5
これで完結です。
暖かな日差しのなかを移動している馬車が一台。どうやら街についたので一度休憩するようだ。その馬車に乗っているのは侯爵令嬢スピカ・ミアプラである。
「お嬢様、バレンの街に着きました。ちょうどよい時間ですから昼食をとりましょう。」
スピカの侍女のマリが言うと、スピカはおなかに手を当てながら答えた。
「お腹ペコペコよ。街を散策して美味しいものを食べたいわ。」
ちょうどお昼時、屋台や食堂が並ぶ通りはかなりの賑わいである。
人で賑わうなかスピカは食べ歩きをしている。
「あっちに美味しそうなのがあるわ。」
スピカの急な方向転換にマリや護衛が一瞬ついてくのが遅れる。そこにちょうど人の波がきたようだ。
「お嬢様。あまり離れないでくださいな。人が多くて見失ってしまいます。」
マリが行き交う人をかき分けながら向かうが、そこにスピカの姿はなかった。
暗く、狭い石作りの何もない部屋に令嬢が一人。その腕には魔封じの腕輪が付けられている。
(さて、これからどうしようかしら。)
スピカが静かに思案していると靴音が聞こえてきた。どうやら下手人が様子を見に来たようだ。
「誘拐されて、魔法も使えないってのに、ずいぶん落ち着いてるじゃねえか。」
「一体なんのために、私を誘拐したのですか。」
下卑た笑顔を浮かべながら男がいう。
「あんたが神官を連れて学園に戻るっていうからいけないんだぜ。今魅了を解かれたらまずいからな。」
「やはりシリウス様は魅了に…。私が邪魔なのなら殺さないのは何故です。」
「あんたを殺すのは王子様だからな。それをあんたの父親が聞いたらどうなるかな。」
「魅了されているシリウス様に私を殺させた挙句父を離反させ、国を荒らすのが目的ですか…。ディスコルディア男爵令嬢はどういう関係なのですか。」
「冥途の土産に教えてやるが男爵は相当金に困ってたみたいだぜ。それで悪いところから金を借りちまったもんだから馬鹿だよな。怪しい女を養女にしないといけなくなったわけだ。」
ふるふるとスピカの体が震える。
「つまりディスコルディアさんは隣国のスパイであったと。」
「そういうこった。悪いがおしゃべりはおしまいだ。これからあんた一人で学園に向かってもらう。そこで王子に断罪されるって寸法よ。」
「…知ってるかしら。魔封じの腕輪って、魔力を吸い取って魔法を使えないようにするのだけれど、吸い取るのにも許容量があるってこと。そして許容量を超えると…」
スピカの腕輪が光を帯びていく、一瞬光ったと思うと2つに割れて壊れたようだ。
「こんなふうにね、壊れてしまうのよ。」
男は焦ってスピカに襲い掛かるが、スピカが何かつぶやくとそのまま崩れ落ちた。
「さて、これからどうしようかしら。」
倒れた男を見つめながらスピカは呟いた。
晴れた日の午後、学園の中庭で寄り添う男女に対する令嬢が一人。周りの生徒達は何事かと注目している。
不機嫌な表情で令嬢を見つめている青年はこの国の第三王子のシリウス・アンタレス、その青年の腕に自分の腕を絡めさせ涙目で令嬢を睨んでいるのはエリス・ディスコルディア男爵令嬢。
二人を落ち着いた様子で見つめ返しているのはスピカ・ミアプラ侯爵令嬢である。
勇気を振り絞って男爵令嬢が口を開く。
「スピカ様、シリウス様を解放してください。そして今まで私をいじめていたことを謝罪してください。」
「…。謝罪しなくてはならないことをした記憶はありません。」
スピカの毅然とした態度にエリスが憤る。
「私の悪口を言ったり、物を取ったり、あげくに階段から落としたりしたでしょう。王子の愛するものを傷つけて許されるとでも思ってるの。」
シリウスはエリスを見つめながら
「そうだな。私の愛する者を誘拐・監禁し、さらには殺害を企てるなどと許されるものではないな。」
その言葉にエリスは目を見開く。
「なんで…。」
エリスから離れ、シリウスは騎士にエリスを捕らえるように命じる。
「私は最初から魅了になんかかかっていなかった。君に教えた情報もすべて嘘さ。」
エリスは罪を認めず騎士に抵抗する。
「ディスコルディア様いい加減になさって。」
スピカが取り出した映像記録の魔道具から、石の部屋で男と話した映像が映し出される。
「私が神官を連れて学園に戻るという噂を流せば、絶対に何か行動を起こすと思ってましたの。まさかシリウス様に私を殺させるつもりとは考えていませんでしたけど。」
「スピカからわざと誘拐されるなんて計画を聞かされた時はどうしようかと思ったよ。今頃は男爵邸も捜査されているはずだ。あきらめろ。」
シリウスが冷たく話すとエリスはうなだれて大人しく騎士に連れられて行った。
寒さは厳しいが、水も温んできたある冬の日の午後。青年と令嬢がスコーンをつまみながらお茶をしている。
黒髪に青い瞳、精悍な凛々しい表情の青年と金髪に紫の瞳、甘い顔立ちであるが意思の強そうな瞳の令嬢。この国の第三王子のシリウス・アンタレスとその婚約者である侯爵令嬢スピカ・ミアプラである。
紅茶を一口飲んだ後おもむろに令嬢が口を開く。
「もうすぐ卒業ね。この1年間いろいろあったわね。」
「スピカには迷惑をかけたね。本当に婚約破棄されるかと焦ったよ。」
「破棄してもシリウスは困らないでしょ。」
「スピカは私たちに恋愛感情はないって言ってたけど、私はスピカがずっと好きだったよ。」
シリウスの言葉にスピカがむせる。
慌てて紅茶を飲んで落ち着くと、いつのまにかシリウスが移動してスピカに対して跪いている。
「ちょっと何やってるのよ。」
「スピカ・ミアプラ侯爵令嬢、幼いころからあなただけを見つめていました。これからも一生あなただけを愛すること誓います。どうか私と結婚していただけないでしょうか。」
シリウスの真剣な表情でスピカは一層焦っているようだ。
「だってそんなこと今まで一言も…。」
「いくらなんでも好きじゃなかったら毎日の連絡や定期的なお茶会、教会訪問、ましてやサバイバルなんかやると思う?それで、スピカの答えは?」
「求婚を受けます。…だってずっと一緒にいるために今まで頑張ってたんだから。私もシリウスが好きよ。」
スピカが照れながら答えるとシリウスが立ち上がってスピカを抱きしめる。
「卒業したら、すぐに結婚式をあげよう。」
「ちょっとシリウス気がはやいわよ。」
そうして二人は笑いあうのだった。
ある晴れた春の日。雲一つない快晴。まるで空も恋人たちを祝っているようだ。
たくさんの人が祝福する中、幸せそうに結婚式を挙げているのはこの国の第三王子のシリウス・アンタレスとその婚約者である侯爵令嬢スピカ・ミアプラである。
学園に戻るとスピカが決意した夜に、もちろんシリウスには相談しています。
シリウスが学園にスピカが神官を連れてくるという噂を流しました。
あと婚約破棄しても問題ないとスピカから言われた時は相当焦っていました。




