幕間・第一同居人と第六、第七妖怪の見解の相違
目を覚ましたのは、まよいがの大広間だった。
組み布団の枕元に、心配そうな顔のわらしさまと、困ったように(見えないが)かしこまったコマ。
そして。
『体の具合はどうだ?』と、小首をかしげる―――――半透明の時雨。
・・・言っとくけど、男に枕元に侍られても嬉しくない。
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時雨の顕現とコマの抱擁は、俺に地獄を見せてくれた。
あちこち軋んで息をするたび眩暈がする(←おもにコマの愛情タックル)
ついでに熱まで出る始末(←時雨の憑依)
わらし様にはずいぶん心配かけたみたいで、時雨とコマが小さくなって震えている。
(・・・神剣をその身に宿したのですから、反動は仕方がございませぬが・・・ぬしさまのおからだをなんと心得る)
薬湯を準備しながら、わらし様が冷たい目で時雨とコマを射抜くと、背後霊と化した時雨がさらに青ざめ、コマが尻尾をくるんと股の間にひっこめた。幽霊って青ざめるんだー・・・。
薬湯を受け取り、ありがとうとわらし様に微笑んだら、今度はなんだか悔しそうにじいいいいいっと見つめられた。
え、顔になんか付いてる?・・・憑いてるのはわらしさまと時雨だけだよね? 慌てて左右を見渡して、身体の痛みにうめき声を上げた。地味に痛い。
(お薬飲めますか、ぬしさま?)
唸ってたら、若干嬉しそうな顔でわらし様が、尋ねてくる。
「・・・うん、ぃてて、大丈夫、のめるよ」
(・・・さよう、で・・・)
――――――ちっ
あ?
コマと時雨が盛大に引きつった顔でナニカを訴えかけているのが見えたが、言葉にしなきゃわかんねーよ。
苦い薬湯の馴染んだ味(・・・あれ、そういや、この味いつ慣れたんだ?)に、顔をしかめつつ、飲み干すと、俺は身体を横たえた。
ほっと息をつくと、ゆるゆると力が抜けていく。
隣でお世話をしてくれるわらし様を見上げ、それから、あの日見送ったわらし様の背中を思い出した。
あふれ出す神気にのまれ、その姿は神掛かっていた。触れてはいけない神聖無垢なものだった。
鳴雪さんや、時雨が言うとおり、彼女は童神で、最高峰の神なんだろう。
その彼女が、なんでか俺の隣にいる。
「・・・わらしさま、」
(なんでしょう、ぬしさま)
艶冶に微笑んだ、大人のわらし様と、目の前でおっとりと微笑むわらし様が重なる。
ああ、くらくらする。また熱が出てきたのかな。とろとろと眠りに誘われる。
「・・・俺さ、・・・ょく、なるからね」
(ぬしさま?)
朦朧とする意識を奮い起こして、俺は誓いを口にした。聞こえていなくてもいい。自分に言い聞かせる。
凛とした背中を見せて戦いの場へ歩を進めたわらし様も、かいがいしくお世話をしてくれるわらし様も、すごい女性だ。
ぎゅっと掌を握りこんで目を閉じる。
――――――ふさわしく、ありたい。
心底、心の奥深くからそう願う。
痛みに魘されてた時、熱に魘されてた時、ふと目を覚ますと白い掌が優しく額をぬぐってくれた。
傍らに優しい気配。
差し出された小さな手を思わず握り締めて、我に帰る。
この小さな掌に、守られていたんだ。
俺の掌より、数倍小さいこの小さな手に。
この手をとってもいいのだろうか。守る事に躊躇しない凛々しい背中を持つ人を、見送るだけの俺にその価値はあるのだろうか。
俺は、彼女にふさわしくは無い。誰でもない自分がそれを知っている。
でも彼女は俺の隣が心地良いと笑うのだ。それなら、力の限り、そうありたいと俺は願う。彼女が安らげる約束の場所になりたい。
強くなろう。いつか彼女を守れるように。それが到底叶わぬ夢ならば。
―――――せめて、隣にいられるように。
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(ぬしさま・・・)
眠ってしまった主に丁寧に布団をかけなおす。
枕元に正座して寝顔を見つめた。
幸せな二日間だった。
回復したのは嬉しいが、もう少し蜜月があっても良かったのではないかとも、思う。
まよいがの治癒能力を褒めていいのか、どうなのか。悩みどころだが・・・。
(ああ、ぬしさま・・・)
ほう、とため息をこぼした。
(口移しでお薬、口移しでお茶、ありがとうございます、美味しゅうございました。堪能いたしました)
そして、さらに意識をなくした、しどけない姿のぬしさまのお身体を拭いて、お着替えをさせて、もちろん完璧に下の世話もするつもりで、あわよくば精のひと絞り、と思っておりましたのに・・・・。
ぎらり、と刃のような目で、傍らで縮こまる時雨とコマを睨んだ。
(貴様らのような小物に邪魔をされるとは・・・)
半透明の時雨とコマが抱き合いながら(コマが埋もれて見えた)悲鳴を上げた。
『お、おおお、お言葉でござるが、おのこにはおのこの矜持と言う物が! は・・・はじめてのいろはは、おのこが主導したいと思うもので、けっして、けっして、意識の無いうちに好いた女子に奪われて良いものではないのでござ・・・』
(・・・好いた・・・おなご?)
時雨の世迷い事に耳を傾け、眉をしかめておりましたが、ピクリと反応してしまいました。
『さ、さよう! 好いた女子を、つたないながらも導きたいのがおのこでござるぅっ! な、なぁ、コマ殿! そうであろうよなぁっ!』
<きゅっきゅきゅっ!>
時雨が叫べば、コマまでぶんぶんと必死に首を縦に振る。
時雨とコマはじりじりとすみっこに、尻で後退しながら意見を述べる。
その言葉に、ふむ、とひとりごちる。
(好いた女子・・・良い言葉だ)
うむ。いい言葉だ。
胸のあたりがほんのりと温かくなるではないか。
ぬしさまが好いた女子とは、この場合やはり、わたくしのことだな?
『そ、そそそ、そう!知らない間に抜かれて、仕込まれて、孕んだら、いかな真人殿とて、驚くのでは!(←見てるこっちが居たたまれなくて、思わず、憑依して真人操って逃げた)童神殿は、真人が男の矜持を見せるのを待てばよろしいのでござるよ!』
・・・ふむ。一理ある。
やはり、おのこは導きたいものであろう。
うむうむと頷くわたくしを見て、時雨は少し肩の力を抜いたようだった。
だが、先人の知恵というものは、十人十色。
知恵を求めれば求めただけの知恵があるのもまた事実。
女として尊敬して止まない先達の、ゆるぎない名言がある。
(女郎蜘蛛殿は、好きな男を見つけたら押し倒してのっかれと・・・)
絞りとれっ!と好い笑顔で親指を立てられたのが、つい昨日のことのようです。
『真人ぉぉおおおぉぉっ!逃げろぉぉおおぉ!』
妖怪として、女として、尊敬するに余りある、女郎蜘蛛の姐様の言葉を告げれば、時雨が血相変えて飛び上がった。
(時雨、なにを慌てているのです?・・・ああっ、貴様またぬしさまを操って、どこにいくつもりかっ!)
囁いている間に、時雨がぬしさまの身体に憑依した。
眠っていたはずのぬしさまが、妖気をまとって起き上がる。
『おんなこわい、おんなこわい、おんなこわいぃぃいいいっ』
逃げるぬしさま(イン時雨)に、妖力を振るう事もできず。
ぬしさまの身体を思うように操る時雨の息の根を、どうしたら止める事ができるのか。
真剣に手立てを考えなければならないようです。
ぬしさま、はやく、目覚めてください。
時雨なんかのいいように身体を使われている場合ではありませぬ。




