表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
けだし あやかし〜最強幼女がぐいぐい来てちょっと困るけど幸せだからまぁいいや。  作者: さくらさくらさくら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/25

第一同居人衝撃を受ける

 「お おノれ おのレ そこ を どけぇっ」

 髪を振り乱し、見開かれた瞳は血走り、乱杭歯はがちがちと気分の高揚に合わせて高く鳴り響く。


 (・・・力量も量れぬ新参者が。ぬしさまに牙むくか)

 真っ向からあやかしを見据えて、わらしさまはなお涼やかだった。



 *******



 「・・・これは、なんだ」

 「妖怪だ」

 男の問いかけに、俺はあっけらかんと言い捨てた。


 「あの女が・・・?」

 「あんたの母親ってのが何時いなくなったのかは知らない。でも、もうあれは人じゃないんだってさ」

 男を庇いながら、注意深くわらしさまの動向を探る。

 手にはさっきの獲物・・・パイプ椅子だ。くそ、汗で滑る。


 「春子さんは今、体から魂抜かれて、死人未満の状態だ。限りなく死者に近い」

 大前提を言っておく。

 男はぎょっとした顔で俺を見た。その瞳に焦りが見えて、俺は少し瞳の力を抑えた。

 「・・・あいつを倒せば、元に戻る・・・・・・らしい」

 ものすごく頼りない情報だったようで、男の眉間がぐっと寄ってしまった。

 「・・・不確かだな」

 「ああ。けど、それでもやらないよりは、マシだろ?」

 「・・・そうだな。貸せ」

 「ほい」

 男が差し出した手に、ひとつパイプ椅子を手渡す。


 「好きな女も守れないのは、もうこりごりだ。俺の知らないところで、泣かされてるのも真っ平だ。必ず、守る。取り返したら・・・今度こそ、春子と海と一緒に、三人で暮らす」

 ぐっと握り締めたパイプ椅子に祈りを込めるように、男は一言一言、噛みしめるように言った。


 「春子さんはー・・・ライバルいっぱいいるぞー」

 この病院の先生とか、馴染みの患者おきゃくさんとか、海の学校の担任とか、同級生の父親とか、ことごとく振られてたけどな!


 俺が告げた事実に眉をひそめることもなく、男はあっさりと頷いた。

 

 「春子は良い女だからな。・・・だが、」

 

 どんな男より私のほうが良い男だ。と臆面もなく言いきったので、足を蹴っておいた。使い物になるように弱くだけどな。


 「言っておくが、謝らないぞ。春子さんが苦労したのはあんたのせいだろ? それに春子さんはみんなのあこがれのお姉さんだからな! 春子さんを泣かせたひどい男は痛い目に合うのが常識なんだ!」


 春子さんの好きな色は、淡い茶色だ。こいつの髪はその色だった。海を見つめるまなざしが時折柔らかく潤むのも知ってる。海の後ろにこいつの面影を追っていたんだ。

 春子さんが笑顔で求愛を断っていたのは、全部こいつの為なんだろう。悔しいから教えねぇけどな!


 「自分に向けられる感情と、春子さんに向けられる嫉妬ぐらい気付いて対処しなきゃ、春子さんの夫なんて認めねえぞ」


 なんか悔しくてそう言えば。


 「今後は気をつけて対処することを誓おう。弟よ」

 ふっと笑って、かわされた。


 「確定かよ!」


 大人の男には叶わないと思い知った瞬間だった。 



 ********



 白地に藍色の流線模様に、赤い朝顔の単衣がひらり、と翻る。

 座敷わらしはじっくりと相手の妖気を量っていた。


 繊細な白い腕は、こぶが目立つ節くれだった鬼の腕に成り果てた。

 美しい顔も今は見る影もない。


 節くれだった腕を振り上げ、振り下ろす。

 右に獲物を狩ろうとすれば、左にすり抜け、左に首をなぎ払おうと振り上げれば、右へと避ける。

 涼しい顔で避ける着物姿の幼女に、化け物と化した女はさらに目を血走らせた。


 大蛇のように大きく伸びた胴体が、うねりながら、少女を追いかける。


 かろん、と下駄を鳴らして少女が宙を舞った。遅れて翻る単衣の袂が、色鮮やかな朝顔を咲かせた。


 恋に身を焦がした女は、自らを畜生道へおとしたのだろう。

 愛しい男を惑わす女を道連れにしようと。

 その情念たるや、あやかしになるために生まれてきた女だと言わねばならぬほどだ。


 だが、新参者のあやかしが引き起こしたには、難しすぎる。

 御魂を抜き去る時に使った私物があるはずだ。妖気を通して御魂を操った、何か。


 ・・・おそらくはこの女の情念を一身に受けたモノだろう、と少女は見当をつけた。


 怨念受けて、憑喪神へと変容したか。


 少女は、帯に挿しておいた茶扇を右手で掴むと、ぱらり、と開いた。


 扇表を上にして、口元まで持ってくると、ふっと息吹を吹きかける。


 小さな吐息は、扇をすべり、大いなる渦となって女妖へと向かい、切り裂いた。 


 「ぐあっ!」


 女妖がうめき声を上げ、苦痛に胴がうねる。左右に揺れる胴体から、使い古した手鏡が落ちる。


 少女は、それに目を止めた。何の変哲もない手鏡ひとつ。けれどもそれを取り戻そうと女妖が、身をくねらせた。

 ああ。これか。

 少女は赤い唇を陰惨に吊り上げた。のた打ち回る大蛇の腹の下敷きとなった手鏡は、もう見えなくなっていた。


 (・・・枕返し、おるか)

 (は)

 (ぬしさまの おぼしめしぞ)


 少女が華奢な体を小さく丸め、女妖の足元に滑り込んだ。

 好機ととった女妖が、節くれだった腕を少女目掛けて振りおとした―――――。


 「――――させるかよぉっ!」

 真人がパイプ椅子で、妖の右腕を受け止めた。


 (ぬしさま)

 「わらしさま!大丈夫か!」

 腕をさえぎっても、胴体がうねって大きく仰け反り、腹を存分に見せて・・・女妖の乱杭歯が真人の頭上におちた。開ききったあぎとが、赤く目を焼いた。

 「こ、のっ!」

 「おおおっ!」

 真人はパイプ椅子を下段から勢い付けて振り上げた。

 傍らの男・・・孝明も加勢して、同じくパイプ椅子で牙を防ぎにかかる。

 顎を強かに打ちつけて、女妖が怯んだようだ。


 その時、小さな少年がふわり、と浮かんで消えた。抱え込んだ手の中に何か持っている。


 わらしさまが、にっこりと微笑むのを、真人は見た。


 (ぬしさま、感謝いたします。十分な隙でございました。・・・・・・さぁ、)


 少女が扇表をひらりと遊ばせ――――――伏せた。


 (ね)


 「ぎ、いィィイいいいヤアぁぁああぁぁあっ!」


 わらし様の立つ足元から、金色に輝く妖気が巻き起こる。


 女妖は、その光の渦に飲み込まれるように、足元から消えていった。


 あとに残されたのは、干からびて枯れ木のような女の遺体がひとつ。


 「・・・終わった、のか?」



 **********



 「行ってくれ。春子を頼む」

 男・・・孝明に頭まで下げられて、俺達は病室を後にした。

 歩く俺とわらしさまの横を、医療関係者が走り抜けていく。

 騒然となった病室をもう振り返ることなく、俺たちは急いだ。


 春子さんは、冷たくて寒い場所にいた。

 顔には白い布がかけられていて、その枕元に、息子の海と。


 透明な春子さん。


 「・・・なんで・・・戻ってないんだ?」


 暗く重い絶望が圧し掛かってきた。

 災いの元を叩いたのに、春子さんは戻ってない。戻れなかったら、このまま、荼毘に付されて消滅してしまう。そして運が悪ければ、あの女みたいに荒御魂となって、地獄へと?


 「だめだよ!」

 「にいちゃん? どこ行ってたのさ、おばさん探してたよ」

 海はのろのろと顔を上げて俺を見た。

 透明な春子さんは泣きつかれたのか、ぼんやりと自分の遺体を見つめている。

 もうこちらに働きかけることすら放棄したようで、必死になってる俺を見ようともしない。


 (ぬしさま。まだ、大丈夫でございます)


 俯いて眉をしかめた俺の顔を覗き込むように、わらしさまが見上げてきた。

 

 (海。母上を取り戻したいか?)

 「・・・何、言ってんの? かあちゃんはもう死んじゃったんだよ? 体だってすごく冷たくて、心臓だって動いてなくて・・・息してないんだ」

 (よくお聞き。海。母御を助けられるのはお前しかいないのだ。そのお前が諦めてしまえば、もう二度と母御は戻らない。・・・戻れない)

 わらしさまが海の腕を取って握り締めた。


 (怨念のこもったこの鏡。これが原因でお前の母御は囚われた。鏡を良く見てごらん)

 わらしさまに誘われ、海が鏡に目をやった。


 (よくごらん。何が見える?)

 わらしさまが海の目にも見えやすいように鏡を動かした。横たわる春子が鏡の中に映りこむ。


 「そんなん、決まってるじゃん。かあちゃんだろ・・・えっ?」

 海が鏡を覗いてぶっきらぼうに呟いて目をそらそうとした時、通り過ぎた目が引き戻り、ぐあっと開いた。

 がっと鏡を両手で掴んで穴があくまで凝視して、驚いたような顔のまま、鏡と空を往復しだした。


 「・・・あ、見えたか。やっと」

 「にいちゃん?」

 「早く声出せ。取り戻すんだろ? 呼べよ」

 「・・・ぁ、う、うん。えと、ええと・・・か・・・かあちゃんっ?」


 透明だった春子さんが、吃驚した顔で海のほうを見た。透明な春子さんの目と、海の目が重なった。

 じんわりと、海が笑った。


 「・・・かあちゃん。かあちゃん?、・・・かあちゃん! 体に戻れるんだって。死ななくても良いんだよ! 兄ちゃんが、大丈夫だって・・・あれ、にいちゃん、どうやってもどんの?」


 「あ゛」

 これ、どーすんの、どーすりゃいいの、わらしさま!

 びゃっとわらし様の方を見た。情けない顔をしていたんだと思う。


 (・・・海殿。鏡を、母御の体の上に置いて・・・さあ、母御の御魂よ。こちらへ)

 わらしさまが手招いてくれた。


 横たわる自分を見下ろす気分ってのは良いものじゃないだろう。現に春子さんたら真っ青だ。


 でも。


 「母ちゃん。大丈夫だよ、俺がついてる! にいちゃんだって、わらしさまだって、おばちゃんだって、待ってるから。だから、戻ってきて」


 (・・・海・・・)

 春子さんは、両手を組んで、祈るように呟いた。

 (・・・お母さん、あなたの元に帰りたい。あなたの成長を、この目で見たい。あなたともっと、笑って生きたい)

 「うん! 俺だって、もっと一緒にいたいよ!」


 もっともっと、生きて行きたい。生きて生きて生きたいの。


 春子さんが祈るように目を閉じた。海も俺も、わらしさままで目を閉じて祈ってくれた。

 戻れ、とみんなが祈り続けた。


 それから、そっと目を開けた。


 ・・・透明な春子さんの姿は、どこにもなかった。


 「・・・わらしさま、成功かな?」

 こそっと囁く。

 (・・・・・・・・・・・・どうでしょう)

 わらしさまが、さり気なく目線をそらし、囁くように呟いた。

 

 え゛。


 ちょ、ちょっとわらしさまあああああああっっ(←声なき悲鳴)!!!・・・とわたわたしていたら。


 「・・・・・・か・・・ぁぃ」


 春子さんの小さな声が、上がった。


 吸い込まれるように横たわったままの春子さんに目線が集まる。


 「――――――かあちゃああぁぁぁああああんっっ!」


 呼応するように海が、ベッドに横たわる春子さんに抱きついた。春子さんは、やっぱり戻ったばっかりで体が上手く動かないようだけど、その分、海が、ぐいぐい抱きしめてる。


 「やったっ!やったぞぉっ!」

 「うん! にいちゃん、やった!やあったあっ!」

 

 笑って笑って、それから泣いた。嬉しくて、泣いた。

 二人とも涙でぐちゃぐちゃだ。


 喜び合って泣いてる二人を尻目に、俺は携帯を取り出した。手馴れた番号を呼び出す。


 「・・・あ、かーさん? 葬儀屋の引き取りキャンセルして」

 

 電話の向こうでかーさんが怪訝な声を上げた。 

 

 携帯を仕舞って、まだ泣きじゃくる二人を見ていた。そのうちかーさんが、担当の医師と一緒に駆け込んでくるだろう。

 わらしさまが、横で微笑ましそうに見ている。

 

 「・・・わらしさま、ありがとな。春子さんを助けてくれて。やっぱり、吉祥の神様だなぁ」

 (ぬしさま。わたくしだけの力ではございません)

 春子様と海殿の心が通っておったからでございましょう。


 「・・・ああ。孝明さんはきっと復縁するの大変だろうなー・・・」

 この二人の絆に、父親といえども割り込むのは苦労しそうだ。

 しかも一度手を離してしまった人だし、何かと女難の相のある人のようだし。 


 (ほんに。ろくでもないおなごに好かれると、ろくなことにはなりませぬ)


 「だよなー・・・。しっかし、自分の母親になった人に横恋慕されるって、どんだけ女運悪いのかね。しかし女も女だよなー。いい年だろうに、若い男に色目使って、道外すなんて・・・」


 ――――――グッサアアアアアアッッッ!!!


 「あれ・・・わらしさまっ? 顔色悪いよ、わらしさま!?」


 俺の隣で微笑んでいたわらしさまが、いきなり吹っ飛んで、横向きに倒れこんだ。


 うつろな眼差しでぶつぶつと何事か呟いているが、小さすぎて聞き取れない。


 なんか、イイトシ、とかイトシって聞こえたような・・・。


 「わらしさま、疲れたんだね。今日は大活躍だったもんな」


 今だにぶつぶつ言い続けてるわらしさまを、俺はひょいと抱き上げた。


 お。軽い軽い。わらしさま、もっと食べないと大きくなれないぞ? 軽口叩きながら、俺はお姫様抱っこのまま、部屋を抜け出し歩き出した。


 親子水入らずもあと少しだけだろう二人を残して。


 「家に帰ったらー・・・今日は俺がご飯作ってやるよー」

 (ぬ、ぬしさま)

 「良いって、良いって」


 (ぬしさま・・・)

 「ん?」


 小首を傾げてわらし様を見れば、首まで真っ赤に染めて慌てて首を振った。


 それから逡巡したあと、わらしさまは意を決したように、俺の首に腕を回し・・・ぎゅっと抱きついた。


 温かくて、嬉しい。


 そんな、一日の終わり。



 *******



 後日、マンションの経営者として顔を出した、孝明!

 春子さんとの復縁はなるか!

 海との親子の絆は築けるのか!


 そしてなんだか、かーさんがマンション貰えちゃうって、ドユコト?


 以下次号!


 わらしさまのぽつり


 (あの程度の新参者がいい年と言うのならば、わたくしは・・・わたくしは・・・おお、年・・・ぬしさまああああああああああ)




 


 

  


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ