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狂戦士なモブ、無自覚に本編を破壊する【第1~6巻発売中&コミカライズ配信中】  作者: なるのるな
狂戦士なモブ、後始末をするってさ

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第6話 王都への帰路

:-:-:-:-:-:-:-:



 アルとヴェーラは馬上の人。


 二人はひたすら王都へと急ぐ道中にあった。


 それはただただ〝身内〟のために。


 アリエルから聞かされた変事については、結局のところただの情報でしかなかった。


 女神教会で教義について論争が巻き起ころうが、

 新たな既得権益に群がる者が相争おうが、

 稀有な死霊が一部の権力者と結びついて怪しげな教団を組織しようが、

 その教団がついには民衆区の一部を占拠しようが、

 妖しげな術式により制圧が困難なまま、教団側と官憲側が睨み合う膠着状態となっていようが……


 今のアルとヴェーラには関係ない。


 どうでもいい。


 改めてアルは思う。


〝対立する権力者らを裁定する力など個人にはない〟


〝正しき未来を見通す神の眼など誰も持ち合わせてはいない〟


〝あれもこれもは止めろ。ちゃんと身の丈に合う目的を持て〟


 街道を駆けながら、かつてコリンから受けたガチ説教の内容を思い返している。よくよく考えれば、コリンが語っていたのはクラーラの教えに通ずるもの。結局のところ、アルはずっと試されていたとも言える。


「(そうだ。僕はあくまで〝個〟でしかない。目の前にある問題に対して、今できることをするしかない。教会だの教団だの王都の利権争いだの……大局を動かす連中の都合なんて知ったことじゃない)」


 怪しい伝令を介して、ファルコナー家は今回の王都のごたごたには介入しないと伝えられたが……アルたちへの協力自体はあった。準備していた。


「……ヴェーラ、まだ次の街まで距離がある。馬が潰れないように少し速度を落として」


「あ、は、はい……申し訳ございません」


 オルコット領都から王都への道。


 定期便の馬車では二十日ほどの旅程となるが、極力荷物を減らした単騎駆けの馬であれば日数は当然に変わってくる。街道沿いの街から街の要所要所で替えの馬を用意していればなおさらだ。


 アルとヴェーラを一刻でも早く王都へと運ぶ。


 その仕込みを手配したのはクラーラ。直接の介入はしないと言いつつ、ファルコナーは総じて〝身内〟には甘い。当然〝身内〟に害が及べば諸々を度外視するのも共通項だ。


 この度の王都のごたごたについては、ブライアンを筆頭にファルコナーの主だった者らは介入()()()()


 (まつりごと)には関与しないという……王家との契約による弊害が出た形だ。


 今回の件はあくまで政の範疇にあるとして、王家は契約者の動員を是としなかった。いや、むしろ動くなと釘を刺されてしまった。


 そうでなければ、クラーラはわざわざ東方にいるアルを呼び戻したりはしない。自分たちで王都に乗り込む気だった。


 たとえ直接の面識がなくとも、アルが〝ギルド〟にて保護した元・孤児らは〝身内〟だ。


 子は宝。


 クラーラにとってサイラスたちは、すでに全霊を以てして守るファルコナーの子。


「(ここまでするということは……コリンはともかくとして、サイラスはまだ生きている。少なくとも母上らにはその確証があるんだろう)」


〝一人前〟のコリンについては何とも言えないが、もし、庇護すべき対象であるサイラスの死が、大森林での所在確認不能(行方不明)ほどに確定的であれば……これほどのお膳立ての上で急かされたりしていないはず。


 アルはそう思い至る。


 ちらりと横を見やれば、ただただサイラス(ついでにコリン)の無事を願うヴェーラの姿。


 彼女はもう冷静さを装うこともできない。焦りを隠せていない。


 アルのファルコナーの戦士としての部分は、それでもコリンとサイラスの死を受け入れている。覚悟している。せめて遺骸の回収だけでもと願い、その上で彼らに死を与えた者どもへの復讐を思い浮かべている。


 もちろん、()()()()であり()()()()の前でそんなことを口にはできないが……。


「(あー……あのクソ親父め。思い出すだけでイラっとするな。ふぅ。なんにせよ、まずは王都に辿り着く。今はそれだけだ……ッ!)」


 余計な邪念を振り払い、アルは街道を駆ける。王都へと。


 が、その王都への道中であっても、彼の積み上げてきた因果による〝イベント〟は起こる。善くも悪くも。



:-:-:-:-:-:-:-:



 中継地点の一つ。とある街。


「アルバート様、本日はこちらの宿で休息を。早朝の出立に合わせて、替えの馬はすでに用意しておりますので……」


 アルたちを待っていたのは赤毛の少女。また、その少女の保護者のような振る舞いをする、ファルコナー領にて見慣れた者の姿もあった。どちらかと言えばその保護者がメインの待ち人か。


「君は……フラムか。息災であったようでなによりだ。それに……まさかホブス老まで出て来るなんてね」


 赤毛の少女はフラム。アルがコリンと共に王都へ向かう道中で……アル曰くの〝ベタなイベントその二〟で拾った子だ。


 そして、恰幅の良い保護者はホブス。ファルコナー家の家令を務め、まさにクラーラの直接的な腹心とも言える人物。


「ほほ、アル様よ。しばらく見ぬ内に()()()なられましたなぁ。もうこの老体のホブスでは、アル様の手合わせに付き合えぬようです、よよよ……」


 大仰に前屈みになり、ハンカチで顔を覆うホブス。あからさまな泣き真似の茶番ではあるが……そこに隠されたメッセージは、アルからすれば物騒で仕方がない。


「いやいや、そう言いながら密かに間合いを詰めようとするなって。怖いんだよ。ここはファルコナーじゃないんだから勘弁してくれ……」


 さり気なく、詰められた以上に間合いを広げながら嘆息するアル。


 もし隙を見せていれば、次の瞬間にはホブスの剛拳が炸裂してたのがありありと分かる。それも、とても再会の挨拶とは思えない危険極まりない力加減でだ。


「ほほほ。流石に気付きましたか。まぁなんにせよ、腕を上げたのは善きことにございまする。実際のところ、わしなんぞではもうアル様に敵わぬでしょうなぁ、ほほほ」


「どの口が……まったくよく言うよ。未だに父上と本気の()()()()ができる癖に……はぁ。で? わざわざフラムを連れてホブス老が出て来た理由は?」


 ホブス老の戯言は軽く流して切り替える。懐かしい顔に出会えた喜びも確かにあるが、ヴェーラほどではないにしろ、王都へと気が()いているのはアルも同じだ。休める時に休み、動ける時に動くを徹底したい。世間話でダラダラと時を浪費したくはない。


「おやおや、アル様がフラムに言い付けておられたのでしょうに……わしはただの引率に過ぎませんぞ」


「僕の言い付け? フラムに? ……もしかして、ビーリー子爵家の件か?」


 こくりと頷く少女フラム。アルは彼女を拾った(保護した)際に確かに口にしてた。


 戦え。力をつけろ。ただ逃げるだけじゃなく、いつの日かビーリー子爵家と戦えるように……と。


 流石にアルも忘れてはいなかったが、今となっては思い出すのに時間を要する一件だった。


「結局、私はアルバート様の言い付けを守れませんでした。ビーリー子爵家は自滅し……その顛末を見届けるだけしかできませんでした」


「僕が知ってるのは、ビーリー子爵家の主だった者たちが屋敷に立て籠もり、聖堂騎士たちに抵抗しているところまでだったけど……連中はすでに捕縛されたのか?」


「いえ、捕縛ではなく、抵抗を続けた末にビーリー子爵らは自害を選んだようです。私がホブス様に連れられて現地に到着した時には、すでに屋敷は炎に包まれていました。結局、主だった者らはほとんどが死んだと聞きました」


 当時のアルたちは、騒動の顛末を確認するより混乱に乗じて街を離れるのを優先した。あの状況からビーリー子爵らが挽回する手立てはないと考えており、現実もその通りに運んだ模様。


「そうか。フラムはどうだ? まだビーリー子爵らへの憎しみは残っているか?」


 その瞳を真っ直ぐに見つめながらアルは問う。


「……いいえ。もう私は〝ファルコナー〟です。かつてのフラムが抱いていた憎しみは、子爵らの死によって終わりを告げました。今の私に残るのは、父や母、兄、祖父母らへの弔いに、こんな私に善くしてくれる方々への感謝の心だけです」


 アルやホブスに比べれば(ささ)やかながらも、虚ろな戦気を纏いながらフラムは首を振りつつ応じる。もう憎しみは終わったと。無力だったフラムとは決別したのだと。


「フラム。改めて亡くなった君の家族に哀悼の意を捧げる。そして、ファルコナーの先達(せんだつ)として、憎しみを乗り越えた君を称えるよ。外から来た君にとっては、憎しみを流すのは辛いと感じることもあっただろうに……」


 ファルコナーで仇などと口にするな。


 それは流儀というよりは先人の教え的なもの。


 憎しみを引きずり、特定のムシケラ()に執着する者は、大森林においては永く生き残れないから。


 ただ、虫どもとの生存競争の中での死とは違い、フラムはビーリー子爵の悪意によって家族を失った。生きるためではなく、(よこしま)な意図で命を奪われた。


 にもかかわらず、彼女はファルコナーに習い憎しみを断ち切った。憎しみは終わったと宣言して見せた。外から来て日も浅い彼女にとっては、それは辛く苦しく葛藤のある一歩だ。しかも、その一歩の先にあるのは魔境たる大森林しかない。それでもフラムは踏み出した。


 偉そうに先達などと語ったが、未だにレアーナへの復讐を捨てられない、場合によってはサイラスやコリンの仇討ちすら考えるアルとは少々デキが違う。


「ほほ。まだ外から来て間もないですが、フラムは〝ファルコナー〟となりましたぞ。さて……アル様は()()()()()()()?」


 朗らかながらも、その目の奥は笑っていない。ホブスはアルを試している。復讐に囚われ、ファルコナーから少々逸脱してしまったファルコナーの子を案じている。


「……まったく。今さらながら母上たちの情報網が恐ろしいな。ついこの間の大峡谷での出来事を、どうして知ってるんだか……」


 アルはアルで察した。ヴェーラ(とジレド)を(一時的に)喪ったことでブチ切れてしまった、一連の諸々を把握されていると。


「まぁ細かいことは良しとして……わしも詳しくは知りませんが、王都では〝()()()()()〟がそれぞれに暴れまわっておるようですぞ? 王家が手をこまねいている利権争いですが、揉め事の大元は依代たちの戦いだと聞き及んでおりまする」


 諸々を知られていることへのばつの悪さを感じていたアルに引っ掛かり。するりと語られたホブスの言葉に異常を見出す。


「ん? は? ちょ、ちょっと待ってくれよ。まさか……ホブス老までトゥルー殿と同じとか言わないよな?」


 アルからすれば、それこそ物心つく前から知っている馴染みの家令から〝世界設定〟的なワードが発せられるなどとは夢にも思っていなかった。


「ご安心なさいませ。このホブスは正真正銘()()()()()()()にございます。すべてはお館様やトゥルー殿の受け売りでしかありませぬ」


「……ってことは、やはり父上はある程度の諸々を知ってるってことか?」


「ええ。ブライアン様はアル様が異界の記憶を持つのも、トゥルー殿がこの世界の住民ではないのも承知しておられます。ちなみにですが、ファルコナーでトゥルー殿を知る者らは皆、彼が普通でないのは知っておりまするぞ。なにしろ、()の者は二十年も前から歳を取っておりませんからのう。まるでエルフ族のようだとクラーラ様らが羨ましがり、事あるごとに秘訣があるなら教えろといびられていたものです」


「……」


 あっさりと明かされるブライアンらの秘密。ファルコナーの重鎮たちは、思いの外に世界設定的なモノに触れていた。しかも、例の怪しいトゥルーは、二十年も前からファルコナーにいたのだという。


 こんなことなら、幼い頃に前世の記憶があるのをもっと大々的に明らかにしても良かったんじゃないのか? 思わずそんな考えが過ぎるアル。


 ただ、振り返ると、幼い頃のアルは前世や異世界の知識などについて、割りと周囲に話していた。主に訓練から逃れる口実として。


 そして、結局誰からも相手にされず、有無を言わせず大森林・ブート・キャンプに放り込まれたのを思い出す。


 特にホブスはその筆頭だ。幼いアルの話をふんふんと一通り聞いてくれたが、その後は鉄拳制裁の上で訓練に連れ戻されたものだ。場所が違えば虐待以外の何物でもない。


 結局のところ、幼き頃のアルがどんな行動を取ろうが、たいして結果は変わらなかったのかも知れない。


「あー……で? 結局ホブス老は何しに来たんだ? フラムの付き添い以外に用がないとは言わせないぞ?」


「ほほ。わしとしては本当にフラムの付き添いだけで、あくまでついでの伝言を頼まれただけですぞ。先ほどの〝王都では神々の依代が暴れている〟というのと、〝恐らくアル殿の復讐は叶わない〟という二点を伝えてくれと頼まれましての」


「……それは誰からの伝言なんだ?」


「例のトゥルー殿です。つい先日、彼はわしにその伝言を預けてそのまま王都へと向かいました。〝ようやく役目が終わります。もうファルコナーには戻りません。色々と世話になりました〟とも言っておりましたな。伝書屋からクラーラ様に確認の連絡をしようとしたところ、トゥルー殿はファルコナーにも別れを告げる伝書魔法を依頼しておったようです」


 それは本来ではあり得ない話。なにしろ、トゥルーはアルたちがオルコット領都を出立するのを見送った側だ。


 ホブスの話が本当なら、馬を替えながら考え得る最短で王都に向かっていたアルたちを追い抜きつつ、ホブスへの伝言や伝書魔法を依頼する余裕まであったことになる。


「ふぅ……トゥルー殿についてはいいさ。たぶんもう会うこともないだろうしな。僕らはこのまま王都を目指すだけだ。サイラスとコリンの生死を確認する。生存しているなら助ける。そうじゃないなら、原因となった奴らに代償を支払わせる。今はそれだけでいい。世界の設定だとか神々がどうたらなんてどうでもいい。なんなら王都のごたごたも知ったことか」


「ほほほ。それでよいかと。余計な情報をもたらしたわしが言うことではありませぬが、アル様は目の前のやるべきことをやるのがよろしいでしょうぞ。まずは一時の休息を取りなされ。さぁさぁ未来の花嫁殿も」


「は、花嫁……」


「ったく……止めてくれよ、ホブス老まで……」


 イジリには反応してしまうが、もうアルは迷わない。いかにもな怪しい伝令からの伝言などどうでもいい。優先順位を間違えない。それに、最終的には父ブライアンを問い詰めればいいという保険もある。


 今はただただ王都へと急ぐのみ。



:-:-:-:-:-:-:-:



 ……

 …………

 ………………



 王都までは目と鼻の先。過酷な辺境地を抜け、もやは魔物や獣よりも、街道沿いに潜む賊を警戒しなければならない地域。


 王国が公的に整備した街道から少し外れた森の中。


 鬱蒼とした木々の合間に月明かりが差し込む。


 淡い月光に照らされる人影は三つ。


 風に揺れる木々の音がさわさわと耳を撫でるが、他の音は聞こえない。本来であれば賊どもが根城にしそうな立地だが、今は誰もいない。獣も遠ざかり、虫さえも息を潜めている有様。


 その静寂を演出するのは、肌を刺すような緊張感。張り詰めた空気が場に居座っている。


 それはアルバート・ファルコナーとは別の物語。彼に無関係ではないが、ある意味では遥かに遠い物語だ。


「……何者だ? なぜその名を知っている?」


 人影の一つが、旅装を纏ったどこにでもいそうなヒト族の女が口を開く。


「当人に……アレルバルのクレア・ク・イアルルに教えてもらったからだよ。アルルジャズのレアーナ・レ・イレイア」


 女の問いに応じるのはヒト族の男。ただし、マクブライン王国のヒト族とは少々雰囲気が違う、異国風の青年だ。


「ッ!? 私の真名まで……」


 女はヒト族に擬態したレアーナ。


 今、彼女は脅威に晒されている。エルフ族を捨てた今となっては、真名を知られてたところで縛りを受けたりはしないが、だから安心だとはならない。


 本来ならこのマクブライン王国の地に、別大陸のエルフ氏族に出自を持つ者の真名を知る術などあるはずがないのだから。


「僕はただの伝言役だ。危害を加えるつもりはない。クレア殿から預かっていた伝言を伝えるために来ただけだよ。レアーナ殿と……彼女の写し身であるイノセンテ宛にね」


 異国人風の青年トゥルーは語る。静かに指をさす。レアーナの後ろを。彼女が背に庇う少女を。


「レアーナ姉様。このヒトの姿は母様の記憶に……それもまだエルフだった頃の記憶に薄く残ってる。母様が自ら真名を明かしたのも事実よ。……レアーナ姉様の真名を知っている理由までは分からないけど……」


「イノセンテ?」


「はは。本当に覚えてくれていたとはね。実はとっくに忘れられているかと心配していた」


 ほんの僅か、トゥルーは寂しげにほほ笑む。それはすでに滅したクレアへの哀悼の表れか。


「……さて。特に前置きも要らないだろうし本題だ。クレア殿は禁忌を犯し、エルフ族を捨てる頃からぼんやりと〝外の(ことわり)〟を認識していた。この世界に縛られたままだと〝外の理〟には届かないともね。具体的な手法や計画はないにしろ、世界から切り離された写し身を生み出し、その写し身に真理の探究を委ねるという考えは当時から持ち合わせていた。そして、そんな折に僕と契約を交わしたのさ。もし、遠い未来に写し身が動き出したなら伝えて欲しいとね」


 月明りに照らされた黒目黒髪の青年は淡々と語る。見る限りヒト族でしかない彼が数百年の時を飛び越えた理由も、当時のクレアと知己を得た方法も語らず。


 レアーナの疑問は解消されないままに話は進む。


「……クレア姉様はなんと?」


 彼女も敢えて問わない。ただ相手の伝えたいことのみを聞く。嘘でも真でも、最愛の姉からの伝言と聞いた以上、それを無視するなどレアーナにはできない。


 彼女の渇望をひしひしと感じながら、トゥルーは静かに告げる。




〝愛している。すまない、もう無理はしなくていい〟




「もし、()()()()愛しきレアーナが健在であれば……そう伝えてくれと言われた」


「…………」


 木々を揺らす風が止まる。辺りに更なる静寂の帳が下りる。


 無音。音が消えた。


 クレアからのメッセージが沁みわたった結果なのか、レアーナの瞳からつつりと滴が零れる。頬を伝う。


 彼女の中でナニかが溢れる。


「……あぁ…………ね、姉……様……」


 ゆっくりと膝をつく。そして、そのまま崩れるように前のめりに倒れ込む。地に伏す。


 終わる。


「レアーナ姉様……」


 唐突に倒れて動かなくなったレアーナの背を見つめるのはイノセンテ。


 それはあっという間の出来事。倒れる彼女を支える間もなかった。


 終わった。終わってしまった。


 すでにレアーナは存在が停止して(事切れて)いる。


 故郷を捨て、禁忌を犯してエルフ族すら捨てた。流浪の研究者となり、更には敬愛する姉と歩むために死と闇の眷属にまでなり果てた。


 最愛の姉が滅した後も、姉の写し身であるイノセンテを導きながら、クレアが渇望した神殺しの旅を、真理の探究を続けるはずだった。


 だが、彼女はいともあっさりと存在を放棄する。現世に留まるための楔を手放してしまった。


 張り詰めていた糸がぷつりと切れるが如く。


「それで? 私への伝言は? 母様の記憶にあなたの姿はあるけど、伝言のやりとりなんてないんだけれど? 恐らく母様が意図的に記憶を封鎖したんだろうけど……どうなのかしら?」


 何事もなかったかのように、イノセンテは視線を上げて静かに言葉を紡ぐ。レアーナという守護者がいなくなった今、まっすぐにトゥルーと相対しながら。


「疑問の確認が先か……流石はクレア殿の写し身だね。僕を糾弾したりはしないの? レアーナ殿を()()()()()()()()()僕を」


 問いに対して、目を瞑り小さく首を振るイノセンテ。


「……疲れていたのよ、レアーナ姉様は。本当なら母様が滅した時に終わっていたはず。私……というより、母様のために現世に踏み止まっていただけ。本人の前では知らぬ振りをして、あまつさえ願いを託すような真似もしたけれど、母様とてレアーナ姉様がとっくに擦り切れ、虚ろなままに無理をしてたのは知っていたわ。だから……この結果は仕方ないと思う。もちろん、こんな風にお別れするのは寂しいけれど……伝言役でしかない貴方を糾弾するつもりはないわ」


 唐突な別れ。イノセンテはあっさりと導き手を失う。しかし、それが自らを生み出したクレア()の意思であるなら受け入れるしかないと納得もしている。また、擦り切れたまま、無理矢理に笑うレアーナを見るのが辛かったというのもある。


「そうか……ありがとう。僕のこの世界でのクエスト(役割)は、君にクレア殿の伝言を伝えるのが最後になる。ただ、それをしてしまうと、問答無用で僕はこの世界から去る羽目になるんでね。せめて、庇護者を失った君が安全に暮らせる場所までは案内するよ」


「ええ。できるならそうして欲しいわ。あと、レアーナ姉様の弔いを手伝って欲しいんだけど……お願いできる? それとも、マクブライン王国に災禍をもたらした罪人の弔いなんて言語道断かしら?」


「構わないさ。王国にとって大罪人であろうと、僕は死者を辱める気はない。死ねば皆が仏様だからね。まぁ元々レアーナ殿は死と闇の眷属だから、厳密には亡者だったんだろうけど……細かいところは気にしないさ」


 無垢なるイノセンテと漂流者トゥルーの僅かな邂逅。


 結果として、レアーナは永劫の眠りへと、マナの循環へと(いざな)われた。


 伝言の通り。


 とある魔境の戦士の復讐はもう届かない。叶わない。観測者さえも予想だにしなかった〝物語〟が、別口で進行していた。


 それらは新たなはじまりの一幕であり、アルの物語の終幕の一場面。



:-:-:-:-:-:-:-:

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ファルコナー側の外堀埋まり過ぎて ショットガンマリッジするかしないかで賭け始めてない?
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