第3話 別れ
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「そのようなことがあったのですか……」
馬車に揺られながら、ヴェーラが零す。
「まぁね」
軽く応じているが、アルも饒舌に語ったわけでもない。
死合いという名のヴィンスの葬送が終わったあとのことだ。
王家側とセシリーとの間での〝契約〟が無事に成立し、アルたちは〝暴走する魔王〟から〝脳筋化した神子〟程度に力の制御を取り戻した彼女を迎えることになったのだが……。
エイダを含め、ヴィンスの葬送に立ち会った者たちは、なにがあったかについて口を開くことはなかった。もちろん、クスティは上役に報告はしているし、エイダも主であるセシリーに個別には伝えた。
特に示し合わせたわけでもないが、複数の者がいる場では、誰もその内容については語らなかった。
事情を知らぬ者らもなにかしらを察し、詮索せずにさらりと流し〝次の話〟へと移っていく。
ヴェーラと二人になったことで、アルはぽつぽつとヴィンスとの一幕について語ったという次第。
今、二人はルーサム家が用意した馬車にて帰路についている。
〈王家に連なる者〉から、直々に、いっそわざとらしく、アルたちは見逃された。
さっさと消えろと言わんばかりに押し出され、ルーサム家への挨拶もそこそこにアルとヴェーラは大峡谷を去る。王都へ戻る前に、まずはオルコット領都へと。
それぞれの利害や思惑が絡み合った結果なのだが、大まかな流れはダスティン・マクブラインの一存によってだ。
「変事を見届けるために来た以上、ある程度の後始末が終わるまで我らはここに残る。当然に神子たちも一緒にな」
現王フィリップ・マクブラインの実弟がそう告げた。
あからさまで隠す気もなかったが、王弟ダスティン一行の立場は、王の密命を受けた密使のようなもの。当然にルーサム家側とのあれこれがある。
また、アダムとカインの両王子が王家の秘儀を用いたことについても、はい、これでおしまいで済むはずもなく、契約者になりたての神子セシリーから目を離すわけにいかない。
しかしながら、それらはあくまで王家側の都合だ。
権力者側にいいように振り回されるのを、今のダリルとセシリーは望まない。
神子の二人は、王家の権威や秘儀があるからといって、理不尽に抑え付けられるのを我慢するつもりはなかった。なかったのだが……結局のところ、二人はダスティンらに従う道を選ぶ。
「アル殿。俺とセシリーは一先ずはダスティン閣下に従うよ。俺もいずれ契約とやらを受ける必要があるそうだが、〝神子〟として担がれていた頃よりは自由も効くようだしな」
王家の秘儀による縛りという懸念はあるが、いざとなれば逃げることができる。借り物ではあっても、今の神子たちには王家を拒絶するだけの力がある。
その上で、ダリルはダスティンやアダムから〝欺瞞の臭い〟を感じなかったからこその選択。
「ダリル殿、もしもの時は南方へお越し下さい。ファルコナーは〝勇者〟を歓迎いたしますよ」
アルとて気付いている。いくらダスティンが信用に値する人物であろうと、今後の王国での神子の扱いには、不穏な香りが纏わり付いて離れはしない。
「ありがとう。先行きは不透明だが……どのような状況になろうとも、アル殿とは今一度ゆっくりと話がしたいものだ」
「ええ。また……いずれ」
握手。そして、そのままお互いがお互いを引き寄せ、身体ごとぶつけ合うような手荒いハグを交わす。
「あー……アル殿、その……い、色々とすまなかった……とんだ醜態を晒してしまった……改めて謝罪させて欲しい」
アルとダリルのやり取りが一段落するのを見て、すぐ横で縮こまっていたセシリーが深々と頭を下げる。
「ま、まぁ……セシリー殿からの謝罪を受け入れましょう。ただ、僕も詳しくは知りませんが、ダリル殿とセシリー殿には神々からの介入などもあったようですし……もしかすると、諸々はその影響だったのかも知れません。なんにせよ、この度の件でセシリー殿を糾弾するような真似はしませんので……頭を上げて下さい」
「ほ、本当に申し訳なかった……」
王家の秘儀によりマナの制御と正気を取り戻したセシリーだったが、事情を振り返ると共に彼女は青褪める。
正確にはそれぞれの名すら知らないままだったが、ザガーロ一味をはじめとした王国に仇なす不埒者どもへの襲撃はともかく、一歩間違えれば、アルやアダム王子、追い求めていたダリル本人すら自らの手で葬っていたかもしれないのだ。
知能の減退を伴う脳筋化を果たしてはいたが、流石に超えてはならない一線を判別する理性くらいは彼女にも残っていた。残っていると信じたい。
「……すまない、アル殿。俺からも謝罪する。この馬鹿がああなってしまったのは、俺の身勝手がはじまりだった」
冷静になったダリルも、自身の過ちを素直に認める。身勝手に暴走したのは彼の方が先だったと。
「ま、いくら当人のためを思ってとはいえ、詳しい説明もなく姿を消したダリル殿が悪かったというのは、確かにその通りだと思いますけどね」
「ぐ……か、返す言葉もない」
「はは。ほんの冗談ですよ。当時のダリル殿にしたって、しがらみを含めて周りの影響が大きかったのでしょう? さ、謝罪合戦はもうこれで終わりということで」
謝罪を受ける側のアルはあっさりとしたもの。もう済んだことだという割り切りがある。そもそも、勇者ダリルがいなければヴェーラ諸共に死んでいた場面も多く、アルはダリルに恩義を感じているほど。
「今は無事に死線を越えたことを喜びましょう。この先、お二人に〝神の御加護〟があらんことを祈っていますよ」
「……ふぅ。神の御加護ときたか。アル殿の冗談は趣味が悪いな……ふふ」
「まったくだ。俺たちからすればもう神様云々はこりごりだ。勘弁して欲しい」
寄り添い合い、軽く笑みを浮かべる神子たち。
ダリルとセシリー。
二人はしばし大峡谷へ残り、王弟ダスティンと共に変事の後始末に付き合う。もう二人が離れることはない。その必要もない。お互いに色々と積もる話もある。
今のダリルなら、理不尽に振るわれるセシリーパンチに耐えられると信じよう。
「アル殿。ここまで来たからには、私はこのままセシリー殿やダリル殿と共にあろうと思う。とうに命を捨てた身だ。もしこの先、神子のお二人が理不尽な目に遭うようならば……その時は微力を尽くすと誓おう」
「……私も残る。記憶と理解力が怪しく、勝手に暴走したりもするが……それでも恩義があることに違いはない。私はこれからも主たるセシリーに付き従う」
ヨエルとエイダも。アルからすれば、再会はまさに束の間の出来事だった。即座に別れ。
「ええ。ヨエル殿にエイダ殿、お二人もどうかご壮健で」
すでに破綻した……そもそもが破綻していた〝ゲームシナリオ〟ではあったが、それでも、結局は皆が〝主人公〟の下へと集うのかも知れない。
そんなことをぼんやりと考えながら、アルは〝主人公パーティ〟の先行きに幸あれと願う。
「アルバート・ファルコナーだな?」
それぞれと別れの挨拶を交わす中、直接的な接点がほぼないアダム王子が、突然アルに声を掛ける。
「これはアダム殿下。改めまして、ファルコナー男爵家の第三子、アルバートと申します」
今さら感も強かったが、アルは胸に片手を当て、半歩下がりつつ頭を下げる。貴族式の礼を取りつつ名乗る。
一応、セシリーの暴走を止めた際にアルはアダムと一言二言を交わしはした。だが、あくまで非常時のことであり、その上、王家の秘儀によってアダム王子はすぐさま昏倒し、砦に辿り着くまで目覚めなかったという経緯がある。
アダムとまともに話をしたという印象はアルにはなかった。
「ふっ。貴殿がとある魔境の戦士というわけか」
仕切り直しの挨拶程度だと考えていたアルだったが、アダムの方はアル個人への用件があってのこと。高貴な娘との約束が。
「とある魔境の戦士……ですか?」
「あぁ。さる高貴なご令嬢から〝友よ、自由であれ〟という伝言を預かっている」
アダムは淡々と語る。伝える。
「そうですか。残念ながら僕には心当たりがないのですが……殿下に伝言役をお願いするとは、その高貴なご令嬢はさぞや剛毅な御方なのでしょうね」
アリエルの姿を思い浮かべつつ、白々しくとぼけるアル。
「ふっ。私が心から惚れた可憐にして豪胆なるご令嬢だ。貴殿の口からそれ以上を語れば不敬と見做すからな?」
「承知いたしました。口を慎むとします」
アルは先ほどよりも大仰に貴族式の礼を取ってアダムに謝罪する。あくまでおふざけの茶番。本題はここから。
「ならよしとしよう。さて、貴殿は王家が着目するほどに力がある魔道士と見るが……不甲斐ないことに、私もカインも王家の秘儀を行使する余白がすでにない。ダスティン様ですら、これ以上は契約者を抱えることができぬと聞いた。力ある魔道士と契約し、その力を制御するのは〈王家に連なる者〉の最上の役割でありながらだ。これについて、貴殿はどう思う?」
〝友よ、自由であれ〟
王家の秘儀や契約者という存在を知った今、アルはアダムが口にした伝言の意味を、アリエルの望みを理解した。
「……王家の方々が御役目を果たせないなどあり得ぬことです。不敬ながらも、まず前提に齟齬があるかと」
「ほう?」
「僕などは、王家の方々の目に留まるほどの魔道士にはございません。失礼ながら、アダム殿下は王家の秘儀を行使した反動にて本調子でないのでは? 必要な時に休息を取り、可能な限り万全の体調で事に臨むのは戦士の基本にございます」
わざとらしいほどに謙りながら、舞台役者よろしく口上を述べる。
「なるほど。確かに貴殿の言う通りやもしれん。どうにも物覚えすら怪しい……やはり私はまだ本調子ではないようだ。しばし休息を取ることにしよう。たしか貴殿は……ルバート・コナーだったな? 私が休息を取る間はこの場を離れるでないぞ?」
「かしこまりました。この不肖ルバート。殿下が復調するまでは砦内にて待機させていただきます」
傍から見れば三文芝居。このようなやり取りを見慣れているヨエルが、思わず苦笑いを浮かべるほどにはヘタクソな応酬だった。
その一方で、どこぞのポンコツが『殿下はなにを言っている? アル殿はルバートなどという名ではないだろう?』などと口走り、保護者と世話役につまみ出されていたが。
非常事態ではあったが、アダムは聞き届けた。アリエルの願いを。彼女の我侭に応じた。
そして、たとえ当人が未熟であろうと、それが口約束であろうと、〈王家に連なる者〉が是とした以上、王弟ダスティンもアダムの意思を尊重した。
大峡谷にて、ダスティン一行はアルバート・ファルコナーなる者と遭遇しなかった。そんな者を見てもいないし、ましてや、神子以外に王家の秘儀を行使する必要などなかった。なにも問題はない。
事情を知る者からすれば馬鹿げた話ではあるが、ある意味では、見て見ぬ振りは高貴なる者の嗜みの一つだ。
また、実のところ一連の流れには、ダスティンのファルコナーへの個人的な好意による影響も僅かにあった。
当然に敬愛し、忠誠心も持ち合わせているが、ダスティンからすればなにかと口うるさい兄でもあるフィリップ王。
若かりし頃ではあるが、そんな兄フィリップの鼻っ柱を真っ向から叩き折ったのが、奇しくも|ブライアン・ファルコナー《とある魔境の戦士》だった。
当時、怒りに震えながらも、真っ当な反撃の芽のことごとくを潰され、まるでやり返すことができずに悔しがる兄を見て、陰で大笑いした弟がいたとかいなかったとか。
なにはともあれ、こうしてアルとヴェーラは、アダム王子が休息を取る間に大峡谷を後にする。
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