第五妖怪、同居人認定!
夏の海岸から強引に連れ込まれたまよいが(・・・聞こえが悪いが文字通り)から、わらしさまの一存でマンションの自分家に放り出されて早一月。
仕事(男性の精気絞り)もせずに人界に居つくのは、性に会わんと言い切った雪女、嗚雪さんを宥めるのに苦労した。
「もう少し涼しくなるまで、ここにいなよ! 目離すとまたどっかで溶けてそうで怖いんだよ!」
残暑厳しいし、言い聞かせながら、俺は無い知恵振り絞って考えた。
考えた結果が、目の前に座る色男だ。
「・・・どうですか、孝明さん、天然冷気の宝庫! しかも電力皆無、報酬は男性社員の精気!」
「うちの会社は風俗じゃない!」
春子さんをストーキングしている御曹司を捕まえるのはたやすかった。
だって春子さんの周囲二メートルを見わたしゃ良いんだもん。
俺的ナイスショットな春子さんの写真をひらひらさせたら食いついた。
「いや、そこ反応しなくていいから。でもさ、マジで電力皆無の空調設備になるよ、あの冷気感じたでしょ?」
世間話のように雪女の就職先を探していると自己申告すれば、当然のように手が出された。
そこに、ぽむ。と乗せる写真集。
同じ幼稚園、小学校だったから、俺の記録写真は海の記録写真でもある。
さらにもれなく、美々しい春子さんの満面の笑顔つきだ! 単品だってあるんだぜ! かーさんと交代で撮ってたようだから海と一緒に二人三脚とか。海と一緒に盆踊りとか。海と一緒に海水浴とか・・・。
「・・・ビキニ・・・たしかに。雪を使った冷蔵庫もあるな」
春子さんのグラビアアイドルも真っ青な、笑顔美しナイスバディを食い入るように見つめる孝明さん。
「孝明さんの会社の最上階から冷気放出してもらえば、全館冷やせるんじゃないかな? ええと、なんだっけ、温度差による発電ってあったよね?」
「・・・ペルチェ素子発電か・・・。たしかに、魅力的だ。だが、そうすると報酬が問題になるな。まさか本当に精気でまかなえるとは思っていないだろう?」
「・・・いや、それ結構マジだったり」
あっけに取られた孝明さんと、じっくりお見合いしてしまった。
「妖怪でまかなうにしても、彼女は基本気まぐれだろう? 君が頼むならともかく、私が頭を下げたところで・・・・・・」
「そこは誠意みせようよ」
「・・・少し時間をくれないか」
そう言って姿を消した孝明さんだったが、なんと次の週、弁護士連れてやってきた。
孝明さんに頼まれて、かーさんと春子さん、わらし様にも集まってもらった。
俺達の目線の中心で、孝明さんは書類を差し出す。
「今回このマンションの管理人と、名義変更の申し入れをお願いし、その旨了承を受け、新しい管理者になりました。営利出資は主に私個人です。そして、このマンションと土地の名義変更を行います。・・・名義人は真人君、君です」
「・・・・・・・・・は?」
「もちろん、未成年のうちは管理保持を滝沢 未咲さん、あなたに任せることになりますが」
「・・・・・・・・・・・・は?」
「誤解しないで頂きたい。これは先行投資なのです。真人君の妖怪全般に対する信頼性を買ったのです。これから先妖怪と手を取り合う日が来るかもしれない。その時に人間と妖怪の橋渡しをお願いしたいと思ったのです。・・・あとは、その、は・・・春子・・・いえ、つ・・・つ・・・妻が」
真っ赤になってどもる美形。
とうとう復縁叶ったか。
「衣食住に、仕事の斡旋ってむずかしいのよ。先輩には本当に本当にお世話になったから、何か少しでもご恩返しがしたくて」
春子さんの方があっさりしてる。
孝明さんの隣に座った春子さんは、いつにもまして綺麗だった。
「私からも御礼です。私が傍にいられなかった時、あなた方のおかげで春子と海はずいぶん助かったのだと聞きました。ずっと、なにを贈ろうかと二人で思案していたのです」
決められてよかったと、孝明さんは笑った。
そして現在、マンションの管理人は、かーさんだ。
復縁して春子さんと海がこのマンションを出て行くのかな、と思ってしんみりしてたけど、春子さんたってのお願いで、いまだにここに住んでいる。
職場も学校も近いし、駅ちか、店ちか便利で引越しはぜんぜん考えなかったんだって。
孝明さん家に行かないの?って聞いたら、
「格式ばってて落ち着かないの。だって私どう転んだって庶民ですもの」と、言い切った。
・・・孝明さんは、通い夫になった。
でも嬉しそうなので、生暖かく見守っていこうと思う。冷やかしながら、とも言う。
「真人ー。うらやましい?」
ある晩、かーさんが缶ビールを煽りながら、そう呟いた。
「あー? うらやましいかって? そりゃ、うらやましいよ。でもさー、とーさん恋しがったってしょうがないじゃん」
いないんだし。
「・・・うん。そーだよね、」
珍しく歯切れが悪いかーさんを前に、少しだけ首をかしげた。そんな宵。
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「嗚雪さん、孝明さんの言う事ちゃんと聞いて、それから、冷やしすぎちゃだめだからね!」
「わかっておる!適温に保たぬと人は凍死してしまう弱い生き物じゃからの!気をつける」
「えーとえーと、あとは・・・」
「お弁当持ったー?」
海ののん気な声に、嗚雪さんはカラフルなマイバッグを掲げた。
「もったぞー!」
袋の中身はカキ氷機とタッパーにはいった小豆。練乳。抹茶粉。
「・・・なに、これ」
抹茶茶碗に茶せんもある。
「小豆と練乳は斬っても切れない間柄なのじゃー! わらし殿に教わったとおり、夕べ煮てみたのじゃ!」
(良く煮えてますね)と眉ひとつ動かさずわらしさまが言えば、「そ、そうか」と照れ笑いを浮かべる雪女。仲良くなってくれてほんっっっとおぉぉぉおおおおにぃっっ!よかったっ・・・!!!
・・・ええと、どうやら、雪女的マイブームは宇治抹茶金時らしい。今度、白玉作って差し入れてやろうと思う。いや、生クリームに塩エンドウか?
(真っ赤なさくらんぼと、みかんの缶詰は外せません)
・・・レトロな・・・いえいえ、ごもっともかと。
「・・・いってらっしゃい・・・」
妙に脱力して見送りの言葉をかけた。
「うむ! 見送りご苦労であった!」
朝のまだ日差しの柔らかいうちに、出勤する雪女を見送る。
黒のリクルートスーツの裏側は、氷で固めた雪女の戦闘服だ。
意気揚々と歩く背中を見送りながら、俺は出勤する人波の中にどれほどのあやかしがいるのだろう、と思った。
炎天下で顔色ひとつ変えない(溶けてたけどね!)雪女がいるのなら、人波にまぎれ住む、あやかしたちが、いるとしても不思議ではない。
狐狸は古来から化けるものだと言われてきた。
人と妖怪の橋渡し、と孝明さんは言ったけど、そんなたいそうな人物になんてなれっこないよ。
俺に出来る事なんて、ただ、隣に立つわらし様と、こうして同じ方向を見つめるだけだ。
(・・・ぬしさま、ぬしさまはその御心のまま前を向いていてくださいませ。私たちは、光があってこそ蠢く者。光無ければ、闇は成りません。また光があるからこそ、闇が囁くのでございます)
「・・・わらしさま」
(ぬしさまは、灯台であって欲しいと思います。我らあやかしが目指す希望の灯火、安らげる場所。ぬしさまは、ぬしさまゆえに深くお考えになっておられましょうけど、ぬしさまのお傍に居るだけで、呼吸が楽になります)
「・・・そうなの? お世辞でも良いや。そう、なれれば良いな」
架け橋なんてご大層な者になれなくても、一時の止まり木にならなれるだろう。
時折人界にやって来た、生きるのに疲れたあやかしたちが、また息を吹き返して旅立てるように。
そのためになら。
「灯台かぁ。頼りない灯台だけど、わらしさまが居てくれるなら、できるかもしれないね」
そう言いあってわらしさまと微笑んだその日。
初出勤をこなし、上機嫌で帰ってきた雪女のみやげ物は、狛犬だった。
――――――狛犬、だった。カーネルサンダースじゃないから良いだろって?
良くない!
「どッから持ってきたぁあああああああぁぁぁ!」
「帰り道できゅんきゅん泣いておったのじゃ! か・・・可哀想じゃないか!!」
「ばっっ・・・! 狛犬が泣くかあああああああああっっ!」
(ぬしさま、たしかに泣いております)
「・・・・・・へ?」
狛犬は、へっぴり腰で雪女の後に隠れつつ、きゅんきゅん泣いていた。
シベリアンハスキーもかくやという夜叉顔が、情けなくへたれて、石で作られているはずの尻尾も、股の間に挟まれている。尻を下げたまま後ろに下がるので、なんと言うヘタレた犬っころか。
「わらしさま、こいつもしかして・・・」
(時を経た憑喪神かと。つまりは、あやかしにございます)
わらしさまが俺の隣でしゃがみこんで、右手を差し出し、とーとーとーと呼ぶも雪女の背中に張り付いて動かない。
・・・・・・なにこの捕獲率の高さ。
灯台というよりも、誘蛾灯かもしんない。




