知らないのですか……ッ!?」
その堂々とした振る舞い、迷いのない行動と語りのシルメスを前に、フランツは自らの思い違いを悟る。驚愕する。
「? ……死霊フランツ。一体なんの話をしているのですか? 私とあなたに〝神〟が宿っていることくらいは承知していますが?」
まさか、神の依代である自覚を持ちながら、聖女がここまで無垢で無知であるなどとフランツは思っていなかった。
彼女はすべてを分かった上で行動しているのだと考えていた。その上で、このような強硬手段に出たのは、とうとうシルメスは、内なる神に飲まれ、真の意味で神の依代、神の傀儡になってしまったのだろうと。
違う。違った。もしかすると、それこそが神々の計略だったか。
「シ、シルメス殿よ……わ、私と貴殿には、神が宿っているのではない。神は封じられただけだ……懲罰としてッ!」
死霊として現世に留まっていたフランツだが、あくまでも当初の彼はただの死霊だった。
暗殺稼業に身をやつしてた彼は、生前から敵も多く、いつ消されるか分かったものじゃなかった。だからこそ、死ねば死霊と化し、自らを殺した相手に呪いを振り撒くという、いわば自衛手段の一環として禁術に手を出していただけ。
死霊となった後、自意識が残るなどと期待したわけでもなく、むしろ、死霊となって現世を彷徨うのは、女神の徒としては望むところではなかった。
だが、幸か不幸か、彼は生前の記憶と自我を取り戻した。総帥の指示の下で、フラミーが起こした王都での死霊騒動。あの騒動の片隅で、フランツは周囲の死霊や霊体を取り込み力を付けていたのだ。
特に現世に未練はなかったが、どうせならと、彼は生前と同じく女神の教えに反する者、弱者を食い物にする者らを粛正し、金を奪い、スラムの孤児たちにその金が回るようにと活動を開始する。そんな彼を、オードリー商会の商会長らが支援した
いつの間にか周囲の支援者らが盛り上がり、教団などという組織ができてしまったが、それはそれで構わないとフランツは鷹揚に構えていたのだが……ある日を境に状況が一変した。
「……懲罰として封じられた? 神が……?」
シルメスにはフランツの言葉の意味が分からない。ただ、彼の言葉が、ブラフの類じゃないのは直感的に理解した。疑念がむくむくと鎌首をもたげる。
「ええ。ある日、私は自らの内側から響く神の嘆きを聞きました。〝ここから出せ〟とね。それは他でもない、女神エリノーラ様の御言葉でした」
「……」
そう。女神エリノーラと冥府のザカライアは、その振る舞いが目に余るとして、ついには〝物語〟から罰を受けることとなった。現世に引きずり降ろされた。強制的に。
その先が、器として選ばれたのが死霊フランツと聖女シルメス。
そもそもの〝物語〟では、すでに役割を終えている〝はず〟だった者たち。白紙の存在たち。
女神は死霊に、冥府の王は聖女に。
神子セシリーに女神が封じられたのではないかという、アルのベタな予想は完全にハズレだったわけだ。
「残念ながら、女神様は……私が信仰を捧げるに足る御方ではなかった……ペラペラと語っていましたよ。いかに自らが不自由であるか、不幸であるか、なぜに現世を這い回る下賤な者どもと同じ時を刻まなければならないのか……とね。そして、厚かましく恥知らずにも、現世を彷徨う下賤な死霊である私ごときに命じたのです。〝我を解放しろ〟とね。……どうでしょう? シルメス殿も同じだったのでは?」
崩れ逝く肉体を必死で維持しながら、フランツは問う。
「……確かに、私の中には冥府のザカライアと名乗る邪神が住み着いています。解放しろとは言いませんでしたが、死霊フランツへの執着は時折聞こえていました。〝まだ早い〟〝機を待て〟〝今だ仕掛けろ〟……などと……」
シルメスも自覚はしていた。自らに内にはいつの間にか神がいた。神聖なる女神様とは真逆。死と闇を司る力あるモノが巣食っていると気付いた。
「……私とあなたは、いわば神々を封じる檻。私の中にいる女神は、神々の上位存在や託宣の事情、これまでの経緯などについても、恨み辛みを込めて語っていました。現世の者らの運命を捻じ曲げ、自らの欲望のままにか弱き我らを踏みにじることに何の痛痒も感じない、軽薄で他責思考ばかりが強い愚かな女。それが女神エリノーラの真の姿でした。私は死霊である特性を活かし、自らの存在が消滅するその時まで、この女神を騙る不埒な存在を封じようと誓いましたよ。神の座がどのような場所なのかは知りませんが、易々と解放し、元の場所へと帰してやる義理もない……ッ!」
そして、フランツは自らの内に封じられた女神の〝嘆き〟と〝愚痴〟を聞いた。聞かされた。
彼の内に渦巻くのは、果てのない失望と義憤。
歪ながらも自らの信仰を、芯となる考えを持つフランツだ。だからこそ彼は決断する。
〝私の信仰にこのエリノーラは必要ない。この女神を騙る紛い者には罰が必要だ〟
奇しくも、それは勇者ダリルの思いに通じるもの。現世を這う弱く儚き者としての憤り。気まぐれに理不尽を強いる上位者への怒り。
フランツは自らを犠牲にしてでも、この神を騙るナニかに報いを受けさせたいと願った。それこそが自らに課せられた〝使命〟なのだと。死霊と化した己の使い道がソレなのだと。
「……ですが、どうやら愚かだったのは私のようですね……結局のところ、神の手の上で踊らされていただけだった……」
まるで舞台俳優の如く、淀みなく語っていたフランツがついに膝をつく。仮初たる肉体の崩壊が止められない。存在が崩れていく。マナの循環へと飲まれつつある。
「フ、フランツ様ッ!!」
「止せ! サイラス!!」
滅び征く死霊。恩師の二度目の死を前に、思わず駆け寄ろうとするサイラスと、それを止める保護者たるコリン。
聖女シルメスが力任せに解放した冥府の王ザカライアの力を受け、瓦礫の山となった聖堂。だが、それでも二人は無事だった。衝撃によって吹き飛ばされはしたが、未だに命を繋いでいた。五体満足のまま。
それは他でもないフランツが、全霊を以てして被害を食い止めようとした結果だ。
「……私たちは神を封じる檻? で、では……その檻が壊れれば……?」
死と闇を司る神柱。冥府のザカライアを封じるシルメスが、思わず零す。
目の前で滅びようとする受肉した死霊フランツ。その弱々しい姿とは裏腹に、内からは気配が濃くなっていく。
「……コ、コリン殿……に、逃げて下さい。わ、私は約束を……果たせそうに……ない……」
すでにコリンとサイラスの姿はない。コリンはサイラスを抱えながら、無駄かも知れないと思いつつ駆ける。特異な存在から距離を取るために。
「こ、この気配は……ッ!?」
シルメスもここに至ってようやく認識した。自身の行動が不味かったことに。
死霊フランツの身を食い破り、ソレは真の意味で現世に姿を現わす。
女神エリノーラ。
その日、王都にいる者たちは、知らぬ間に神の降臨に立ち会うという稀有な体験をする。
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